プロデュース
「じゃあ、諸星メルルのプロデューサーやってみない?」
「え?」
絵里の唐突な勧誘に、俺は頭が真っ白になった。
「だから、アンタに、ワタシのVtuber活動をプロデュースして欲しいってことよ。」
「いや、まあ、言ってる意味は分かるんだが・・・。何故、俺が?」
俺は率直な疑問を口にした。
絵里は語り始める。
「あの茶髪野郎が言っていた、けんせいてきなオタク?っていう、アンタのSNSのアカウント?」
「厭世的、な。」
「あの投稿を見たけどさ、『あのアニメのこのシーンがクソ』とか、『あのソシャゲのこの部分がクソ』とか、評論家っぽいことを言ってたじゃない。」
「そうだな。」
「もしかしたら、そんな評論家様の感性で上手く私をプロデュースできんのかなあ・・・なんて(笑)」
絵里は邪悪な笑みを浮かべる。
なんて残酷なことを言うんだ、この女は。
絵里の鋭い皮肉に俺の涙腺が刺激される。
「なんて、冗談よ。でも、アンタに『Vtuberは楽でいいな』って言われた時、同じ気持ちだったんだから。」
絵里は、してやったりと言わんばかりの顔でこちらを見る。
そんな御機嫌な絵里に対して、俺はというと・・・。
完全に言葉を失ってしまった。
「言い過ぎたわよ。悪かった。だから、そんなチワワみたいにウルウルとした目をしないでよ。」
誰がチワワじゃ。
「本題に戻るけど、正直アンタの感性に期待してるとかって訳じゃないけど、客観的な視点が欲しいっていうか。」
「そんなストレートに感性がないって言うなよ・・・。」
俺は余計に目頭が潤んでいるのを感じた。
「・・・ハァ。」
絵里はやれやれと言わんばかりに溜息をつく。
「感性に期待してないってのも、言い過ぎたわよ。今の私には、客観的に意見を言ってくれるのはアンタしかいないのよ。」
少し照れくさそうに絵里は言った。
「何だ、そう言ってくれればいいのに。」
絵里の不意にみせる素直さに、俺は頬が緩んでしまう。
「ニヤついてんじゃないわよ、まったく・・・。で、どうなの。プロデュースっていうか、まず、メルルについて、率直な感想を聞かせてちょうだい。」
絵里の真っ直ぐな視線が、こちらに向けられる。
俺は、一言、単刀直入に言う。
「立ち絵の配信しか観たことないけどさ、動くモデルが無い以上、そもそも諸星メルルってVtuberと言えなくないか。」
はっきり言ってそうだろう。モデルが無いことは、Vtuberと呼ぶには致命的な欠点だ。普通Vtuberと言えば、画面のモデルがリアルの配信者の動きに合わせて動くものだが、諸星メルルは、俺がこれまで配信のアーカイブを観る限り、立ち絵の配信しかない。確かに諸星メルルのチャンネルは登録者数9,000人とそこそこ有名なものであっても、Vtuberの本質的な要素であるモデルが欠けている。まあ、明白なことなのだが。
「アンタ、言ってくれるじゃない。」
絵里は身体を震わせている。
「おっ、図星?」
そんなのんきに構えていると、
「よくも、言ってくれたわねぇ!」
と絵里はものすごい剣幕で俺の方に迫る。
俺が狼狽えてると、絵里は、その両手で俺の襟を力強く掴んだ。
「率直な感想を言えって、絵里が言ったんじゃないか!」
「『諸星メルルはVTuberじゃない』って言い過ぎじゃない!言っちゃいけないことがあるでしょうが!」
「分かった!分かった!言い方が悪かった。でも、その様子じゃ、絵里自身、気になってるんだろ?」
俺がそう言うと、急に絵里はしゅんとなって、掴んでいた手を離した。
「・・・。そうよ。」
俯いた表情で絵里は認める。
「何か、モデルを作らない理由とか、こだわりがあるのか・・・?」
「モデルの作り方が分からないのよ!」
絵里は大声で嘆くように言った。
「今時、インターネットで調べれば、作り方くらい分かりそうなものでは・・・。」
「調べたわよ!でも、色々とソフトとか必要で使い方が分からなくて・・・。私、パソコン苦手だから。」
そういえば絵里は極度の機械音痴であった。
昔、俺のパソコンをシャットダウンせずに、電源ボタン長押しで切ろうとしたりしてたっけ。
しかし、俺には、気になることが一つあった。
「じゃあ、なんで、動画サイトで配信自体はできるんだ。そんな機械音痴だったら、そもそも配信すらできないだろ。」
当然の疑問である。
「それは、アンタが昔、私の目の前で、配信してたからよ。何だっけ、漆黒の・・・ルシファーちゃんねる?で見たんじゃない(笑)」
絵里は吹き出すように笑う。
「正確には、†漆黒の堕天使ルシファーチャンネル†な。そうだ、厨二病真っ盛りだったあの頃、誇らしげに配信の様子を見せてたんだっけ。絵里にも。懐かしいなあ。・・・。」
俺は、平静を保とうと努力したが、羞恥心が心の奥底から湧き上がって、もう耐えられない。
何とか、漆黒の堕天使ルシファーちゃんねるの話題から逸れようと、俺は話を元に戻す。
「まあ、でも、そんな無理にモデルを作る必要もないんじゃないか。登録者9000もいるんだから、今のままでいいんじゃないのか。」
「いや、私は自分で作りたい。」
絵里の真っ直ぐとした視線が向けられる。
相変わらず強情な奴だ。
「じゃあ、パソコンに食らいついてでも頑張って自分で作ってみろよ。」
と正直に言ってしまいたい。
しかし、今、俺が絵里から求められてる答えはそうじゃないことは分かる。
一応、幼馴染だからね。
「俺に手伝ってくれって言いたいのか。モデル作り。」
要はそういうことだろ。
絵里は静かに頷いた。
素直じゃないんだよ、コイツは昔から。最初からそうストレートに言えばいいのに。
「分かったよ。作り方を調べておくよ。」
俺がそう言うと、俯き加減であった絵里の表情はパァっと明るくなった。分かりやすい奴だ。
「そうと決まれば、アンタに観てほしいものがあるの!ウチに来て。」
絵里は俺の手を掴み、引っ張った。ふと、この公園で絵里と駆け回っていたあの頃の情景が目に浮かんだ。初めて出会った頃、小学生の絵里だ。あの頃から俺はコイツに連れ回されていたのだ。
しかし・・・
あの頃は少し可愛げがあったんだがなあ。
「ほら、何、ぼーっとしてんのよ。」
俺は絵里に引っ張られていった。
引っ張られていくこと4,5分、辿り着いたのは絵里の家であった。1週間ぶりに絵里の家にお邪魔するが、先週5年ぶりに入った時のように身体が強張るような感覚はなかった。
絵里の部屋に入ると、早速絵里はPCの電源を入れる。
絵里はOSが開くや否や、配信サイトに「才賀ゆうひ ファーストライブ」と入力し、エンターキーを叩く。
才賀ゆうひ。
Vtuberに詳しくない俺でも何となくは知っている。
現役女子大生ながら、プロのイラストレーターとして活動しつつ、Vtuber「才賀ゆうひ」として、デビューし、事務所に所属しない個人ながら人気を博しているとか。
コミケで彼女のサークルの待機列が2時間待ちの長蛇になったみたいな話をSNSのタイムラインで見たこともあったな。
絵里のPCには、ステージ衣装を身に纏い、三つ編みにされた栗毛色の髪をし、脚がすらっと長いアバターが写った。
「見て、このゆうひ様の、顔、出で立ち!」
確かに、人間のようと言ってしまえば月並みな表現かもしれないが、表情は精緻だし、全身の動きもなめらかだ。
絵里は目を輝かせながら言う。
「声も綺麗だし、なんていうか、エモい!」
若干、というか大分語彙力に乏しい感じはあるが、Vtuberそのものへの情熱は、絵里から感じられた。あの頃と全然変わらないな、コイツは。
それに比べて俺は・・・。
いつから俺は変わってしまったんだっけ。
確かに、あの頃、絵里の隣で俺は一緒にアニメやゲームに目を輝かせていた。おぼろげながらそんな記憶がある。
いつから、俺は、こんな冷めた見方をするようになったんだっけ・・・。
そんなことを思っていた時だった。
豪雨の中、俺に向かって絵里が叫ぶ光景がふと頭の中をよぎった。
「アンタの顔だなんて、二度と観たくない!」
そう叫んでいる絵里の姿だ。
いつの記憶だろう、これ。
「ちょっと、アンタ、ちゃんと、ゆうひ様のライブ観てんの!?」
絵里のその言葉で、俺は我に返った。
「すまん。すまん。」
「しっかりしなさいよ。」
そのまま小一時間ほど、才賀ゆうひのライブと、それをうっとりとした表情で堪能する絵里を俺は隣で眺めていた。
ライブが終幕を迎えると、絵里は俺の方へ振り返る。
「いやあ、素晴らしかった!どう?」
「どうって言われても、まあ、クオリティーは高いよなと。」
「なに、その薄い反応は。」
絵里の興奮冷めやらぬ感じが、一気に失せてしまった。
「白けさせてすまんな。でも、もしかして、このクオリティーのものを作ろうって言うんじゃ・・・。」
「もちろん、素人がこのレベルの物を作れるだなんて思っちゃいないわよ。でも・・・。」
「でも?」
「でも、みんなに、動いている諸星メルルを観てもらいたいって。」
絵里は真摯な眼差しでこちらを見つめる。
「まあ、そりゃ、ファンは喜ぶだろうな。」
「なんか、アンタさっきから、何か冷めてるわよね。昔からそんな感じだったっけ。」
また、急に刺してくるな、コイツは。
「まあ、俺は大人になったんだよ。絵里と違って。」
俺は苦笑いしながら誤魔化そうとする。
「何よ、その言い方。」
絵里は口を尖らせる。
「まあ、絵里の情熱は十分伝わったよ。やり方、調べてみるよ。」
そう言って、その日は絵里の家を俺は去った。
その翌日、講義の合間を縫って、スマートフォンでVTuberのアバター作成について調べてみた。
簡単に調べてみたところ、こうだ。
まずは、勿論アバターをソフトウェアで作成するところから始まる。次に、作成したアバターに、アバタートラッキングソフトと呼ばれるソフトで、カメラで捉えた人間の動きを反映させ、その映像を配信用ソフトで背景などに合成することで、配信や動画作成を行うことができるらしい。
まあ、口で説明するだけでは絵里は分からないだろうから、俺自身でちょっとやってみるか。
そう思った俺は、帰宅するや否や入学祝いに買ってもらったPCで実際に試してみるべく、電源を入れる。
まず、アバターを作成するため、ソフトをダウンロードした。フリーソフトながら、髪や顔衣装など、様々なパラメーターがあり、中々きめ細やかに作ることができる。
絵が全く描けない俺としては、パラメーターをいじることでキャラの容姿が変わっていくのが中々面白い。もっとも、俺自身はディティールに拘らない。あくまで今日はお試しだ。
テキトーに作ったアバターのデータを出力して、今度は、アバタートラッキングソフトに取り込んでみる。スマートフォンを片手にソフトの説明を見ながら、PCに内蔵されているカメラで俺の動きをアバターに反映させてみる。すると、すごい。ちゃんと俺の動いているとおりに動いているじゃないか。面白い。
で、最後は実際に配信用ソフトに取り込む。この背景に合成して・・・。おお、背景を宇宙の画像にしていたので、まるでアバターが宇宙空間で動いているように見える。
せっかくだから、配信もしてみるか。非公開の設定にすれば、誰も観れないだろ。
スマートフォンで見たとおり、上手く設定をして・・・。配信が開始された。
上手くできているのかURLをスマートフォンのブラウザに入力してみると、宇宙空間に閉じ込められたアバターの様子が配信されている。視聴者数1と表示される。
「おお映ってる。映ってる。ハハハ。みなさん、こんにちはー。なんて。」
そんな風にのんきに笑っていると、視聴者数が2と表示されているのに気がついた。
ん!? 非公開の設定にしたはずでは!? そう驚いていると、スマートフォンのメッセージアプリの通知が来る。
「その感じだと、アバター作成、上手くいっているようね。」
絵里からの通知であった。
そのメッセージと共に今俺がやっている配信のURLが送られてくる。
まさか、非公開の設定をミスったのか。慌てて、配信を中止する。勿論、アーカイブは残さないようにする。
絵里からの通知は続く。
「今週の土曜日、私の家に来て。早速作るわよ。」
俺の休日が諸星メルルのアバター作りで潰れることが確定した瞬間であった。