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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
居残り編
44/151

ー44-

練習場の分厚い扉がバタンと閉じた。

ふうちゃんに手をひかれながら練習場をあとにした私。

小さく息を吐いたのが後ろ姿から聞こえた。


「えでか、疲れてるかもしれないけど遠まわしして戻ろうか」


振り返るふうちゃんは、お兄さんたちと喧嘩していたのが嘘かのように、優しい顔で願ってもない提案をしてくれた。


「うん!むしろふうちゃんといれるから元気になれるよ!」

「よかった。えでかに夜の東都みせたかったんだ」

「夜の東都?」

「うん、あ、でも高いところ登るんだ。それでも大丈夫?」


ふうちゃんは心配そうに眉尻を下げながら私に確認をとってくれた。

無理はしなくていいよ、とふうちゃんは言ってくれるけど、不思議とふうちゃんと一緒ならちっとも怖いくない。

どんな高い木の上でお昼寝できるくらい安心できる猫みたいにね。


「大丈夫だよ、ふうちゃんがいてくれるから」

「ありがとう。怖かったら目、つぶってていいからね」


そう言ってふうちゃんはそっと私の腰を引き寄せ、私はふうちゃんの首に手をまわした。

ここならね、どんなところもへっちゃらなんだ。

その時、私はあることに気が付いた。


「じゃぁ行くよ、しっかりつかまっててね」


と、ふうちゃんの言葉を合図にしたかのように、足元から白とピンクの小さなお花が満開に咲いた大群がメキメキと盛り上がり、ゆっくりと浮上していった。

りく先生のジャングルとは違い、暗闇に負けなずにキラキラ輝くお花たちは、まるで夜空に続く絨毯のようだ。

そして少しずつ地面が遠くなり、上を見上げるとそのまま後ろに倒れてしまいそうだった学校がいま私の足元にある。


「ゆっくりおりるからね」

「うん!!」


絨毯がゆるやかにカーブしながら私たちを運ぶ先は学校の一番高い場所。

全校生徒が暮らす寮の小さな屋上だった。

木々の揺れる音、優しい風の音、ここが大都会の東都であることを忘れさせてくれるような静かな場所だった。

ここは普段、中から施錠されているそうで、ふうちゃんの秘密の場所なんだと教えてくれた。


「大丈夫だった?えでか」

「全然大丈夫だった!お花の絨毯みたいでワクワクしたし、それに星が近くてきれいだった…!」


そして「ふうちゃん!もういっかい!もういっかいやって!」と頼むと「あははは!!!!!」と、大きな笑い声を夜空に飛ばした。


「な、なにぃ??」


急に涙をこぼすほど笑うふうちゃんに驚いていると、がばっとふうちゃんの腕の中に引き寄せられた。


「もう!!えでかは変わらないね!!昔からもう一回もう一回って…ふっ!」

「だ、だってふうちゃんの物まねおもしろいし、お花も綺麗なんだもん」


私の肩にうずめるふうちゃん。

背中と肩が同時に小刻みに揺れるので、まだ笑いのツボにはいったままなのだろう。


「ふうちゃん、もうお兄さんたちのこと怒ってない?」

「ん~~~」


少し考えこむようにしながら、ゆっくり私から離れるふうちゃん。

頬にさらっと流れたふうちゃんの髪からお花の香がして、鼻がふうちゃんの顔を追った。


「そりゃぁ怒ってるよ?兄ちゃんはいつもえでかのことなでる時間が長いんだよ」


そう言ってやきもちをやくふうちゃんは、何回も上書きするかのように私の頭をなでた。


「ふふふ、でもね、私お兄さんになでられるの好きだよ」

「…知ってるよ」

「本当の妹みたいになでてくれるから、きっとふうちゃんも昔こんなに風になでられたのかなって想像するんだ。それにね、不思議とふうちゃんへの気持ちが強くなるの。だからお兄さんになでてもらえるの好きなんだよ」


ふうちゃんには言葉にして伝えなくても、そばにいるだけでなんでも伝わってしまう。

だけど全身を使って、ふうちゃんに伝えたい、話したい。

なんでもわかっていても優しいまなざしで聞いてくれるふうちゃんがいるから。


「…昔は俺もよくなでてくれたよ。今日は忘れ物しなかったな、とか、リレー頑張ったじゃん、とか。…異能が暴走して意識がなかったときも、ずっとなでてくれたたの知ってるんだ」

「ふうちゃんもお兄さんになでられるの好きだったんだね」

「子供だったからね」


少し照れ臭そうに笑うふうちゃん。

するとふっと息を飛ばした途端、ここまで運んできてくれた巨大なお花の絨毯がきゅっとまるくなり、あっという間にお花のソファーに変形した。


「さ、座ってえでか。つぶれないから安心して」


小さな白とピンクの小花が「おいで」と誘うように私を呼んでいる。

きっと昨日までの私は自分の体重でお花をつぶしてしまうことに抵抗していたけれど、いまはかわいすぎて見とれてしまって座れないでいる。


「か、かわいすぎて座るのもったいないよぉ…!!」

「あはは!そしたもう一回、いつでもつくるよ、えでかのために」

「ふふ!じゃぁ遠慮なく♪」


ふうちゃんがエスコートするように、お花のソファーに腰をおろすと見た目のかわいらしさからは想像もできないほど力強さを感じてびっくりした。

私がリラックスできているとわかったふうちゃんも隣に腰をおろし、遠くに輝く大都会と、夏の夜空を見上げた。


「ここ、よくくるんだ」

「静かで落ち着くいい場所だね」

「うん、それに…ここからまっすぐいくと北都の方角なんだ。だからいつもここにきて、えでかのこと考えてた」

「ふうちゃん…」


ふうちゃんの目が、まるで遠い過去を思い出すかのように北都を向いていた。


「体が苦しかった時も、兄ちゃんとの特訓がきつかった時も、ここにきたら俺の目にえでかがうつってるような気がしてさ。…子供なんだ、いまでも」


自虐気味に吐き捨てるように口にする。

その顔をみていると、切なくて胸が痛くて私まで同じ表情になってしまう。

そして気づく。お兄さんとりく先生に怒ったこと、後悔してるんだって。


「ごめんね、えでか。嫉妬なんて見苦しいよね。再会できたのに俺、ずっと兄ちゃんにやきもちやいてばっかりだ」


いつもならふうちゃんを見上げてばかりだから、ふうちゃんの後頭部がよく見える。

ふうちゃんがお兄さんに嫉妬をするのは、お兄さんが私の頭をよくなでるからじゃない。

お兄さんのことを尊敬しているから、追いつけない自分が悔しいんだ。

私には兄弟も姉妹もいないから、全ての気持ちをわかってあげられるわけじゃないけど、ふうちゃんの心が少しでも軽くなってほしい。

そう思って私は俯くふうちゃんによりかかった。


「…私、うれしかったよ。私のことで怒ってくれたり、言葉がでない私の変わりに伝えてくれて…ほら、私って自分より他の人を優先しちゃいがちでしょ?だから私のかわりに私のこと大事にしてくれるふうちゃん、うれしいよ」

「えでか…」

「私も子供っぽいね!小学生に戻ったみたい!」

「…ふっ、たしかに。さっきのもういっかい!ってえでか、変わってないもん」

「ふうちゃんの風船も変わってなかったね」


ふうちゃんの声にはずみがでてきた。

私は調子にのって、もっとふうちゃんによりかかる。


「私たち、体は高校生だけど、きっと心はあの頃から止まったままなんだよ」

「…えでか」

「だから一緒にゆっくり大人になっていきたいな。未来は長いんだもん」

「そうだね…えでか」

「ん?」

「ふふっ。重いよ」


私はふうちゃんによりかかりすぎて、ふうちゃんの掛布団みたいになった。

でも掛布団効果でふうちゃんの声に元気も戻り、大きい背中が笑っていて震えている。


「えへへ~!お布団!!」

「あははは!!も~~!!」


少しはずみをつけてふうちゃんの背中に掛かる。

すると簡単にはねかえされてしまい、すっぽりと抱き枕にされてしまった。


「ありがとう、えでか…元気でた」

「私もありがとう、ふうちゃん」

「一緒に…二人でゆっくり大人になろう」

「うん…」


私はもう、抱き枕でいい。

だって抱きしめかえすことができるもの。私という抱き枕は。



私たちの遠回りはまだはじまったばかりー。



続く


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