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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
体育祭編
83/151

ー83-

ー 治癒室 ー


見晴台をおりてから私はりく先生に連れられて、誰もいない治癒室にやってきた。

湯田先生の身柄はというと、おりはじめてすぐに黒塗りの高級車がやってきて、怖い顔のお兄さんたちが回収していった。

そしてりく先生は一言二言告げ、そのまま見晴台のほうへ登って行った。

私にまでお辞儀してくれて、顔に似合わず礼儀正しいお兄さんたちだった。


「あいつらは橋本家の影みたいなもんだ」

「影?」

「そ。俺が動けない時にかわりに動いてもらってる、俺の手足みたいなもんだ」


と、りく先生は言っていた。

今回の湯田先生捜索だけでなく、鬼蟲発生時に討伐に向かったり、陰陽省の人たちと見回ったりしていると教えてくれた。

それと鬼神を封印している結界の見回りも毎日欠かさず行っていることも。




「ほら、腕出せ」

「は、はい…」


治癒室の先生は体育祭の治癒テントに出張しているため、かすかに聞こえる実況と、りく先生の煙草の香りが日常に戻ってきたことを実感させてくれた。

りく先生は傷周りをあたたかいタオルで優しくふいてくれて、傷が露わになった。


「…これくらいなら縫わなくても大丈夫そうだな」

「ほんとですか?!よかった~…」


正直、ここまで大きく怪我をしたのは生まれて初めてだった。

なので傷口を縫う経験をしたことがなかったので、内心ドキドキしていたのだ。


「でもしばらく双剣の特訓は禁止だな」

「え!!」

「無理して傷口ひらいたら縫うことになるぞ。治るまでは異能トレーニングだな」

「…はい!」


せっかくりく先生と打ち合えるようになったのに残念で、特訓自体も禁止されるかと思ったけれど、無理のない範囲で異能の特訓をつけてくれるのでほっとした。


そしてりく先生はテキパキと傷口に入り込んだ土や砂などの汚れを抜き、丁寧に包帯を巻いてくれた。

あまりの手際のよさに釘付けになるほどだった。


「あとこれ、夜寝る前に塗っておけ」

「??」


そう言ってりく先生は小さな桜の絵が描かれたかわいらしい缶を私に手渡した。

蓋をあけてみると桜の甘酸っぱい香りがして、櫻子お姉さんを思い出した。


「櫻子がつくった痛み止めだ。修復力も高める効果もあるから傷跡が残りにくい」

「ありがとうございます…!!」


私がりく先生の優しさに喜んでいると安心したのか、大きなため息をついてその場にしゃがみこんだ。


「ど、どうしたんですか?!」

「…ほんとに悪かったな、遅くなって」

「そんな!先生がきてくれたおかげでゆか先輩も土巨人も助けられたんです…!!先生のせいじゃないですよ!!」


私はりく先生を励ますかのように、どれだけりく先生がきてくれてほっとしたか、そしてどれだけ勉強になったか力説した。


「あ!もしふうちゃんとお兄さんと櫻子お姉さんに怒られそうになったら弁明しますから!!だから元気だしてください!!」

「…ふっ。必要ねぇよ。でも、ありがとな」


私の熱い気持ちが伝わったのか、りく先生は立ち上がって私の頭をいじわるに大きく揺らした。

りく先生は責任を感じていたのだと思う。

私が怪我する前に間に合えなかったことに。

見晴台をおりてる時に教えてくれたのだが、実は校舎内にも誰かが手引きをし鬼と蟲が入り込んでいたのだと。

どうやら都合のいい校長をさらい、属性実力主義の学校へつくる際の操り人形にしようと企てていたらしい。

だから余計に助けにくるのが遅れたこと、侵入を許してしまったことにより重責を感じていたのだろう。


でもりく先生がきてくれて本当に安心したのは確かだから「先生、助けにきてくれてありがとうございました」と、改めてお礼を伝えた。


「それに、ふうちゃんが言ってくれたんです。これは予行練習だよって。だから私、楽しかったですし、もっと強くなりたいって思えました!」


あ、でも楽しかったなんてゆか先輩に対して不謹慎だろうかと慌てていると、りく先生も「ならよかったよ」と安心したような顔で笑ってくれた。




「そういえば先生、聞きたいことがあるんですけど」

「ん?なんだ?」

「湯田先生の言葉に気になることがあって…ゆか先輩の占いを求めたり、異能を奪うってなんか違和感で…。それに陰陽師を鬼神に捧げる、とも言ってて…きっと世間が隠してるなにかがあるのかなって…」


私は湯田先生の言葉を思い出しながら、拙い言葉でどう違和感なのか説明にならない説明をした。

でも話していても自分が混乱してきてしまって、結局うまく伝えることができなかった。


「あー…その話ならお前が大雅さんに伝えたこと、空雅さんから報告うけてる」

「そうだったんですか?」


あれ?

でもお兄さんも北都には連絡ができないはずだったので、なにか特殊な術でやり取りしていたのかと思った。


「その件と…あと鬼が襲う理由については追々説明してく予定だったんだが…お前、全国異能選抜大会は応援いく予定か?」

「え?は、はい…東都のオープンキャンパスにも行こうかなって思ってました」

「だろうな。俺は大会の後、空雅さんの仕事を手伝うことになっていて、お前のことも特訓がてら連れていってやろうと思ってたんだ」

「え!!ほんとですか?!」

「あぁ。空雅さんもいたほうが説明しやすいだろうから、それまで待っててくれ」

「わかりました!!」


ということは、夏休みふうちゃんに会える!そう思ったら腕の痛みも背中の痛みも忘れちゃうくらい楽しみで待ちきれなくなってしまう。

宿泊先をどうしよう、とか、交通費のこと親にお願いしなくちゃ、とか頭の回転がとても回る回る。


「ふっ。ホテルも交通費も気にするな。立華さんには俺から連絡しとく」

「…え!?そ、そこまでいいんですか…?それに家のことも…」

「あぁ、立華さんたちにはもうすでに水樹家から根回し済みだから大丈夫だ」

「・・・え?」

「だから、もうお前のご両親は知ってるし、了承得てるんだ。東都にいくことも、大雅さんとのことも」

「え・・・えぇぇぇぇぇ!?!?!?!?

な、なんで!?い、いつのまに!?!?!?そんなこと一言もお母さんたち言わなかった!!!!!!」


私はすでに両親が知っていること、水樹家との関係への驚きと、知っていたのに知らないふりをしていた両親に対する恥ずかしさで顔が赤くなったり青くなったり情緒が忙しい。


「落ち着け…傷ひらくぞ…」

「だ、だって…」

「まぁこの件も空雅さんたちから直接きいたほうがいいだろうけど、お前と大雅さんとのことはずっと前から知ってたはずだ。だから夏休みうちで預からせていただくことも了承してもらえるだろう」

「…ずっと前から?」

「あぁ。大雅さんが東都に引っ越した後にはもう話いってるはずだ」


そんなに前からだなんて…ということは、両親はふうちゃんが東都に引っ越したことを知っていたのだろう。


「…たぶん、大雅さんがいなくなったことでショックを受けていたから、話せなかったんじゃないか?…夏休み帰ったら、ゆっくりご両親と話てみろ」

「…はい」


そうか…ふうちゃんが死んだと思って、もうふうちゃんのことを思い出さないようにってしてたから、お母さんもお父さんも言えなかったのかな。

あぁ…私があのときあきらめずに魔法をおくっていれば、こんなに長い間すれ違わずにすんだのに…と落ち込んだ。

ふうちゃんは結果的によかったって言ってくれたけど、自分の行いが悔やまれる。

でもそんな私の意志を尊重してくれていた両親のことを思うと、胸があたたかくなって、帰省するのが楽しみになった。


「ま、異能史100点とったご褒美も用意しといてやるから、とりあえず着替えて体育祭楽しんでこい」

「え…100点?」

「あぁ。お前の反骨心の勝ちだな」

「~~~~!!!!」


世界がキラキラしてみえるのはどうしてだろう。

ふうちゃんに夏休み会える楽しみなのか、100点とれた嬉しさなのか、両親の優しさがあたたかいからか。

きっと全部が、私の世界を彩らせて、輝かせてくれてるんだ。

私が泣き虫なのは関係ないはず。


「ほら、もうすぐ雷属性の試合はじまるぞ」

「え!!もうそんな時間だったんですか!?」

「泥だらけのまま行くなよーあと傷隠すのに長袖きとけー」

「はいー!!りく先生、ありがとうございました!!」


治癒室で煙草に火をつけはじめたりく先生に見送られ、私は急いで寮にもどって洗濯したてのジャージに着替え直した。

さすがに長袖は暑さを感じるけれど、鬼がいたことを内密にするため隠し通さなければ。




息をきらしながら治癒テントに戻ると、齋藤先生が留守番をしてくれていた。


「…立華さん!…無事でよかったわ…」


齋藤先生の口ぶりからして、一連の出来事は知っているのだろう。

私の顔をみたらほっとした様子でかけよってきてくれた。


「ご心配をおかけしました…ところでゆか先輩は…?」

「佐伯さんならまだ戻ってきていないわ」

「そ、そうですか…」


試合は雷属性の決勝戦がはじまる寸前で、コートには小鷹先輩、音澤先輩、そして切島先輩たちが集まってきていた。

その中に波多野の姿も見当たらず、もしかしたらまた鬼があらわれて戦っているのだろうかと心配した時


「おい、赤でこ!!こいつのこと頼む!!」

「へ??」


と、光の速さで波多野の声が聞こえたかと思えばゆか先輩がベッドに座っていて、あっという間にコートに戻っていた。


「佐伯さん、あなたも無事でよかったわ。体調は大丈夫かしら?まだ辛そうね、寮に戻って治療を受けたほうがいいわ」

「ご心配おかけしてすみません…身体はまだ少しだるさがありますが…この試合だけ見させてください」


齋藤先生はゆか先輩の強い意志を感じたのか「では、ここは任せます」と言って、そっとテントをあとにした。




「おーっと!!!!小鷹先輩チーム!!欠員していた波多野が戻ってきましたーーーー!!!」

「しかしボロボロですね。いったいなにがあったのでしょう?一人で自主練でもしていたのでしょうか?」


「おかえり、波多野。戻ってくると思ってたよ」

「遅くなってすみません」

「なにか大事な用事でもあったんだろ?その分活躍してくれたらいいさ」


会場中が波多野の姿をみてざわついている。

だって自主練していたにしては、あまりにもボロボロだから。


「それでは一人一人意気込みをきいてみましょう!小鷹先輩、これに勝てば属性制覇へリーチですね!」

「うん、優秀なメンバーのおかげでここまでくることができたから、最後まで頑張るよ」


小鷹先輩がニコッと笑った顔がスクリーンに映す出されると、悲鳴のような歓声が耳を貫いた。


「音澤先輩、なんと1年生の時から連覇し続け、これに勝てば3連覇です。3連覇に向けた意気込みをお願いします!!」

「俺にとって3連覇はあくまでも通過点だけど、最後の体育祭なんで盛り上げていきたいと思います」

「ありがとうございます…!!楽しみにしてます!!」


インタビューしている2年生の男子生徒は音澤先輩のファンなのだろう。

明らかに目の輝きが違って、ファンと同じ歓声をあげていた。

私は割れるような黄色い悲鳴に耳を抑えたけれど、ゆか先輩はじっと一人だけを見つめていた。


「では続いて波多野君!!ずいぶんと傷だらけのようですが…一人で自主練していたっていうのは本当でしょうか?」

「あぁ?!なんだよ自主練って…」

「ひっ!!え、え~と…意気込みをお願いします…」


波多野の圧にしり込みしてしまったインタビューワー。

スクリーンに映し出された波多野の睨みに、小鷹先輩はケラケラ笑って、音澤先輩は苦笑いを浮かべているけれど会場は静かになってしまった。


「…あー…とりあえず、気に食わない奴がいるんでぶっ飛ばします」


と、体育祭としてはいささか暴力的は発言をしたけれど、なぜか会場中は大盛り上がり。

「やれー!!やれぇ波多野~!!」「波多野君、お願い頑張って!!」と、全生徒を味方につけたようだ。

きっと気に食わない奴って切島先輩のことで、みんな切島先輩の暴挙にストレスを感じていたのだろう。


すると「…大丈夫。明君ならきっと大丈夫」ゆか先輩が小さくささやいているのが聞こえた。


「…ゆか先輩」

「…ん?」

「なにがあったか、教えてくださいね」


ゆか先輩の波多野への眼差しが、昨日とは大きく変わっていた。

ゆか先輩にとっていいことがあったのかな、見晴台から先におりてきてよかったなって思うと口元がニヤニヤとしてしまう。


「えぇ!今度は楓さんに聞いてもらう番ね!」


と、ゆか先輩は晴れ晴れとした笑顔でこたえてくれ、つられて私も笑顔になった。




続く

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