表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/8

第3話「幼馴染」

「諸星メルルさんが、配信『【重大報告】Vtuber辞めます』を開始しました。」

突然の通知に、身体中に衝撃が走った。一体どういうことなのか。

焦燥感の中、俺は慌てて通知をタップする。

すると、「配信準備中」という白い文字が黒い背景に映し出される。

「メルル、急にどうしたの・・・?」

「辞めないで」

同時接続152人ほどの配信の中、不安げなリスナーのコメントが目に映る。

しばらくすると、突然画面が切り替わる。

いつもの雑談枠で見るような画面。

宇宙船のような内装を背景に”諸星メルル”の立ち絵が貼られた画像であった。

「みんな、ごめんね。急に。」

第一声は、いつも明るい”諸星メルル”の、しっとりとした声色であった。

「その、なんていうんだろう・・・。」

”諸星メルル”がそうやって嗚咽しながらも言葉を絞り出した後、

放送事故かと勘違いしてしまうような沈黙が続いた。

その間もリスナーの励ますようなコメントが流れていく。

その瞬間は突然に訪れた。

”諸星メルル”は、抱えていた感情が溢れ出たかのように、

「もう、続ける意味がなくなっちゃった。」と声を上げ始めたのだ。

コメントが加速する。

「泣かないで。」

「どうしたの。」

そんな言葉がコメント欄を下から上へと流れていく。

そんな彼らの声に呼応するように、”諸星メルル”は涙を流しながらも言葉を続ける。

「みんな、ありがとう。でも、もう決めたから。いままでありがとう。さようなら。」

そう言い残すと、突然として配信は終了した。

わずか数分の間の出来事であった。

俺は手が震えて何もすることができず、ただ呆然とその様子を静観するだけであった。

これは、俺のせいなのか。いや、分からない。

久しぶりに再会した幼馴染に悪口を言われた程度のことで、こんな簡単に活動を辞めてしまうものなのだろうか。

率直な思いはそうであった。

でも、考えれば考えるほど思い当たる節は昨日の出来事しかない。

頭の中で色んな思いが交錯する中、俺は逃げるかのように布団にくるまった。


目を覚まして、眠ってしまっていたことに気がついた。スマホの画面を午前3時42分という表示がなされている。

変な時間に眠って起きてしまったのだ。

寝起き直後のぼんやりとした頭で、眠る前の出来事を思い出す。

”諸星メルル”の涙、リスナーのコメント、そして何もすることなくただその様子を眺めていた俺。

「最悪だ。」

俺はため息をついた。

思い出してみたものの、昨日のことなぞ、すっかり忘れてしまいたかった。

何か他に思い出すべきべきことはないだろうか。

昨日の悪夢から覚めるべく、必死にやらなければならないことを探す。

そんな中で、一つ思い出したことがあった。今日提出のレポートである。昨日やろうと思っていたが、眠ってしまったのだ。

布団から飛び上がるように起き上がり、慌てて机の椅子に座り、PCの電源を入れる。

参考書やレジュメ、図書館で複写した参考文献を取り出し、次から次へと目を通し、情報を頭へ詰め込んでいく。

”諸星メルル”のことだなんてすっかり忘れてしまうように、必死に取り組んだ。

書き殴るように文字を打つ込み、4時間かけてなんとかレポートを完成させた。

作業を終えた俺はリビングの机上にひっそりと置かれた菓子パンを口にし、家を出て、いつものように歩いてキャンパス・学部棟へ向かう。

ただいつもと違っていたことは、今日の1限目の講義には、時間に余裕をもって出席したことだ。

今日も相変わらず一人で一番後ろの席に座っていたが、一昨日のようにスマートフォンなんか見ること無く、

ひたすら講師の声を耳に入れていく。

そうだ。一浪してまで入った大学だ。ちゃんと勉強して卒業しないと。絵里にかまけている暇などないのだ。

そう思いながら、レジュメに写経している間に、段々と憑き物がとれていく感じがした。

2限までの講義を終え、学部棟の外に出ると、真上に高く昇った陽が俺の目を射す。

いつもより神経を使ったので、腹が減った。

昼飯を調達するために生協の販売店へ向かう。混雑する生協で学生たちをかき分ける。

やっとの思いでカップ麺と水を手に取り、長蛇のレジに並んだ。

今日の3限は、何もないから講義の予習でもするか。

そんなことを考えていると、俺の順場が来る。

レジの台に、手に持っていた商品を置いた時だった。

「いらっしゃいませ。」

何だか聞き覚えのある声だな。俺は、何気なく、声の主を一瞥する。

すると、ついこの間見たセミロングの黒髪と大きな瞳が俺の目に映った。

赤いエプロンを付けた絵里が店員としてその場に溶け込んでいたのだ。


どうしてこんなところに。

俺には、驚愕と困惑しかなかった。


俺は、出来れば気づかないふりをしたかったが、買い物に来た客と店員である。当然ながら目は合う。

絵里もこちらに気がついたようだ。鋭い目でこちらを見る。

「386円になります。」

絵里は凍てついた声で金額を俺に告げる。その声色に反応するように、俺の心臓が強く速く鼓動する。

俺は、慌てて千円札を財布から取り出し、レジのトレーに投げ入れるかのように置いた。

「1,000円お預かりいたします。お返しは614円になります。」

この場から速やかにいなくなるよう俺に促す絵里の冷たい佇まいに、すっかり畏怖した俺は足早にその場を去ることにした。


「どうしているんだよ・・・。」

逃げるようにたどりついたベンチに腰を掛けた際に、独り呟く。

これまで、脳の中から排除しようとしていた絵里についての感情が、再び濃く立ち現れる。

「やっぱり、俺のせいだったんだろうな。」

ベンチで一人カップ麺をすすりながら、絵里から逃げていたことを遂に自覚する。

しかし、絵里に謝って済むことなのだろうか。今更、許して貰えないんじゃないだろうか。

頭を必死に下げても、絵里にあしらわれる様子が目に浮かんだ。

カップをベンチに置き、箸を止めて晴れ渡った空を見つめながら、再び色んな思いが俺の頭の中で逡巡していた。

気がつくと、ああでもないこうでもないと悩む俺に愛想を尽かしたように、カップ麺のスープはすっかり温くなり、麺が伸び切ってしまっていた。

結局、3限目は図書館に行かず、生協の販売店の前にある机で、教科書を読むことにした。

どっかのサークルの仲間同士なんだろう。学生の集団が騒いで勉強するのには適さない場所だ。

俺の気も知らないで、非常にやかましい。

心の中で文句を言いながら、数時間ほど教科書を読みつつ、時より絵里が働く販売店の自動ドアの方目を配っていた。

流石に疲れた。活字を長時間目にしたのだなんて久しぶりであったから、神経が持たない。

そう思い、教科書を閉じて、販売店の自動ドアに目をやった瞬間だった。

扉の向こうから絵里が出てきた。昼のエプロンをしていなかった。仕事が終わったのだろう。

慌てて俺は椅子から立ち上がり、絵里の後をつけることにした。

外に出ると、陽は落ち、夕焼けが空をオレンジ色に描いていた。

今、彼女と話さなきゃいけない。そんな一方的な使命感に俺は駆られていた。

しかし、歩きながら彼女の背中を見つめるばかりで、中々声を掛ける勇気が出ずにいた。

一体、何をやっているんだろうか俺は。

我に返った俺は、女性を後ろからつけるという己の異常行動に呆れていた。

そのまま俺は絵里の後ろをつけながらキャンパスを出て、いつもの家路を辿っていっていた。

俺は、このまま話しかけられずに帰宅してしまうんだろうか。そう思っていたら、右に曲がると思っていたところを絵里は左へ曲がる。

そっちは違うはずじゃ。どこへ行くんだろう。そのまましばらく着いていくと、辿り着いたのは絵里と小学生の頃よく遊んだ公園であった。

滑り台やブランコがある小さな公園だ。もうすっかり暗くなりつつあるからか、辺りには誰もいない。

公園に入るや否や絵里はこちらの方を振り返って、大きな瞳で俺を見つめる。

「何?後ろからついてきて、気持ち悪いんだけど。」

絵里は怪訝な顔をしながら、昼の生協で耳にした凍てついた声で俺を詰める。

「あの、この間は・・・。」

俺は、声を震わせながら、絞り出そうとしたが、すかさず絵里は積りに積もった感情が爆発したかのような声で遮る。

「やめて!どうせ、本当は自分が悪いだなんて思っていないんでしょ!自分は関係ないって!」

「いや・・・。」

相変わらず俺は言葉が出ないでいた。

そんな中、さっきまで、そんな気配はなかったのに、暗雲が辺りを立ち込め、ポツポツと雨粒が俺たちにかかる。

そんな雨模様も気にせず絵里は、声を震わせながらアクセルを思いっきり踏み抜く。

「5年前もそうだった。あたしの気持ちなんか分からないんだ。結局は、他人なんだよ。あたし達。幼馴染でも。」

5年前、5年前って一体、何の事なんだ。全く見当がつかない。何の事なんだ。

俺のそんな混乱も気にせず、雨足は強くなるばかりであった。俺たちしかいない公園に、大量の雨が降り注ぐ。

ゲリラ豪雨だ。傘なんて持ち歩いていない。互いにびしょ濡れになりながら俺たちは対峙していた。

とにかく俺の話を聞いてもらわないと。俺は、必死に声を絞り出す。

「そうじゃ・・・。」

「もういい!二度と私に関わらないで!」

俺の微かな声はどうしても絵里の怒声に貫かれてしまう。

土砂降りの雨ですっかり見えなかったが、怒りと悲しみが入り混じった声色と表情から絵里が涙を流しているのは分かった。

「さようなら。」

決意に満ちた表情でそう言い残すと、絵里は走ってその場を去っていった。

俺は追いかけることはできずに、立ち尽くしたまま、目で絵里を追いかけていた。

しばらく空を眺めていると、雨は止み、夕焼けが俺を照らす。


「今更晴れてもね。」


俺はそう呟いて、ベンチに座りながら、来ていた服に手を触れる。

ギュッとTシャツを掴むと、滲み込んだ水が絞り出る。

こんな絞った水のように言葉も出てきて弁明できればマシだったのだろうか。俺は自嘲的に笑う。

いや、違うか。どうやって絵里と向き合えば良かったのか、答えが出ずにいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ