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「はじめまして、えでかちゃん!私は橋本櫻子。君の先生の双子の妹で、空雅君の妻です」
ニコッと微笑む櫻子さんの笑顔からは凛とした強さを感じた。
でも嫌な強さじゃなくて、ずっと櫻子さんをみていたいくらいの優しい強さ。
なのでお兄さんとりく先生と話している櫻子さんについ目が向いてしまう。
今日りく先生に妹がいる話は聞いたけれど、双子だとは思わなかった。
たしかにりく先生と双子だと言うだけあって、表情は違うものの顔のパーツがそっくりだった。
それにお兄さんと櫻子さんが結婚していたのもびっくりだ。
「え、えっと、はじめまして…立華楓です」
「よかった。やっとえでかちゃんの名前聞けて」
「え?」
「大雅君からよく楓ちゃんの話は聞いてたの。でもずっと「えでか、えでか」って話すからずっと知りたかったの。ほら、大雅君、自分以外にえでかちゃんって呼ばれるの嫌そうだから」
意地悪な顔しながら笑う櫻子さん。
その表情はやっぱりりく先生とそっくりだ。
「…櫻子姉さん…」
突然の暴露に恥ずかしそうに櫻子さんから顔をそむけるふうちゃん。
でも離れていても私の話をしてくれていたのは素直に嬉しい。
「ようやく再会できてよかったね、二人とも」
全てを包み込むような櫻子さんに、今日が初めましてだけどずっと見守っていてくれたかのように感じて、すっと驚きの余韻で入っていた力が抜けてあたたかい気持ちになれた。
「えでかちゃん、びっくりさせてごめんね。櫻子を呼んだには理由があるんだ」
「い、いえ…確かにびっくりしましたけど、理由ってなんですか?」
「櫻子にね、えでかちゃんの刀を作ってもらおうと思って」
「私の…刀…?」
不思議そうな顔をしてるのは私だけみたい。
「櫻子姉さんはね、陰陽省武器創造課のトップなんだ。りくさんの武器も俺の武器も櫻子姉さんに創ってもらってるんだよ」
「もちろん僕のもね。櫻子はその人にあった、その人の潜在能力を引きだし、その人にしか扱えない唯一の武器を創れるんだ。ほかにも似たような職人はいるけど、櫻子以上の人はいないよ」
『武器職人』と呼ばれる人が多くないことは知っていた。
いまは大量生産が主流になってしまい、一つの武器に手間と時間をかける武器職人は減ってしまった。
そのため現在は武器職人のつくる武器は異能芸術として扱われている。
戦闘で壊れることはなく、所有者の力を発揮し、所有者の成長に合わせて成長する武器と言われ、多くの異能者は憧れる者が多い。
だが武器職人の減少だけでなく、武器職人との相性もあるので憧れで終わることがほとんどである。
「大事な妹の武器を創るんだ。信頼できる人に頼もうと思ってね。それで櫻子を呼んだんだ」
私のために、私の知らないところで動いてくれてることが嬉しくて、心から感謝せずにはいられない。
「お兄さん、ありがとうございます…。櫻子さんも忙しいのにありがとうございます」
「こちらこそ、妹になる楓ちゃんの武器を創れるなんて嬉しいよ。それに私、そんなに忙しくないの。私が武器創るのは私が気に入った人だけだから」
と言って笑う櫻子さんは、意地悪な顔したりく先生と、お兄さんの余裕そうな感じが混ざっていて、本当にりく先生とは双子でお兄さんの奥さんなんだなって思った。
「ま、立華はまだ妹じゃないですけど」
「兄さん、まだ根にもってるの?」
「そうなんだよ~櫻子どう思う?」
「・・・」
私には分からない事情がなにかあるのだろうと、聞いてていいのかそわそわしていると、櫻子さんが挙動がおかしい私に気づいたのか口を開いた。
「私と空雅君はね、政略結婚なの。家柄同士のね」
「え!?」
政略結婚と聞くと、ドラマでよくあるドロドロしたイメージだったので、お兄さんと櫻子さんを見ていると息がぴったり合っていて、お互いを信頼しあっているのが伝わってくる。
幼馴染だからもあるのだろうか、イメージしていた政略結婚にはとても見えなかった。
「もともと許嫁ではあったんだ。でも事情があってね、予定よりもかなり前倒しして強行的に籍入れたんだ。ちゃんと両家納得しての結婚だったけど、けっこう強行したからりくは根に持ってるんだ」
「ちゃんと説明して兄さんも納得したでしょう?!だから兄さんはモテないのよ」
「うっうるさいな!それとこれとは別だろ!?」
妹の櫻子さんには弱いのか、たじたじになってるりく先生。
めったに見られないりく先生の姿に思わずくすっとしてしまう。
「えでかちゃんにもこの辺りの話、今度聞かせてあげるね。りくがいないときに」
「空雅さん!?」
「さ、さっそくえでかちゃんの武器創造に入ろう。明日ふたりは早いし、櫻子も時間がいるだろう?」
「そうね、兄さんはほっておいて、さっそく取り掛かりましょう」
「櫻子?!」
さすがに笑いが堪えられなくなって「あははは!」と声をあげて笑った。
普段いじることが多いりく先生なのに、お兄さんと櫻子さんにすっかりいじられてる姿を見られたのが恥ずかしかったのか、ちょっとばつが悪い顔をした。
櫻子さんに立ち上がるよう促され、その場に立ちだがる私。
そして全身、足から頭までまじまじと観察されて、無意識に緊張の力が入る。
「ふふ、そんなに緊張しないで…って言われても気になっちゃうわよね」
「す、すみません…」
「今はね、楓ちゃんの身長、体格、腕の長さ、腰の位置、重心の癖、筋肉量…そういうのを確認してるの。変なことはしないから安心して?」
「ふふ、はい!」
お茶目にウインクする櫻子さんは、しばらく観察をしたあと、私たちを観察していたふうちゃんたちに向き直った。
「ここからは男子禁制」
と言った瞬間、私と櫻子さんの周りを桜吹雪が竜巻のように起こり、ふうちゃんたちの姿が一瞬で見えなくなった。
まるで桜でできた柱の中にいるようで、圧巻だった。
「…すごい…櫻子さんの属性ってもしかして…」
「えぇ、木属性よ。私は桜の異能なの。武器も私の桜の木から創造するんだ」
ちょっと触れるね、と言って櫻子さんは私の手をとった。
そして手だけでなく、腕、足、お腹、下腹部、背中、首とあらゆるところに優しく触れていった。
櫻子さんなりの気遣いなのだろう、私が緊張しないようにいろんな話をしてくれた。
「兄さんとの特訓はどう?厳しい?」
「いえ、ときどき意地悪されますけど、優しいです。先生には草花の強さを教えてもらえて…本人には言えないけど、私、先生のこと尊敬してます」
「そっか。兄さん、ちゃんと先生できてるんだね。今の言葉、聞いたら泣いちゃうかも」
まるで自分のことかのように嬉しそうに櫻子さんは笑う。
「でも楓ちゃん、大雅君から聞いてた通りの女の子で安心したわ」
「…ふうちゃん、なんて話してたのか聞いてもいいですか?」
「ふふ、明るくて素直で、喜怒哀楽コロコロ表情が変わって、ずっと見てたいくらいかわいいんだって耳にたこができるくらい聞いたよ」
「!!!!」
ぶわっと音を立てて全身が一気に熱くなったのがわかった。
会えない間もそんな風に想っていてくれたことだけじゃなくて、櫻子さんに私のことを話していたことがふうちゃんへの想いを大きくする。
その想いにそっとふれるように、胸に手をおき、じんわりとあたたかいものを感じた。
すると櫻子さんの右手が私の両手の上にそっと重なった。
「楓ちゃんの大雅君への想い、楓ちゃんの強くなりたい気持ち、伝わるよ。とっても優しい気持ち」
「櫻子さん…」
「だから傷つくことに慣れちゃいけないよ。楓ちゃんのことを大事に想ってる人たちのためにもね。大事な妹が傷ついたらお姉さん悲しいもの」
櫻子さんから甘酸っぱい桜の香りがした。
とっても優しくて、気が付かずについた傷が癒されていくようで、桜吹雪と一緒にかさぶたが剥がれていった。
「ね?お姉さんとの約束」
「…はい!櫻子お姉さん!…あ」
つい櫻子さんの抗えぬ包容力に無意識でお姉さん呼びをしてしまって、慌てて口をおさえた。
「あはは!ほんとにかわいいわね、楓ちゃん!」
「ご、ごめんなさい…つい…」
「どうして謝るの?それに空雅君のことはお兄さんって呼ぶのに、私のことはもうお姉さんって呼んでくれないの?」
「えっえっえっと…」
ちょっとすねるような櫻子おね…櫻子さんにもう私の本能は抵抗できないみたい。
「私たちの妹になってくれないの?」
「…な、なりたい…です…」
「じゃぁ私のことは?」
「さ、櫻子お姉さん…」
「よくできました♪」
櫻子お姉さんの弾む声に、私の心も嬉しさで弾む。
「楓ちゃん、少し目を閉じてもらえる?」
「え?は…ぃ…」
と言って桜の香りがする櫻子お姉さんの手が私の目を覆うように触れると、返事をするよりも早く瞼が落ちた。
「はい、いいよ」
一瞬だった。
ただ目を閉じて、ただ目を開けただけ。
これも武器創造に必要な確認事項だったのかなと思うことにした。
するとさっと私と櫻子お姉さんを囲んでいた桜の柱が消え、練習場にもどってきた。
「おかえり、えでかちゃん、櫻子。いい武器はできそうかな?」
「えぇ、とびっきり腕をかけて創るわ。大雅君、仕上げは手伝ってもらえる?」
「もちろん!」
「じゃぁそろそろえでかちゃんを送っていきなさい。あまり遅くならないようにね」
「いこう、えでか!」
「うん!」
待ち遠しかった時間をとるように、差し出されたふうちゃんの手をとる。
これまでの疲れなんて吹き飛ぶようで、もう今日が終わるというのに今が一番元気かもしれない。
「楓ちゃん、完成楽しみにしててね」
「はい!よろしくお願いします!櫻子お姉さん!」
おやすみなさい、と手をふりながら練習場の扉へむかう私とふうちゃん。
りく先生が頭をかかえ「お前まで…」とうなだれていたけど、櫻子お姉さんの笑顔でよく見えなかった。
「・・・・・・」
「ふうちゃん?どうしたの?」
扉の前で立ち尽くすふうちゃん。
顔を真っ赤にしながら小さく震えているのがわかった。
「ふ、ふうちゃん?」
「~~~櫻子姉さん~~???」
精一杯睨み返しているふうちゃんだけど、櫻子お姉さんからは「ふふん」と聞こえるくらい余裕そうに笑っている。
その櫻子お姉さんをみたら、もしかしたらお兄さんの余裕たっぷりな表情や、りく先生の意地悪な顔は櫻子お姉さんに似たのかもしれないと思った。
扉が閉じる瞬間、手をふる櫻子お姉さんの肩までかかった波うつ淡い髪色が、キラキラして見えた。
続く




