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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
体育祭編
88/151

ー88-

「それでは借り物競争最終レース!!!!!全員位置についてくださ~~~い!!!」


実況のアナウンスにより、大盛り上がりしたいた会場が一瞬で静かになった。


「全員準備はいいな?!?!正々堂々と頑張りなさい!!…スタート!!!!」


原田先生によるピストルと共に一斉に走り出した。

最初に到着したのは小鷹先輩だった。

カードを確認した小鷹先輩は会場を見渡し、すぐに何かを見つけたようで一瞬でゆうた君の蜃気楼のように姿が見えなくなり、女子たちの悲鳴の声が会場を割った。


そして次々に生徒が到着し、カードを確認してはあちこちに散らばっていった。

ただひとりを除いて…。


「…あれ?波多野?どうしたんでしょう?」


ゆか先輩と首をかしげあっていると、会場からもどよめきがおこりはじめた。



「おやおや?波多野君、どうしたんでしょうね??なんだかカードを見つめたまま立ち尽くしていますが…」

「心配ですね~…あれ…もしかして…」


そんな会場のどよめきを塗り替えたのは、実況アナウンスの一言だった。




「もしかして噂のあのカードをひいてしまったかぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」




すると会場に妙な一体感がうまれ、勝敗よりも波多野が誰をつれてゴールするのかで注目が集まり、歓声がいっきに色めきだった。

スクリーンに映る波多野はじっとしたまま、表情が隠れてしまっており様子がよくわからない。


「ゆか先輩…ほんとにあのカード、なんでしょうか…」

「わ…わからないわ…明君にしか…」


盛り上がっている会場とは反対に、私たちは噂のことと、波多野のカードが気になって口数が減っていた。


しかし一行にぴくりとも動かない波多野に対し、実況アナウンスはおかまいなしだ。


「いや~まさかここぞという大事な場面で、例のあのカードを波多野君が引き当てるとは思いませんでしたね~~~」

「でもこのまま動かないでいると全員戻ってゴールしていまいますね~~~」

「それでは波多野君、ビリになってしまうってことですか??」

「えぇ、せっかく3年玄武組をリードできるチャンスがきたのに残念ですね~~~」

「まぁ最後に盛り上げていただきましょうか、波多野君の好きなひ…」


「好きな人」と言おうとした瞬間、やっと波多野が動きだした。


「うるせぇ!!!!そんなくだんねぇカードじゃねぇわ!!!!!!」


とブチギレ、アナウンステントの前に雷を落としただけなのだが。

実況アナウンスの2人は少しびっくりしたようだが、会場全体はおかまいなしで囃し立て続けた。

だっていくら波多野がブチギレたとしても、いっこうに動く気配がないから説得力がないんだもの。

だからちょっと波多野が気の毒に思う。



《ふうちゃん、もしかしたらね、波多野があのカードひいたかも》

《波多野君が?キレて暴れてない?》

《さすがふうちゃん。実況アナウンスの前に雷落としてる》


ふうちゃんの名推理に笑いをこらえていると、何かを決意したかのようにカードをぐしゃぐしゃに握りしめ、やっと波多野が動き出した。


「おーーーっと!!!!!波多野君、動きました~~~~!!!!いったいどこへ向かうのでしょう~~~~!?!?!?!?」

「あれは…治癒テントに向かっているようです!!!!!!あそこに波多野君の求める人がいるのかぁぁぁぁ!?!?!?!?」


アナウンスの言う通り、波多野はこちらへやってきているようなのだが、遠くからでもわかるくらい、イライラしているのがわかる。

なにせ何度もアナウンステント前や、騒ぐ組のテント前などあちこちに雷を落としながらゆっくり違づいてきてるのだから。


「ゆか先輩…波多野、こっちにきてますけど…」

「そ、そうね?」


会場中にたくさんの雷が落ちる音と、波多野の気分をあらわしたような雲を背景に近づくる姿はまるで魔王のよう。

逃げたくても蛇ににらまれたカエルのようで逃げられない。

ただゆか先輩だけは、落ち着いて近づくる波多野から目をそらさずにいた。




波多野は私たちの前に立つと、深いため息を吐いた。


「・・・」

「明君、なにか必要なものあった?タオル?それとも包帯?」

「いや・・・」


イライラMAXの波多野を前にしてもいつもと変わらずに接することができるのは、この世ではゆか先輩だけなのではないだろうかと思う。


「ちょっと黙って来て」

「え?えっと・・・私?」


突然のご指名にさすがにゆか先輩も戸惑ったのか、何度も確認を繰り返した。


「他の人ではだめなお題なの・・・?」

「あぁ。これの言う通りになるのは癪だけどな」

「えっと…お題はなんて?」

「いいからはやく来い」

「あ、ちょ、ちょっと・・・!」


しびれを切らしたかのように波多野はゆか先輩の腕をつかんで、雷を落としまくりながらゴールへ走っていった。


《ふうちゃんふうちゃん!!波多野がね、ゆか先輩をつれてったの!!》


私は興奮しながらふうちゃんに魔法をおくった。

会場も波多野の雷でよく見えないけれど、他の生徒もゴールへ向かっている途中のようで、雷の音すらかき消すくらい大歓声だ。


《もし噂のカードだったら二人、両想いってことだよー!》

《えでか、うれしそうだね》

《うん!ゆか先輩の恋が叶うんだもん、そしたらうれしいよ!》


本当に。

どうか波多野君が握りしめているカードが「好きな人」でありますように。

諦めたくても諦められなかったゆか先輩の恋心が実るように。

そう願わずにはいられなかった。

好きをあきらめるのは、自分が死んでしまったかのように苦しいことだから。




そんな二人の背中を見守っていると、ゴール直前で小鷹先輩とりく先生があらわれ、1位のゴールテープをきった。




「1位おめでとうございます!小鷹先輩!これで午前の部は1位で終了ですが、現時点での結果についてはいかがでしょう?!」


借り物競争で午前中の部が終了ということもあり、最後のレースに参加した生徒たちはテントに戻されることなく、インタビューを受けている。

もちろん、波多野の顔は最高にイライラしているが。


「2年の白虎組と朱雀組の合同クラスが以外と追いついてくるので、なかなか差をつけれなくて苦戦しているよ」

「全然苦戦しているようには見えませんが…」

「そうかな?もしかしたらこれも作戦かもね♪午後は圧倒的差をつけて優勝するので、みんな頑張ろうね!」


そう言って小鷹先輩は玄武組に向かって手をふると、ほんとうに玄武組だけの声量なのかと思うくらい歓声があがった。


「ちなみに一緒にゴールしたのはりく先生のようですが、小鷹先輩がひいたお題はなんだったんですか?」

「俺がひいたのはこれだよ」


小鷹先輩がもつカードがスクリーンにうつされると、そこには『喫煙者』と書かれていて、気まずそうな顔で目をそらすりく先生も一緒にうつされた。


「あーなるほど。これはりく先生しかいませんね。先生、来年は喫煙者で選ばれないように禁煙をおすすめします」

「余計なお世話だよ!」


会場から笑いがうまれ、やれやれといった表情の斎藤先生が目にはいって私も声をあげて笑った。

でも、もしりく先生が禁煙したらちょっとさみしいかもしれない。

だって見晴台でピンチだったとき、りく先生がきてくれたってすぐにわかって安心できたから。

私にとっては安心できる香りのひとつになってるんだ。




「そして残念ながら2位になってしまった波多野君!昨日のヒーローがひいたお題はズバリ!!噂のお題だったんでしょうか!?!?」

「あぁ!?なんだよ噂のカードって!!」


あのインタビューワーすごいなぁ…。

あんなに「話しかけたら殺す」オーラ満載の波多野にひるむことなく、誰もが聞きたがっていることを直球できけるなんて…。


「やだなぁ~隠さなくてもいいんですよ~??そのカードをあのカメラにむかって映してくれるだけでいいんで!!!!」

「誰が映すか!!!!」


キレる波多野をまぁまぁとなだめるゆか先輩。

だからなのかな、あんなに波多野は怒っているのに会場中誰一人怖がっていないのは。

すると意外な助け船が飛んできた。


「波多野、みせてやれよ、カード」

「あ?」


なんとこんな噂にはちっとも興味なんてなさそうなりく先生が口を開いた。

そしてカメラから隠れるように波多野になにか呟いたのか、波多野の表情が落ち着いたように見えた。


「さささ、波多野君!!りく先生もそう言ってることですし!!!ぜひお題を見せてください!!」

「・・・っち。ほらよ」


そう言って悪態をつきながらも波多野はくしゃくしゃにしたカードをインタビューワーに渡した。


「わぁ!!ありがとうございます!!それではちょっと拝見して~・・・どれどれ・・・」


会場がインタビューワーの第一声をいまかいまかと待ち構えた。

私もドキドキしながら、すぐにふうちゃんに知らせるために手をにぎりしめる。




「・・・なっ!!!!!!・・・お、幼馴染ぃぃぃぃぃ~~~~~!?!?!?!?!?!?!?」


「えぇ~~~」と会場から声があがる中、がっくりと肩をおとしたインタビューワー。

私もつられてがっくりと椅子に座りこんだ。


《ふうちゃん、好きな人じゃなくて幼馴染だったみたい》

《ふふ、そっか》

《も~好きな人かもって期待したのになぁ》

《でも、幼馴染だったらゆうたでもよかったかもしれないよ》


期待していた展開が裏切られた気持ちになってちょっと残念だったけれど、ふうちゃんの一言で新しい希望がみえた。


《そうだよね?!幼馴染だったらゆうた君でもあてはまるもんね?!》

《だからゆか先輩を選ばなくちゃいけない何かは波多野の中であったんじゃないかな》

《そっか…そうだよね!さすがふうちゃん!!全クラスの恋愛模様把握しただけある!》

《え、えでか?!あ、あれはね…その…》

《ん??》


夢をみないと恋愛事情がわからない私とは違って、行動力で4年生の時に全クラスの恋愛模様を把握したことを素直にすごいと思ったのだけどふうちゃんはなにか言いたげだ。


《あれはね、他にえでかのこと好きなやつがいないか調べてたんだよ…》

《え?そ、そうなの?》

《それに…えでかの好きな男子も誰か気になってたから…》

《私のも?》

《うん、えでかに好きな人がいるってことは知ってたけど、誰も教えてくれなかったんだ》

《そうだったんだ…》


知らなかった。

クラスの垣根を越えて恋愛図に詳しかったり、相談に乗っていたのは私のことを知りたかったからだなんて。

もちろん仲の良い女の子には打ち明けていたけれど、誰も教えなかったことにもちょっと驚いた。


《きっとみんな言わなくてもわかるでしょって思ってたから言わなかったのかもね》

《今思うとそうかもしれないね》

《でもうれしいな。私のこと知りたくて頑張ってくれてたんだ》

《うん、でも結局恋愛相談とか告白の代理ばっかりだったけどね》


あの頃の姿でいじけてるふうちゃんの姿が思い浮かんで、おもしろくてかわいくて、顔を隠して一人で笑った。


あぁ、顔を隠したくないな。

部屋に戻って、思いっきり笑いたい。

そして知れば知るほど大好きになっていくふうちゃんへの想いを思いっきり味わいたい。


《ふうちゃん、あの頃のふうちゃんももっと大好きになっちゃった》

《えでかがそう言ってくれるなら、頑張ったかいがあったよ》


あぁ…はやく会いたいな。

次に会ったときにはいっぱいふうちゃんを抱きしめたい。

あの頃のふうちゃんにも「大好き」と伝えられるように。


そう思いながら、たくさんの北都生が集まる会場につながる、もっともっと遠く。

ふうちゃんへと続いているであろう方角を見つめた。



ー 昼食時間 ー


「ただいまより13時までお昼の時間になります~。本日も土属性の調理部隊のみなさんによるご馳走と、商店街の皆さまからのご協力によりたくさんのご馳走をご提供いただきました!!慌てず、かけず、争わずにいただきましょう~~~!!!」


待ちに待った私のパン食い競争。

ゆか先輩も応援する中、アナウンスが終わった瞬間私は会場中央に並ぶ吉岡屋さんのパンに一直線に走り出した。

しかし同じことを考えていた同士たちばかりで、一瞬で吉岡屋さんのパンの前は争奪戦になった。


もしかしたら、どの競技よりもいま、この時間が一番怪我人が多いのではないかと思うほどだ。

手をのばしてものばしても吉岡屋さんのパンには届かず、どんどん後ろに追いやられてしまう。

しかし傷は痛むけれど、負けじと草花根性で手を伸ばし続け、丹田に力を入れながら人の合間合間に入り込み、やっと吉岡屋さんのパンのケースが見えた。



(あれはイチゴサンド!!!!)


私は勝利を確認した。しかし…


「ごめんなさい~売り切れちゃいました~~~」


あとちょっとのところで目の前からイチゴサンドが消え、無念にも惨敗してしまった。

空になったケースの前で呆然と立ち尽くしていると「あの~」と声をかけられていることに気づき、ハッと現実に戻った。


「あの~立華先輩ですよね?〇✕クイズで一緒だった…」


顔をあげると売り切れ宣言していたのは、〇✕クイズで一緒に参加し、3位になった吉岡さんだった。


「あの、よかったらこれ、どうぞ」

「え?これって…」

「8月に新作パンの試食会やるんです。いつも常連さんとか呼んでやってるんですけど、立華先輩、うちのパン食べたがってるって聞いて、よかったら来てください♪」


吉岡さんに渡されたのは、かわいらしいパンの絵柄が書かれた封筒に入った試食会の招待状だった。


「ありがとう~~~絶対行きます!!!!!」

「ぜひ!あ、あの…それで代わりと言ってはなんですが…お願いがあって…」


吉岡さんはもじもじとしながら、顔をふせた。


「なになに?あ、夢のこととか?それならいつでも…」

「ち、違うんです!あの…夢のことではなく…先輩、榎土先輩と仲良いですよね?」

「りさちん?うん、仲良いよ!」

「わ、私!え、榎土先輩とお近づきになりたいんです!なので、紹介していただけないでしょうか!?


私は驚いた。

だっていつもならこういう状況で頼まれることと言えば、夢をみてほしいって言われることがほとんどだったから。


「実は、私も榎土先輩と同じ土属性で…榎土先輩がつくるお料理がとても美味しかったのでいろいろ教わりたくて…」

「吉岡さん…お料理好きなんだね!」

「はい…もちろんパンつくりも好きなんですけど、いろんな料理やお菓子も上手になりたくて…そしたらきっとパンにも活かせると思うんです!」


今でさえ大人気の吉岡屋さんのパンなのに、さらに美味しさを求める心意気に胸を打たれた。

この情熱が美味しさの秘訣なのかもしれない。

私は快く承諾すると、一気に緊張がほどけたのかふにゃっと笑った吉岡さんの笑顔にほっこりした。




そして吉岡さんをつれて、りさちんが担当していたガパオライスブースに向かい、吉岡さんを紹介した。

りさちんも嬉しそうで、一緒に吉岡屋さんの試食会に参加することになった。

私はそのままりさちんのガパオライスと、商店街のかしわ餅と果物をお昼に選び、ゆか先輩の待つテントへと戻った。


「あ、立華、おかえり」

「あれ?小鷹先輩、どうしたんですか?」


すると小鷹先輩がひとりでテントにやってきていた。


「これ、立華におすそ分けしようと思って」

「???」


そう言って小鷹先輩から受け取ったものは、なんとさっき私が手を伸ばしても伸ばしても届かなかったイチゴサンドだった。


「先輩!!こ、これ!!!」

「実は栄一郎から立華が食べたがってるって聞いてさ、姿消してあの中にいたんだよね」

「そうだったんですか?!ってことは私のためにわざわざ・・・??」

「昨日のお花のお礼だよ。あ、姿消してことは内緒ね!」

「ふふ、わかりました」


昼食時間は技や術を使うのは禁止されているので、姿を消してパン争奪戦に混ざっていたことを知られたら、せっかく昨日のお礼のために頑張ってくれたことが無駄になってしまう。


「小鷹先輩、ありがとうございました!ありがたくいただきます♪」


なので私にできることは、小鷹先輩の秘密を守りながら証拠隠滅のために美味しくいただくことだ。


「あら、小鷹君。怪我でもしたの?」

「いや、みんな待たせてるからもう戻るよ。じゃぁね、立華」

「はい!ありがとうございました!」


ゆか先輩は不思議そうな顔をしながらテントをさる小鷹先輩を見送ると、私の昼食の量に驚いていた。


「ふふ、楓さんのために消化にいい紅茶いれるわね」

「えへへ、ありがとうございます♪」



パン争奪戦に負けたことは悔しかったけれど、試食会に招待してもらえたことで満足していた。

でも小鷹先輩のおかげで試食会よりも先に、念願の吉岡屋さんのパンを味わうことができて幸せでお腹がいっぱいになった。




続く

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