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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
居残り編
53/151

ー53-

時計が13時になる頃。

お腹いっぱい、心もいっぱい満たされた私たちは東都高校に戻ってきていた。

今日の午後はふうちゃんが練習場を貸し切って、ゆうた君と博貴が模擬戦をする予定になっていた。

車から降りてそのまま練習場にやってきた私たち。

練習場の扉の前にはすでにゆうた君と博貴が待ちきれない様子で待っていた。


「火野君、佐藤君、お待たせ!」

「そんなに待ってないよ」

「うん!…ってあれ?楓、前髪どうしたの~?」


短くなった私の前髪に気づいた博貴が自分の前髪を持ち上げて「イメチェン~?」と聞いてきた。


「んふふ、そんなとこ♪」

「いいじゃん~似合ってるよ~!」

「うん、新鮮でいいと思う」


ふうちゃんが「かわいい」って言ってくれていなかったら自虐的に返していたけれど、いまはこの前髪が気に入っている。

といっても、ふうちゃんが「かわいい」って言ってくれる髪型なら坊主になっても気に入るんだろうなと思う。


「たかちゃんもゆうた君もありがとう!ところで、りさちんは?」


午後の模擬戦を楽しみにしていたはずのりさちんの姿が見当たらず、寮の扉の方を見るも誰かが出てくる気配はない。


「りさは近郷さん?と外で走り込みしてから一緒にくるって言ってたよ」

「ダイヤちゃんも一緒にくるんだ!わぁ~楽しみだな~!」


ということは、りさちんとダイヤちゃんの模擬戦が見られると理解した私は胸が躍った。

すると博貴が「ダイヤちゃん?」と上半身を傾けながらはてなマークを浮かべていた。


「昨日女子寮案内してくれた女子だよ!お友達だよ♪」

「へえ~おしゃれな名前だねぇ!」

「うん、見た目もすごく大人っぽいんだよ!」

「俺もお友達になりた~い!」

「あとで紹介するね♪」


と、そんな会話を続けているとふうちゃんが練習場の受付を済ませ、扉をあけてくれた。

みんなと一緒に模擬戦コートに進もうとすると、りく先生に首元をつかまれた。


「じゃぁ僕らは上で見学してようか、えでかちゃん」

「お前は俺らの特別授業だ。よろこべ~」

「あ、はは…そ、そうでした」


いまの私の実力じゃ、模擬戦に参加するレベルではないのに、一緒にいるのが当たり前すぎて忘れていた。


「りくさん~?あんまり乱暴にえでかのこと扱わないでよ?」


ふうちゃんに引きはがされる形でりく先生の手から離れると、りく先生は「げっ」とこぼしながら両手をあげた。


「えでか、上で見ててくれる?」

「もちろん!ふうちゃんも楽しみにしてたもんね。頑張ってね、ふうちゃん!」

「ありがとう、えでか」


そんな私とふうちゃんのやりとりを、博貴は「やっぱり水樹君のこと応援するんだね~」と茶化してきた。

私は「えへへ」と照れ笑いで返していると、博貴は「俺もはやく彼女ほしいー!」と地団駄を踏んで私たちの笑いを誘った。

たかちゃんは笑わせるつもりなかったんだろうけど、つい笑っちゃうほどおかしかったのだ。




「大雅」

「ん?なぁに兄ちゃん」


お兄さんがふうちゃんを手で招き寄せる。

とことこ走りよるふうちゃんが、忘れ物を届けにクラスまでやってきたお兄さんに駆け寄る姿を変わっていなくて緩む口元を隠した。


「火野君と佐藤君は氷雪系と水系しか知らないから、それ以外は禁止だからな」

「うん、わかった」

「本気も出しすぎないように」

「う~ん、気を付ける」


こそこそ話す二人だったが、博貴は地獄耳だったようで間髪を入れずに

「え!水樹君、本気出していいよ!?俺も本気出す~!」

と割って入ってきた。

ゆうた君も「俺も本気の水樹君と模擬戦したいな」と博貴に賛同した。

どうやら前半までは聞こえなかったようだ。


「だって、兄ちゃん♪どうする?」


ふうちゃんは二人の気持ちが嬉しかったのか、目をキラキラさせながらお兄さんを上目遣いで見つめた。

そのふうちゃんがかわいくて、ちょっとお兄さんに嫉妬した。


「~わかった…でも無理はしないように!」

「は~い!」

「ありがと~水樹せんせ!」


よっぽど嬉しかったのか、3人はハイタッチをして喜びをわかちあった。


「じゃぁお前ら、怪我だけはすんなよ~」

と、さっそく見学スペースに上がるりく先生とお兄さんに続いて、ふうちゃんと手を振り合いながら私も続いた。




見学スペースに座ると下から楽し気な声があがってきた。


「ねねね!どんな模擬戦スタイルにする!?一対一?」

「じゃぁどっちが先にやる?」

「俺はどっちからでも受けて立つよ!」


すると「3人同時でもいいんしゃなーい?」と、上からお兄さんが声をかえると、3人は「それだ!」と目を輝かせ、お喋りを続けながら準備体操をはじめた。

その3人の姿にお昼休みに校庭でドッジボールをするのに、楽しそうにグループを決めるふうちゃんを思い出しては重ねた。



「大雅、楽しそうだね」

「…はい!昔もあぁやって体育の時間とか、お昼休みはいつも周りに人が集まってきて、いっつも遊んでました」

「放課後もよくクラスメイトが遊びにきては出かけていってたよ」


お兄さんは目を細めながら懐かしみつつも、どこか嬉しそうにふうちゃんを見つめていた。

その兄心の深さに、さっきちょっとだけ嫉妬したことを反省した。



「そうだ、えでかちゃん。なんで僕らと見学にしたと思う?」

「え?それは…まだみんなと模擬戦に混ざれるほど強くなってないから…ですか?」

「違う。お前を参加させない理由にいまの実力は関係ない」

「え???」


他に思い当たる理由が思いつかなくて、あっけにとられ、ぽかんとしてしまった。


「えでかちゃんの力を見せるのは、鬼神戦まで秘密にしておきたいんだ」


さらに意外な理由に、ただお兄さんを見つめることしかできない私。

そんな私の顔がおもしろかったのか、クスリと笑ってお兄さんは私の隣に腰かけた。


「草花属性は世間的には戦闘には向かないって言われてるでしょ?」

「はい、私も昨日まではそう思ってました」

「もし、鬼神戦の前に草花の強さが世間的に広まったら鬼神の強さが増してしまうんだ」

「え…?ど、どうしてですか?」

「俺たちは洗脳されてたからだよ」


りく先生は息を吐き出すように答えながら、私の隣に座り足を組んだ。

二人の話によると、権力をもつ汚い大人たちにとって草花の強さは疎ましく、自分たちの都合のいいように長い間世間を洗脳し続けてきた。

それは我々とって義務である学校教育という場や、いまや必要不可欠なテレビ、雑誌、SNSなどマスメディア、そしてそれらを受けて成長した親から子への家庭の中で、何年も何年も積み重なってきた。

もうすでに洗脳を指揮した大人は死んでいても、草花以外の属性にとって都合がよく、問題視することでもないため受け入れられ続けてきた。


そんな歴史が実は間違いだったと知ったら?


きっとこれまで耐え続けてきた草花たちが目覚めるだろう。

そして中には草花の生命力が暴動として形を変えるかもしれない。

それは草花だけではない。

政府や教育に不満を持つもの、マスメディアに対して不信感を持つ者、SNSに潜んでいた者。

多くの不平、不満を抱えたものが便乗し、暴徒化するだろう。


するとだ。

これまで耐えてきた悲しみ、虐げられてきた傷口の痛み、抑えきれない怒り、行き場のない感情、たくさんの負の感情があふれだす。


「で、ここで得するものがいる」

「…鬼神、ですね」


よくわかったな、とりく先生は私の頭をぽんっと叩いた。

そして多くの負の感情を餌に鬼、蟲が成長し、結果的に鬼神の力になってしまうと教えてくれた。


「当然だけどな。いきなり今までの教育は嘘でしたって言われてみろ?混乱しないやつなんていないだろ?」

「たしかに…」

「だから準備がいるんだよ。この国の全ての人たちに。もちろんまだ都合のいい大人はたくさんいるけど、自分の強さは自分で決めれる人が少しでも増えるよう、僕らは頑張ってるんだよ」


お兄さんの言葉の中に、私には到底理解できない大人の世界があることが想像できた。

きっと模擬戦よりも、それこそ鬼神よりもやっかいなのかもしれない。

長い洗脳の歴史を変えるということは。


「ま、つまり俺とお前は鬼神にとって秘密兵器になるかもしれないから、今日は大人しく見学して、誰にもバレずに特訓を続けるぞって話をしたかったわけだ」


りく先生はにかっと意地悪な笑みを浮かべながら、私の頭をくしゃくしゃに撫でまわした。


「わー!!先生!!髪の毛ぐちゃぐちゃじゃないですか!!」

「あっはは!!いい頭の形してるお前が悪い!」


なんだかご機嫌なりく先生。

でも「いい頭の形」ってほめられているのだろうか?


「りくは妹がいるんだよ。だから誉め言葉だよ」


と、お兄さんがフォローしてくれて、りく先生のなんとも言えない表情が見れて満足した。




「あ、そろそろ模擬戦はじまるみたいだね」

「ほんとだ!ふうちゃん、頑張れ~!!」


私はふうちゃんに届くよう、席からたってお腹から歓声を送った。

ふうちゃんも気づいてくれ、模擬戦前の緊張感ある中、嬉しそうに微笑んだ。


「えでかちゃん」

「はい?」


お兄さんに呼ばれて振り返る。



「君たちが安心して大人になっていけるよう、僕らがなんとかするから、ゆっくり大人になっておいでね」



するとお兄さんの優しくも強く、未来の安心をここまで任せられるのはお兄さんしかいないと感じるほど頼もしさであふれた表情に、私はなにか熱いものが全身をはしった。

これはなんだろう。

これはどういう感情なんだろう。



「その代わり鬼神の相手は任せるけどな」



りく先生が頬杖をつきながら余裕そうに笑う。

熱いものがどんどん体中をめぐり、熱いものが目に集まってきてしまい視界もぼやけてくる。


嬉しい、幸せ。

どれもしっくりこない。

私はこの感情の言葉を無限の中から探しだす。




「お兄さん、りく先生・・・」




広い広い無限の中からやっと言葉が見つかった。

それは「なんだ、この言葉だったのか」と思うほどとても身近な言葉で、でもこの言葉でしか説明ができないものだった。



「ありがとうございます…私、お兄さんもりく先生も大好きです!!」



この言葉を聞いて、お兄さんとりく先生は目を丸くして、お兄さんは嬉しいそうに、りく先生は照れ臭そうにした。


「ふふ、いまの言葉、大雅がきいたら大変だね」

「俺はバレるまえにとんずらします」

「でもこちらこそありがとう、えでかちゃん」

「…ありがとな、立華」




私たちの知らない世界で、私たちには想像できない戦いの世界で、私たちのために二人は戦っているんだ。

大好きな二人のために私ができること。

それはきっとふうちゃんと鬼神を倒すこと。

私の決意がより固まった日だった。



続く

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