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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
体育祭編
72/151

ー72-


私はいま、握る拳に手汗がじわじわとあふれてくるのを感じている。


「…このテントの屋根の装飾担当は?」

「は、はい…!私です…!」

「あなたは3年玄武組の猪狩さんね。…概ね合格です」


なぜなら属性課題の評価を受けるため、水属性のテント前で順番待ちをしているところなのだ。

今回草花属性の評価を担当してくれている先生は、3年の結界術を担当している齋藤先生で、これまで一度も生徒をほめたことがないと噂されており、校内一と言っていいほど評価が厳しいと言われている。

私は廊下ですれ違ったときに挨拶する程度しか関わったことがないが、醸し出されているオーラに凄みになぜか怒られそうな気がしてしまう。


「ですがここと、ここ、あとここ。あ、ここもですね。水が上がりきっていないのをごまかしていますね。それに正面から見えるところは頑張ったようですが、裏側の雑さも目立ちます。明日の体育祭開始までに修正しておくように」

「…はぃ…」


だって合格をもらった玄武組の先輩が隣でこんなに落ち込んでいるんだもん…。

安心したのもつかの間、がっくりと肩を落とす先輩をみて、先輩でさえ厳しい評価を受けているのだから私はいったいどれだけ酷評されるのだろうと身構えていると、テントの一番前の長テーブルに置いてある私が担当したミニブーケを手に取った。


「こちらのブーケ担当は…2年朱雀組の立華さんね?」

「は、はい!」


先生が持参したファイルで担当者を確認しながら、私の名を呼んだ。

心臓がドクンドクンと脈をうつ。

こんな風に人前で評価を受けるのは慣れていないので、心臓に針が刺されているみたいで緊張に殺されそうだ。


「…ひとつ聞いてもいいかしら?」

「え…!?は、はい…」


…終わったと思った。

順番待ちをしていた間、先生から質問された生徒はいなかったから。

水属性のテントを担当した同属性たちの同情のような視線が集まる。


「立華さんのブーケはみんなと違ってラウンド型よね。今回の課題のコンセプトを聞かせてくれるかしら?それと香りを強めた方法はどうやったのかしら?」


ひとつと言っていたのに、自然と質問がふたつになっているが、顔色ひとつ変えない先生の読み取れない視線が私をごまかさないように貫く。

背中にあたる西日がよけいに私の冷や汗を促した。


「…えっと…コンセプトは体育祭期間中、みた人が少しでも癒されてくれたらなと思って、ラウンド型にしました…ラウンド型だったら前からだけじゃなくて後ろに座ってる人の目にもつくかなと…」


先生のいう通り、みんなテントの前から見た時に自分の属性テントがわかるよう全てのお花が正面を向いている。

なので高さもあり、遠くからでも見える形になっているのだが、私は360度どこから見ても正面になるようラウンド型を選択した。

しかしその分、他のブーケよりも高さを出すことが難しいので遠くからみると目立ちにくいのだ。


先生は頷くこともなく、無言で私の話を聞き続ける。

こういう状況で自分がやったことを説明するのは実は苦手な私。

だって本当はふうちゃんの海の結界をイメージしてつくったのだから。

その理由がバレないよう、なんとかそれっぽい理由を取り繕う。


「そ、それと香りについては、ふわっと香るまで毎日異能を調整してました…」


香は完全に私の趣味。

課題作成用の冷蔵ケースには、すでに開いてから1週間は経っているだろうと思うほど、あまり元気のないお花たちばかりだった。

芯がカスカスになっていたり、花びらが茶色くなっていたり、足元の茎がドロドロになって異臭を放っていたり…。

期末試験の属性課題の予算は人数の多い火属性や、レベルの高い陰陽術課題、体育祭の運営費にあてられ、あまり期待されていない草花属性はきっと余った予算なのだろう。

蔑ろにされて悔しいなと思いながらも、こんなに手入れされず放置されたお花たちがかわいそうに思ったので、課題作成期間中、何度も微調整を繰り替えしていた。

本当の美しい状態を見せつけてやりたかったから。

だから先輩が酷評されていたが、その状態のお花たちを立て直し、ここまで作りあげたのはすごいことなのに、あんなに花材がひどい状態だったなんて知らないくせに、ときっと誰もが悔しい気持ちになったと思う。


「…合格です」

「………え?」


私は聞き間違いかと思ったが、齋藤先生が柔らかく笑っているのを見て釘付けになった。


「…草花属性の花材は毎年古い状態だって言うのは知っていました。なので運営に課題は平等であるべきだと進言してきたのですが、改善されず…草花属性の皆さんの士気が下がっているのではと、今回評価担当へ立候補したのです」


私だけでなく、みんな驚いていた。

こんな風に草花属性の私たちのことを考え、行動してくれている人がいたことに。

たしかに草花属性の中には、課題はとりあえず合格だけもらえればいい。

加点は体育祭のパフォーマンス部門で挽回するって生徒が多い。

それは花材が年々悪化してきたことが起因していた。


「それでもあきらめず、あの状態からよくここまで綺麗に作成しましたね。それに合格すればいいというだけでなく、見る人のこともきちんと配慮されている。頑張りましたね、立華さん」

「あ、ありがとうございます…」


今までの緊張感が一気に解けたのと、齋藤先生の優しさが胸の奥を熱くして、視界が歪んでしまう。

ふうちゃんや、りく先生、お兄さん、櫻子お姉さんだけでなく、私が見えてないところでもこうやって私たちの頑張りをみてくれる人がいるってことに嬉しさがこみあげる。


「厳しい言い方になってしまったかもしれませんが、猪狩さんの装飾も素晴らしかったですよ。ただ諦めが雑さを生み出していました。皆さんの課題もそうですよ。なのでぜひ、引き続き自信をもって皆さんの課題を見せてください」

「「は、はい!」」


緊張感漂っていた時間が、中には涙ぐむ生徒もいて、みんなの笑顔が咲く評価時間になった。

きっと私たち、草花属性の多くはこれまでの教育、待遇から自信が失われていったんだ。

そして本来の実力を発揮することがなく、卒業していった先輩たちも多いのだろう。

でも怖い、厳しいというイメージがあった齋藤先生だったが、属性差別することのない、生徒想いの強い先生なのだと思った。





全員の評価も終わり、教室の戻ろうとすると、齋藤先生に呼び止められた。


「立華さん、ちょっといいかしら?」

「あ、はい!」


猪狩先輩や、他の生徒たちは先生の挨拶を済ませ、テントには私と齋藤先生だけになった。


「あなたの課題…本当はコンセプト、違ったでしょう?」

「え!?な、な、なんで、ですか…!?」


完全に油断していた私は取り繕うことができず、ただあわあわと挙動不審になってしまったが、先生はにこっと微笑んだ。


「大丈夫よ、もう評価は終わっているから」

「あ…は、はい…」

「去年、土属性の花飾りを担当していたわよね」

「はい…って、先生どうして知ってるんですか?」


そう、去年の私の課題は女子専用の鉢巻につける花飾りだった。

ひとつひとつは小さいが、学年全員の土属性分を作成するには数が多く、それなりに苦労した覚えがある。

なので今年は配色や大きさに難しさはあっても、りく先生のおかげで作成はひとつでいい気楽さがあった。

でも齋藤先生がなぜ私が鉢巻の花飾りだったことを知っているのだろう。

去年は別の先生が評価担当だったのに…。


「いろいろ疑問が浮かんでいる顔ね」


齋藤先生はニコリとしながら、話を進めた。


「花飾りって3日目には暑さで黒ずんだり、枯れてしまって外す生徒が多いでしょう?でも去年、立華さんが作成した土属性の生徒たちだけ3日目も外さなかったのよ。3日目も変わらず綺麗に保たれていたからね」

「そうだったんですか…?」


治癒隊にいた私には花飾りがどうなっているか確認する余裕なんてなかったので、3日目も花飾りをつけてもらっていたことに驚いた。


「でも土属性用の花材選びが難しかったのか、大人しい色使いだったのが惜しいなと思って担当者を調べていたの。ずっと草花属性の評価担当の希望は出していたから、いつかアドバイスできないかと思ってね」


どうしよう。

嬉しくてまた涙で目の前がぼやけてきてしまう。

去年の評価では、やる気のない先生で適当に見ては全員合格と言って帰ってしまった。

呆気にとられた私に、1年後こんな嬉しい言葉がきけるなんて思わなかった。


「そしたら今年も去年と同じ湯田先生だったのだけど、2日前に突如退職されてね、それで希望を出し続けていた私に担当が回ってきたの」


突然の退職と聞いて似たような話をどこかで聞いたような気がしたけれど、去年の先生の名前が『湯田先生』だということを初めて知って驚いた。

あの時は名乗りすらしなかったから。


「だから今回の立華さんの課題をみて驚いたわ。無難なものでまとめようとする課題の中、立華さんのだけが自信をもって咲いていて、立華さんの"色"がみえるものだった」

「私の色…ですか?」

「えぇ。この1年で自信をもてる出来事、自分らしさを表現する成長、そしてそれらを支えてくれる周りの人や環境への感謝…そういったものが見える課題だったわ。きっと水属性のみんなも癒されてくれるでしょう」

「あ、ありがとうございます!」

「さ、もう教室戻っていいわよ。報告したい人、いるのでしょう?」


齋藤先生は何かを見透かしたようにニコニコしながら私を見つめる。

もしかしたら気づかれているのかもしれない、本当のコンセプトはたった一人のためを思ってつくったことに。

敢えて遠まわしに話してくれたのだろうか。


「来年の予算は大丈夫そうだから、来年の課題も楽しみにしてるわね」

「はい…!」


でもコンセプトのことに気づいていたとしても、こちらが言うまで直接的な言葉で話さずに伝えたたいことは伝える、そんな齋藤先生の品の良さが優しさとなって伝わって、教室へ走る私の足を軽くした。





ー 練習場 ー


「お前、齋藤先生から好評もらったみたいだな。齋藤先生から聞いてびっくりしたわ」


夜の特訓でりく先生に会うなり、齋藤先生の話題になった。

評価担当が齋藤先生だったのは知っていたみたいだけど、好評をもらえるとは思ってなかったみたい。

それはそれでちょっと悔しい。


「私、齋藤先生って厳しくて怖い先生ってイメージだったんですけど、優しい先生でした!」

「いや、めちゃくちゃ厳しくて怖い先生だぞ?」

「え、そうなんですか?」

「あぁ。属性課題の会議中なんて校長に食ってかかる勢いで指摘するし、北都の異能教育委員会にも意見書提出くらいだしな。俺も何度も服装正しなさいとか、禁煙しなさいとか怒られる」

「それは先生が悪いんじゃ…」


思わず本音をこぼすと、りく先生は少し沈黙した後、煙草に火をつけた。


「櫻子お姉さんにも叱られますよ」

「お前が黙ってりゃばれない」


と、まるで私を共犯者にするかのように意地悪に笑っていた。


「齋藤先生は俺の担任だったんだよ。その頃から属性差別について訴えていてな。ま、来年からは齋藤先生も安心できるだろ」

「あ、そういえば去年評価担当だった湯田先生って、突然退職したって聞いたんですけど、なにかあったんですか?」

「あー。日頃の行いが悪かったって感じだな」

「???」


評価の時に初めて見た先生で、その後の校内でもめったに会うことがなかった湯田先生。

だから日頃の行いがどうだったかなんて私にはわかるはずもなく、りく先生が煙を吐き出すのを待っている。


「…横領だよ。何年も草花属性の課題を捨てるような花を買い取って、新規の値段で申告してたんだ。齋藤先生は新規の値段でこんなに花が古いなんておかしいってずっと校長に訴えていたんだけど、生徒から被害報告がないからって見逃してたんだよ」

「そんな…ひどい…」

「そういう不正がないよう評価担当は毎年変わるんだが、他に希望している先生がいないからって校長の独断で草花はずっと湯田先生だったんだ。まぁ横領を隠すためだろうけどな」


きっと草花属性の先輩たちもなにかおかしいって思っていても、誰でも合格がもらえるからって誰にも相談できずに、ひっそりと胸の奥にしまいこんだまま卒業していっていたのだろう。


「それに女子生徒へのセクハラや、陸上部の更衣室の盗撮やら、男子生徒のカンニング補佐で、悪事がボロボロでてきて即クビになった」

「えぇぇ!?そんなに悪いことしてたんですか!?!?」

「あぁ。本人は脅されたとか言って無罪を主張してるが、黒だろう。もう異能公務員更生施設に飛ばされて事情聴取受けてんじゃねぇかな」


開いた口がふさがらずにいると、りく先生は続けて近いうちにニュースに出ることも教えてくれた。


「だから夏休み入ったら陰陽省の教育機関の査察が入るんだよ。2、3日もしかしたら生徒は敷地内立ち入り禁止になるだろうから、特訓は難しいかもな。その間、お前は実家でゆっくりでもしてろ」

「そうなんですね…東都との合宿もあるのに夏休み大変そうですね」


ただでさえ、夏休みは毎日の特訓に加え、北都でも合同合宿、東都で行われる全国異能選抜大会の引率、その後合同合宿が控えており、休みなんてほとんどないような状態だ。

そこに無理矢理ねじ込まれたかのように査察が入るなんて、りく先生の長い溜息が聞こえてきそう。


「ま、でもこれもお前らの未来のためと思えば楽勝だ。心配すんな」


と、意外にも嬉しそうな表情で私の頭を揺らした。


「さ、今日は練習植物と連続技じゃなくて、実際に俺と打ち合うぞ」

「はい!!」


なんで嬉しそうだったのか聞こうとしたけれど、先生と実際に打ち合う新しい練習ができるのが楽しみですっかり忘れてしまった。




ー 寮 楓の部屋 ー


今日はいつもの猫のぬいぐるみではなく、世界的に有名な猫のキャラクターのぬいぐるみを抱いてベッドに横たわる。

なぜなら実際に打ち合いになると練習植物と比べると腕への負担が大きく、大きいぬいぐるみに腕を預けると楽になったからだ。


《ふうちゃん、特訓頑張ってる?》

《お疲れさま、えでか。そろそろ寝る時間かと思って休憩してたよ》

《ありがとう、ふうちゃん》


私が魔法で呼びかけるとき、お兄さんと特訓中でもお兄さんが気を利かせて休憩入れてくれるのだそう。

空間結界にいると現実時間がわからないそうなので、いつもタイミング悪かったかなって気にしてたけどお兄さんの心遣いに感謝だなって思う。


《えでか、課題頑張ったんだってね。兄ちゃんから櫻子姉さん経由で聞いたよ》

《うん、私、知らないところでも齋藤先生みたいに見てくれてる人がいるんだって嬉しくなっちゃった》

《えでかが頑張ってたからだよ、よかったね》


「えへへ」とふうちゃんがほめてくれると、幸せがあふれて無意識に声に出ちゃう。


《えでかの課題、どんな作品になったの?》

《ん~ふふ、生存記録で見るまで内緒》

《えぇ!?えでか、ずるい》

《だって直接見てほしいんだもん》


ふうちゃんをイメージして作ったブーケだから、言葉で伝えて想像したものより、生存記録を通して直接見てほしい。

そう伝えると、ちょっと動揺したのだろうか。

言葉にならないような文字が届いて、クスクスと思わず笑ってしまった。


《えでかがそう言うならわかったよ》

《ふふ、ありがと、ふうちゃん》


そして今日からりく先生と打ち合う練習をしたこと、ふうちゃんの試験の話、明日からの体育祭の話であっという間に0時になってしまった。


《もうこんな時間になっちゃった。そろそろ寝るね》

《遅くなってごめんね。そういえば最近は夢、見てない?》

《うん、最近は課題のことで忙しかったから夢見る余裕なかったから》

《そっか。また苦しくなったら話聞くからね》

《ありがとう、ふうちゃん。今日も大好き》

《おやすみ、えでか。いい夢を。大好きだよ》


そうだ。

もしまたあの夢を見たとしても、また会えない苦しさが移っても、私にはふうちゃんがいる。

願い続ければ会える奇跡を持っている。

だから『彼』が会いたい人に会える奇跡が起こるのを、眠りにつきながら私は願う。




続く

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