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アバター作り

「今週の土曜日、私の家に来て。早速作るわよ。」

「絶対作るわよ、アバター!」

スマートフォンに、絵里からの通知が立て続けに表示される。

そのメッセージを見るや否や、俺は、

「母さん、俺、今週の土日、サークルの合宿で泊まり込みするから。」

と、土日は不在にすることを母親に伝えた。

我ながら、嘘のつき方が悲しすぎる。

「いいけど、パジャマとか自分で準備しなさいよ。」

母親にそう言われて、俺は早速、合宿らしく寝巻など荷物をまとめる。

しかし、この準備がどうせ無駄になることは分かっている。こうやって燃えた絵里は、俺に寝ることを許さないからだ。

かつて、「スパルタ合宿」の名の下に、どんだけどんだけ虐げられてきたことか。ゲームクリアするまで寝ずにやるだとか、アニメ全話を寝ずに観るだとか言って、全く寝かせてもらえなかったからな。

俺は散々な目に遭ったことを思い出しつつ、合宿の準備を終えた。


俺は、土日が来ないことを祈りつつ平日を過ごしてきたが、残酷にも土曜当日を迎えてしまう。

アバター職人の朝は早い。朝7時集合。時間厳守。

早い。早過ぎる。

俺は、おそるおそる、絵里の家のインターフォンを鳴らす。

「おっはよー。」

満面の笑みの絵里が俺を迎える。

まったく、その元気の源を教えてほしいもんだね。

「アンタ、全然元気ないわね。やる気出しなさいよ。」

「こんな朝早くっちゃね。」

ガラガラとした声で、俺は返す。

「まあ、いいわ。アンタは、作り方さえ教えてくれれば、後は隣にいて、私の質問に答えればいいんだから。ほら。やるわよ。」

絵里はそう言い終えると、俺の腕を引っ張って、部屋まで拉致していった。

「まずは、必要なソフトをパソコンにインストールするんだが・・・。」

俺が説明をし始めると、絵里はキョトンとした顔でこちらを見つめる。

まあ、インストールとか言ったって、コイツには分からんか。

インストール自体は、一回やってしまえば終わりだからコイツに説明する必要もあるまい。

「それは俺がやっておく。」

この間自分のパソコンで試したとおり、俺は黙々と、必要なソフトをインストールをしていく。

絵里はそわそわした様子で、

「ねえ、何か、やることない?」

と聞いてくる。

「今んところはない。」

俺がそう答えると、絵里は部屋から出ていった。

ションベンかねえ。

絵里が部屋を出て7、8分。

最初のソフトのインストール中の間、頬杖をつきながら待機していると、絵里が「はい。」

とカップにホットコーヒーを目の前に置いてくれた。

「何だ、お花摘みに行ってたんじゃないのか。」

俺がそう呟くと、絵里は

「馬鹿じゃないの!?」

と顔を真っ赤にして、鋭く俺の頬を張った。

痛い。少し過剰な気もするが、ボーッとしてる俺には、良い目覚ましだ。

「アンタって本っ当、昔から無神経なんだから。」

絵里の短気をよそに、俺はコーヒーを口に含む。

「これ、いつものやつだよな。美味しい。ありがとう。」

毎度、「スパルタ合宿」が始まる際に、エナジーチャージと称して飲まされていたコーヒーの味だ。

「どういたしまして。」

絵里は口ではそう返すが、頬を膨らませてそっぽを向いたままだった。

インストールが終わるまでの間、沈黙が続く。

正直、気まずい。

早くインストール完了しろ。そうやって念を送るかのように俺は絵里のパソコンを見つめていた。

インストール完了の文字が表示される。

「インストール終わったぞ。」

俺がそう呼びかけると、

「やるわよ!」

とスマホをいじりながらベットに寝転がっていた絵里は、思い切りよく起き上がる。

「まずは、このアイコンをクリックしてだな・・・」

俺は、2、3分ほどアバター作成のやり方について説明する。

「髪型とか、顔のパーツとか、細かくいじれるのね。」

アバター作成ソフトの細かさに、絵里は感心してるようであった。

確かに、フリーソフトながら、本当に細かい。例えば、髪の毛の位置だって細かく設定することができる。

「ねえ、ここの髪の毛、クルクルってしたいんだけど、どうやってやるの?」

何だよ、クルクルって。質問が漠然としすぎだろ。

「うーん、ここは例えば、ほら、ここをいじると・・・。」

絵里のマウスに触れようとする際に、俺の手が絵里の手に触れる。

「何、触ってんのよ。気持ち悪い。」

絵里は肘でそこそこ強く俺の左脇腹を突く。

痛いって。

「こんな感じでいじってみると、こうなるんだけど、クルクルって、そういうことか?」

俺は痛みに耐えつつ、左脇腹を手で押さえながら、絵里に確認する。

「私が思ってる感じと違うけど、まあ、自分でやってみるわ。」

「へいへい。」

分かってはいたが、絵里は各パーツに細か過ぎるこだわりがあるようだ。

パラメータをいじっては、アバターを見て、「うーん」と唸っては、パラメータをいじって・・・と絵里は繰り返すが、中々理想に届かないようである。

そして、とうとう、絵里は「疲れた!」と大声をあげ、ベットに寝転がった。

この間15分ほど。流石に集中力が無過ぎないか。

そして、1分ほど寝転がったと思えば、絵里は

「よし、ゲームやるわよ!」 

と立ち上がって、ゲーム機を起動する。

「はい。」

絵里はコントローラを俺に渡す。

「アバターは、作らなくていいのか。」

俺がそう聞くと、

「まあ、今日と明日あるんだし、ちょっとくらいゲームやっても、何とかなるんじゃない?」

と余裕ありそうに答えた。

そういえば、このスパルタ合宿、いままで何度もやっているが、一泊の間に目的を達成したことは一度もなかった。大体、アニメ全話観るにしろ、ゲーム終わらせるにしろ、途中でこんな風に絵里の気分で脱線し、当然終わらないので、次回に繰り越しということを繰り返してきた。

今回も、そんな感じになるのだろう。まあ、でも、最終的に完成すればいいか。

そう思った俺は、絵里と一緒に、ゲームに興じることとした。

絵里が選んだのは、レーシングゲームだ。

俺たちが生まれる前からあるソフトで、昔、俺たちは古いハードで古いバージョンのものをやっていた記憶がある。まあ、もっとも今日は、その最新作を最新のハードでやる訳だが。

俺は適当にキャラクターを選択するが、絵里は昔やっていた時と同じキャラを選択する。

相変わらずだなあ。

早速レースをスタートする。

おぼろげな記憶を頼りに、俺はスタートダッシュをきめるが、絵里は失敗する。

お前、このゲームをいつもやってるんじゃないのか。

絵里は負けじと喰らいつくような表情で画面を見つめるが、全く俺に追いつかない。

結局、俺はCOMキャラ含めて4位とまずまずの成績でゴールしたが、絵里は12位中の11位とほぼ最下位でゴールした。

「次は、負けないわよ!」

そうやって絵里は威勢よく言うものの、結果が伴わない。

その後のレースも、絵里は最下位に近い順位を取る度に

「えっー!?もう一回!」

と言い、それに俺は応えるのであった。

そんなこんなで、あっという間に時間は過ぎ、お昼時を迎えた。

「お腹空いたわね。着いてきて。」

そういうと、絵里は部屋の扉を開け、階段を下りていった。

絵里は台所に向かい、エプロンを身につける。

「アンタも食べる?大したもん作れないけど。」

「おう。助かる。」

台所からは、具材を切る音が聞こえる。

コイツ、料理なんかロクにできたっけ。

いつも、スパルタ合宿の時は、冷凍食品やら、カップ麺やらを食べさせられていた記憶がある。

しばらく待つと、ガスコンロで火をつける音が聞こえる。そこから、30分ほど待った。割と大したものを作ってそうじゃないか。

絵里は料理を盛り付けた皿を俺の目の前に置く。カレーライスだ。

「すごいじゃないか。」

「でしょ?」

絵里は得意げにこちらを見る。

俺は、スプーンでカレーライスをすくい、口に含む。

「美味しいよ。いつ料理なんか勉強したんだ。」

「5年前、不登校になってから。学校行かないなら、自分で稼げないから、お母さんが『ちゃんとした人と結婚するために、花嫁修行が必要だ』って言うから、自分で勉強したの。」

「花嫁修行!?」

思わず、俺はカレーライスをすくう手を止める。

「なんてね。冗談よ。不登校の時、やることが何も無かったから、やってただけ。」

「なんだ。ビックリした。」

俺は胸を撫で下ろす。

「でも、もし将来私が結婚したら、私の旦那さんが羨ましくない?こんなに美味しい料理が食べられるんだよ。」

絵里はフフンと言わんばかりの顔をしている。

「そうだな。羨ましいよ。絵里の将来の旦那さんが。それくらい美味しい。」

「ありがとう。」

絵里は微笑みながら、そう言った。

「そう言えば、お母さんは?今も、忙しいのか。」

昔から、絵里のお母さんは多忙であまり姿を見たことがない。絵里が俺と出会う前、幼い頃に亡くなったお父さんの穴を埋めるように、必死で働いていたのだ。

「今は、お母さん、海外にいる。一年前から。」

絵里はポツリと言う。

そうか。絵里は5年前不登校になって以来、ずっと一人ぼっちだった訳だ。

「そうなんだ。寂しいな。」

「うん。寂しい。」

ふと気になって聞いてしまったが、盛り下げてしまったな・・・。

俺がそう思っていたのも、束の間、

「だから、今日は目一杯、ゲームするわよ!」

と絵里は拳を上げる。

いやいや、流石に午後からはアバター作ろうぜ。

本当は、そう言ってやりたいのだが・・・。

まあ、いいか。付き合ってやろう。

幼馴染のよしみだ。

やっぱり、午後は午後で、レースが終了する度に、絵里は、悔しそうな表情を見せる。

しかし、それでも、やっぱり楽しいのか、時より絵里は笑顔を見せた。

時間はあっという間に過ぎて、夜は0時を過ぎようとしていた。

今日起きた時間が早かったからか、俺は、うとうとして、意識が遠のいていく。



眠ってしまっていたことに気がつく。

目を開けて、手に持っていたスマートフォンを見ると、5:14と表示される。

どうやら、絵里の部屋で座りながら寝てたようだ。俺の肩にはタオルケットが巻かれていた。

絵里は?

視線を横にずらすと、黙々と座りながらマウスをクリックする絵里が俺の目に映った。

「やってもやっても全然できないなあ」

絵里はパソコンの画面を前に試行錯誤しながら、ため息をつく。

絵里は、アバターを作ってるのか?

「再開してから、もう4時間かー。」

絵里は伸びをする。

4時間経ったってことは、1時くらいから1人でやってたのか。

今回も、特に進まず、次回に繰り越して終わりになるかと思ってたが・・・。

もしかして、今回はいけるのか。

絵里は、「難しい。全然思ったように出来ない。うーん。もう嫌だなあ。」と頭を抱える。

やっぱり、そうはいかんよな・・・。

まどろみの中、俺は絵里に声をかけようとする。が、思うように声が出ない。俺は手元のスマートフォンでメッセージアプリを開き、絵里にメッセージを送ろうと試みるが、中々指が言うことを聞かない。

そんな俺をよそに、

「いや、ダメ。頑張らないと。」

と絵里は首をブンブンと振る。

「これをこうして・・・。」

絵里は再びカチカチとマウスをいじる。

一方、俺はというと、眠気がだんだんと強くなっていく。絵里へのメッセージをどれだけ入力できたのか、全く分からない。

次第に俺は眠りに落ちていく。


目がパッチリと開く。絵里の部屋の床で俺は倒れるように寝ていた。身体にはタオルケットがかかっている。手元のスマートフォンは朝8時を示している。辺りを見渡したが、絵里がいない。

ぼーっとしながら、階段を下る。

キッチンを見ると、エプロン姿の絵里が、鼻歌を歌いながら料理していた。

「あ、起きた?おはよう。」

「おはよう。ご機嫌だな。」

「まあね。なんでだと思う?」

まあ、大体察しはついてるが。

「アバターが完成したのよ!1時間くらい前に起きたら、急にアイデアが浮かんできて。ものの10分くらいで、一気にバーって。」

嘘をつけ。あんな深夜に長時間1人で黙々とやっていたじゃないか。絵里は昔から、こうやって、気恥ずかしいのか、自分の真面目な側面を隠すフシがある。絶対に、徹夜で頑張ったなどと自分からは言わないのだ。

しかし、深夜に頑張ってるのを見てたなんて俺が言ったら、絵里は恥ずかしがって、いつものように、ギャーギャー騒ぐだろう。

それは面倒だ。だから、答えはこうだ。

「そうか。良かったな。」

俺は知らぬそぶりを突き通すことにした。

「あっ、ご飯作ってるから、座って待ってて。」

絵里がそう言うので、俺は、テーブルの椅子に腰かける。ふとスマートフォンの画面を開いて、ロックを解除すると、メッセージアプリを開いたままになっているのに気がついた。

昨晩、絵里に送信しそびれたメッセージか。

何て言おうとしたんだっけ。

画面に目をやると、入力欄には「頑張れ」とだけ書かれていた。

何を寝ぼけてたんだ俺は。

俺は送信ボタンを間違えても押さないように細心の注意を払いつつ、慌てて「頑張れ」の文字を削除した。

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