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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
居残り編
43/151

ー43-

あれからどのくらい時間が経ったのかわからない。

1本咲かせるだけでも額に汗をかき、息を整える時間がないまま枯らし、また咲かせ…を何度も何度も繰り返している。

そして何度も何度も咲いては枯れ、また何度も咲く夜花を見ていると、たくましい生命力を改めて感じ、世間にかけられた価値観が小さくなっていく気がした。


「や…やっと全部枯れ消せたぁ…」


もう何本目になるのか忘れるくらい、夜花を枯らしてきたが、やっとりく先生のように全て枯らしきることができた。

黒く粉々になって風に吹かれるように消えていく夜花をみて、あんなに枯れいくことに心が痛んでいたのに、いまはその散る姿を美しいと思う。



「だいぶ花を信頼できるようにもなったな。まだ自分への意識は甘いところがあるが、一晩でここまでできれば十分だ」

「よかったぁ~…」


私はりく先生の期待に応えられたことに安堵して、ぱたんと床に倒れ込んだ。


「でもまだできたのは1本だけだ」

「ん??」


なんだか床についてる体の左側面がもこもこする。

床が脈打つようだ。


「ひゃあああ!!!」


すると、ぐんぐんと床から青々しい植物たちが顔を出し、いっきに練習場を埋め尽くした。

振り落とされそうになった私は編み込まれた太い茎にとっさにしがみつくと、高い天井にどんどん近づいていった。


「お前にはここまで出来るようになってもらうし、全部枯らしてもらうからな」

「は、はい…」


さっきまで床にいたりく先生が、蓮の葉にのって、エレベーターのように私の目の前まであがってきた。

そして私を見下ろしながらりく先生は意地が悪い顔をしながら続けてこう言った。


「とりあえず来週にはできるようになってもらうぞ」


きっといつもだったら「無理~~!」ってふざけていたかもしれない。

だって本当に無理だと思ってたから。

でも今は違う。

私には心強い味方がたくさんいる。

私が信じればもっと強く応えてくれる。

だからもう弱音なんて吐かない。

私は迷わずに大きく返事をした。


「ま、ここまで出来るのが基本中の基本だからな。これだけ出来るようになっても戦うどころが身を守ることもできない」

「たしかに…じゃありく先生はどうやって戦ってるんですか?」

「そうだな…こればっかりは見た方がはやいだろう。明日の朝、お前も空雅さんと大雅さんの結界のメンテナンスに付き添え」

「私も一緒に行っていいんですか??」

「あぁ、べつに問題ないだろ」



いたって冷静に話続けるりく先生。

でも編み込み茎にしがみついてる私の腕は特訓の疲労もあり、プルプルして手が滑ってくる。


「せ、先生??」

「ん?」

「は、はやくおろしてぇぇ…!!」


私、いま、登ったはいいけれど降りれなくなった猫みたい。

でも先生はニヤニヤしながらいっこうに助けてくれない。


「いいんだぞ~??こいつらに爪を立ててしがみついても~~??ほぉ~ら、やってみろ立華~~~」


(~~~~!!!!いじわるだ!!!!先生いじわるだ!!!!!!!)


しつこく煽ってくる先生に私は必死ににらみかえすが、その姿はまるで威嚇空しい子猫と、どうせいつでも食べれるからと余裕をかましている烏のようだった。




「りく~、そっちはどう~…っておやおやまぁまぁ」

「こっちはご覧の通りです~」


どこからともなくあらわれたお兄さん。

軽い足取りで足場の悪い意地悪ジャングルを歩いている。


「も~~~今日は勝てると思ったのにってえでか?!」


お兄さんの後に、両手で頭をおさえながら悔しそうにふわっとふうちゃんがあらわれ、私の置かれている状況に目を丸くした。


「ほら、王子の到着だぞ」

「ふうちゃ~~ん!!」


ぴゃーー!!と母猫の助けをまつ子猫のように情けない声でふうちゃんの名前を叫んだ。

だってもう冷や汗がとまらなくて、あと一歩すべったら掴むひっかかりがなくなってしまうほど追い込まれていた。


「ひゃ!!!」


ふうちゃんを見た瞬間、安心から必死にしがみついていた力が抜けてしまい、編み込み茎から手がはなれた私は一瞬宙を飛んだ。


「もう!!りくさん!!俺と同じことしてえでかのこといじめないでよ!?」

「これも訓練です~」

「ふうちゃん~~~~!!!!」


ふうちゃんが私を見つけてからまだほんの数秒。

でも私には一生よりも長く感じた時間を、ふうちゃんはたった一歩で飛び越えてきて、落ちる前に私を抱きかかえてくれた。


私の好きな温かくて優しい雪が、りく先生のジャングルをうっすら白く染めていく。


「えでか大丈夫?」

「…うん、ありがとう、ふうちゃん…でも私、知らなかった…私高いところ苦手みたい…」


スターツリーで足場が透明なガラスに立っているのとはわけが違った。

あの時はそもそも割れない設計になっているし、観光体験の一つだって安心感があったから平気だった。

でも頼りになるのは自分の腕の力だけ。

あとは全部がら空きで、背中がぞっとする恐怖だった。


「空雅さん、明日の結界、立華もつれていきます」

「あぁ、もちろんいいよ。お前がいりなら安心だしね」


二人が明日の話をしている間、ふうちゃんは足元が比較的安定している幹の上におろしてくれたけど、かすかに膝が震えてしまう。

ふうちゃんにしがみつこうにも手に力が入らないので、ふうちゃんが私を支えてくれた。


「りくはスパルタだから、怖かったでしょ、えでかちゃん」

「すごく意地悪でした…でも教え方はやっぱり上手でした…」


ほんと。最後の意地悪がなかったら最高の先生だったのに、と根に持った。


「でもね、草花での戦いにこの高さは非常に有効なんだよ。ね、りく?」

「そうですね。立華、お前がしがみついてたところ、よく見てみろ」


そういってりく先生がひと差し指で弧を描くと、それに反応してさっきまで私がしがみついていた編み込み茎が私の目の前にゆっくりおりてきた。


「お前は気づいてないかもしれないが、しがみついた瞬間爪をたててるんだよ。でもお前程度に爪をたてられても、かすり傷にもならない。それくらいこいつらは強いんだって信じることだ」

「そっか…私、まだまだりく先生みたい信じ切れてなんだ…」


高校2年生になってから、毎日のように顔を合わせ、時にはいじられたり、時にはからかったり。

それが当たり前になってきたりく先生が、こんなにすごい先生だったなんて。

そんな先生がずっとそばにいたこと、そして私に草花の力を教えてくれるなんて…なんて素敵な環境なんだろう。

そんな環境を用意してくれたのは、お兄さんだ。


「・・・・・・!!」

「えでかちゃん、どうしたの?」

「立華?」


胸の奥から熱いものがこみあげてきて、私ののど元をあつくする。

「うぅぅ~~!!」

そのせいでうまく言葉がでなくて、そのかわりに涙がボロボロこぼれてくる。


「え、えでかちゃん!?」

「えっえっ、そ、そんなに怖かった…か?」


悲しくて涙が出てるわけじゃない。

高いところ思い出した怖さで泣いてるんじゃない。

りく先生の意地悪が悔しくてこぼれるわけじゃない。

でもまだ声に出す準備ができない。


「兄ちゃん、りくさん。大丈夫だよ、だからちょっと待ってて」


どうして涙が出ちゃうのか。

この熱いものはなんなのか。

私のことを私以上にわかってるふうちゃんが、二人に安心するように伝えてくれた。

おかげで困惑していたお兄さんとりく先生もほっとして、優しいまなざしで私の準備が整うのを見守ってくれた。


涙と一緒に熱さが流れいき、少しずつ息も吸えるようになってきた。


「…待っててくれてありがとうございます…。自分でもびっくりしちゃって…」

「大丈夫だよ、えでかちゃんのペースで話してごらん?」


気が付くとお兄さんとりく先生がいた足葉が私の目線より下になるように移動していた。


「あの…うれしくて…お兄さんのプレゼントが…」

「ありがとう、そう思ってもらえて僕もうれしいよ」


お兄さんは長い腕を伸ばし、私の頭をゆっくりと、私の呼吸に合わせるようになでてくれた。


「それに、りく先生も…毎日一緒だったのに、こんなにすごかったなんて…いい先生に出会えて幸せだなって…」

「だって、りく♪」

「ん、まぁ…そっか」

「でもさ、りくをえでかちゃんの担任になるよう仕向けたのは僕なんだから、今のえでかちゃんの幸せは僕に向けたものだよね~!?」

「…なっ!!!」


ぎこちなく照れるりく先生を、いじるお兄さん。

二人が一緒にいる姿をみたのは今日がはじめてなのに、いつも通りな日常で、それが私の笑いをさそった。


「…りく先生からは自分のために力を使えって言われたけど…私…」


まだ知らないだけなのかもしれない。

自分の力をどう自分のために力を使うのか。

気づいたら変わるかもしれない。

それでもこれだけは変わりたくない想い。


「私、ふうちゃんも、お兄さんも、りく先生も、お花も大好きなんです。りさちんも、ゆうた君も、たかちゃんも、波多野も、家族も、北都も東都も、みんな、みんな大好きなんです。だから大好きな人のこと、守れるように強くなりたい」


なにひとつ欠けてはいけない。ひとつもあきらめたくない。

私が大好きなもの、愛する人たち。すべて守りたい。


「もしかしたらまだ自分のためじゃないかもしれないですけど…」

「そんなことないよ。えでかちゃんの大好きに、僕も入れてくれてありがとう」


お兄さんは大きな手で私の頭を往復させた。


「それでいいんだよ。その想いが、そのえでかちゃんの優しさが、えでかちゃんを動かす力なんだから。でもお兄さんから一つ付け加えるとしたら、大好きの中にえでかちゃんのことも入れてあげてね」

「そうだぞ、立華。誰かの役に立ちたいと思うことと、好きな人を守ることは違う。自分の好きを守りたいってことだろ?ちゃんと自分に使えてるじゃねぇか」

「あ…ほんとだ」


お兄さんとりく先生に言われて目からうろこだった。

おかげでなんの迷いもなく、自分の気持ちに自分の力を使ってあげられる。

やっとそう思えた。





「さて、えでかちゃんは今日は初めてで疲れただろうからゆっくり休みなさい」

「あ、はい!お兄さん、ありがとうございました!」

「かわいい妹のためですから。それにそろそろ大雅が限界なんだよ…」

「ふうちゃん?」


お兄さんに言われて支えてくれてるふうちゃんを見上げると、不機嫌そうに大きい瞳が半分になっていた。


「…兄ちゃん、えでかのこと、なですぎ」

「はいはい、ごめんなさいっと」

「…あとりくさん、いくらなんでもえでかに怖い思いさせすぎでしょ。なにかあったらどうするのさ」

「りくに限ってそんなことないでしょ~。それにこの植物、落ちてもクッションになるやつだからね」

「そうなんですか??」


ってことはりく先生はそこまで意地悪ではなかったのかな???


「それに明日みたらわかるけど、りくの植物はね…っと」

「り~~~く~~~~さ~~~~ん~~~?????」


お兄さんの言葉をさえぎるふうちゃん。

私を支えるふうちゃんの腕に力がはいる。

でも近づけるのがうれしくて、本当はもう普通に立てること、内緒にしてる。


「すぐに立華をおろさなかったことですよね?」

「そう!!」


ふうちゃんの圧にりく先生は両手をあげて降参した。

昨日のお兄さんも同じポーズをとって降参してたのを思い出した。

二人は本当に長い間一緒にいるんだということがわかる。


「…それは立華が悪いですよ」

「え!?!?私!?!?」

「だってあの場で助けようとしたら立華にふれなくちゃいけないじゃないですか。そしたらこっちが傷つきますもん」

「え??え????え?????」

「僕も同感だな~。もし僕もりくと同じ立場だったら、俺はお前が助けるのを待つね」

「どどどど、どういうことですか?????」


あの状況をつくった原因が私にあると言われ、話についていけなくて目がぐるぐるする。


「大雅だって記録でみたんだからわかるでしょ?えでかちゃんを仮眠室まで案内したときのこと」

「仮眠室のとき、ですか?」


私の記憶とふうちゃんから教えてもらったことが正しければ、談話室を出たら睡魔で意識がとぎれてしまい、ふらふらになった私を支えようとしてくれたけど自分の足で仮眠室まで歩いたって…。


「お前、覚えてなかったのかよ。捕まれっていっても大丈夫の一点張りで、でもさすがに倒れそうになったのを空雅さんと支えようとしたら「ふうちゃんしかさわっちゃだめなんです!」って怒られたんだぜ?俺たち」

「・・・・・・へ?????」

「そうそう。怪我したらもっと大雅が心配するからって言ったら「いやです!」って…えでかちゃんにあそこまで拒否されたら…」


えっと、えっと。

どうしよう。全然記憶にありません。


「かわいい妹に拒絶されたら傷ついて立ち直れないからね♪」

「俺も生徒に嫌われたくないんで、大雅さんがくるの待ちました。どうせ助けるでしょ?」

「そうだよ、おいしいところつくってやったんだぞ~りくは」

「だからって!!なんとかできるでしょ!!ふたりなら!!!」


ふたりはタッグをくんで逆にふうちゃんをいじり返すかのように、囃し立てているけれど、ふうちゃんの怒りは落ち着かないみたい…。


「…えでかのこと送ってくる、いこうえでか」

「う、うん…」

「おやすみ、えでかちゃん♪」

「ゆっくり休めよー」


私に向ける声はいつものふうちゃんのままだけど、りく先生の植物でうめつくされた空間のどこにいけばいいのだろうと思っていると


「・・・・・・」


黙ったまま一部の幹をあっという間に燃やしつくし、寮に続く扉があらわれた。


「えでかのこと送ったら、また戻ってくるからね」

「せっかくだ、りくもやっていこうよ」

「いいですねぇ、この足場残しておきますね、大雅さん」

「…最初からそのつもりだよ…!」




私は目の前で兄弟喧嘩+りく先生が行われているのに、仮眠室への道のりでの出来事でてんぱったまま、二人に見送られながらふうちゃんと練習場を後にした。




続く


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