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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
体育祭編
89/156

ー89-

昼食中はもっぱらゆか先輩に借り物競争の真相について質問をし続ける時間となった。


「なぁんだ~…本当に最初から幼馴染って書いてあったんですね~」

「ふふ、だから言ったでしょ?ただの噂よって」


私は残念に思いながら、ゆか先輩がブレンドしてくれた消化にいい紅茶を喉に流した。

これならいくら食べても消費されるんじゃないかと思うくらい、スパイシーで美味しかった。


「でもゆか先輩、よかったですね」

「楓さん…」


ふうちゃんの推察もあって、私の直感は冴えわたる。

きっと波多野も、ゆか先輩のこと、特別な思いがあるはずだって。

証拠も確証もなにもないけれど、ふうちゃんの推察ってだけで、私にとっては十分な証拠なのだ。

だから心から、喜べた。


「…そうね…私たちにとっては最後の体育祭だから、いい思い出ができたわ。楓さんと同じエリアでよかったわ、ありがとうね」


そうだった…ゆか先輩たちにとってはこれが最後の体育祭。

わかってはいたけれど、来年も当たり前のように一緒に治療ができるんじゃないかって思い込んでいたから、現実を目の当たりにして急にさみしくなってしまった。


「そんな泣きそうな顔しないで?卒業までまだ半年以上あるのだから、またいっぱいお話しましょう?」

「…はい!…いっぱい恋バナしましょうね!」

「えぇ…もちろん」


「卒業」という言葉を聞いたら涙ぐんでしまって、喉奥が熱くなってしまった。

でもゆか先輩に楽しい思い出をもっと残してほしいから、なんとか涙をのみ込んだ。


「…って楓さん!腕!血がにじんでるわ…!」

「…え??」


びっくりしたゆか先輩は周りに聞こえないように、小声に抑えながら、会場からみえないようそっと身体で私を隠した。

そして腕を確認すると、確かに黒い長袖ジャージがうっすら濃くなっていた。


「もしかしてパン争奪戦のとき…」

「目立たないうちに着替えてきたほうがいいわ。包帯は巻けそうかしら?」

「はい、それは大丈夫です!」

「これは片付けておくから、ゆっくりいってらっしゃい」

「ありがとうございます…!」


私はゆか先輩の言葉に甘え、昼食と紅茶の片付けを頼み、小走りで寮に戻った。

部屋に戻って包帯を外すと、思ったよりも血が滲んでおり、争奪戦で無茶をしすぎたと反省した。

傷口を清潔にして、櫻子お姉さんのクリームを塗りなおしたはいいが、油断していた分の痛みがどっと押し寄せてきて、痛み止めがきくまで唇をかんだ。


《ふうちゃん、パン争奪戦で頑張りすぎて傷口開いちゃったみたい》

《大丈夫?えでか。腕、痛むよね》

《うん…だからちょっと部屋でゆっくりしちゃってもいいよね?》

《いいよ。誰にもダメって言わせないから》

《ふふ、ありがとう》


生徒は誰もいない寮の自室に届く、かすかに聞こえる吹奏楽部の音楽や、みんなの笑い声が、なんだか特別感があって。

この特別感をもう少し味わいたくなった。

あぁ、大好きな先輩たちはここにいて、こんなにたくさん笑って楽しんでたんだって。

こんな機会、めったにないだろうからね。


《ねぇふうちゃん》

《なぁに、えでか》

《ふうちゃんはいま何してるの?》

《東都はもう異能試験終わったから、これからいったん寮に戻るところだよ》

《じゃぁふうちゃんもお昼だ》

《うん、せっかくならえでかと同じガパオがよかった》


いいなぁ、隠すことなく、誰に見られるわけもなく、こうやってふうちゃんと魔法でおしゃべりできる時間。

ついまったりしすぎて、お腹がいっぱいなこともあり、瞼がうとうと重くなる。


《えでか、寝ちゃだめだよ。そろそろ戻らないとじゃない?》


と、ふうちゃんに言われて時計を見ると、12時55分を回ったところだった。


《ほんとだ!ふうちゃん、よく寝そうだって気づいたね》


慌てて洗濯したての長袖ジャージを羽織り、急いで部屋を飛び出した。


《えでかのことならなんでもわかるよ。いま急いで走ってることも》

《すごい!さすがふうちゃん!》

《でも走ったら危ないから、歩いていこう?》

《たしかに…うん、そうする!》


ふうちゃんの言う通り、慌てて走って転んだりなんてしたら、また傷口が開いてしまうかもしれないから、ふうちゃんとゆっくりテントに戻ることにした。




テントに戻ると、ゆか先輩が「おかえりなさい」とむかえてくれた。

会場ではちょうど2年女子と1年女子の有志によるマーチングバンドの演奏が終わったところだった。

北都では小学校からマーチングバンドが人気で、ずっと続けている生徒が多いので、とてもレベルが高いことで有名なのだ。

しかも女子高生らしい勢いと、技術力の高さは、元女子高時代の伝統を受け継ぎ、全国でもトップレベルといわれている。

時々練習風景はみることはあっても、練習場と、マーチングバンドが練習している元女子高の体育館は離れているため滅多に拝むことができないのだ。


「残念です…ちょっとゆっくりしすぎちゃいました…」

「大丈夫よ、きっと文化祭で見れるわ」

「確かにそうですね!」


文化祭では3年生は最後の参加となる。

そのためきっと今日よりも熱いパフォーマンスをみることができるだろう。

絶対私の目に記録して、ふうちゃんにも見せてあげたいんだ。




そして会場に和太鼓の音が響き渡る。

太鼓の音とともに、会場には戦闘服に鉢巻をつけ、下駄をはいた2年生の男子たちが列をつくった。

100人を超えている男子たちがただ歩いているだけなのに、誰一人乱れることなく、まるで機械のようだ。

しかも皆、オールバックに髪型もそろえているので、時代が巻き戻ったみたい。

四隅には大きな北都の校章が書かれた旗を持った生徒もおり、けっこうな重さがあるはずなのに綺麗に風になびいている。


すると中央最前に一人だけ腕を組みながらやってきた。

彼が応援団長なのだろう。

去年が小鷹先輩が応援団長を務めていたが、今年は誰だろうと目をこらすと


(あ、あれは…た、たかちゃん!?!?!?!?)


間違いない。

いつもニコニコしている姿と、キリっとした表情にオールバック姿はギャップは大きすぎるけれど、間違いなく博貴だ。

あぁ、ここにダイヤちゃんがいたら特等席でたかちゃんの応援団長姿を見せてあげたい…。

その一心で素早く携帯を取り出し、応援団に負けない無駄のない動きで録画モードをスタートした。

そしたら一瞬、気のせいかもしれないけれど録画画面越しに博貴と目があったような気がした。

なんとなく友達としての勘だけど、私が録画してるのを確認したのかもしれない。


《ふうちゃん、いまね、応援団やってるの》

《そんなのもやるんだね》

《でね、たかちゃんが応援団長なの!》

《すごいね博貴》

《うん…ほんとに、みんなすごいよ》


まさかのサプライズだった博貴の応援団長も、属性を活かした見せ場を華麗に決めるゆうた君も波多野も。

3年生への感謝と、受験に向けた応援なのに私まで元気をもらっているみたい。

でもなんだろう、この気持ち。

みんなの応援団姿はすごくかっこいいし、ワクワクするし、ドキドキするのに、100%楽しめていないのは。

99%しか楽しめてなくて、残りの1%がぽっかりと空いているよう。


(ふうちゃんがいたら、ふうちゃんが応援団長やってたかな)


と、博貴の応援団長姿にふうちゃんの姿が重なり、私の目にだけ、ふうちゃんが応援団長をしている光景がうつった。


《ふうちゃん》

《どうしたの、えでか》

《なんかね、みんなすごいけど。ちょっとさみしい》


残りの1%の正体。

もし、ふうちゃんも一緒に北都で成長していたら、みんなと一緒に心も成長できてたのかなって。

勝手に想像して、勝手にさみしくなった私のエゴ。

だって私、まだ小学4年生の夏休み明けだから。

私はまだ卒業していく先輩たちを、さみしくて心から応援できそうにない。

だからみんなはもう卒業していく先輩たちを応援できるくらい強い心があるんだって思ったら、とても距離を感じてしまった。


《みんな、すごく大人にみえる。私はまだ先輩たちと一緒にいたいもの》

《えでかの周りにはいい先輩たちばかりだからね》

《うん、みんな優しくて、おもしろくて、かっよくて大好き》

《だから大丈夫だよ。大人にならなくても、応援できなくても、えでかが好きでいてくれるのが先輩たちも一番うれしいと思うよ》


涙がじわじわたまってくる。

ふうちゃんの優しさが、距離は離れているのにこんなに私を温めてくれる。


《そうだね、ふうちゃん。ありがとう》


ふうちゃんのおかげで1%が小さくなっていく。

先輩たちが卒業したとしても、毎日会えない生活になったとしても。

先輩たちの優しさに距離は関係ない。

そう、ふうちゃんがいま証明してくれたから。


《私、ふうちゃんのこと大好きになってよかった》

《それは俺もだよ、えでか》


ふうちゃんをもっともっと大好きになりたいから。

ふうちゃんを大好きでいる幸せをいっぱい感じたいから。

みんなとスピードは違くていい。誰かと比べる必要はなかったね。

ゆっくりふうちゃんと大人になっていこう。




ふうちゃへの幸せを感じながら、魔法でお喋りしていると、いつの間にか応援団のパフォーマンスが終わって、待機スペースの方へ退場していくところだった。

結局、女子のマーチングバンドも男子の応援団もまともにみることができなかった。

でもふうちゃんといっぱいお喋りできたから、後悔はしていない。


「ふふ、楓さん。心ここにあらず、だったわね」

「え!?そ、そうでした!?」

「えぇ、応援団すごかったものね。感動したわ」


ゆか先輩に見抜かれてドキッとしたが、私が小さく鼻をすすっていたことから、感動して心ここにあらずだったと思っているようで安心した。


「去年までは応援する側だったけれど、される側になるとこんなに感動するのね」

「私、応援する側なのに元気もらった気分です」

「そうみたいね。でもおかげで私も、受験勉強頑張れそうだわ」

「応援してますね、ゆか先輩!ちょっと休憩したくなったらいつでも声かけてくださいね♪」

「ありがとう、楓さん」


きっと3年生の中には受験に対する不安や迷いを持つ先輩も多いだろう。

希望校に受かるか、希望進路に進めるか、自分の選択は間違っていないだろうか、って。

でも博貴たちの応援団のエールには、それらを吹き飛ばす力があったのだろう。

ゆか先輩も小鷹先輩たちも、みんな明るい未来へ進むといいなと思う。

ただし切島先輩は別だけども。




「それでは最後の競技!!!組対抗リレーへうつりま~~す!!!参加者の方は、待機スペースに集まってくださ~~い」


応援合戦が終わるといよいよ最後の競技、各組から選出された男女合わせた10名による組対抗リレーの時間だ。

私たちの合同クラスとしてはここで一気に形勢逆転を狙い、現在トップの3年玄武組を追い抜きたいところである。


「優勝候補は北都4人組がそろう現在トップの3年玄武組ですが、他の3年組も負けない選手をそろえてきてますね~~」

「そうですね~。青龍組は属性のバランスがいいですし、それぞれサポート術をかけあっているようです」

「白虎組はスピード有利な雷属性でそろえていきますね~。これが吉とでるか凶とでるか…!?」

「おっと!!今年は3年朱雀組も参加ですねぇ!!朱雀組の特性故、女子のみのメンバーですが、なにか策があるようで楽しみです!!」


スクリーンに各組の先輩選手たちが映し出されているが、戦闘俱楽部でお世話になっている先輩や、その中でも実力のある先輩たち、北都属性大会で総なめした先輩などが軒並み顔をそろえていた。

ただし我ら2年生も負けてはいない。

ゆうた君や波多野、りさちんはもちろん。

青龍組には博貴や、玄武組には小林や豊田、かずまなども選出されている。

みな、今回の体育祭で目立つ活躍を続けており、先輩たちに引きをとらない実力をつけてきたはずだ。



「そして注目の2年生ですが、こちらもおもしろい選出が総ぞろいしてますね~~!!やはり注目は白虎組と朱雀組の合同クラスでしょうかね?!?!」

「そうですね~~なんといってもヒーローがいますからね~~。そしてアンカーに火野君をもってきたということは、小鷹先輩との一騎打ちになりますね」

「とても楽しみですね~~。ただ青龍組のメンバーもなかなかです!!佐藤君を中間メンバーにもってくるという采配で、前後に水属性の女子選手を挟んでいるようです!」

「玄武組も人気選手をそろえていますし、どう結果がころんでもおかしくないですね!!」


実況アナウンスの言う通り、属性リレーには実力だけでなく策も必要なのだが、正直見どころが多すぎる。

しかも1年生にも有望株がたくさん集まっており、100%のわくわくがとまらない。



《ふうちゃん、これからリレーはじまるよ!》

《俺、リレー楽しみにしてた》


ふうちゃんも楽しそうにしていたリレー。

絶対この目で名場面は見逃すまいと決め、夏休みのお土産記録にするんだと気合をいれた。




そして第一走者の男子たちと、3年朱雀組の女子の先輩がスタート位置に並びはじめた。

原田先生もスタート位置にやってきて、会場に緊張感がはしる。


「みんな、これが泣いても笑っても最後の競技だ!!悔いの残らないよう、全力を出したまえ!!!」


原田先生の力強い声が会場中に届き、リレー選手たちだけでなく、応援する私たちにも気持ちのいい力が入る。


「それでは位置について!!!・・・よーい・・・」




ーーーパァン!!!!

合図の空砲が打たれ、応援の歓声とともに一斉にスタートをきった。




続く

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