ー47-
朝5時
眠たい目をこすりながらもぞもぞ起き上がる私。
夢をみることなく、朝になるのは一瞬だった。
「あれ??」
身体を起こしたとき、私はある違和感に気づく。
昨日初めて自分の力を自覚し、初めての特訓をしたのに、いつも以上に身体が軽い。
睡眠時間だっていつもより短いはずなのに、頭はすっきりしているし、二度寝の誘惑に襲われない。
誘われるようにカーテンをあけると、森に霧がかかり昇り始めた太陽がキラキラと挨拶をしていた。
とても気持ちがいい朝だ。
《ふうちゃん、おはよう》
《おはよう、えでか。よく眠れた?》
《うん!いつもよりぐっすり!》
《ふふ、それならよかった。準備できたら寮の玄関でまってるね》
私は朝起きて、ふうちゃんに《おはよう》と呼べかける。
そしてふうちゃんから《おはよう》とメッセージが返ってくる。
その幸せを噛みしめ、幸せな朝を迎えられたことを太陽に感謝をした。
夜もそうだ。
眠りにつくとき《おやすみ》と呼び掛けて《おやすみ》と返ってくる。
些細なことだけど、どんな小さなことも私には大きな幸せで、お月様に感謝をするんだ。
隣ではりさちんがまだ寝ているだろうと思い、音をたてないようにそっと扉をあけ部屋をでる。
まだ静かな女子寮の廊下には、炊き立てのお米の香がかすかに漂っていた。
いつもだったらお米の香につられて胃袋に隙間ができるはずなのに、お腹がいっぱいで食堂を素通りしてふうちゃんのもとへ向かった。
玄関をあけると戦闘服をきたふうちゃんが「おはよう、えでか」と声をかけてくれた。
朝露にあたたかい日差しがあたって夏の匂いとふうちゃんの香が混ざり合う。
マント姿のふうちゃんをより私の目に輝かせ、おとぎ話の王子様のようだった。
再会して一緒に迎えた二度目の朝は、とてもまぶしかった。
まだほどんど通りの少ない大通りを、りく先生の運転で順調に進んでいく。
東都よりも山奥のほうに向かっているようで、私の知っている東都とは思えない景色が続いていた。
むしろ北都と変わらないくらい。
違うのは道路が広いことくらいだ。
「え!!えでかちゃん、朝ごはんたべなかったの!?!?」
「え?は、はい…お腹すいてなくて…ってそんなに驚くことです??」
助手席のお兄さんとりく先生が見たことないような顔で驚いていた。
りく先生も驚きすぎて運転がふらついてしまうほどに。
「大福で落ち込んでた…あの立華が…朝を食べないなんて…」
「えでかちゃん…具合悪いなら無理しなくていいんだよ…?」
これでからかわれているのだとしたら、二人はアカデミー賞をとれるくらいの名演技だろう。
というか、普段私、そんなに食いしん坊じゃないんだけど、なんでそう思われてるの!?
「もう!体は不思議といつもより元気なくらいなんですよ?!」
私は二人に向けて抗議のつもりで今の体調について語った。
するとあんなに驚いていた二人は「それならよかった」と、いつもの表情に戻ってくれた。
「きっとえでかちゃんが自分の異能の核に気づいたからだろうね」
「核…?」
「生命力だよ。お前はいつも寝ていても自分のために休めてなかったんだ。つねに誰かのために力を垂れ流しにしていたような感じだな。それが自分に戻すことができたんだろ」
と、二人に説明されても実はまだいまいち頭で理解ができていない。
言われてることはわかるし、なんとなく概要はつかめているような状態で少しもどかしい。
授業で核の話は出てこないし、昨日の特訓で感じた力も頭での理解が追いついていない。
なので頭の中で説明されたことと、昨日の状態、今の状態をアウトプットしていると天井にぶちあってしまう。
「大丈夫だよ、えでか。いますぐに理解できなくても徐々にわかっていくから焦らなくていいよ」
これまでのやり取りをうれしそうに聞いていたふうちゃんが口を開いた。
お兄さんもふうちゃんがうれしそうにしているのに気づき、バックミラー越しに口元がニヤリとしたのが見えた。
「大雅うれしそうじゃん。昨日あれからも負けたのに」
「あ~昨夜のあれはひどかったですね」
りく先生まで一緒になってふうちゃんいじりの時間にはいってしまった。
「~♪~♪」
「え!兄を無視!?」
いつもだったら簡単に二人の挑発にのってしまうところ、ご機嫌なふうちゃんは鼻歌をうたってスルーした。
《ふうちゃん、ご機嫌だね。いいことあった?》
《朝からえでかと一緒にいれるからうれしいんだ》
そっか。
ふうちゃんに言われて気が付いた。
ふうちゃんと丸一日一緒にいられるのは再会してから今日がはじめてだ。
もちろん明日には北都に帰ってしまうのだけど…。
《今日はいっぱい一緒にいようね》
《うん、夜の特訓が終わったらまだ話そう》
《また花の絨毯やってくれる?!》
《えでかのためなら何回でも》
私たちが魔法でメッセージを送り合っていると、お兄さんが混ざりたそうに振り向いてきた。
「えでかちゃんはさ、大雅からその術の話聞いて嫌じゃなかったのかい?普通、女の子だったら考えてること全部筒抜けになの嫌じゃない?」
急に黙り込んだ私たちが魔法で会話しあってることを察し、いつも思ってたこと、この際聞いていい?と遠慮がちに聞いてきた。
「それに離れてる間の出来事とかも記録されちゃうんだよ?大丈夫?」
「ん~話を聞いたときはびっくりしましたけど、術の効果にびっくりした感じです」
「え!じゃぁ全部筒抜けでも平気なのお前!?」
「ふうちゃんだから大丈夫ですよ?それにこうやって会話できたり、離れてても近くにいるんだって安心できるので呪いだなんて思ってないです」
きっと私が普段のトーンと変わらずに返したからなのか、表情はよく見えないが開いた口が開いたままのような気がする。
「…ほんとはね、えでかちゃんが年頃の女の子として気になることがあるなら、なんとかできないかって考えてたんだよ…」
「え!?なんとかできちゃうの兄ちゃん!?」
「それはなんか…ちょっとさみしいね?」
「うん、今ので必要ないことがわかったよ…」
お兄さんの話によると、術を解除することはできないが、ふうちゃんに伝わると恥ずかしいようなことがあれば誤魔化すことはできる術は開発できると教えてくれた。
そのためには術の本質に触れないよう、慎重に行う必要があるためこれから行く結界よりも大変なんだそう。
でもきっとお兄さんはいとも簡単に開発できちゃうんだろうなという気がした。
「せっかくだし俺も興味本位で聞いていい?」
「なんですか~?」
赤信号でとまったことに、りく先生が声をかけるまで気づかなかった。
「そのお前らのいうテレパシーごっこ?その会話?ってどんな感じで伝わってくんの?」
「あ、それ僕も気になる」
お兄さんもりく先生に賛同するように手を高く上げた。
ふうちゃんに話してもいいのか確認をすると、大丈夫だよのメッセージとともに頷いた。
「えっと…まず私からふうちゃんにメッセージを送るんです。手のひらにふうちゃんの光があるのをイメージして、話かけるみたいに」
「でも今は話しかけてなったよね?」
「あ、はい。ふうちゃんのこと考えたり、光を思い浮かべるだけでいいんです。それでふうちゃん、おはよう、みたいに話しかけるんです」
「へー。名前呼ぶのが絶対なの?」
「絶対なんですかね?自然とふうちゃん、って呼んじゃってますね」
魔法で呼びかける時のことを思い出しながら、なんとか言葉にして二人につたえていると、また車が動き出していたことに気づかなかった。
「そのへんどうなの大雅?」
「んー初代の紙にはそこまで書いてなかったけど、離れてるときは名前を呼ぶことがトリガーになるみたい」
「じゃあ今みたいに近くにいるときは名前呼ばなくても大丈夫なんだ?」
「うん。離れてても近くても届き方は変わらないかな。手のひらに文字が浮かぶのと同時に胸の奥から声が聞こえるんだ」
「よく映画とかである、脳に直接話かけられてるみたいな?」
「そこまで直接的ではないよ。たぶん普通の人には幻聴のように聞こえるかもしれないし、集中して聞こうとしないと聞こえないんじゃないかな。えでかと俺は昔から指文字で遊んでたから、平気なんだと思う」
普通の人にはこの魔法で送られてくるメッセージが幻聴に聞こえてしまい、わけがわからない言葉が届くので気が狂ってしまうそうだ。
「えでかちゃんに返事がくるときも同じ感じ?」
「そうですね…私もふうちゃんと一緒です。手のひらにパッと文字が浮かんで…なんというか、心で会話しあってるみたいな感じです」
「メールとか読むよりタイムラグないんだ?」
「むしろ会話するより早いと思います」
「うん。瞬きと一緒」
瞬き!?と二人は驚いていたけれど、確かに的を得ていたので私は「そうそう!」と声をあげた。
「じゃぁ生存記録はどうなの?どんな風にふうちゃんに届くの?」
私にはふうちゃんの生存記録が届かないので、離れている間の出来事が会ったときどんな風に伝わるのか気になった。
だって再会するまでの7年間をふうちゃんは全て知っているんだから。
「そうだなぁ…別にバーッて一日一日が早送りされるような感じでみてるわけじゃないんだ」
「え、そうなの?私そんな感じなのかと思ってた」
「すでに知っているって感覚が近いかな。例えば…えでかの部屋にお気に入りのぬいぐるみあるでしょ?」
「うん、猫のぬいぐるみ!先月りさちんとお出かけしたときに買ったの!」
「そんな感じで思い出す感覚と同じかな」
「じゃぁ大雅さんが意図したものが思い出されるって感じなんですね」
「そうだね。えでかを通してりくさんの授業うけることもできるよ」
「え!…それはあんまり意図しないでもらえます…?」
ふうちゃんは私の生存記録を通して、りく先生の弱みを握ったのが伝わった。
でも私はふうちゃんが生存記録について話すたびに、私もふうちゃんの生存記録を共有できたらいいのにって強く思った。
「なるほどね~。二人の話をきいてると、呪いとは思えなくなってくるよ」
と、お兄さんの言葉の通りで私は一瞬たりとも呪いと思ったことがない。
それはきっとふうちゃんも同じ気持ちだろう。
「俺、呪いと思ってないもん」
「私、呪いと思ってないですもん」
だから同時に同じこと言っちゃうんだから。
車内は呪いの話をしているとは思えないくらい、明るい笑い声に包まれた。
「ほんと、おかしな弟と妹だよ」
「立華はまだ妹じゃないですけどね」
りく先生の鋭い突っ込みがはいり、お兄さんの口が拗ねたようにとがった。
「今の話を聞いてわかったよ。お前たちはこの呪いを武器の一つとして使いなさい。でも使うのは鬼神戦までとっておくこと。いくら異能技ではないとはいえ、学習されたら切り札にならないからね」
ふうちゃんと私は思わず目を合わせた。
当たり前すぎて気づかなかったけれど、私たちふたりにしかできない、私たちふたりにしかないこの魔法。
なんて心強い味方なんだろう。
なにか鬼神に対する突破口が見つかりそうだ。
「兄ちゃん!ありがとう!」
「お兄さん!ありがとうございます!」
また同時に口を開いた私たち。
車内はまた4人の笑い声でいっぱいになった。
続く




