亡き妻への報告
灰が止み、アーシェスが本来の形を取り戻しつつある状況に嬉しくなり思わず両手を目一杯広げて叫ぶ。
「これでみんな外に出れるしティティアちゃんも笑顔に、やったー……え?」
気がついたら喜んだのもつかの間、視界に映ったのは村の地面だった。
そう、真っ逆さまの中、私は着地の仕方を完全に失念していたのだった。
「ウソ、落ちるーっ?」
上昇した高さの分落下の速度は上がる、速さと高さを掛けて落ちた時の衝撃はきっと無事じゃ済まない。
「このままじゃ……反転っ」
急いで風素のリバースウインドで体勢を整えようとするも落下の空気抵抗に抗えず視界は真下を向いている。
「みんなで無事に」って散々言っておきながら当の私が怪我もしくは死んじゃこれって……。
「シャレにならないよぉーっ」
まずいまずい、このままじゃ真っ白い灰の降る村転じて赤い花の咲いた村とか……なんて考えてる場合じゃない、こうなったらっ。
「リスク高いけどあれやるかな」
風素のウインドバウンスなら逆さでも着地できる、これ片手一本逝くよね、痛いのやだなぁ……けど背に腹は代えられない。
腕を下に伸ばし手に風を纏わせようとした寸前、なにかが飛び上がって来るのが見え、その存在に思わず驚嘆した。
「こ、こんなところになんでっ?」
地上にいるはずのロウさんが私のすぐ近くまで来ていた。
一体どういうのとか問うと溜息混じりに返答した。
「なぜもなにも、着地の旨を具体的に言ってなかったろう? 悪い予感がしたから飛んでみたら案の定だ、まったく」
「あはは、ごめんなさい……ってロウさん、担いでくれるのはありがたいんですけど私のこの格好ってっ」
呆れつつもロウさんは私を受け止めながら着地の体勢に入ったのだけど、あろうことか彼にお姫様抱っこをされるという状況に陥っていた。
「この落下状況で安定を保ちながら着地するにはこれが一番だからな」
理論的な意見を述べるが抱えられてる側からしたら村のみんなからもし見られたらたまったものじゃない。
「態勢変えてくださいっ、他に安定した担ぎ方ありますよねっ?」
「背中に背負う形なら構わんが」
「それはそれで恥ずかしいのでこれでいいです。 けど本当にこれで無事に済むんですか?」
いくら風素が強くても2人分の衝撃を1人で和らげるのは重力下の落下じゃ無理がある。 そんな懸念が過ぎり問いを投げるとロウさんはスゥーッと深呼吸をしてから言い放った。
「問題ない、今から地面に私の霊根ギリギリの量の霊素をぶつけて相殺させる。 衝撃に備えて力を抜いておけ」
「え、あわわわわっ」
村の景色が見えてほどなくして着地すると十数秒もの間、強烈な振動が身体を駆け巡り間の抜けた声を漏らしてしまった。
「ふむ、落ち着いたみたいだな。 もう降りて大丈夫だぞ?」
「なんかものすごく疲れました。 特に乙女心が」
「私は忠告したぞ、それが嫌なら次からはもっと冷静に動くのだな」
「はぁい……ってそれよりもティティアちゃんの様子はっ」
灰は止んだ、けど根本となる霊素の乱れがどうなったか確認しないことには安心できない。
着地した地点から村の中心へ急いで向かうと混乱状態のティティアちゃんがうわ言を呟き、マーカスさんはそれを呆然とした様子で見つめていた。
「村、モドッタ……ほんとなら、もっとミンナシアワセだっタ。 ゼンブワタシがコワした。 わたシワルイコ、ゴメンナサイ。 ゴメンナ……サイ……」
「待ってて、ピュリファ……ピュリファ、ピュリファっ。 ダメ、全然効かない」
必死に解呪をかけるもティティアちゃんの混乱が解ける様子はなく、尚もしつこくかけ続ける私の肩にロウさんは手をかけた。
「ノエル、残念だがこれは呪いではなく彼女の自身の悲しみと罪悪感の間で混乱に過ぎない……自分で気づくしかないんだ」
「わかってますっ、呪いじゃないのだってわかってます。 けど……」
ようやく灰も止んでみんな自由になれるのにこんなの辛すぎるよ。
非情な状況を前に私は膝を付き俯く。
だがティティアちゃんの元へ駆け寄る足が見えたのと同時にその声は響いた。
「ティティアっ。 ごめんな、パパが寂しい思いさせたせいで……辛かったよな、けどもういいんだ。 もう、いいんだ」
思わず顔を上げるとティティアちゃんを抱き寄せながら語りかけるマーカスさんの様子が映り、虚ろになった彼女の瞳孔に光が戻り、霊素の乱れは完全に消え失せた。
「ごめんね、パパだってママいなくなってつらかったのに私みんなの7年を……」
「そんなことない、ティティアの方が辛かったはずだ。 一番辛いときに側にいてやれなかったパパをどうか、許してほしい……」
村の環境もティティアちゃんの霊素もマーカスさんの愛情で浄化された。 けどお互いが謝り合う光景がいたたまれなく顔を背けようとした時、優しくも強く訴えかける声が聞こえてきた。
「ねぇ、こんなことやめに……しようよ」
「モ、モニカっ?」
「2人ともつらくて最初からだれも悪くなんてなかった。 見てよ、全員無事でこーんなに晴れた、これってお空が祝ってくれてる感じしないかな?」
「モニカ、どういうことだ? 祝ってるというのは」
なんのことかと聞くロウさんに呆れながらモニカは答えた。
「忘れん坊だなぁロウ兄、今日はティティちゃんの誕生日だっておじちゃん言ってたよ? 記念日忘れるようじゃ……女の子にモテないよ?」
「す、すまん……というよりノエルといいモニカといい私が女性にモテるモテないで話を進めるでないっ」
2人がじゃれ合う中「フフッ」と少女らしき声が聞こえた。 もしかしてこの声って……。
「フフフッ、あはははっ。 2人ともなかいいんだね、こんなにじゃれ合えるなんて、なんかうらやましいな」
ティティアちゃんが、笑ってる。 こんなに可愛い笑顔だったんだ。
私が見とれてるとマーカスさんが彼女に問いかける
「笑えるように、なったのか?」
「なんか2人のやりとりがおもしろくて」
笑みを浮かべながらティティアちゃんが答えると今日一番の歓喜の声が村中に響いた。
「やった、笑った。 ティティちゃんが笑った……やっっったぁーっ! ティティちゃーん」
「モ、モニちゃんっ?」
マーカスさんとモニに挟まれてティティアちゃん困惑してる、しょうがないんだから……とモニカを離そうと近寄ったらマーカスさんが空を見上げながら独り言を言ってるのが聞こえた。
「リーナ、今日はティティアが7年ぶりに笑顔になったぞ」
父娘の悲しみが消え去ったことを示すように上空には雲一つない青が広がっていた。
******
「ふぃー、もう食べれない」
あの後、村長さんの案で今日をティティアちゃんの誕生日と同時に村の復興記念の日ということにすることが決まり、早速ティティアちゃんの誕生会兼村の復興祭が執り行われた。
「モニカ食べ過ぎだよ、こんなにまんまるになっちゃって」
「だって、せっかくティティちゃん元気になったのに遊べないの嫌だから早く食べて元気になりたかったんだもん」
元気になっても過食で丸くなっちゃ本末転倒……と言葉にするのはよしながら見守ってるとティティアちゃんが何かを持って駆け寄ってきた。
「モニちゃん、おねがいいってもいいかな?」
モニカがムクリと起き上がる。
「いいよぉ、今日は誕生会だからお姉さんに言ってごらんなさい」
「ねぇモニカ、そんなふっくらした状態で言っても説得力ないよ?」
「……エル姉はだまってて。 聞かせてよ、ティティちゃんのお願い」
嬉々とした顔で聞くモニカにティティちゃんは2冊の本を差し出した。
「いっしょにこの本のつづきよみたい……ダメかな?」
そっか、もうティティちゃんは過去を乗り越えた。 だからきっとそれを読むことで前に進もうとしてるんだ。
彼女を見守っているとそれに応えるかのようにモニカは絵本を受け取ったのと同時に弾けんばかりの笑顔になった。
「もっちろんっ。 モニこの物語の結末気になってたんだ。 それも元気になれたティティちゃんと読めてとっっっても嬉しい。 読もう読もう」
私もその物語に興味はあったけどやめた。 子どもの世界に大人が割って入るのは無粋もいいところ……もう大丈夫、報告に行こう。
私はティティアちゃんのことを話すべくマーカスさんのいそうな所へ向かったのだがその状況は色んな意味で混沌としてた。
「おいマーカスと若いの、もっと飲みねい。 全然進んでねぇじゃねぇか」
「バロッツ氏よ、流石に飲み過ぎでは」
「もう飲めません、ウップ」
好青年が酒豪のお兄さんと下戸の商人になみなみのお酒を注ぐ光景が広がっていた。
あーあ、このままじゃ報告する前に持ってかれちゃうよ。 仕方ない。
「マーカスさん潰れちゃもったいないですよ。 ティティアちゃんの誕生日はまだまだ続くんですから、はいお水」
「ん、あぁノエルさんありがとう。
だいぶ楽になった……少し付き合ってもらえませんか?」
そんなに改まってどうしたんだろう。
「内容次第ですけど、どうされました?」
少し構えながら尋ねるとマーカスさんは丁寧な姿勢で私に向かってお辞儀をしてきた。
「妻に……リーナに報告をしたいのです。 ノエルさん、是非功労者のあなたに付いてきていただきたい」
功労者だなんてそんな……けど彼のその気持ちは本物だから受け取っておこう。
「はい、私でいいのなら……行きましょう。 もうティティアちゃんは大丈夫って伝えに」
後を付いて行くとそこには簡素に建てられたお墓があり、それが妻のリーナさんのものだとすぐにわかった。
マーカスさんはその場で片膝を祈りの手を結んだまま墓石へと話しかけた。
「7年ぶりだなリーナ、変わり果てたティティアを君に見せるのが……いや、私が自身に起きた現実を受け入れずにいた。 本当にすまない」
この一件がオブリブの塔の出来事が原因だとしたら、記憶がないとしても無関係とは言えないな。 私も一緒に手を合わせておこう。
「リーナさん、ティティアちゃんはもう大丈夫ですよ。 とても元気な友達もできました……どうか、安らかに」
「ノエルさんありがとうございます。 これできっと妻も浮かばれます」
「そうだといいのですけれど……あれ?」
リーナさんの安息を願っていたら目の前が急に輝き出した。
これは、私に対して反応してる?
一瞬彼女のお墓が光りなにかと思うも、私の理解が追いつく前にそれは起こった。
「ノエルさん、なにが起こってるのですか?」
墓石が輝き、目の前に光の珠ができるとそれがペンダントではなく私自身に流れ込んでくる感覚を覚えた。
暖かい……例えるなら大切な存在全てを優しく包んで救おうとするような、そんな力を感じる。 やましいことじゃない、正直に言おう。
「不思議な感覚。 なんとなくですけど、リーナさんを感じます。
なんていうか、目の前の困ってる人全員を救えそうな気がするんです」
私の言葉にマーカスさんは涙しながら笑みを浮かべた。
「妻が託してくれたのかもしれません。
ノエルさん、あなたならどんな暗闇にいる人も救える、そんな気がします」
「ちゃんと救ってみせます。 あの人も」
あの人って? 誰のこと言ってたんだろう、心当たりはないのに悲しみに暮れる人影が脳裏をよぎった。
「ノエルさん、どうされました?」
「いえ、なんでもないです。 帰りましょう、皆の所へ」
考えを巡らすのは後でいい、今はこの地が救われたことを喜ぶとしよう。
私とマーカスさんは踵を返すと賑やかな声の湧く方へ足を進めた。




