ー91-
ー 調理実習室 ー
「白虎組の男子諸君!!そして朱雀組の女子諸君!!体育祭、準優勝おめでとう!!君たちの活躍、見事だった!!!今日は私と橋本先生からのおごりだ!!合同打ち上げ、楽しみたまえ!!!乾杯!!!!」
原田先生の乾杯の音頭により、調理実習室にたくさんの紙コップが掲げられた。
私たち、白虎組と朱雀組の合同クラスは体育祭で準優勝という快挙を達成したため、調理実習室をお借りして打ち上げがはじまったのだ。
各テーブルには原田先生とりく先生のおごりで、いろんな飲み物からお菓子、唐揚げややきそば、たこ焼きにおにぎりなど夕食も兼ねたラインナップ。
いったいどうやって閉会式が終わってからここまで準備できたのだろうと謎が深まる。
「楓ちゃん!治癒隊、お疲れ様~!」
「りさちん!リレー大活躍だったね!」
紙皿に夏野菜のトマト煮と、ポテトサラダ、唐揚げを盛り付け、空いていたテーブルにつくと私とりさちんはお互いを労いあった。
「でもりさちん、よく栄一郎君の術わかったね?」
「ふふ、属性チームで同じだったからずっと研究してたからね!」
りさちんの研究によると、りさちんと同じ第九走者の先輩は火属性だったことから、属性試合の際、火属性相手によく重力術でブーストをかけてサポートしていたらしい。
なのできっとリレーでも使うと読んでいたのだそう。
「畑中先輩びっくりしたみたいだけど、あのあと重力術のかけかたと抜け方教えてくれたんだよ♪これならダイヤちゃんにも効果ありそうじゃない?」
「たしかに♪そういえば夏休みの強化合宿、ダイヤちゃんもくるんだって!」
「ほんと!?そしたらまたダイヤちゃんと模擬戦したいな~」
と、体育祭が終わった直後ということもあり、私とりさちんだけでなく、みんな誰だれのあの技がすごかったと、誰だれ先輩のアドバイスがこうで~といった話で盛り上がっていた。
その中でも今回リレーの立役者である委員長と、ヒーローの波多野の周りは人だかりでにぎわっていた。
「そういえばゆうた君は?」
調理実習室を見渡しても、委員長と波多野と同じくらい賑わっていてもいいはずのゆうた君の姿が見当たらない。
「…いるよ、ずっとここに」
「え!?!?!?」
りさちんが指さしたのは、同じテーブルのりさちんの隣だった。
目をこらすと空間がじわっと揺れたような気がした。
「も、もしかして蜃気楼の結界に入ってる…?」
「うん…ゆうた君、責任感じちゃって居ずらいみたい」
「そんなことないのに…」
「…ありがとう、楓さん…」
か細いゆうた君の声が聞こえたが、やっとの思いで出してくれた声なのだろう。
でも、このクラスにゆうた君のことを責める人なんて誰もいない。
そう私もりさちんもわかっている。
ゆうた君の戦略や、アドバイスがあったからこそ準優勝まで登りつめることができたのだから、ゆうた君にも楽しんでほしい。
《ふうちゃん、ゆうた君になんて声かけてあげたらいいだろう》
ゆうた君のせいじゃないよ、も違う。
ゆうた君も楽しもうよ、も違う。
私が思いつく言葉はきっともうりさちんたち、リレーメンバーが伝えた言葉な気がする。
それでもゆうた君の悔しさを溶かすことができなかったのだから、私は自分の言葉に限界を感じた。
《そっか。ゆうたの気持ち、わかるなぁ》
《ゆうた君の気持ち?》
《うん、悔しいのはもちろんだけどさ、もっとこうすればよかったとか、あの時ああしておけばって考えがとまらないんだと思う》
《そ、そうなの?》
《ゆうたの性格的にね。だから考えがとまるまで本当はひとりになりたいんだと思うよ》
ふうちゃんの言葉で、私はすこしほっとした。
みんなに会いたくないわけでもなく、自分を責めているわけではないことに。
もちろんゆうた君の口からきいたわけではないけれど、ふうちゃんの言葉には説得力があったから。
《じゃぁ本当は一人になりたいけど、みんなともいたいんだね》
《うん、というより、りさっぺといたいのかもね》
《ふふふ、そうかもしれない》
ゆうた君が蜃気楼の結界に入ると、同じ属性の人でもゆうた君がどこにいるのか気づくことは難しい。
りさちんのようにゆうた君を理解している人、ゆうた君以上に実力があり、術の特性を理解できる人くらいしか存在がわからないそうだ。
私はりさちんに「ここにいるよ」と教えてもらって、やっと、なんとなくわかるくらいだ。
だからこの場にゆうた君がいることに気づける人はほとんどいないのだ。
ひとりになりたい気持ちは私も理解はできるので、あまり強くは言えないけれど。
でもこの場で笑顔のゆうた君が見れないのは、ちょっとさみしいなと思う。
と思った瞬間、原田先生がゆうた君の肩を叩き、蜃気楼の結界が解かれた。
「火野!!ここにいたのか!!」
その熱風がぶわっと調理実習室に広がり、みんなの視線がゆうた君に集中した。
「今回準優勝できたのは火野の尽力あってのことだ!!本当にありがとう!!!」
「い、いえ…むしろ俺のせいで…」
と、ゆうた君が弱気な言葉を口にしようとしたところ、ゆうた君の周りに一斉にクラスメイトたちが集まって、ゆうた君は話すタイミングを失った。
「ゆうた!お前の走り、めちゃくちゃかっこよかったぞ!!」
「来年も隊長やってくれよな!!!」
「来年も合同になれたらよろしくね!」
原田先生はゆうた君の目の前に次々と食べ物が置かれていき、戸惑うゆうた君をニコニコと見守った。
「榎土女子もいい走りだったな!!強くていい彼女じゃないか、火野!!」
「あの畑中先輩の策を見抜いたのすごかったな!!」
「りさもかっこよかったよ~~!!」
と、りさちんがほめられる姿を見て、私もうれしくて鼻が高い。
「うん、りさ、すごかった。ありがとね、りさ」
「ゆうた君…」
やっとゆうた君らしさが戻って、ゆうた君に笑顔が戻ったことで安心したのか、りさちんは突如泣き出してしまった。
りさちんはゆうた君と原田先生になぐさめられていると、私たちのテーブルにほとんどのクラスメイトが集まってきてしまった。
私は慌てて心配するみんなに「大丈夫だから二人きりにしてあげよ?」とそっと声をかけると、空気を読んでくれたのかそれぞれのテーブルに戻って、二人の声が誰にも聞こえないように騒ぎはじめた。
原田先生だけは残って二人の間に入ってくれているけれど、なんだかいまの二人には原田先生の存在が必要な気がした。
そして私は委員長のもとへいったり、南君の歌を聞いたりしてひとしきり楽しむと、ちょっとゆっくりしたくなったのでどこか静かな場所はないかと辺りを探すと、角でひとり佇むりく先生を見つけた。
「いいのか、こっちにきて」
「はい、ここが落ち着くんで」
「ふっ、そうか」
そう言うと、りく先生は嬉しそうに微笑んで烏龍茶に口をつけた。
「楽しかったか、体育祭」
「はい!一緒に楽しめましたから!」
と、りく先生に手をふってみせると「ま、体育祭ならいいだろ」と笑った。
もちろん試験中はカンニングになるからいけないけれど、負けず嫌いなりく先生は体育祭で準優勝とれたことがやっぱり嬉しいみたい。
「今日はゆっくり休めよ」
「え、いいんですか?」
「あぁ、また明日な」
りく先生の口ぶりからすると、今日の特訓はお休みで明日は特訓してくれるようだ。
だから今日は思いっきり楽しんで、思いっきり休め、と言ってくれているようだった。
すると体育祭のヒーローが囲みから抜け出してきて、角にいる私たちを見つけると疲れた表情からいっぺん、いつもの波多野らしい表情で口をひらいた。
「おい、赤でこ。説教の続きだ、ちょっとこい」
「・・・え????」
ま、まだ説教されるの!?と言いたげな顔をしていたのだろう「来なかったらばらすぞ」と見晴台での鬼のことで脅してきた。
「うぅ…わかりましたぁ…」
「おう、喧嘩すんなよー」
「りく先、りく先にも聞きたいことあんだからな」
「おぉ怖い怖い」
なんて口にしながらも余裕の笑みで波多野を躱すりく先生。
お説教の躱し方も特訓してほしいなと思いながら、しぶしぶ波多野について廊下にでた。
そのまま波多野についていくと、調理実習室から少し離れ、大学や企業のパンフレットなどが置かれた少し拓けたスペースにやってきた。
そして波多野は溜息をつきながら壁によりかかった。
「…なんか、疲れてる?」
「…あぁ。あいつなしつけぇんだよ…」
廊下に電気はついたままだけど、この階には調理実習室しか人がいないので、その暗さが波多野の顔に影を落としていた。
「でも、切島先輩殴ったとき、私もスッキリしたもん。みんなもそうなんだよ」
「あっそ」
不思議。
波多野とこうやってまた話せるようになれるなんて、体育祭もいいもんだなぁとしみじみしていると「座れば」と意外にも優しく声をかけてくれた。
「…で、怪我は」
「怪我?」
「腕。怪我しただろ」
「あ、私は大丈夫だけど…」
怪我なら正直、私よりも波多野のほうがひどかったはず。
でも今日は昨日の怪我がほとんど見当たらない。
もちろん大きい外傷は残っているけれど、昨日ほど目立ってはいない。
「なんだよ」
「え、いや…そっちこそ怪我は大丈夫なのかなって」
「あ~…朝から手当されたからな」
「そうなの?治癒協会の人に?」
「いや…あいつだよ」
「あいつ…??」
なんだか言いよどむ波多野に首をかしげていると、ピンときてしまった。
どうやら早朝、ゆか先輩にまだ誰も集まっていないテントに呼び出され、ありとあらゆる治療をフルコースでうけさせられたのだそう。
ゆか先輩からそんな話は聞いていなかったので、きっと責任を感じたゆか先輩なりの返し方だったのだろう。
そう思うとよけいに気になってきてしまう。
あの借り物競争のお題が本当に『幼馴染』だったのか…。
聞きたいけれど、まだそこまで気軽に聞けるような関係性ではないとは自覚している。
でも知りたい、聞きたい本能は逆らえず、うずうずしてしまう。
「…なんだよ」
「えっ!な、なんでもないよ?!」
「ふ~~~~ん」
波多野は壁に寄りかかりながら腕をくみ、全て見透かされてるように気分になる。
「…お、怒らない?」
「内容による」
「…殴ったりもしない?」
「…そこまではしねぇよ」
ふふって自然と笑みがこぼれた。
だって内容によっては怒るかもしれないけど、殴りはしないんだって思ったら、自分でも思っていたよりも私と波多野の仲は悪くないのかもしれない。
「ねぇ…借り物競争のお題、ほんとに幼馴染だったの?」
「…知りてぇの?」
意外にも怒りはしなかった。
むしろニヤリと笑って、私がこの質問をするのを待っていたかのような…。
「…い、いや??全然、全然知りたくないよ???」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとに…!!」
やっぱり嫌な予感がする。
ここで頷いてはいけない、よう私の勘が警告を発している。
「ほんとは幼馴染じゃなかったとしても?」
「え!?ほんとに!?!?」
「あぁ、そうだよ。このことはあいつも知らないし、誰にも言ってねぇよ」
「~~~!!!!」
そう言われたら首を縦に振るのをとめられない。
だって本当は幼馴染じゃなくて、しかもゆか先輩も知らなくて、誰にも言ってないなんて…!!
「で、ほんとに知りたくないんだな??」
「~~~ぃ」
「あ?聞こえねぇな~」
「うぅ~~知りたいです!!!」
悔しい。頷いたらろくなことになりそうにないって私の直感が告げているのに、好奇心がおさえきれなかった。
もうどうにでもなれ!!波多野にどんな無茶ぶりをされたとしても、根性でなんとかしてみせる!!
「あのお題な、白紙だったんだよ」
「え?」
「だから、白紙だったんだよ、は・く・し!!」
「え…えぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?!?」
白紙!?!?噂の好きな人カードじゃなくて!?!?
と拍子抜けというか、期待外れで残念だったというか、現実は意外とあっけないという気持ちで凹んでいると、おかしな点に気づく。
「あれ?でもカメラにうつった時、ちゃんと幼馴染って書いてあったよね?でも白紙だったの?なんで??」
と、質問をたたみかけると、波多野は意地悪な顔をしたまま、私の警告音を高めた。
「おい。教えてやったんだから次は俺の番だ」
「え!?!?白紙ってしか聞いてない!!」
「だって幼馴染かどうかって聞いただろ?俺は違う、白紙だったって答えたんだから、次は俺の番だろ」
「~~~~屁理屈!!」
「昨日の仕返しだよ」
そう言われて昨日の記憶を思い返すと、裏門のことでなにかあったら報告しろって約束したけど黙っていたことに対して、ふうちゃんが考えた言い訳の仕返しだという。
きっと白紙だったのは本当なのだろう。
ここで波多野が嘘をつくメリットがないし、そういう性格ではないって理解している。
そしてなぜ『幼馴染』と書かれていたのか、その真相を聞きたければもっと波多野の命令を聞かなければいけないことも。
であれば、ここは大人しく命令が少ないうちに引き下がったほうが賢明だ。
「もう!!で、なに??なにか聞きたいことでもあるわけ?!」
真相を知るのは残念だけどあきらめる。
でも素直にあきらめきれな私はちょっといじけた態度になる。
「別に聞きたいことはねーけど、今度こそちゃんと約束しろ。鬼の気配を感じたり、異常を感じたり、危険がせまってることを知ったら絶対俺に言え」
波多野の顔が真剣だった。
さっきまで意地悪な顔して私を誘導したくせに、急に真剣な顔で約束を迫るから一瞬戸惑ってしまう。
「…な、なんでそこまで…?」
「うるせぇ。言うのか言わないのかどっちだよ。ちなみに言わないっつたら鬼のこともおめぇとりく先がいたこともバラすからな」
真剣な顔で脅されている私。でも私も真剣に気になるよ。
どうして波多野がそんなに鬼にこだわるのか。
そしてどうして私にそんな約束をさせるのか。
無言の攻防が続いたけれど、この勝負、私のほうが分が悪い。
「…わかった…。出来る限りは守る…」
「なんだよそれ」
「だ、だって夏休み中とかは無理じゃん」
「まぁ確かに…」
でも私も負けず嫌いなので、せめてものやり返し。
だって波多野の言い分もわかるけど、わからないことが多いもの。
きっと波多野が知りたいことを私は知っているかもしれない。
でもそれと波多野に教えられるほど、波多野の気持ちを知っているわけじゃないから。
波多野と仲良くなりたい気持ちはあるけれど、ふうちゃんに関わるラインだけは守りたくて最後にちょっとだけ抵抗をした。
「おい、そろそろお開きだ。戻れ」
すると暗闇の中からりく先生の助け船がやってきて、私はほっと胸をなでおろした。
このまま波多野と攻防を続けていても、私がなにか知っていることが伝わってしまいそうだったから。
「…聞いてたのかよ、りく先」
「なんも聞いてねぇよ。ただうちのクラスの生徒が脅されてるなとは思ったけどな」
「やっぱ聞いてんじゃねぇか」
そしてやっぱり脅してたんじゃんか、と口からぽろっと出そうになった。
「まぁいいや。さっき言ったこと、絶対守れよ」
「うっ」
「あとりく先。昨日の精霊がどうって話、忘れたわけじゃねぇからな」
「せっかく借り物競争のとき助けてやったのに仇で返す気かよ」
「誰も頼んでねぇし」
そう言って波多野はりく先生を睨みつけながら、調理実習室のほうへ戻っていった。
「はぁ~…緊張した…」
「あいつ、野生の勘か?いろいろ疑ってきてんな…」
これ以上知ってるやつ増やしたくはないんだけどなぁとぼそっと呟きながら、りく先生は頭をかいた。
「ま、お前にしては頑張ったよ。さ、お前も戻って最後まで楽しんでこい」
そう言ってりく先生は私の頭をぽんっと撫でて、労ってくれた。
調理実習室に戻ると時間はもうすでに19時をまわっていて、いつの間にか原田先生からの最後の挨拶も終わっていたところだった。
そしてゆうた君と委員長の挨拶で締めくくられ、楽しかった3日間の体育祭の幕がおりた。
ー 寮 楓の部屋 ー
ゴロンとベットに横たわると耳にまだ、体育祭の歓声が残っているようで静かな夜が賑やかだった。
《ふうちゃん、もう寝るところだよ》
《お疲れえでか、打ち上げ楽しかった?》
《うん!お腹いっぱいで苦しいくらい》
《じゃぁよく眠れそうだね》
あんなにいっぱい食べて、それほど時間が経たずにベットに横になっているので、お腹のお肉が気になるところ。
でもそれよりも《体育祭、いろんなことあったけど楽しかったなぁ》の気持ちでいっぱいだった。
目を閉じるとこの3日間の思い出がまぶたのうらに、流れだす。
忙しかった治癒試験も、ゆか先輩と一緒に乗り切ったことも、切島先輩と湯田先生のことも。
小鷹先輩が総合優勝を果たして表彰される姿も、ゆうた君とりさちんの二人三脚も、博貴の応援団長も、波多野とゆか先輩の借り物競争も。
どれも忘れたくないほど、楽しくて大切な思い出ばかりになった。
《はやくふうちゃんに記録みてほしいくらい》
《夏休み、いっぱい話そう》
《うん!ふうちゃんの話もいっぱい聞きたい》
《もちろん。俺もえでかに話したいこと、いっぱいなんだから》
あと2日で前期が終わって夏休みになる。
まだその実感がわかないけれど、夏休みになったらまたふうちゃんに会える楽しみだけは実感できる。
《ねぇ、ふうちゃん。もういっかいあの話聞きたい》
《あの話?》
《4年生のとき、みんなの恋愛図把握してた話》
全クラスの恋愛模様を把握していたのは、私のためだったという話。
借り物競争中に教えてくれて、ふうちゃんのことをもっと大好きになった話。
体育祭のこともっと話したいこともあるけれど、ふうちゃんに会えることを考えたら、体育祭のことよりもあの頃の話を聴きたくなった。
《もちろんいいよ。あれは俺たちが4年生のころ…》
その日の夜。
昔話風にアレンジを加えながら魔法で語ってくれた4年生の時の話は、笑いをこらえきれないくらいおもしろくって。
夏休みに会ったら、直接もう一度聴かせてもらおうと思った。
続く




