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スパルタ合宿終了

エプロン姿の絵里が、食事を運びながら、「真宏くーん。ご飯よー。」と、満面の笑みで、まるで母親のように呼びかける。

妙に絵里のテンションがハイだな・・・。寝てないからか?

かつて、スパルタ合宿で、徹夜した時も毎回こんな感じであった。

ハイになっている絵里は、いつもの鋭い絵里と比べて、緩い。

そのギャップが少し愛らしい気もするが・・・。

いや、やっぱり何か鬱陶しいな。

そんなことを考えていると、

「ぼーっとしてたら、ご飯冷めちゃうわよ、まーくん。」

と食卓の対面から声が聞こえる。

そういえば、一緒の幼稚園に通ってた時は、絵里から、まーくんって呼ばれてたな。

そう思いながら、声の方に目をやると、テーブルの対面に座る絵里は、顔を軽く左に傾けつつ、両手で頬杖をつき、微笑みながら俺を見つめていた。

食卓を見ると、昨日のカレーライスの残りと味噌汁が、俺の目の前に並んでいた。

スパルタ合宿の朝に、ちゃんとした食事が出ているぞ・・・。

かつてのスパルタ合宿で朝からカップ焼きそばを目の前にドンと置かれたことを思い起こした俺は、胸がジーンとする。

俺は、料理ができるようになった絵里へ深い畏敬と感謝の念を込めるように、両手を合わせて、頭を垂れた。

「いただきます。」

今日は、昨日出てこなかった味噌汁を先にいただくことにする。

「これも美味いな。本当に料理上手いんだな。」

きっと、出汁とかちゃんと取ってくれてるんだろうな。

しかし、俺の淡い期待は、絵里による次の一言で容易く裏切られる。

「あ、それは、インスタント。」

なんだよ。まるで、俺が舌バカみたいじゃないか・・・。

「まあ、味噌汁も一応作れるんだけど、今朝は手抜きでやらせてもらいました。」

絵里は、頭を掻くようなしぐさをしながら、えへへと舌をペロっと出して、笑いながらそう言う。

「ところで、出来たアバター、早く見たいでしょ?」

絵里が机に軽く身を乗り出しながら、俺に尋ねる。

「早く見たい。」

俺がそうやって率直な思いを答えると、「嫌。」とニコニコと笑う絵里に拒否されてしまう。

「いやいや、なんでだよ。」

俺は腕で軽く絵里にツッコミをいれる。

「そんな簡単には見せたくないもん。ま、今度のお楽しみということで。」

絵里は、そう言うと、机に身を乗り出すのをやめて、椅子に座り、ウインクを綺麗にきめた。

やっぱり、うぜえな。

しかし、こうも頑なにアバターを絵里が俺に見せないのには、何か意図があるのだろうか。

そう思いながら絵里を一瞥する。

「なーに、どうしたの、まーくん。」

そう言いながら、ニヤニヤと腕を組みながら絵里がこちらを見つめる。

すると、いきなり、絵里は机に上半身を乗り出すようにして、

「まーくん。よく食べてますねー。偉い。偉い。」

と急に俺の頭を撫で始めた。

その体勢がいけなかったのか、Tシャツの首元が目の前に来たかと思えば、絵里の胸に二つある稜丘が俺の視線へと急に飛び込む。

慌てて、俺は顔をそらした。

俺は心臓がバクバクしていると、

「顔が赤いよー。まーくん、もしかして、照れてる?」

と絵里がニヤニヤとしながら俺を煽る。

コイツ、単に、俺をおちょくってるだけだな。

こりゃ、アバターを見せて貰える雰囲気じゃないぞ。

そう確信した俺は絵里にアバターを見せてもらうことを諦めることにした。

鼓動の高鳴りが未だに止まない。

俺は、深呼吸して自分を落ち着かせ、話題を変える。

「ところで、今度も土日に集まってやるのか?」

「うん。」

「まあ、配信ソフトに出来たアバターでのデータを取り込むのは時間かからないから平日の夜にも出来そうだが・・・」

「そうなんだ。」

「そういえば、アバターのデータ、保存できたのか?データ保存のやり方は、まだ絵里にやり方を教えてないだろ。」

俺がそう言うと突然、絵里は青ざめた顔をし、慌てて立ち上がり、駆け出して、ドタバタと階段を上がっていった。

まさかとは思うが・・・。

絵里の足音が鳴り止んだと思った瞬間、俺のスマートフォンに電話がかかってきた。絵里からである。

「今から、電話でデータ保存のやり方教えて。今、パソコンの画面見たら、ソフト開いてるけど、保存はできていない状態。」

絵里は早口で俺に現状を報告する。

何故、そこまでして、俺に見せたくないのかね。

やれやれ。

「ソフト画面の左上に『ファイル』って表示されていないか?」

俺は電話越しに絵里へ尋ねた。

「されてる。」

「それを押すと、『名前をつけて保存』って出てくるだろ?」

「出た。」

「それ押してくれ。」

「なんか画面出てきたけど、どうすればいいの?」

「『保存する』ボタンを押してくれ。」

「出来た!」

まるでシルバー向けのパソコン教室のような、あまりにも初歩的過ぎるレクチャーであった。

「ありがとう!」

絵里がそう言った途端に、電話がブチッと切れる。

さて、どうやら無事上手くいったようだし、食事を再開するとしよう。

そう思った俺は、一日寝かせて一段と美味くなったカレーを食べながら絵里を待つが、全然絵里は降りてこない。

まさか、シャットダウンに手こずっているんじゃないだろうな・・・?

いい加減、シャットダウンのやり方くらいは覚えてほしいんだがな。

そんなことを思いつつ、俺は食べ進めていたが、遂に絵里が戻って来ることはなく、食器は空になった。

何やってんだかな。

俺は階段をゆっくりと一段ずつ上がっていき、絵里の部屋の前へとたどり着く。

部屋の扉は閉ざされていた。

「おーい、データの保存に手こずっているのか?」

そう言って、扉をノックして、ドアノブに手をかける。

ドアノブを下げ、扉をゆっくりと押す。

すると、椅子に座ったまま突っ伏している絵里の姿が目に入った。

寝てんのか?

忍び足で絵里に近づいていくと、すーっすーっと、小動物のような寝息を立てているのが分かった。

「やっぱり、昨晩、寝てなかったんじゃないか。強がりやがって。」

俺はボソッとそう呟きながら、タオルケットを絵里にそっとかける。

というか、本当にデータを保存できたんだろうな。

そう思った俺は、視線を、絵里の寝顔からパソコン画面へと向ける。

画面は暗くなっていた。

パソコンのマウスを動かす。

電源は切れてるようだ。

しかし、ちゃんと、シャットダウンは出来てるんだろうか。無理やり電源切ったとかじゃなくて。

まあ、仮に無理やり切ったとして、やってしまったものは、今更どうにかなるわけでもない。

ここは絵里を信じる他ないか。

俺は自分にそう言い聞かせて、視線を絵里の寝顔へと戻す。

絵里の寝顔は、何かから解放されたように、緩みきっていた。

よっぽど頑張ったんだろうな。しかし、こりゃ、当分起きそうにないぞ。

そう思った俺は自分の荷物をまとめ、部屋を立ち去ることにした。

絵里の家の鍵は・・・。いつもの引き出しだったっけか。

俺は、絵里の机の上の引き出しから、鍵を取り出す。

この場所も昔と変わらないのか。

これまでのスパルタ合宿では、「ここにスペアキーあるから、私が寝ちゃったら、アンタ帰る時に鍵を掛けていって。」と絵里がいつも言っていたものだ。

昔は、次会った時に鍵を返していたし、今回も、次会った時に返せばいいだろう。

俺は階段を下りながら、メッセージアプリで絵里に「帰ってるぞ。鍵を借りてく。」と送る。

1階まで降り、玄関の扉を開く。朝日が俺の目を刺す。

今回のスパルタ合宿、最後の方はドタバタしたが、何とか成果は出たな。

俺は、ふうと息を吐いて、肩の荷を下ろす。

「それにしても、絵里の胸、案外デカかったなあ。」

俺は、空を見上げながら、思わず一言口にしてしまう。

俺は、玄関の扉に鍵をかけ、その場を去った。


その日の夕方、俺が部屋で携帯をいじっていると、「ごめん。寝ちゃってた。鍵は今度返して。」と絵里からメッセージが届く。

同時に、1枚の画像が送られてきた。

それは、諸星メルルのSNS投稿のスクリーンショットであった。

「遂に、アバター完成!お披露目配信を来週土曜20時からやるよ!」

そう投稿していた。

続けて、

「こんな感じで土曜にやる予定だから、土曜までに配信アプリへのアバター取り込み、教えてほしい。」

とメッセージが届く。

俺はそれに対して、「分かった。」とだけ返した。

それにしても、絵里の部屋の地べたで長い間寝てたとは言え、眠りが浅かったのか、あくびが止まらない。

さてと、明日から一週間大学だからな、寝ないと。

俺は部屋の電気を消して、ベッドに臥し、眠りに落ちていった。


濃い灰色の空模様と土砂降りの中、俺は傘を持たずに絵里の家へと向かう。

俺は慌てて絵里の家のインターフォンを鳴らす。

「絵里、これ、どういうことだよ!?」

絵里の部屋から俺の部屋へと投げられた紙飛行機の紙を手に取りながら、俺は怒鳴るように言う。

その紙飛行機を広げると、「もう私に関わらないで。」と紙一面に書かれていたのだ。

「それにも書いてあるじゃん・・・。もう私に関わらないでって。」

インターフォン越しに絵里が言う。冷たく乾ききった声だ。

この間も、容赦なく豪雨が俺に降り注ぐ。

びしょ濡れで冷えきった制服のYシャツが俺の全身に纏わりつく。

俺は、

「なんでなんだよ・・・。」

と、声にもならない声で絵里にインターフォン越しに尋ねる。

「気づいてないんだ。」

絵里はそう言い残すと、静かにガチャリとインターフォンを切る。

「答えてくれよ・・・。」

俺はインターフォンを押すが、絵里が出ることはない。

冷たい春の豪雨の中、俺はうずくまった。


俺の目が開く。天井がぼんやりと目に入る。

視界がはっきりしてくると、それが見覚えのあるものであることが分かった。

俺の部屋か・・・。

布団を払い、上半身を起きあがらせると、身にまとっている寝間着が汗でびっしょりと濡れていることに気がついた。

ここで、さっきまで見ていた光景が夢であったことに気がつく。

さっきまで見ていたのは、実際、5年前に絵里と俺が最後に会話した時の光景だ。

勿論、初めてのことではなかった。

絵里と会わなくなってから2、3年くらいは、まあまあの頻度であの時の光景が夢に出てきていた。

もっとも、ここ1、2年くらいは全く出てくることはなかったのだが。

そう思うと、なんで、今更、こんな夢を見たんだろうか。

俺は、何だか胸騒ぎがしつつも、大学に向かうべく濡れた寝間着のボタンを開くのであった。

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