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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
体育祭編
76/155

ー76-

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


自分の姿ははっきり見えるのに、どこを見渡しても闇の中で地に足がついているのかすらわからない。


きっとまたあの夢だろう。


いつもなら『彼』の誰かを探し求める声がするのに無音のまま夢だけが過ぎていく。


声がしないということは、会いたい人と会うことができたのだろうか。


でもどうしてだろう。

世界から『彼』だけがいなくなったみたいで、私の胸がしめつけられる。


「・・・テ」


遠くから微かになにか聞こえた。

私は耳をこらしながら、進んでいるのかわからない闇の中を必死に足を進める。


「・・・タ・・・テ」


「・・・タスケテ・・・」


ハッキリと聞こえた助けを呼ぶ声に、どこにいるのか呼びかけようにも声を出すことができない。

ならばと足をはやめても『彼』の声は遠くなる一方で。

『彼』を救えない自分の無力さだけが重くなっていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




《助けて…か、なんだろう、気になるね》


朝、目が覚めると溺れてたみたいに汗がびっしょりになっていた。

呼吸を整えながらすぐにふうちゃんに夢のあらすじを報告し、汗をかいたついでにベッドの上でストレッチをすることにした。


《ふうちゃんに会う前見てた夢と似てる感覚なんだけど、内容は全然違うの》

《そうみたいだね…えでか大丈夫?》

《うん…ありがとう、ふうちゃん。私は大丈夫。ふうちゃんに話したおかげで元気になったから》


『彼』になにもできない悔しさが私の心を曇らせていたけれど、ふうちゃんとお喋りしながら体を動かしていると、外の天気と同じくらい真夏の晴天のように心を照らした。


《あのさ、えでか》

《ん?なぁに?》

《えでかの夢のこと、調べてみてもいいかな》

《私の夢?》


ふうちゃんの話によると、私がふうちゃんの夢をみていた話をしたときから気になっていたそうだ。

夢を意図して相談にのっていたことも知っていたが、さすがに他人の相談内容を覗き見るのは躊躇っていたようで、なるべく記録をみないように気を付けていると教えてくれた。

気になった時点で記録が作動してしまうので、全く見ないことはできなかったそうだけど、ふうちゃんなりに気をつかってくれているのだとわかった。


《今回の夢と、意図してみる夢となにか違う気がするんだ》

《たしかに…あまり気にしてなかった》

《なにか手がかりがつかめるかもしれないと思って》


相談内容には触れないよう気を付ける、と言いつつも、えでかにしか興味ないしと私の笑いを誘った。


《もちろん大丈夫だよ。私も手がかりがつかめたらうれしい》


もし夢の正体がわかって『彼』を助けることができるのなら、ふうちゃんに協力しないわけがない。


《ありがとう、えでか。なにかわかったらすぐに報告する》

《うん、私も気づいたことがあったらすぐに教えるね》

《ありがとう、助かる》


きっとふうちゃんなら手がかり以上のことを見つけてくれるって気がするから。

私は記録の全てをふうちゃんになら預けられるんだ。


《それとえでか》

《ん?どうしたの?》

《昨日兄ちゃんから聞いたよ、気配のこと》

《あ、ごめんね、昨日話そうと思ってたんだけど眠気に勝てなかった…》

《いいよ、朝伝えようと思ってたから寝てほしかったし》


それにあのまま伝えても、きっと寝ぼけて忘れてるかもしれないし、とふうちゃんは笑っていたようだけど、ふうちゃんとの話を忘れるわけないじゃんと拗ね返した。


《普通の授業中だったらまだ校舎にいる時間がほとんどだから安心だけど、体育祭期間中はなにがあるかわからないでしょ?》

《う、うん》

《だからなにかあったらすぐに魔法を送って。些細なことでいい》

《些細こと?って例えば?》

《いつもある場所にない、いつもいない人がいる、いつも言うことを言わない、いつもと感じ方が違う、とか、えでかにとっていつもと違うことに気づいたらその場から離れつつ、知らせてほしい》

《う、うん。わかった、頑張る》


言われてもなかなかピンとこないので、すぐに気が付けるかわからない頑張ると言うと、頑張ると気づけないよ、とふうちゃんはアドバイスしてくれた。

なんとなくわかるような、わからないような…と伝えると、いつも食べてるこしあんのお饅頭が粒あんになってるような感じと言われて《なるほど!》とと両手を叩いた。

けれど食べてみないとわからないことに気づき、結局体育祭がはじまってみないとわからないということだ。


ちょうど今日のストレッチも終わり、夢見の悪さでかいた汗でベタベタするのでシャワーに向かう私。

あたたかいお湯が汗を洗い流してくれるのが気持ちいい。


《あ、白尾山神社ついたから結界整備いってくるね》

《うん!気を付けて頑張ってね、ふうちゃん!私もシャワーあびたら朝ごはん食べてくる!》


と魔法をおくると、文字にならない文字が送られてきた。


《どうしたのふうちゃん?いまの全然読めなかった》

《だ、大丈夫…いまのは読めなくて大丈夫だから…》

《そう?》


お兄さんとなにかあったのだろうか、それとも白尾山神社でなにかあったのかと心配していると《大丈夫》しか返ってこなくて私の頭をより悩ませた。

結局謎のままふうちゃんは結界整備に向かい、シャワーから出るとタイミングよく誰かが私の部屋をノックした。


「楓ちゃ~ん、よかったら今日もヘアアレンジしない?!」


扉をあけるとドライヤーやコテや、いろんなスプレーが入ったかごを持ったりさちんがたっていた。

そして昨日はハーフツインにアレンジしていたが、今日はお団子スタイルで元気いっぱいのりさちんだ。


「あれ、シャワーあびたところだったんだね!じゃぁブローからしてあげる♪」

「ほんと!?昨日のアレンジも可愛かったから今日もお願いしようと思ってたの!」

「うふふ~今日もいっぱい写真撮ろうね!水樹君に送るんでしょ?」

「えへへ…うん!」


本当はすぐに写真を送りたいなって思うけど、ふうちゃんの反応を直接みたいって気持ちの方が勝っちゃう。

さっそくりさちん持参のドライヤーで整えてもらいながら、今日の試合の話や、お昼の話で盛り上がった。



うん、りさちんはいつも通りだ。





朝食を食べた後は昨日と同じ治癒テントにやってきた。

まだ誰もやってきておらず、昨日の朝よりも綺麗に整えられており、すぐに怪我人がきても対応できるようになっていた。

治癒協会の人たちが丁寧に片付けしてくれたのがわかる。

今日の治癒協会の治癒師さんたちがきてくれることになっており、試験分が終わったところから交代してくれるそうだ。

いつもなら学校にはいない人たちだが、こんなに丁寧な仕事をしてくれる人たちが悪い人ではないだろうと思う。


「おはよう、楓さん。あら、今日のアレンジも可愛らしいわね」

「ゆか先輩、おはようございます!今日は三つ編みアレンジにしてもらいました♪」


うん、ゆか先輩も穏やかさも、上品に笑う仕草もいつもと変わらない。

むしろいつもよりもちょっと元気そう。


「あれ、今日はいつもより香りしますね」

「楓さん、本当に鼻が利くわね。波多野君の分も持ってきたから濃く感じるのかしら?」


そういってポッケから小さな小瓶を取り出して、ゆか先輩と波多野の必需品であるアロマをみせてくれた。

初めてみるアロマだけど、不純物を感じないくらい丁寧につくられたのがわかるアロマだった。


「よかったら今度、楓さんにもつくってもいいかしら」

「えぇ!!いいんですか!?」

「もちろん。一緒にベース選びからしましょう?」

「わ~うれしい!楽しみにしてます~!!」


いつにしようか、場所はどこにしようかって話していると、昨日サポートしてくれた1年もやってきて、昨日と同じメンバーがそろった。

隣のテントからも賑やかな声が聞こえてきて、昨日とかわらない朝に安堵した。


「わ!立華先輩、髪型かわいいですねー!」

「う、うん!ありがとう~!」


不意に声をかけられてドキッとした。

なにがおきてもいいように、動きやすいい髪型とリクエストしたら三つ編みアレンジをしてもらった私だけが、いつもと違うくらいだ。




体育祭2日目の今日は、まず各属性のパフォーマンス部門による演目から開始される。

パフォーマンス部門には戦闘力は低いが、自身の特性や特技、半期の成長をみせ、成績に加点される仕組みだ。

昨日の土属性による調理部隊のように、戦闘参加者は必須ではないが、加点目的の生徒や、純粋に楽しくて参加する者もいる。


2日目のトップバッターは樹属性の女子チームによるマイナスイオンたっぷりの森林ヨガだ。

昨日の疲労とたっぷりと癒す目的のため、校庭にはたくさんの女子が集まってきた。

ここは森の中かと思う光に変わり、淡いグリーンの花びらが舞う中、ゆったりとした時間がながれる。


「この時間は怪我人がでないから、こっちもほっとしますね」

「いまのうちに準々決勝後に備えておきましょう?」


ゆか先輩と1年生たちが和やかに談笑している通り、雷属性によるダンスや、水属性によるシンクロナイズドスイミング、氷属性のフィギュアスケートなどお昼ごろまで続く。

それでもパフォーマンス中の怪我や、昨日の治療の継続、決勝トーナメントに備えた治療などやることは多いのだ。




「以上~水属性の男子チームによるシンクロナイズドスイミングでした~」

「女子チームの優雅さと違って笑いと驚きのパフォーマンスでしたねー」

「これは文化祭での再披露も期待です~」

「それではコート整備のため長めの休憩時間となりますー。お待ちの間、吹奏楽部による演奏をお楽しみください~」


司会のアナウンスが流れると、結界試験中の生徒たちが校庭に集まりシンクロ用プールの水が徐々に少なくなっていった。


「シンクロ、すっごくおもしろかったですね!私、去年はこの時間第二会場の武器創造部門で乱闘騒ぎがあって見れなかったので…見えれてよかったです!」

「ふふ、楓さん、すごく楽しんでて私もつられて楽しめたわ。ありがとう」


ゆか先輩にお礼を言われると急に我に返った私。

試験のことも鬼の気配のこともすっかり楽しんでいたことが恥ずかしくなって、両手で緩む頬をおさえた。


「ちょ、ちょっと困ります…!」

「っるせぇな。少し話すだけだよ」

「ですから…ちょ…!!」


するとテントの外が騒がしくなり、何事かとゆか先輩とそろって同じ方向へ振り返ると切島先輩が1年生の静止を押しのけてテントに押し入ってきた。


「よぉ佐伯。相変わらずこんな地味なところにいるんだな」

「…いったい何の用かしら。あなた、このテントには立ち入り禁止のはずよ」


切島先輩は私や1年生のサポーターなんて目に入っていないかのように、テントに入ってくるなりゆか先輩に真っ先に絡みにいった。

それにしても切島先輩が立ち入り禁止になっていたなんて初めて聞いたが、いつの間に立ち入り禁止になったのだろう。


「昨日の返事、聞かせてもらおうと思ってな」

「それなら何度もお断りしているはずよ」

「つれねぇな~俺の女になれば雷属性トップの横にたてるっていうのに」


俺の女…ってことは、切島先輩はゆか先輩に告白したってこと!?

しかも何度も!?と、驚いていると、音をたててガーゼやハサミなどを置いてある治療セットを崩してしまった。

幸い地面に落ちなかったが、切島先輩のご機嫌は最悪みたい。


「おい。いまいいところなのに邪魔すんじゃねぇよ」


瞳孔が開いた目で見下すように私を睨みつける切島先輩。

負けずと睨み返しながら、この状況をどう切り抜けるか必死に頭を回す私。

なにか糸口がないかと探しているが場慣れしていないので、すぐに行き詰ってしまう。

そんなとき、意外な人物が現れ私の胸をなでおろした。


「なにしてんだよ」

「は、波多野…」


波多野はテント内をみて、状況を把握したようでさっとゆか先輩と切島先輩の間にはいった。


「…幼馴染気取りの次はナイト気取りか?佐伯は俺の女だぞ?」

「だからその話はー!」


そう切島先輩が波多野に詰め寄ると、反論するゆか先輩を波多野は止め


「…先輩、第二会場の先生が探してましたよ。急ぎ来てくれって」


と、切島先輩の話なんて聞こえていないかのように、波多野は用件だけをただ伝えた。

二人の雰囲気はまるで水と油、白と黒のように境界線がはっきり見えるようだ。


「…ふん、まぁいい。どうせお前も檜原も佐伯も今日から俺に逆らえなくなるんだから」

「波多野君も檜原君たちもあなたなんかに負けないわ」

「そう言っていられるのも今のうちだ。俺が勝ったら約束、守ってもらうからな」

「・・・っ」


約束ときいた瞬間、ゆか先輩が顔を歪ませながら切島先輩から視線をそらした。


「最後に幼馴染に挨拶する時間くらいくれてやるよ。じゃぁな」

「…私、あなたのこと嫌いよ」


切島先輩はゆか先輩の髪にふれ、嫌悪感を露わにするゆか先輩をみて、満足する顔でテントを出ていった。




「もーーー!!なんですかあれ!!!塩まきましょう!塩!!」


ゆか先輩への行動に怒りが抑えられなくなった私は、切島先輩が去っていった方向を見ながら叫んでいた。

1年生たちも同じ気持ちだったようで、塩をもらいに走り出す直前だった。


「大丈夫よ、ありがとう、楓さん、みんな」


私たちの怒りを抑えるように笑顔で話すゆか先輩だが、切島先輩が触れた髪をおさえる手が震えていた。


「・・・」

「波多野君も間に入ってくれてありがとう…ひゃ!」

「・・・」

「は、波多野君?あ、あの…なにしてるの…?」


私は信じられないような光景を目にしているのではと、自分の目を疑った。

なぜなら無言のまま、波多野は戸惑うゆか先輩の髪をくるくるにして頭にのせたり、顎下で結んだりと小学生のような遊びをしているからだ。


「波多野君…も、もうそのへんで…」

「・・・」

「ねぇ…も、もう、ほんとに…ふ、ふふ…」


いつまでも無言のまま遊び続ける波多野と、顔を赤くしながら戸惑うゆか先輩の構図がおかしくて、プルプル笑いをこらえていると、とうとうゆか先輩も堪えられず笑顔がこぼれた。

その表情は波多野の前だからだろうか、なんだか波多野のほうが年上にみえるくらい子供っぽい笑顔だった。




「赤でこ」

「…へ?」

「ふざけた前髪してるお前だよ。ちょっとこい」


久しぶりに「赤でこ」と呼ばれ、一瞬誰のことかわからないでいるとせっかく少し伸びてきた前髪をバカになれたことで私のことだったと思い出した。

外に出ると中かたクスクスと笑い声が漏れているのが聞こえた。

でも波多野はそんなこと気にならない真剣な顔で、小声で私にこう話した。


「…切島、変じゃないか?」

「切島先輩?ん~…いつも変だからなぁ…」


そう。いつも攻撃的で、私たち草花属性は切島先輩にとっては見下し対象なので判断が難しいところではある。


「昨日すれ違ったときは別人かってくらい大人しかったんだよ。それにさっきも喧嘩売ってくんのは変わんねーのに、なんか変なんだよ」

「確かに昨日も言ってたけど…なにが変なの?」

「なんつーか、いつもは小物感あんのに、さっきはそれがなかった」

「大物になったってこと?」

「いや…小物は小物だけど、自信があるっつうか」


考えこむ波多野とは対照的に、私は首をかしげるばかりだった。

だって昨日関わったばかりの切島先輩の違いなんてそんなにわからないもの。


「とにかく切島先輩の様子がいつもと違うってことだよね?」


でも波多野がここまで警戒しているのだから、切島先輩はやっぱりいつもとなにか違うのだろう。

ならば急ぎふうちゃんに報告して、切島先輩には関わらないようにしなければ。


「あぁ。だから昨日言ったこと覚えてるだろうな?」

「え?う、うん、なにか異変があったら言えってでしょ?」

「忘れてないならいい」


一瞬怒られそうな気がしたのは、赤でこが私ってことを忘れていたから、昨日の約束のことも忘れていると思われたからだろうか。

でもそれは修学旅行が終わってから『赤でこ』って呼ばない波多野のせいだと思う。


「…ゆかにもなにかあったらすぐに知らせろ。じゃぁな」

「お待たせしました~次は氷属性の女子チームによるフィギュアスケートになります~!」


司会のアナウンスと重なってしまったけれど私の耳は確かに聞いた。

波多野がゆか先輩のことを「ゆか」と呼んだことを。

驚いて返事をする間もなく波多野の姿は人混みの中に紛れてしまったが、私が今まで聞いた波多野の声で一番優しい声だった。




続く

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