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夕食の時間を知らせる鐘がなると、ダイヤちゃんの部屋に3年の寮長さんがお兄さんからの電話を取り次ぎにやってきた。
私もちょうどお兄さんにダイヤちゃんお礼計画のために、ダイヤちゃんやたかちゃんたちも一緒に夕食誘ってもいいかお願いしようと思っていた。
「もちろん大丈夫だよ。そんなことになるだろうと思って、食堂の個室とっておいたんだ。大雅が急いで迎えにいったから、案内してもらってね」
「ありがとうございます!!」
「それとなんだけど…」
「???」
電話越しのお兄さんの声が何だか少し言いづらそうに聞こえる。
どうしたんだろうと思っていると「佐藤君がね、波多野君も一緒に呼びたいって言ってるんだ」と話す後ろから「りくせんせ~お願いだよ~!!ぜったいそのほうが楽しいって~~!!」とまるですぐ隣にいるかのような博貴の声がした。
博貴の声が電話越しにりさちんとダイヤちゃんにも聞こえたようで、ダイヤちゃんの顔が赤くなったのがおもしろかった。
「私は大丈夫ですよ、波多野が一緒でも」
お兄さんはきっと私の気持ちを優先しようと予め確認しようとしてくれたんだろう。
でも今はもう、波多野のことで傷ついたりしない。
波多野はどう思ってるのかわからないけど、私にとっては大事な鬼と戦ったチームメイト。
だからもう、大丈夫。
「…そっか。強い子だね、えでかちゃんは」
「え?ごめんなさい、たかちゃんの声でよく聞こえなかったです…」
「あはは、彼すごく喜んでるからね。ま、波多野君も一緒のほうが佐藤君も落ち着くだろうし話通しておくね」
「はい!」
最後まで博貴の声が大きすぎるBGMとなって、クッションで顔を隠すダイヤちゃんをりさちんはニヤニヤしていた。
緊張でベッドから動けなくなってしまったダイヤちゃん。
ダイヤちゃんに教えてもらいながらティーセットを片付けていたが、お片付けはあっという間でダイヤちゃんの心の準備には全然足りないようだ。
「ダイヤちゃん、大丈夫だよ。私と楓ちゃんでタイミングつくるから♪ダイヤちゃんはいつも通りで」
「うん、私とりさちんの腕の見せ所だね!」
「ち、違うの…」
「「ん??」」
何か意を決したようにクッションから顔をあげたダイヤちゃん。
その瞳は緊張で目が潤んでいて、それがダイヤちゃんの瞳をより宝石のように輝かせた。
「わ、私、二人に甘えてばかりじゃなくて…ちゃんと自分でお、お礼、伝えたい…!!ごめん…一生懸命計画立ててくれたのに…」
「ダイヤちゃん…」
申し訳なさそうに肩を落としたけれど、むしろいまの姿のダイヤちゃんがダイヤちゃんらしくてリラックス状態なのだろう。
だってすごくキラキラしていて、はやくこの姿のダイヤちゃんをたかちゃんに見てほしい。
「わかった♪私の役目は夕食の場をセッティングすることだったんだろうし、あとは見守らせてもらうね!」
「そうだね…!でももし、甘えたくなったときはいつでも合図してね♪」
「楓…りさちん…ありがとう…」
そしてダイヤちゃんも立ち上がり、素早く身支度を整え、ダイヤちゃんに続くように私とりさちんはダイヤちゃんの部屋を後にした。
食堂の個室ってことは学食の奥にある部屋のことね、とダイヤちゃんが教えてくれ、そのまま寮を出ると東都ジャージ姿のふうちゃんが出迎えくれた。
「ふうちゃん!お待たせ!」
「そんなに待ってないから大丈夫だよ」
と、ふうちゃんはにこやかに答えたけれど、お兄さんの話では急いで迎えにきてくれたのだから結構待たせてしまったかもしれない。
「はは~ん。水樹君が待ってるから楓ちゃん、そわそわしてたんだね~」
「え!!私、そわそわしてた…??」
「ふふ、楓、いつの間にか先頭歩いてたよ?」
「え~へへ…恥ずかしいなぁ」
はやくふうちゃんに会いたいのが二人にバレていたようで、二人にちょっと悪いなと思いつつ、優しい二人に感謝した。
「りさっぺたちも模擬戦してたんだね。全然気づかなかった」
「さっき二人の戦闘録画、みてたんだよ♪お兄さんとりく先生が好評してくれるみたいだから持ってきたよ」
「へ~俺も楽しみ!」
「ねぇ水樹君、ゆうた君、どうだった?」
「ゆうた?頭の回転はやすぎて、戦いずらかった~」
「ふうちゃん、ゆうた君に読まれてたもんね♪」
「りさっぺもゆうたに録画みせてもらったら?ゆうたが録画してくれてたから」
「ありがとう!あとで聞いてみる!」
そんな会話をしながら寮と校舎に続く廊下を歩いていると、後ろから「お~い!たいが~楓~りさっち~!!」と私たちを呼ぶ声がして、ダイヤちゃんの肩がびくっとなった。
振り返ると博貴が手を振りながら小走りかけよってきていた。
その後ろにはゆうた君と波多野の姿があった。
一瞬波多野と目が合ったような気がしたけれど、瞬きして目をあけたときには博貴の頭を見ていて、目があったのは気のせいだったかもしれない。
《えでか、波多野君も一緒でいいの?》
すると心配そうな顔をしながら魔法でメッセージをくれたふうちゃん。
お兄さんと同じことを心配するふうちゃんに、私の心はもっと強くなれるみたい。
《大丈夫だよ、だって私にはふうちゃんがいるもん》
そう伝えると安心した表情で《えでかが大丈夫ならいいよ》《でもまたえでかが傷ついたらすぐに退場させるからね》と表情に似合わない魔法が返ってきて、思わずふうちゃんの冗談に声をあげて笑ってしまった。
「あれ~??初めましての子がいるぅ~!!」
「え、えと…」
ダイヤちゃんにとったら本番が突然やってきた状況だろう。
きっと食堂で会う予定だったのが、その前で出会ってしまって明らかに挙動不審になっているのがわかる。
「た、たかちゃん!彼女がさっき模擬戦前に話したダイヤちゃんだよ!」
「そ、そう!私たちのこと案内してくれてお友達になったの!」
博貴がなぜ多くの女子から好意をもたれるのかというと、距離感に秘密がある。
私とりさちんは緊張しているダイヤちゃんと博貴の間に入り、ダイヤちゃんを少し後ろに下がらせた。
なぜなら博貴は、初対面であれ、距離が近いのだ。
だから勘違いをして好きになってしまう女子が後を絶たない。
博貴は無意識なのだろうが、いまのダイヤちゃんには博貴の距離は強すぎるようだ。
「じゃぁ楓とりさっちの友達なら、俺も友達だね~!」
「え、え…!?」
「よろしくね~ダイヤちゃん!!」
そう言って博貴は無垢な笑顔で右手を差し出した。
それは博貴なりの、友好の証としての握手を求めるために。
ダイヤちゃんはおずおずと右手を差し出そうとしたが、胸の前で握りこぶしに変わった。
「…きっ、気安くその名前で呼ばないで…!!」
廊下が静まり返る。
私とりさちんも突然のことで頭が真っ白になってしまって、うまいフォローの仕方が思いつかない。
だって、まさかダイヤちゃんがツンデレだったなんて夢では見なかったもの。
あぁ、もしかしたら本当はツンデレだから、リラックスが必要だったのかもしれない。
ふと視界にダイヤちゃんの握りこぶしが小さく震えているのが見えた。
なんとかしなくちゃと思いつつ、それでも何も思いつかないでいると無表情だった博貴が動いた。
「ん~でも俺、ダイヤちゃんって呼び方しか知らないし…これはどう?!」
少し悩んだあと博貴は両手の握りこぶしをコツンコツンと2回音をたて、右手の握りこぶしを胸の位置に差し出した。
私たちは博貴の行動に何の意味があるのかさっぱりわからずにいたけれど、ダイヤちゃんだけが「あっ…」と何かに気づいたようだった。
そしておそるおそる、震えるこぶしを博貴の右手にコンとあてた。
「へへ!これで俺たちも友達、でいいよね?」
相変わらず無垢な大きな笑顔でダイヤちゃんに話かける博貴。
ダイヤちゃんが無言のまま小さく頷いたのを確認して「よろしくね、ダイヤちゃん!」と博貴は嬉しそう笑った。
私はほっとしてふうちゃんの隣に戻ると、こっそとふうちゃんが私の耳元で
「えでか、おもしろいこと考えたね」
とささやいた。
耳元で大好きなふうちゃんの声が響いてちょっとドキッとしながら、魔法で《でもダイヤちゃんがツンデレだったのは予想外》と返した。
《でも学校ではいつもあんな感じだよ、近郷さん》
《そうなの!?》
《だから高根の花って呼ばれてるんだよ》
ふうちゃんの話によると、学校でもツンデレは発揮しているそうで。
でも根が真面目で、かわいらしい一面が見え隠れしているので、ツンデレ状態のダイヤちゃんをみんな微笑ましく見守っているのだそう。
だから私とりさちんにツンデレしていないと知り、よっぽど仲良くなりたかったのだろうと思ったそう。
《そのきっかけが博貴だとは思わなかったけど》
と言って、一緒に後ろにいる博貴とダイヤちゃんを振り返ると、博貴は波多野にちょっかいをかけ、ダイヤちゃんは一番後ろをで顔をパタパタと手であおぎながら歩いていた。
その光景をみた私とふうちゃんは、同じ顔をして笑った。
再会してからまだほんの数日だけど、ふうちゃんの悪戯な笑い方がなんだかうつったみたい。
校舎に入ると部活終わりの生徒や先生が数人残っていた。
みんな片付けや掃除に夢中のようで、私たちに興味なんてなさそうだ。
でも視界の隅にサッと影が動いて、気になってその方向もみると女子生徒が数名扉に隠れていた。
その前を通りかかるとき「あれって…北都の…」「なんでいるの…!?」と、ダイヤちゃんの話の通り、博貴のファンがきゃあきゃあしていた。
ちらっとダイヤちゃんを見ると、かすかに肩が落ちていた。
博貴は全く気付かず、波多野にちょっかいをかけすぎて呆れられていた。
「あ、たいが~!今日の夕飯ってなぁに~??」
博貴がぴょんと、ふうちゃんと私の後ろにくっついた。
振り返ったとき、博貴が離れてやれやれといった顔をした波多野が見えてちょっとおかしかった。
「寮の食堂だったら何種類かおかずは選べるんだけど、今日は食堂の個室だから…」
と、ここまで言いかけたふうちゃんは、何か閃いた顔をした。
「俺、行ってみないとわかんないや。でも近郷さんなら、知ってるんじゃない?」
《ふうちゃん!!》
ふうちゃんのナイスアシストに心からの拍手を魔法にのせると、私にしか見えないようにふうちゃんはウインクをした。
ダイヤちゃんと博貴の関係を私の生存記録から知ったふうちゃんは、私とりさちんが考えたダイヤちゃんお礼計画に協力してくれるようだ。
「こんごーさん??」
「ダイヤちゃんのことだよ!」
「へぇ!ねぇダイヤちゃん!今日の夕飯なにか知ってる~?!」
突然呼ばれたことで、私たちだけでなく、校舎に残っている生徒も驚いてダイヤちゃんに視線が集まった。
隠れていた博貴ファンは固まったまま、視線を動かせないようだった。
一気に注目を浴びたダイヤちゃんは、どんどん顔が沸騰し、目線が泳ぎはじめた。
私とりさちんはダイヤちゃんにしか見えないように「がんばれ!がんばれダイヤちゃん!」と祈る。
どうかツンデレ出ませんように、と。
「…ど、どうして私に聞くのよ…!し、仕方ないから教えるけど…今日はグラタンよ…」
私とりさちんの肩がずるっと落ちた。
でも博貴はそんなことはお構いなしに「やった~!俺、グラタンだいすき~!ありがとう~ダイヤちゃん!」とはしゃいでダイヤちゃんに駆け寄った。
「こ!ここで名前、呼ばないでよ!」
「どうして~?こんごーダイヤちゃん、かっこよくて俺、ダイヤちゃんの名前、好きだよ~?」
「!!!!!!!」
ダイヤちゃんの顔が、これまでで一番真っ赤に染まった。
いったい次はどんなツンデレが飛び出るかハラハラしていると、博貴はパッとダイヤちゃんの手をとり
「はやくグラタンたべよー!急がないとりくせんせーと水樹せんせーに全部食べられちゃう!」
「えっちょっと…そっちは食堂じゃ…!」
と、困惑したままのダイヤちゃんを引っ張りあちこち走りはじめた。
その光景をみた隠れ博貴ファンは、がっくりと肩をおとし「ダイヤ先輩相手じゃ…歯が立たないよ…」と落ち込んでいた。
博貴の天然により幸運にもライバルが減ったこと、あとでダイヤちゃんに教えてあげたいけど、博貴に振り回されてるダイヤちゃんに聞ける気力はあるのか、ある意味心配になった。
「…なんか、私たちの出る幕なさそうだね」
「ふふ、たしかに」
りさちんに肩を叩かれ、くすくす笑いあう私たちをゆうた君だけ不思議そうに眺めていた。
続く




