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空腹で暴走気味の博貴に引っ張られたまま、博貴とダイヤちゃんが食堂の個室に一番乗りした。
するとシックでシンプルなインテリアでまとめられた空間に、白くてしわ一つないテーブルクロスがかかった長いテーブルを中心に人数分の椅子が並べられ、調理室から流れるホワイトソースの香が空腹を促した。
「や、みんな、好きなところに座るといいよ」
「お前らが座らないと料理運ばれてこないぞー」
すでにお兄さんとりく先生は上座に待っていた。
一番乗りだった博貴がその流れでお兄さんの列真ん中に座ったので、ふらふらなダイヤちゃんを私とりさちんで挟む形で向かいの席に座った。
ふうちゃんは「じゃ、俺はここ~」とお兄さんの隣に座ったので、私の真向かいで嬉しい。
ゆうた君ももちろんりさちんの向かいに座ったので、必然と波多野がお誕生日席になった。
博貴にからかわれながら、少し気まずそうに座る波多野。
そこにりく先生が波多野に声をかけた。
「波多野、本来は謹慎中だから本当は部屋で食べるはずなんだけど、勉強ばっかで疲れるだろ。…ちょっとは息抜きだ」
「…いいんですか、先生っぽくないこと言って」
「まぁだめだろうなー」
「…じゃぁ部屋に戻りますけど」
と言って席を立とうとすると、博貴の顔が目も口も大きくあいた。
私はまたたかちゃんの暴走がはじまるのを察し、そうすると私の空腹も我慢できなくなりそうだとお腹が判断したからなのか「ま、待って!」と咄嗟に呼び止めてしまった。
自分でも驚いたけれど、波多野のほうが驚いた顔をしていた。
でもなんて声をかけたらいいのかわからないでいると、ふうちゃんとお兄さんが優しく瞳で頷いていた。
おかげでびっくりして、焦った心に、ふたりの優しさが広がった。
「た…食べよ?みんなで…そのほうがきっとおいしいよ」
我ながらなんとまぬけな引き止め方なんだろうと思う。
もっとマシな言い方があったかもしれない。
これじゃただの食いしん坊みたいだなって思ったけど、ふうちゃんが微笑んでくれたので力んでいた体がふっと軽くなった。
「・・・・・・」
波多野は少し考えながらも、博貴の空腹が爆発しそうな空気を察したのか、観念したように座り直した。
私はほっとしながらも、考え直した理由が私が引き止めたからじゃなくて、博貴の空気を読んだからなのがちょっと残念に感じた。
「というか、お前ら呑気に座ってるけどな!本当はお前らも謹慎レベルなことやらかしてんだからな!!」
「はい!すみません!りく先生!」
「ごめんなさい、りく先生!」
「反省してるよ!りくせんせ!」
「…こいつら絶対わかってない…」
私だけが感じていた気まずい空気を、りく先生とりさちんたちが吹き飛ばしてくれた。
波多野も「…後ろみたらまじでいるんだもん、ビビったわ」と、軽口で混ざりはじめたので、私のしたことが波多野だけじゃなく、みんなにとって少しでも楽しい時間になってくれるなら嬉しいなと思う。
するとタイミングよく、個室の扉がコンコンとなり、お兄さんが返事をすると食堂のスタッフさんがグツグツ音をたてたグラタンを運んできてくれた。
食堂なのにまるでレストランみたいで驚いていると
「ここは他校との打ち合わせや、部活の祝勝会でも使えるようにレストラン形式になってるの。あと鑑賞会とかでも使ったりするの」
ほらっと指さす方をみると、お兄さんとりく先生の奥がスクリーンになっているのに気づいた。
「食事が落ち着いたら、二人の録画みながら好評しようと思ってね。準備してもらったんだ」
「あ、だからビデオもってきてねって言ってたんですね」
「わ!俺、ダイヤちゃんの模擬戦きになる~!!」
「なっ…!ほ、ほんとうは見せるのい、嫌なんだから…!!」
「でも見ていいんでしょ~??たのしみ~~!!」
「・・・・・・」
博貴とダイヤちゃんの掛け合いは、もう寮からここまでくる間になんだか慣れてしまって、微笑ましいコミュニケーションに見えてきた。
ただひとり、りく先生は小声で私に「おい、あいつら何やってんの?けんか?」と話かけてきた。
それをみてお兄さんは笑いをこらえるのが必死みたい。
「熱いので気を付けてくださいね」と、私の目の前に置かれたのはグラタン、サラダ、スープのセット。
チーズがこんがり焼けた香りと、コンソメスープの甘くほっとする香りが私を包み込むようだ。
そして熱々なのが一目でわかるほど、ホワイトソースがぐつぐつ踊っている。
見た目も、音も、香りも、すでに美味しいことが伝わってくるのを堪能していると、ふわっとトマトの香りを感じた。
「あれ?…なんかミートソースの香りもする気がする…」
「よくわかったね、楓。うちのグラタンはね、夕食時はグラタンパスタになるの。これがとってもおいいしいの」
「グラタンパスタ!?おいしそう!!」
「じゃぁえでかちゃんにいただきます、してもらおうかな」
「え!わ、私ですか!?」
大きく「うんうん!」と頷くふうちゃん。
そして「楓~はやく~!」と待ちきれない博貴。
私のお腹ももう限界なので、恥ずかしがっている暇はない。
「いただきま~す!!」
私の声に続いて元気ないただきます、楽しそうないただきます、上品ないただきますなど、いろんないいただきますの声が聞こえた。
ふうちゃんの嬉しそうな「いただきます」も、波多野の短い「…ます」も。
大好きな人が、大好きな人たちに囲まれている中で、美味しいご飯を食べれる時間を過ごせるなんて、無限におかわりしたくなっちゃうくらい幸せだなと思う。
「ごちそうさまでした~~!!おいしかった~~~!!!」
「ほんと!これが学食とかレベル高すぎ!」
食後のミルクティーを味わいながら、グラタンパスタでいっぱいになったお腹をさすった。
「博貴なんて3枚もおかわりして、お腹どうなってんの?」
「ん~?みんなよりちょっと大きいくらいじゃな~い??楓だっておかわりしてたし」
「うっ!!わ、私は半分だよ!!」
そう。あまりのおいしさに、ついおかわりしてしまったのだ。
でも無限に食べれそうだったのに、半分で止められたこと、ほめられてもいいと思う。
「えでか、お腹いっぱいになった?」
「うん!デザートのゼリーもちゅるちゅるで、みかんもたっぷりでおいしかったなぁ~」
「それならよかった。半分でお腹いっぱいになれてえらいよ」
「!!…えへへ、ありがとう、ふうちゃん」
さっそくふうちゃんがほめてくれたのが嬉しくて、またほめられたくて全部消化されたかもしれない。
「ふうちゃんもお腹いっぱい?」
「うん。えでか、おいしそうに食べるからお腹いっぱい」
「そんなに~?私、顔にでるの??」
お昼にお兄さんも同じことを言っていたのを思い出し、自分ではわからないのでほっぺを動かしながら聞いてみる。
「楓ちゃん、気づかなかったの~?いつもニコニコしながら食べるから、見てるとこっちもおいしくなるんだよ♪」
「わかる~!あんこも好きなご飯のとき、めっちゃ笑顔だも~ん!!」
「も~またあんこと一緒にしてー!!」
みんなの笑い声、みんなの笑顔が心地よく、胸の中に広がっていく。
でもやっぱり、ふうちゃんの笑顔だけは特別なんだな。
「よーし、じゃぁ茶しながら好評するぞー」
「えでか、録画映すの手伝ってくれる?」
「うん!もちろん!」
ふうちゃんが背中側に置いていた録画セットを掲げて私を呼ぶ。
ふうちゃんが迎えにきてくれたとき、サッと私が持っていた録画セットを代わりに持ってくれたので、私はよろこんでスクリーンとは反対側にあるプロジェクターにかけよった。
でもふうちゃんがテキパキとセットしてくれたので、結局私は見てるだけだった。
その背中をみていると、昔から機械とかゲームとか得意だったな~なんて懐かしく思ったのだ。
「あ、うつった!」
「じゃぁ俺らはここで鑑賞しよう。好評中にとめてって言われたらここ押して、再生はここ押すんだよ」
「それなら私にも出来るね!」
「ん?ん~」
プロジェクター係としてふうちゃんと私は壁側に椅子を並べて着席した。
鑑賞中は部屋が薄暗くなり、みんなのテーブルから少し離れていることもあって、二人で話せる時間がなんだか久しぶりに感じた。
「えでかを呼んだのは隣にいてほしかったからだよ」
「…うん。私もふうちゃんの隣がいい」
みんな、スクリーンに夢中でよかった。
部屋が暗くてよかった。
ふうちゃんが後ろに呼んでくれてよかった。
だってつないだ手が、ちょうどプロジェクターで隠されているから。
少しでも触れていたいと思う小学4年生の夏は終わらないの。
さっそくお兄さんとりく先生からの好評がはじまった。
開始早々、りさちんだダイヤちゃんを蟻地獄のように砂漠の穴に引きずり落としたところで停止した。
「榎土ちゃんは土属性のなかでもエネルギーが大きい方ね。だから応用が苦手かな?」
「あ、はい…他の属性組み合わせたり、水術と合わせると強すぎて消去されちゃうことが多くて…」
「ふんふん。土属性のエネルギーを分離させてから組み合わせようとするよりも、榎土ちゃんの性質なら受け入れるほうが合ってるんじゃないかな」
「受け入れる…」
「お前、よくクッキー作るじゃん。あんなイメージに近いかな」
「あっそうか…あ!すごい!いまいろんなレシピ思いついてきました!」
お兄さんとりく先生はさすがとしか言いようがないくらい、まだ数秒のりさちんの映像からりさちんの癖、思考、性質まで見抜いて的確なアドバイスを送る。
りさちんも何かつかめたようで、戦闘とお菓子作りが混ざってるみたいで、ゆうた君が見たことない顔で笑っていた。
ゆうた君、いつも冷静であまり表情崩さないイメージだったけど、りさちんの前ではいろんな顔するんだなと思った。
そしてお兄さんから再生の合図があり、ダイヤちゃんの武器が薄暗い部屋を照らした時、もうひとり見たことがない顔をしていた。
続く




