二重の言伝
酒場に現れたリズィに距離が最も近いウィルさんが牽制をするように席を立つ。
周りの客の不安を煽らないためなのか、至近距離で小さくも確かに強い語気で返した。
「どの面を下げて来た、サイラの街でなにをしたか、忘れたとは言わせんぞっ」
ウィルさんの圧にわざとらしくリズィはフッと顔を逸らす。
「あら怖い。 けど安心して、今日は個人的な要件だから。 解放者さん……セリガムからあなたに」
投げられたそれを反射的に受け取るとリズィは「スプライト・ウィスパーで」とだけ言い残し店から姿を消した。
いったいなんだったのかと彼女の思惑が掴めないまま手にしたそれに視線を移す。
これは、文袋? 私を遠ざけるためだの組織には戻らないだの言っておきながら今になってどうして……セリガムさんがなにを伝えようとしているのか確かめたくて封を切るとそこには2枚の便箋があり、私達はその1枚に目を通した。
***拝啓ノエルさん、あなたにこれが渡ってるということは組織を追うことを諦めてはいないのだろう。
君に罪を着せた理由はあの時話した以外にもう一つあって、僕はそれをちゃんと伝えなければならない。 もし君がこの大陸に辿り着いているのなら……スプライト・ウィスパーの湖畔で待つ。 ナインホープNO7・時操のセリガム***
「もう一つの理由……罠かな?」
「罠でしょ」
「それよりノエルよ、もう1枚のそれはなんだ? それも手紙らしく見えるが」
ロウさんに促されるまま2枚目の便箋に目を通すとそれにはなぜか陣を模した術式の中に『美しさは光と影』『希望と絶望、共に手を取り合って』と対角線上に書かれていた。
謎の文言にエイミーが眉をしかめる。
「なにこれ……暗号?」
「どっちも表裏一体って言いたいんだろうなとは思うんだけど、なにを伝えようとしてるの?」
複雑……というより回りくど過ぎて頭がこんがらがってくる。
それぞれが現すことは暁と宵、違う。 それとも始まりと終わり……これも違う。
思考がまとまらず、頭を抱えていた私の横でロウさんが術式の描かれた便箋を見つめながら言った。
「訳してみろ、それぞれの文言を」
「なにかわかったんですか?」
「私の推測が間違いなければあるいは……」
私は頭の中で暗号を訳しながら白紙に術式を描き写す。
1つ目の文言に隠された言葉を理解した時点である予感が生まれ、逸る思いがペンに乗って加速する。
2つ目の文言を解読するころには術式を記す手は止まり、私達の視線は陣の対角線に浮かぶ文字に奪われていた。
希望と絶望、美しさ……光と影。 それぞれ意味を表す単語は、フェイスとシェイナ……ウソ?
白紙に記した術式が消えた直後、「あの兄妹によろしく」との言葉が浮かび上がった。
「もしかしたら……」そんな思いで席を立ち上がるもウィルさんから制止の声がかかる。
「待て、本人という確証はあるのか?」
「もしリズィの張った罠ならここまでフェイス君とシェイナちゃんを表す文言を陣に記す発想は出ないと思うんです」
「確かにな、私もあの兄妹を事務所で預かってる最中だからこそセリガム以外が漏らさなければリズィが知ることはない。 だが……なんの理由があって?」
「そこなんですよね」
これがセリガムさん本人ということは疑いようがない。
けど言われてみれば確かに、なぜあの子達への言伝を術式に隠して伝えるような真似をしたのか……どうにも見えない意図に小首を傾げているとエイミーが「わかったかも」と呟く。
「言伝はただのカモフラージュ。 セリガムさんは「罠じゃない」って言いたいんじゃ……」
「きっとそうだよ、そうに違いないっ」
セリガムさん本人のかもしれない……エイミーの言葉でそれが決定的なものとなった。
スプライト・ウィスパーへ……荷物をまとめてすぐにでも向かおうとするも、その手は掴まれそれは叶わなかった。
「ロウさん、なんですか急にっ」
「今日やつの元へ向かうには無茶が過ぎる。
ノエルよ、使ったのだろう……『奥の手』を」
「そ、それは……」
掴まれた手を振り払おうとするも、次のロウさんの言葉で私は冷静さを取り戻した。
そう、私自身の霊素の量はもう全体の1割しか残っていなかった。
「加えて継承の際、2日も意識を失った以上負担も少なくなかろう」
「確かに、そうだけど……」
割り切りきれないでいる私にウィルさんとエイミーもロウさんに賛同の意を示していた。
「ロウ殿の言う通りだ。 そんな状態でセリガムの元へ行ったとして万が一抵抗を受け、逃げられたらそれこそ本末転倒というものだ」
「言っておくけど、今のノエルにならあたしでも勝てちゃうわよ。 そんな状態でも無茶する?」
そんなに危うい状態だったんだ……。
3人がどういう思いで引き留めてるのかを理解し力が抜けるとそれを理解したのか、ロウさんは掴んだ私の手をスッと放した。
「頭、冷えたみたいだな」
「すみません、軽卒すぎました」
「まぁあれよ、この短期間でいくつも負担かかることしたんだもの、今日はそれだけで上出来よ上出来っ」
「そうかな……そうだといいな」
冷静さは戻った。 けど依然として言いようのない焦燥感は残ったままだ。
無茶はいけない、けど真相を早く掴みたい。
気が気でなく煮え切らない返事をする私にウィルさんは冷静な口調で語りかけてきた。
「焦るのもわからんでもない。 私が君の立場でもそうなるだろう。
たが、騎士団も便利屋も『身体か資本』だ。 それに、彼がこちらに誠意を向けてる以上こちらも万全で向き合うべきだと思うが、そうは思わないか?」
「ありがとうみんな。 確かに私ちょっと焦ってた、のかも」
ここまで立て続けに色んなことが起こり過ぎて私は少し行き急いでいたのかもしれない。
今日は体力も霊素も使い過ぎたし、明日に備えて英気を養おう。
***
「ふぃー、久しぶりに食べたな。 今日かなり歩いたからかも」
「私はあまり喉通らなかった。 なんか残念」
「かも。 食べれなかった分爆睡して回復しちゃいなさい」
あの後酒場でそのまま夕食を取ったのだけど、ウィルさんもロウさんも生粋の戦闘者だからかかなりの皿を平らげていた……その皿で塔でも作れそう。
エイミーは普通の量だったのに対し私は皿半分以上残すことに、やはり『奥の手』を使った影響なのか、食べ物を消化するのもかなり難儀してしまった。
料理、美味しそうなの結構あっただけにほんと残念……あっ、そういえばっ。
「寝る前にちょっといいかな?」
「構わないけど、どうしたの?」
私はテーブルにセリガムさんの便箋に書いてあった陣を容姿に書き写す。
『過去に関わった人の動きが見える』それなら今彼はスプライト・ウィスパーでなにを……私は陣の名称を記す部分にセリガムさんの名を刻んでみた。
「湖畔、こんな時間でも外にいるんだ」
「普通に宿取ればいいのに、組織の人間の行動パターンってホント読めな、ってこの人誰?」
「え、ウソ。 どうしてあの人が……」
「どしたのノエル。 もしかしてこの人の事知ってる?」
セリガムさんの眼線の先に立つその光景に私は言葉を失った。
そこにいたのは、いつかノフィスで出会った黒衣の男性だったのだから。
彼も組織と繋がってるの? そうでないのなら、いったい何者なの?




