ストーカーが彩る社畜OLの日常生活
ストーカー行為は犯罪です
この作品は犯罪を助長するものではございません
「……はぁ……疲れた……」
今日も終電まで残業をして、上司には怒られ、同僚には仕事を押し付けられ、後輩にも舐められる毎日。
(私、一体何してるんだろう……)
疲れ果てた体でトボトボと歩き、自身の住む安アパートにたどり着くと、夕飯を買い忘れたことを思い出した。
「…………あぁ、もう、最悪だ……泣きそう……」
今更買いに行くのも面倒だし、今日はもう早く寝てしまおう、と鍵を開けて玄関に入ると……
(?……なんだろう、すごくいい匂いがする)
久しく嗅いだことのないお味噌の匂いと、炊き立てのご飯の匂い。
お腹が空きすぎて遂に幻覚でも見たんだろうか?と狭いリビングの明かりを点けて最初に目にしたのは、テーブルに並ぶ綺麗に盛り付けられた食事の数々だった。
…………思考が停止する。
(いや、なんで?私以外いないよね?)
頭に疑問符を浮かべながらも置かれた食事を見ると、あまりの出来事にすっかり忘れていた腹の虫が顔を出す。
(……いや、うん、分かるよ?よく分からない食事に手を出す事なんてダメな事くらいは……)
心なしかふっくらと輝く白いご飯。
懐かしさを感じるわかめと豆腐のお味噌汁。
黄金色に包まれた大好きなアジフライ。
ごくり、と喉が音を鳴らす。
(…………………食べ物に罪はない、よね)
ふらふらと誘われるようにテーブルの前でぺたりと座りこむ。
「……いただき、ます」
お味噌汁に口を付けると、立ちのぼる湯気が証明していたように温かくホッとする味が疲れた体に染み渡る。
久しぶりに食べる炊き立ての白米は、何も付けていなくても優しい味わいが口に広がる。
さくり、と黄金色の衣に歯を立てると、その中にはふわふわの魚が隠しきれない自身の旨味を主張していた。
「……美味しい」
普段は疲れもあって、優先度を後回しにしてきた温かい食事は、仕事で酷使した体に新しいエネルギーを与えてくれている気がする。
何故、いつ、誰が作ったのかも分からない食事。
普段なら口にしない不気味なモノ。
そんな事実も忘れて、空腹のままにひたすらご飯を食べ進める。
「美味しくて全部食べちゃった、けど……ホントに誰が作ったんだ……?」
温かいから、お母さんが作り置きしたって訳でもないだろうし……、と思い出したかのように疑問を口にしていると、タイミングよくお風呂が沸いた音がした。
「…………いや、ホントになんで?」
お風呂から上がり、ベッドに倒れ込む。
今日はちょっと色々有りすぎた。
(無意識?怪奇現象?……もしかしてストーカーだったりして。まあ、でも)
なんでもいいか、と考えるくらいには謎の食事とタイミングよく沸いたお風呂は普段の生活からは考えられないような彩りで今の自分にとってはとんでもない劇薬だった。
(久しぶりに、しっかり眠れそうな気がする)
「……おかしいと分かっているなら、なんで無防備に寝るんだ……まったく」
それからというもの、毎晩用意されるご飯に少しの恐怖を感じながら、しかし胃袋を掴まれた私には抗うすべはなかった。
むしろ盗聴されている事を逆手に取って、こちらから食べたい献立を呟くこともある。
(絶対ダメだよなぁ……、こんな生活……)
でも仕方ないと思う。
仕事で疲れて帰ってきて、温かくて美味しいご飯が用意されてるなんて幸せ以外の何物でもない。
(いや、用意してるのがストーカーなのが一番の問題なんだけどね……でも、一体何が目的なんだろう……?)
目的。
そう、目的が分からないのだ。
私に何をする訳でもなく、ただ料理を用意するだけ、ご飯代として机に置いておいたお金も手を付けるどころか桁が一つ増えていた。
流石に意味が分からなかったのでそれ以来お金を置くのはやめた。
「……あ、そういえばお風呂も沸かしてくれてたっけ……なら盗撮か?……………だとしても必要経費としておこうか」
うん、苦渋の決断だが仕方ない。
「いや!駄目でしょ!」
「うぇあ!?」
「ストーカーだよ!気を付けろよ!貞操の危機だぞ!」
「なんで私が説教されてるの?」
キョロキョロと辺りを見回しても、姿は見えず声だけが聞こえる。
「大体なんなんだ?ストーカーが近くにいるのが分かってるのに!作られたものを食べて、風呂に入って、無防備に寝てるなんて!おかしいだろ!挙句の果てには必要経費?……もっと自分を大切にしなさい!」
「…………」
なんだこの人、ちょっと面白いぞ?
「…………でも、本当に美味しかったです。いつもありがとう」
「だから!」
「ちょっと、心折れそうになってて、でも美味しいご飯とか、温かいお風呂とか……少し、救われた気がしたんです」
「……ストーカーだぞ」
「ですね。……なんか変な感じです」
世界広しといえど、ストーカーとこんなに仲良く話してるのなんて私くらいじゃないか?
「今日、アジフライが食べたいです。……大好物なんです、私の」
「…………とびっきりのを作ってやる」
ストーカーが彩る私の社畜生活は、こうして正式に始まったのだった。
「あ、そういえばスーツのボタンが取れてたんでお願いします」
「お前なぁ……」