ー95-
寮に帰ってきて数日。
校舎立ち入り禁止だった3日間を取り戻すかのように、朝練にはじまり昼練、そして夜練と1日練習続きの日々。
それに加えて私はりく先生との特訓に、明日からはじまる東都高校との強化合宿に向けた準備に大忙しで、とても実家と茶々丸を恋しがっている余裕なんてなかった。
「楓さーん!!女子部屋の布団、3セット足りないみたい~!!」
「わかった!タオル取り込んだら持っていくね!」
私は寮の正面にある合宿所の屋上で靡いているふかふかのタオルを取り込んでいた。
「ふふ、いい香り…」
真夏の太陽の光をいっぱいに浴びたタオルは、慌ただしさを忘れてしまうほど温かいで私を癒してくれる。
《ふうちゃん、こっちはとってもいいお天気だよ》
《こっちも暑いくらいだけど、いい天気だよ》
《ふふ、東都は北都よりも暑そうだね》
《うん、めちゃくちゃ暑い》
北都は海が近いから、暑くても風のおかげで気持ちいい夏を過ごせるけど、コンクリートジャングルの東都は私が想像しているよりも暑いみたい。
《でもふうちゃんと一緒だったら暑くても楽しみ》
《それは俺もだよ。えでかがいるから初めて東都の夏を楽しめそう》
「えへへ…」
誰もいなくてよかった。
だって私がいるだけで、ふうちゃんが夏を楽しむことができるんだもん。
ふうちゃん、夏休みはいつも友達と遊んだり、冒険してたって話していた。
だから久しぶりにふうちゃんらしく夏を満喫できると思ったら、そしてそれが私がいるからっていうことが、私の頬を緩ませる。
ふうちゃんは今日、お兄さんの陰陽省としてのお仕事を手伝っているみたい。
夏休みに入り街中の人が増えることで、各地に現れる表立って討伐できない鬼たちを退治しているそう。
「退治終わったらお返事してくれてもいいんだよ?」と魔法を送ったら「秒で片付けてるから大丈夫だよ」と教えてくれた。
だからつい時間があれば、ふうちゃんに魔法を送りながら合宿準備をしているのだ。
《えでかは準備、順調?》
ふかふかタオルを各部屋にセットし終わった私は、不足していた布団セットを抱えて部屋に向かっていた。
《うん!それに合宿所、滅多に入ることないし、みんなで大掃除したり楽しかったよ》
北都の合宿所は、寮に比べれば小さいが男女合わせて100名分の個室は準備されており、2階には全員雑魚寝できてしまえそうなほどの大部屋がある。
ちょっとした旅館気分で、博貴は「みんなでここに泊まろうよ!!」と興奮していた。
みんなの前で寝顔になるのは抵抗あるけど、みんな同じ部屋で夜遅くまでお喋るしてるのを想像したら博貴の提案に思わず賛成したくなった。
《そういえば博貴とゆうたからメールもらったんだ》
《二人から送ったってきいた。ふうちゃん来れないの残念がってたから》
《メールなのにさ、二人の声が聞こえてくるようだったよ》
《あはは!なんて送ったのか想像できちゃう!》
きっと「なんで大雅これないのー!?」「俺、めちゃくちゃ大雅びっくりさせる技考えてたのにー!」「次会うときは絶対模擬戦しよう」「次は絶対負けないからね」って送ったんだろうなって、私でも想像だけで博貴とゆうた君の声が聞こえてくるよ。
「よし!!女子部屋準備、完了~~!!みんなお疲れ様!」
全国大会に出場しない2年生と1年生たちメインで準備した女子部屋準備は、夕方前に終わらせることができた。
ちょうど昼練が終わるころでもあるので、水分準備のため練習場に戻る者もいれば、男子部屋の手伝いに回る者もいた。
私は女子棟の鍵を預けるため管理人室に向かうと、ちょうどりさちんと鉢合わせた。
「りさちん!お疲れさま!」
「楓ちゃんもお疲れ~!」
りさちんたちは明日からの合宿では朝、昼、夕、そして夜食まで担当する調理部隊として活動するそう。
そのため調理室の鍵を返しに来たところだった。
体育祭とはまた違い、合宿メニューの考案、そして東都生に美味しく食べてもらえるよう、調理部隊のみんな張り切っていた。
「私も合宿メニュー、楽しみだな~♪」
「いくらでもおかわりできるよう準備してあるからね!もちろん甘いデザートも♪」
「ほんと?!すごい!うれし!」
合宿用のメニューは毎年とってもボリューム満点で、カロリーもたっぷりなのだが、それを上回る運動量なのでこの期間だけは、どれだけ食べても太ることはない。
なのでデザートもついてくるなんて、なんてお得なのだろうと胸が躍ってしまう。
「甘いものといえば、楓ちゃんがくれたクッキー!あれすっごく美味しかったね!」
「そうなの!私のお友達がつくってくれたんだ♪」
「今度作り方聞いてきてほしいな~」
「もちろん!今度一緒につくる約束してるから、そしたら教えるね!」
光ちゃんのクッキーは、料理上手なりさちんの舌にもあったようで、りさちんも虜にしてしまったようだ。
光ちゃんに教わってもりさちんを唸らす出来になるのかわからないけれど、でも教わる日がとても楽しみではある。
するとそこに相変わらず疲れ切った顔のりく先生がやってきた。
「あ、榎土ちょうどよかった。遅れてた業者がようやく到着したってよ。お前が納品確認しないと運搬できないから待ってるぞ」
「あ!!やっときてくれたんですね!!教えてくれてありがとうございます~!!」
「じゃ、またあとでね!楓ちゃん!」と、元気に飛び出していったりさちん。
りさちんに手を振り返していると、先日のりく先生との特訓でのひとこまを思い出した。
ー 練習場 ー
「なに!?鈴村姉弟帰ってきてたのか?!?!」
「え…?は、はい…」
査察でお疲れだろうと思い、りく先生にも光ちゃんのクッキーをお裾分けしていた時。
私が光ちゃんと湊の話をすると、名前に反応したりく先生が今日一番の驚きをみせた。
「って、りく先生も光ちゃんと湊のこと知ってるんですか?」
「知ってるもなにも…俺も小学校は同じだったからな」
「あ、そっか…先生の後輩になるんですね」
「つっても接点はねぇよ。ただおもしろい姉弟がいるなとは思ってたくらいで」
世間は狭いって本当だなと思いながらりく先生の話によると、南都に引っ越したのを知ったのも後からだったそう。
でも接点がなかったのに、りく先生がこんなに驚くなんて不思議だなと思った。
それくらい光ちゃんと湊は北都小学校では有名だったのかなって、なにやらぶつぶつつぶやいてるりく先生を傍目に首をかしげていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ん、どうした?」
「いえ…先生、まだお疲れですか?」
寮に帰ってきてすぐに比べれば、ボサボサしていた髪の毛もまとまってはいるが、休む暇なく今度は合同演習準備だ。
草花属性は休むのも大事って教えてくれたのは先生なのに、ちゃんと休めているのか心配になる。
「お前に心配されるほど疲れてねぇよ。それにな、お前らが汗水たらしてる間にする昼寝ほど回復できる休憩はねーよ」
と、りく先生は私の頭をぐしゃぐしゃにして、りく先生とお揃いになった。
「あ、そうだ先生。今夜も21時で大丈夫ですか?」
「あぁ、悪いな遅くなって。なるべく早めに戻ってはくるから部屋で待機しててくれ」
「わかりました!それまでふうちゃんと一緒にお勉強してます♪」
「ふっ、よろしくな」
私はお揃いにされた髪の毛を整えつつ、特訓時間を確認した。
寮に帰ってきた翌日から先生は夕方になるとどこかへ出かけているようで、いつもより遅い特訓をお願いされた。
なのでいくら昼間に寝ていると心配かけないように笑っていても、気になってしまうのだ。
でもそんな私の心配なんてよそに、りく先生は駐車場のほうへ向かっていった。
ー 夜 ー
夜練も終わり、お腹いっぱいになった後は机に一番点数の低かった数学の教科書を開き、ふうちゃんとの勉強会がスタートした。
でも私の頭から離れないのは、りく先生のこと。
《ねぇふうちゃん。りく先生大丈夫かな、本当は疲れてるよね》
《そうだね、元気ではないだろうね》
というか、りくさんが元気な姿もう何年もみてない、とふうちゃんが続けて返事をくれた。
だから気にしなくていいよと、ふうちゃんなりの優しさだ。
《なにかしてあげれないかな、りく先生に》
だってなんだか放っておけない。
学校のことでもいつも忙しくしているのに、休む時間を削って私に特訓をつけてくれているんだもの。
なんてお節介かもしれないけれど、何もせずにはいられない。
《大丈夫だよ、えでか。きっともうすぐ元気になると思うよ》
《そうなの??》
《それもえでかのおかげで》
《私の?私まだなにも出来てないよ??》
《もう十分りくさんためになってるんだよ》
《ん~~~難しくてよくわからないよ》
教科書にのってる呪文のほうが簡単に思えてくるくらい。
《大丈夫、りくさんが教えてくれるから》
《ほんと?》
《うん、俺から話してもいいんだけど、これはりくさんから話したほうがいいことだから。だからもう少し待ってて》
《うん…わかった。ありがと、ふうちゃん》
ということは、きっと橋本家に関することなのだろう。
ならば私がいま考えてもわからないことだから、ふうちゃんの言葉とりく先生を信じて、目の前の呪文をふうちゃんと解きはじめた。
ー 練習場 ー
ふうちゃんとお勉強会中、約束の時間よりも1時間はやく、りく先生から連絡がはいった。
「準備ができたらでいい」とメールにはあったが、すでに準備万端な私とふうちゃんはさっそく特訓にむかった。
すると夕方会ったときとは打って変わって、疲れが吹き飛んだかのようなりく先生が練習場で待っていた。
私はりく先生に声をかけるよりも先に。ふうちゃんに《ふうちゃんの言った通り!》と魔法で報告した。
「おっ!はやかったな!」
「先生こそ…げ、元気そうで…」
「まぁお前のおかげだな!」
「それ、ふうちゃんも言ってましたけど、私なにもしてないですよ??」
「知りたいか?」
「それはもちろん」
元気になったりく先生は、いつもよりも意地悪は笑みがよく似合う。
「じゃあ俺から1本とったら教えてやる」
「むっ!望むところです!」
そして私の闘争心に火をつけるのもはやかった。
「うぅ~~~悔しい~~~!!!」
双剣をはじめてもうすぐ1カ月。
怪我で打ち合うことができなかった期間もあるが、剣術歴も実績も格上なりく先生にかなうわけもなく。
でももしかしたら、と思って全力をだしてもりく先生には軽くあしらわれてしまう。
もう何度打ち込み、何度床に転がったのかわからず、さすがに息がきれてしまった。
「なんだ?もう終わりか?」
「次は絶対1本とりますから!」
と、意気込んでも足に力が入らず立ち上がれなかった。
「でもだいぶ長くもつようになったんじゃないか?」
「…はぁ…はぁ…え??」
「ほら、前は10分でもへばってたのに、30分はたってるぞ」
そう言われて頭が時計になった植物をみると、たしかに30分経過していたことを教えてくれた。
「丹田トレーニングの成果がちゃんと出てる証拠だ」
「そっか…私、ちゃんと強くなってるんだ…」
「ま、鬼神戦までには12時間くらい動けるようになってるのが目標だけど」
「へっ!?」
「特別に教えてやるよ」
と、りく先生はお水を私の額にあてた。
私は大きな葉に腰かけ、お水を飲みながらりく先生の一服をまった。
「お前…体育祭のとき、影の話をしたの覚えてるか?」
「あ、はい…りく先生の代わりに動いてくれる人たちでしたよね?」
たしか湯田先生を回収していた、いかつい顔のお兄さんたち。
でもとても礼儀正しかったのを覚えている。
「鈴村姉弟を影に勧誘した」
「光ちゃんと湊を影に…えぇ!?!?!?!?」
思ってもいなかった点と点が私の中の宇宙で衝突し、いかつくなった光ちゃんと湊が誕生して混乱している私。
「えっ?えっ??ど、どういうことですか??」
「落ち着け。影っていってもいろんな役割があるんだ。全員が全員あぁなるわけじゃない」
なぜか私の想像がりく先生にも伝わったようで、とりあえずいかつくなるわけじゃないことにほっとした。
「あの時お前が見たのは、回収班だ。湯田のような異能犯を捕らえたあと、輸送するのが主な仕事だな。他にも町に異常がないか警備する班、異能事故がおきた際の調査や検証班、あとはサイバー班や諜報班、救急班もある」
いつもみたいにりく先生は空中に文字を浮かびあがらせながら、影の組織構造について教えてくれた。
私が会った回収班のお兄さんたちは、異能犯の輸送という逃走リスクを防ぐため鍛えてきたら、みんな見た目がいかつくなっていったらしい。
「影はそもそも別の目的で声かけてたんだが、いつの間にか増えててな。鈴村姉弟には昔声をかけてたんだよ。小学生のときに」
「そんなに前から?!」
「言ったろ?おもしろい姉弟がいるなって思ってたって。あの時から声かけてたんだが、おそらく引っ越すのがわかってたんだろうな。何度か誘ってもずっと断られてたんだよ」
たしかに鈴村姉弟は有名だった。
光ちゃんは水属性、湊は火属性でお互いの弱点を補い合うので、二人に誘われて応援にいった北都大会で、素人の私からみても無双状態だったから。
「そうだったんですか…でもどうして影に入ってくれることになったんですか?」
するとりく先生は「こればっかりはお前のおかげだよ」と、優しく微笑んだ。
「最初はさ、俺の顔みた途端来た理由がわかったみたいで断るつもりだったらしい。姉のほうが結界師目指すのに集中したいみたいで」
「北都大の教授から学びたいんだって言ってました」
「そう。でも鬼神戦にお前が関わってるって話をしたら、二つ返事で了承してくれたんだ」
「え?」
光ちゃんと湊は最初、いますぐにでもやめさせてほしいと怒っていたそう。
でも最終的には納得して、りく先生の影になることを決めたのだと。
「二人には大学優先で手伝ってもらう約束だが、お前のために力になってくれるってよ」
「私の…ために?」
「あぁ、難攻不落の姉弟を落とせたのは、お前の人徳だよ。ありがとな」
お手柄と言われているかのように、頭をこねくり回されているけれど、私の心ははれない。
「でも…光ちゃんと湊に危ない目にあっては欲しくないなぁ…」
いくら私より何倍も強くても、私より戦績も実績があっても、それでも危険な目にあってはほしくない。
と、私がぽろっとこぼすと、りく先生は声をあげて笑って、私の目を覚ますようだった。
「お前、あの二人と同じこと言うのな」
「光ちゃんと湊と?」
「あぁ。あの二人も、お前に危険なことがないよう絶対に守るよう約束したんだ。影に入る条件としてな」
光ちゃんと湊の顔が浮かぶ。
同じことを考えていたなんて驚いたけれど、二人の気持ちがとても嬉しい。
きっと嬉しいって感じるのは、私が二人を想う気持ちに嘘がないからだろう。
「それに姉のほうは強かな奴だな」
「光ちゃんが?そうですかね?」
「あぁ、北都大の教授から結界術学んでるだろ?姉が結界師目指すきっかけが櫻子で、櫻子の恩師がその教授なんだよ」
「え!?さ、櫻子お姉さんも結界師なんですか!?」
「あれ?言わなかったっけか?」
どうやら櫻子お姉さんは結界師にはさほど興味がなかったのだが、お兄さんがおもしろい空間術をつくり、それを共有するために結界師の資格が必要だったそう。
その空間術とは、二人しか認証されないもので、お互いがいる場所へ転移が可能な術。
私が何度かみた、お兄さんの側の空間が歪み、櫻子お姉さんがあらわれる術だ。
その空間術を使うために、興味ないのに結界師になってしまうなんて、櫻子お姉さんのすごさがより明確になった。
「で、櫻子からも教わりたいって交渉されてな。櫻子に聞いたらお前のためになるからって返事したんだ」
「・・・」
「ふっ。これも、お前の人徳だ」
どうしてなのかわからないけど、うれしくて涙がでた。
だって光ちゃんと湊にも、櫻子お姉さんにも私はいつももらってばかりで、みんなに特別なにか渡せたことなんてないのに。
私のためにって危険を冒すことを選んだり、私のためにって人と人がつながったり。
みんなへの好きがあふれて熱い涙がとまらなかった。
続く




