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東都側の治癒室に不足品を届けると、珍しいものをみるかのようにジロジロ見られながら治癒室を後にした。
「なんか…女子ってすげぇな」
「悪い人たちじゃないんでしょうけど、居心地は良くなかったですね…」
こそこそと「あれが…」「水樹君の…」と話ているのが聞こえたので、ふうちゃんの彼女として見定められた気がした。
何事もなく受け渡しができたのは、りく先生がいてくれたおかげだろう。
「りく先生がいてくれてよかったです、ありがとうございました」
「まぁ、合宿期間中はなるべく近郷さんといる方がいいだろうな」
「あ、そうだ。ダイヤちゃんに伝えたいことあるんです!…あのぉ…りく先生…」
「ふっ。しょうがねぇなぁ…さっきのこと黙ってたら付き添ってやる」
「うっ…」
形勢逆転。
双剣の打ち合いと同じく、隙を見つけたらここぞとばかりに弱みをつかんで離さない。
「で、でも、絶対に隠せないってりく先生だってわかってるじゃないですか」
「そこをなんとかするのが、ここだろ」
そう言ってりく先生は私のおでこをピンっとはじいた。
「ほら、さっさと行って交流戦見にいくぞ」
「ふふ…はい!」
ダイヤちゃんがいる女子コートに一番近い扉をそっとあけると、もうすでに1戦目がはじまっていた。
ダイヤちゃんの姿はすぐそこなのに、小声でダイヤちゃんに呼びかけても集中している…というよりも緊張しているのか気づいてもらえない。
それにみな模擬戦に集中しているためか、誰もこちらに気づかず、だからと言って練習場に足を踏み入れるのも逆に注目を浴びてしまうし…と私は頭を悩ませた。
「…なにか用?」
「え?」
後ろから聞きなれない声がして振り返ると、ふうちゃんが教えてくれた渋谷先輩が腕をくみながらこちらを見ていた。
黒いマスクで隠された顔からは表情が読み取れないが、さっきの見定めるような視線とは違う。
むしろ黒い瞳からは透き通った優しさを感じた。
「近郷さんの案内役なんだか伝言を預かっている。悪いが呼んできてもらえないか?」
「…わかりました」
「あ、ありがとうございます…!」
渋谷先輩は私がお礼を伝えきる前に扉の中に入ってしまい、最後まで伝えることができなかった。
でも不思議と冷たさは感じなかった。
「楓?どうしたの?」
するとすぐにダイヤちゃんが顔を出してくれて、気のせいかもしれないけど、私の顔をみて少しほっとしたような顔をした。
「あ、橋本先生も。ご無沙汰しています」
「おう、あれから武器の調整はどうだ?」
「おかげ様でベストコンディションで今日披露できます」
「ふっ、それならよかった」
武器には強いこだわりを持つ二人らしく、言葉数は少ないが、必要な言葉は伝わっているようだ。
「それで渋谷先輩から伝言があるって聞いたんだけど、なにかしら?」
「あ、あのね、模擬戦にびっくりさせちゃ悪いと思って…」
「うん?」
ちらっとりく先生をみると、先生にしては珍しく空気を読んで背を向けていた。
でも一応私はダイヤちゃんの耳元に近づき
「あのね、ダイヤちゃんの模擬戦、たかちゃんが応援にいくって」
と伝えると、ダイヤちゃんの耳からダイヤちゃんの体温が伝わるくらい顔が真っ赤になっていた。
その様子をみて、やっぱり事前に伝えておいてよかったと思った。
「な、な、ど、どうしよう…?!」
「ふふ、いつものダイヤちゃんらしくなったね?」
「…あ」
きっと緊張していたことにも気がつかなかったのだろう。
驚いた表情をしたダイヤちゃんの表情は、ふっとほころんだ。
「…ありがとう、楓。私、不安になってたみたい…」
「不安?」
「北都の人たちに名前を知られて笑われるんじゃ…とか、彼に幻滅されたら…とか」
「そんな…!!」
「でも楓が来てくれたおかげで勇気でた…ありがとう、楓」
うん、ダイヤちゃんにはやっぱdりダイヤモンドみたいに純粋な輝きがよく似合う。
ダイヤちゃんの輝きは、視線を奪うほど力強く、そしてあたたかい。
なんだかたかちゃんみたいだ、と思った。
「見てて、楓。北都生には悪いけど、本気、出させてもらうね」
「うん!!楽しみにしてる!!ダイヤちゃんの本気!!」
本来なら敵チームなのに、敵味方関係なくなるほど、応援したいって心から思わせてくれる。
そんなところがたかちゃんに似てるよ、ダイヤちゃん。
ダイヤちゃんとわかれ、ギャラリー席に戻ろうとすると、練習場入口でさゆり先生とばったり鉢合わせた。
先生たちは壇上の教員席が用意されているため、私は満面の笑みで二人を見送った。
今度は私がりく先生に形勢逆転だ。
席に戻ると、りさちんがビデオを回してくれたと報告してくれた。
交流戦はちょうど2戦目に入るところで、男子の戦況は1対1で引き分けだそうだ。
「そういえばゆうた君は何戦目なの?」
「3戦目だよ、相手は3年生みたい」
りさちんがそう言うと、ちょうどゆうた君の姿がみえ、待機スペースで軽くストレッチをしはじめた。
ゆうた君の顔からは緊張よりもご馳走を前にした子供みたいで、りさちんもそんなゆうた君をみて落ち着いていた。
なので私だけ緊張しているようで、りさちんにからかわれた。
「模擬戦2戦目、開始!!」
壇上にいる審判長の掛け声により、3コートがいっせいに動き出し、会場の応援もわっと沸き上がる。
するとりさちんがこそっと腰をかがめたまま立ち上がり「ちょっと行ってくるね」と見学席の階段をあがっていった。
私はてっきり手すりから声をかけるのかと思っていたので、わざわざ練習場までおりて会いにいくなんて、りさちんがかわいくて頬がゆるんだ。
りさちんが戻ってくると、ちょうど全てのコートで2戦目の決着がついたところだった。
北都側からは残念がる声が多いのは、1勝2敗1引き分けで、女子はまだ白星をあげれていないからだ。
それも北都優位で攻めていたところカウンターを打たれたり、うまく誘いこまれたりと、なんとも惜しい状況だったからだ。
でも東都の先輩たちの技や術の使い方はとても華麗で、ため息がでてしまうほどだった。
「りさちん、ゆうた君どうだった?」
「試したい技がいっぱいあるんだって。だから勝ち負けは気にしてないみたい」
「ふふ、そんな感じ、してる」
「相手は3年生だから胸をかりるつもりで思いっきり負けてくるって」
「え、えぇ?!」
すごいな、ゆうた君…。
見学席からは期待をたくさんこめられているのに、自分のペースを崩さないのは…。
だからこそ鬼と遭遇しても冷静でいられたんだろうな、とあらためて尊敬の気持ちが強くなった。
「第一コート!北都高校2年、火野ゆうた!!」
《ふうちゃん、ゆうた君の模擬戦、はじまるよ》
《結界近くの鬼討伐してたから間に合ってよかった》
審判長の声でゆうた君が声援の中、迷わずコートに進んでいく。
《お疲れ様、ふうちゃん》
《ありがとう、えでか》
私は戦闘メモで顔を隠しながら、これまでの勝敗をふうちゃんに伝えた。
そしてゆうた君は思いっきり負けるつもりなことも。
《ゆうたらしいね。そんなこと言っても本当は勝つつもりなのに》
《ふふ、私もね、そう思う。だってりさちんの前だから》
《うん、ゆうたも俺も、彼女の前ではかっこよくいたいからね、えでか》
《ふうちゃんはいつでもかっこいいよ》
ゆうた君、りさちん、ごめん。
ゆうた君の応援どころじゃないくらい、私いま顔がとろけてしまいそう。
3コート全ての選手の名が呼ばれ、コートに9名がそろった。
静寂の中、審判長の声が響き渡る。
「模擬戦3戦目、開始!!」
その瞬間、目の前が炎でなにも見えなくなった。
まるで太陽が落ちてきたみたいな光景に周りもざわつき、結界の強度もあがったのがわかる。
いくら結界でさえぎられているとはいえ、こんなに燃え盛っているのだから見ているだけで汗だくになりそうなものなのに、不思議と汗ひとつかかない。
汗をかいても瞬時に蒸発しているかのようだ。
「なーんだ、相手が2年ってわかった時はつまんないなって思ったけど、けっこう楽しませてくれそうじゃん」
「楽しんでもらえるかはわかりませんが、こっちは好きにやらせてもらいます」
コートに近い席のおかげで、二人の話声がかすかに聞こえた。
ゆうた君の相手も同じく火属性だったようだ。
ふうちゃんが言うには《その先輩相手なら先に火力が切れたほうが負けかな》と予想をたてていた。
《技術も実力もゆうたの方が少し上って感じだけど、あの先輩、火力調整がうまいんだ》
《火力調整…それってどんな感じなの?》
《ゆうたの場合はもともとのエネルギー量が大きいから火の玉もたくさん出せるし、力に比例した炎があがるんだけど…そうだなぁ》
するとふうちゃんはゆうた君を車で例えて詳しく教えてくれた。
ゆうた君が車だとすると生命力のエネルギーはガソリンで、どんな走りをするかが技や術だって。
ゆうた君はガソリンをいっぱい持っているから、思い通りに走ることができるけど、ガソリンが底をつくまで走り続けてしまう。
それに比べ東都の先輩は、持てるガソリンは少ないけれど、ドライブルートが適格だからベストタイミングでガソリン補給ができる、のだと。
《しかも少ないことを見せないから、相手もついガソリン使いすぎちゃうんだよね》
《なるほど…すごいね、自分の異能をちゃんと理解してるってことだもんね》
《そうだね、その点では先輩のほうが有利かもね》
《ゆうた君は技に夢中だもんね》
《うん、だから俺にとってはゆうたのタンクがわかるチャンスだよ》
ふうちゃんの解説のおかげで、自分にはない感覚をイメージしながらゆうた君の戦闘をみると、よりおもしろく感じた。
今までは技や術、身のこなしやタイミングなど、目でみて見やすいポイントばかり観察していたんだなと気づいたから。
《もっと見えないところにも異能ってあるんだね。ふうちゃんのおかげでもっと楽しくなっちゃった》
《それならよかった》
《ふうちゃんは火属性を使うときはどんな感じなの?》
《んー俺はまだ限界値を知らないから、兄ちゃんにはいつもちゃんと調整しろ、油断するなって怒られる》
でも最近はわりとできるようになったんだよってふうちゃんは教えてくれた。
限界値がわからないってことは、それだけ受け継いだ異能力があるってことなのだろうか。
それも昔何度も暴走しかけてしまうほどにー。
「あっ…!!」
視界が陰りはじめた瞬間、りさちんの声で我にかえった。
ゆうた君と先輩の戦況が一進一退だったのが、大きく動きはじめたようだ。
これまでゆうた君お得意の蜃気楼の術を火の玉にも応用したり、合宿準備期間に練習していたカウンター技を試していたようだが、どれも思った結果ではなかったのだろう。
ゆうた君の顔は浮かないままで、苦戦を強いられているようだ。
「もう…ゆうた君やりすぎだよ…」
「やりすぎ?」
「うん…いま出してる技、すごく火力の消耗が激しいんだって。いくら技を試したいからってやりすぎたら身体にも影響がでてきちゃうんだ…」
ほら、と見つめる先には、ゆうた君の限界が近いのだろう。
頬や腕が赤く腫れ、やけどのような症状がみえた。
ふうちゃんに報告すると、ガソリンが切れたので自らの身体を燃やしガソリン代わりにしているとのこと。
《そんな…あれじゃ治癒術でも治せないのに…》
《先輩も気付いてるだろうから、そろそろ畳みかけてくるよ》
そうふうちゃんから魔法が届いたタイミングで、これまでどうやってため込んできたのだろうと思うほどの火の玉が東都側の領域を埋め尽くした。
一瞬遅れてゆうた君も反撃のため、先輩より上回る数の火の玉を出現させた。
「…ゆうた君、ギリギリみたい…」
「・・・」
ふうちゃんのおかげで見えないところで行われている戦いが、少しだけわかるように気がした。
なぜなら若干ではあるが、先輩の火の玉が徐々に大きくなっているからだ。
ゆうた君も気づいているのだろう、額に冷や汗がちらっと見えた。
ちらっとりさちんを見ると、心配しているようではなく、むしろ厳しい顔でゆうた君を見つめていた。
私はいたたまれなくて、無意識にりさちんの手を握った。
「…楓ちゃん」
「…りさちんがいま、何を考えてるかわかるよ」
もし、目の前でふうちゃんが傷だらけになりながら苦戦を強いられていたら。
しかも戦況的にふうちゃんが不利な状況だったら。
そしてそれが自分を犠牲にするような戦い方だったら。
きっと私はふうちゃんのこと怒るだろうから。
「…今日ね、傷の修復が得意な先輩とか、痛みを和らげるのが上手なゆか先輩も治癒隊にきてるの。だから怪我のことは任せて?」
これがりさちんを安心させてあげられる言葉になるのかわからない。
でも今、ゆうた君をとめるために私がなにかできることは何もない。
だからせめて、少しでもはやく、りさちんの前にいつものゆうた君で戻れるようにサポートはしてあげたい。
治癒隊にはすごい先輩たちがいるから、安心していてねって。
「…ふふ」
「り、りさちん?」
「ありがとう、楓ちゃん…あとでゆうた君に一言言わなくっちゃ。楓ちゃんまで心配させたこと!」
私の不器用な気持ちが伝わったのか、いつものりさちんの雰囲気に戻り、ふわっと笑ってくれた。
すると東都側からわっと歓声があがった。
ゆうた君は全身から黒い煙をのぼらせ、コートの外で膝をついていた。
続く




