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久しぶりに感情的になる大雅をみた。
普段は高校生らしく振舞っているのに、えでかちゃんのことになるとまだまだコントロールがきかないようだ。
「空雅さん、たのしそうですね」
「ふふ、楽しいさ。弟がまだガキで」
「…大人げな」
りくの小言も聞き流し、空雅は鼻歌を歌いながら自分よりも何倍もある太さの幹でくつろいでいた。
「それで、妹はどうだった?」
「まだ妹じゃないですけど、まぁ悪くなかったですね」
「前文は否定するけど、お前がほめるって珍しいね」
子供のころから長い付き合いの二人。
りくが誰かをほめたのを見聞きしたのは、大雅が初めて異能が暴走して意識を取り戻したときに「俺は戻ってくると信じてましたよ」と涙声で言ったとき以来だった。
空雅は「俺のこともほめていいんだよ~?」と口を尖らせたが、軽くあしらわれてしまう。
「あいつも自分の能力は戦闘向きじゃないって思い込んでましたね」
「昔のりくみたいに?」
「…えぇ。でもあいつも草花ですから、必ず立ち上がりますよ」
それに楽しそうなのは空雅だけではなかった。
「お前も楽しそうじゃないか」
「久しぶりに鍛えがいがありそうな逸材なんで」
顔には出していなかったが、空雅には簡単にお見通しだった。
なにせりくの植物たちがいつもより生き生きとしているからだ。
すると空雅の鼻歌がやみ、ゆっくりと起き上がった。
組んだ両手を額につけ、声色に力がこもる。
「でも大雅が18になるまで時間がない」
「…そうですね」
「妹を、えでかちゃんを頼んだよ、りく。必ず間に合わせてくれ」
「もちろんです」
りくの声に覚悟の色がともった。
それは空雅にしか見えない、二人の信頼関係によるものだろう。
「大雅さんはどうなんです?」
「昨日今日でだいぶ成長したよ。だいぶ頭を使って冷静に戦うようになった」
「けっこう感覚で戦ってましたもんね」
「うん、きっと火野君と佐藤君のおかげかな…お前、わざと連れてきただろ?」
にやりと笑う空雅。
それに対し目線をそらしながら「バレたか…」と、りくは呟いた。
観念したりくは頭をかきながら空雅のもとへ歩みだした。
「式神の作り方、あれお前が中学生のときに授業抜け出すときに使ってたやつじゃないか。そりゃわかるさ。わざと見つかるように火野の目につくようにヒント置いてきたんだろ?」
「…あいつらなら大雅さんの力になると思ったんですよ。立華とも仲が良いですし」
「それは波多野君もそうかい?」
「…えぇ、まぁ」
りくには誤算があった。
一緒に練習終わりに特訓するくらい仲が良いんだと思い込んでいたので、修学旅行中に気まずい空気を漂わせることになることも、波多野が問題を起こすことも予想していなかった。
なので空雅に怒られる覚悟で空雅の前で立ち止まった。
「…やっぱり高校生の考えてることなんて俺には理解できないですね」
気まずそうなりくに対して、空雅は相変わらずうれしそうだった。
「いいや、結果的にいい仕事をしてくれたよ。東都にきてからあいつは暴走しないよう、いつも気を張って感情を抑えているだろ?だから自然と感情が出るようになったからね」
「ふっ。たしかに。あんなに怒る大雅さん、北都にいたころ俺にゲームで負けたとき以来ですもん」
当時人気だったレースゲームで空雅とりくがタッグを組んで煽るように大雅を負かした時があった。
負けず嫌いの大雅はそうとう悔しかったらしく、勝つまでやめなかった。
「あはは!あったね、そんなこと!!なつかしいなぁ…りく夜中の1時まで帰らせてもらえなかったもんね!!」
「あれはあなたのせいでもありますからね…」
大雅は東都にきてからずっと感情を抑えてきた。
それは強くなって楓と再会するため、楓を守れるくらい強くなるため、その一心で。
気を張っていないとすぐに異能が暴走してしまうことを本能的に感じていた。
だから大人であろうとした。
尊敬する兄のように。
クラスメイトと笑っていてもあの頃の大雅のようには笑わない。
体育祭で活躍しても、あの頃のように喜ばない。
特訓で何回負けても悔し泣きすることもない。
大雅は大雅なりに覚悟を決めたからこそなんだろうが、兄としては少し寂しいものがあった。
でも忘れ物が多いところは変わらないんだよなぁと空雅は伸びをしながら後ろに倒れ込んだ。
「ま、気をはらないとコントロールできないのはまだまだ未熟な証拠だからね。あいつが暴走したときに対処できるように見守りつつ、自然にコントロールできるようになってもらわないとね」
目を閉じてここ数日の大雅の顔を思い浮かべる空雅。
その微笑みは血のつながりを感じる表情だった。
「…りく、えでかちゃんをつれてきてくれてありがとね」
「…いえ、それがあなたからの指令ですから」
「ふふ。そんなこといってお前も大雅とえでかちゃんのこと心配なくせに」
「そりゃそうですよ。俺にとって大事な生徒と弟子なんですから」
「えでかちゃんがきてから、幸せそうだね、大雅」
まるで楓に再会するために、これまでの感情をふさいでいたかのように、あの頃のように笑う大雅をみて空雅はほっとしていた。
そして波多野君に向けての怒り、兄たちに対する悔しさ。
きっかけをたどるといつも楓につながる。
「…今日大雅と戦って、生きることに迷いがなくなってたよ」
大雅の戦い方はいつも全力だった。
それは力を出し切る意味の全力ではなく、自分は死んでも構わないという自己犠牲による全力だった。
楓が生きてるのなら自分はどうなっても構わない、と。
「えでかちゃんと生きようとしてる。えでかちゃんと未来をみてる。だからもっと強くなれるよ、あいつは」
「空雅さんより、ですか?」
「それはまだまだ追いつかせるわけにはいかないね~!」
兄離れを予知して寂しそうにみえた空雅。
りくはそんな空雅の扱い方をよく知っている。
「なにせ俺はずっとあいつの目標でいないといけないからねぇ!」
「大雅さんが空雅さんを抜いてくれたら世話役やめれると思ったんですけどね」
「ふん!残念だけどお前には一生俺の世話役でいてもらうからね!」
「はいはい」
いつも通りりくの前では大人の鎧を脱いだ幼馴染の空雅に戻り、りくも世話役の立場を忘れて柔らかく笑った。
「りく知ってる?大雅が感情抑えるようになったもうひとつの理由」
「暴走しないように以外にあるんです?」
「んふふ。あいつね、えでかちゃんの王子様になりたいんだって!」
「立華の王子様?」
そういえば立華との特訓中、大雅さんが助けにきたとき「王子が到着だぞ」って思わず言ったことを思い出した。
「そそ!えでかちゃんが昔、好きなタイプは王子様って言ったから、えでかちゃんの王子様になりたいんだって」
「…それはなんというか…小学生らしいというか」
「で、大雅なりに考えた王子様が俺みたいに強いこと、なんだって♪」
「だから焦りもあるんでしょうね。立華の王子にはやくなろうと」
自分の感情を抑え込み、嬉しさも楽しさも幸せも、怒りも悔しも焦りも、全て抑えて感情に鈍感になってしまっていた大雅。
だからこれは大雅が成長するタイミングなんだと空雅は言う。
「…近いうち、もしかしたら暴走があるかもしれない」
「…立華にはどうします?」
「すぐに呼んでほしい。きっとえでかちゃんの助けがいる」
「わかりました。準備しておきます」
「ありがとう…」
少し重たい空気が流れる。
大雅の暴走は何度も乗り越えてきたことだ。
今回も大丈夫だ、あいつなら乗り越えられる、そう思ってはいても冷静さを揺るがすものがある。
「…ふっ」
「??どうしました?」
「結界さえぎられちゃった」
空雅は観ていた。
大雅と楓の遠回りを。
そしてゆっくり大人になろうとする幸せな二人の姿を。
「…しかし、立華のあれにはさすがに傷つきましたね」
「あ~あれねぇ…いつもニコニコ明るい分、グサッとくるものがあったね…」
二人は思い出していた。
仮眠室に向かう際、倒れそうになった楓をとっさに受け止めようとした途端、力強く踏み込み持ちこたえた楓。
そして「ふうちゃんしかさわっちゃだめなんです!」と手を払われたことを。
「それに見た?大雅がきたときのあのどや顔!」
「全然王子の面じゃなかったですね、鼻膨らんでましたし」
「えでかちゃんにも見せたあがたかったよー」
「でもあいつならそれでも喜びそうですけどね」
たしかに!と指をならしながら起き上がる空雅。
「でもついえでかちゃんのことなでたくなるんだよね~大雅なでさせてくれないし」
「なでやすい頭の形してますもんね」
「妹のこと思い出した?」
「…ちょっと似てますから」
りくが伏し目がちに答える。
そんなりくに空雅が声をかけようとしたが、大雅が練習場に戻ってくるのがみえた。
「さ、ここからは兄ちゃんとして頑張らないとね」
寝転んでできたスーツのしわを、風をさっと吹かせ、ネクタイを締め直す。
まるでクリーニングおろしたての出で立ちで、先ほどまで特訓をしていたようには見えない。
その姿はまるで「お前なんて余裕だぞ」と言わんばかりに。
りくも久しぶりの大雅との特訓で植物たちが楽しみでソワソワしはじめた。
「お、りく、それ使うの?」
「えぇ。久しぶりに本気出そうかと」
「いいねぇ。手加減なしで頼むよ」
「もちろんです」
りくの足元の幹から蔓がのび、あるものを渡した。
それはとても不釣り合いのようで、不思議とりくに馴染んでいた。
勢いよく扉がひらく。
楓と二人きりの時間を過ごし、無敵のような気分で戻ってきた大雅。
空雅とりくの目には、1時まで返してもらえなかった頃の大雅のように映った。
「兄ちゃん!りくさん!もういっかい!!!」
二人は懐かしみながらも圧勝した。
続く
久しぶりの別視点だから書きたいことがうまくつながらず。
落ち着いたら書き直そう…。
ひとまず先に進める!




