ー40-
東都高校の女子寮は木目調の壁に白い絨毯が敷かれたとてもシンプルなつくりになっていた。
でも歩くたびに足に優しい絨毯の厚みや、汚れがまったくないことから素材が良いものなんだろうなと感じさせる。
部屋まで案内してもらう途中、2階に談話室があり暖炉がみえた。
きっと冬になって火を入れ始めたら、ここに女子が集まってくるんだろうなぁと想像するとほっとするような温かさを感じた。
男子寮にも暖炉あるのかな?なんて考えていると鉱石先輩の足がとまった。
「ちょうど空室が2つあったので、一人一部屋で使ってください」
「ありがとうございます!」
案内された部屋にはいると寮の雰囲気とはまた変わって、パステルグリーンの壁にパステルピンクの寝具がうまく組み合わされたとてもかわいい部屋だった。
そしてお日様をたっぷりあびた香りで一瞬で私の心をつかんだ。
「か…かわいい!!」
「わ!楓ちゃんの部屋かわいい!私の部屋とは違うんだね!」
「そうなの??」
りさちんの部屋をのぞくと、これまたりさちんが好きそうなポップで元気が出そうな部屋だった。
「ここってみんな一部屋一部屋違うんですか?」
「はい、みんな好きにDIYしたり模様替えしたりしてるんです」
「す、すごい…!」
それにたまたま私たちの好みにあった部屋があったなんて、こんな偶然が重なることあるんだと、りさちんと話していると、鉱石先輩がもじもじしはじめた。
「あ、あの…実は、私がお二人にあわせて準備したんです…なので、気に入ってもらえてよかった…」
((かわいい!!!!!!!))
私とりさちんのハートからジュキュン!と音が鳴った。
模擬戦の時はクールにかっこよく戦っていたのに、いま私たちの目の前には顔を真っ赤にそめてうつむきながら小さく喜ぶ女子の姿がうつっている。
「わざわざありがとうございます…!私、このお部屋すごく気に入りました!」
「私もです!あの、お名前きいてもいいですか?」
部屋まで案内してもらいながら、まだ鉱石先輩の名前を聞いていなかったことに気づいた私たち。
「ご、ごめんなさい!はやく部屋に案内したくて先走っちゃいました…」
「全然!うれしいです!あ、もう知ってると思いますけど、私榎土りさ。2年です!」
「私は立華楓、同じく2年です」
先輩もすっかり忘れていたようで慌てていたので、先輩が落ち着くまで軽く自己紹介をした。
「ありがとうございます。私は近郷……ぃぁ…です…」
「え??」
苗字まではしっかり聞き取れたのに、途中から声が小さくなってよく聞き取ることができなかった。
顔が見えなくなるくらい俯いてしまったが、それでも赤くそまっているのがわかる。
「こ、こんごう…だ…あ…」
「近郷?」
「…近郷ダイヤ!!!」
((ダ…ダイヤちゃん…!!!!!))
と、思わず叫びたくなるほど、プルプルふるわせながら大きくはっきり自己紹介してくれた。
そんなダイヤちゃんは涙目になりながら「私…自分の名前恥ずかしいから…名乗るの苦手なんです…」と打ち明けてくれた。
一見、長い髪を頭の頂上で高く一つ結びにし、戦闘中も歩くときもゆらゆらなびかせる姿がとてもモデルみたいで、私とは住む世界が違うんだろうなと心のどこかで感じていたけれど、親近感しかわかなくなった。
「それと…私も2年…」
「「え!!???」」
正直ダイヤちゃんの名前よりも、先輩だと思っていたので一番びっくりした。
「てっきり先輩かと…!!」
「そうだろうなって思ってました…」
「じゃぁ私たち、もう友達だね!」
ダイヤちゃんの涙を吹き飛ばして笑顔にするようなりさちんのこういう明るさと、人懐っこさは私が好きなりさちんの一部。
「ねぇ、ダイヤちゃんって呼んでもいいかな?私のことは楓って呼んで!」
「私はりさちんって呼んでほしいな!」
「…ありがとう。…か、楓とりさちんなら、いいよ」
ぎこちなく私たちの名前を呼ぶ姿がなんともいじらしい。
「よかったら明日、また3人で話そ?♪ダイヤちゃんのこと、もっと知りたいし♪」
「あ、私も知りたい!」
「う、うん!ぜひ!」
ダイヤちゃんと3人で女子会をする約束をした。
明日の楽しみが増えたところで他の女性生徒から「だい…おっと、近郷さーん!」と呼ばれてしまい、私たちだけでなく、他の人からもダイヤちゃんと呼ばれるほど人望があるのだろう。
「あ、じゃぁそろそろ行かなくちゃ…明日、朝食の時間になったら迎えにくるね」
「うん、ありがとう!」
「それじゃぁふたりともおやすみ♪」
と、部屋に入るりさちんを見送り私も部屋に戻ろうとすると「か、かえで!」とダイヤちゃんに呼び止められた。
「ん?どうしたのダイヤちゃん?」
「あ、あの…あのね…」
またもじもじしているダイヤちゃん。
でもさっきとは違って俯いておらず、まばたきするたびに瞳がゆれている。
「きょ、きょう…いっしょにきてた…人って…」
「今日一緒に来てた人?えっと、ゆうた君と博貴と波多野のことかな?」
「そ、そ、そのなかで、えっとその……ご、ごめんなさい!やっぱりなんでもない!おやすみなさい!」
そう言って顔を赤らめたまま、足早に呼ばれたほうへ走って行ってしまった。
「なんだったんだろう???」
私は「明日聞いてみよう♪」と思いながら届いていた手荷物をほどき、ダイヤちゃんとまた明日話せることに胸をはずませた。
「よかったらこれ着てね」とダイヤちゃんが準備してくれた東都ジャージに袖を通すと、ふうちゃんとおそろいなのが嬉しくて鏡に自分の姿を映した。
でも北都の黒と赤ジャージに見慣れてしまっているのか、私なのに私じゃないみたい。
新入生がまだ制服に着られている、そんな感じがした。
「あ、そうだ!」
東都ジャージに着せられている私はふとダイヤちゃんのポニーテールを思い出し、私も同じように髪を結ってみた。
でもまだいまひとつ馴染めを感じていると、また思い立った私は猫柄ポーチから小さい美容用のはさみを取り出し、あまり深く考えずに思い立ったままに任せて、前髪にはさみをあてた。
ザク…ザク…と顎下まで伸びていた前髪をいっきに切ることができなくて、ゆっくり切り進める。
ゴミ箱にバサバサ落ちていくのは音でわかるが、まだ視界が髪の毛と手で隠れてしまい鏡が見えない。
だんだん視界が明るくなってきて、最後のまとまりを切り終わったとき、私はとんでもなく後悔することになる。
「ま、まちがえたぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
だいたい眉下あたりでそろえようと指で押さえていたのだが、その上を切ってしまったため、なんと綺麗なオン眉ができあがってしまった。
初めて感じるおでこがさわさわする感覚が、夢ではないことをつきつける。
(これからふうちゃんに会うのに…恥ずかしいよぉ…)
《えでかどうしたの?なにが恥ずかしいの?》
もう切り落としてしまったものをどうにもすることはできないと、落ち込んでいるとふうちゃんから魔法が返ってきた。
《あのね、前髪切ったら失敗しちゃった》
《びっくりした。なにかあったのかと思った》
《そろそろ寮の前に出てきてほしいけど、大丈夫?》
《見ても笑わない?》
《たとえ坊主になってもえでかはかわいいよ》
《ふふ、坊主って!じゃぁこれから出るね!》
《待ってるね》
坊主になって頭がつるつるになった自分を想像したら、思わずクスっときて、オン眉なんて大したことないなと思えたし、ふうちゃんならどんな私でも変わらないだろうなって思った。
ふうちゃんはいつも私に自信をくれる。
ふうちゃんの一言で私は自分のことを認めてあげることができる。
ふうちゃんがいるだけで、私は私のことがもっと好きになれる。
そうするともっとふうちゃんのことが好きになる。
と寮の玄関に向かいながら実感していると《俺もだよ、えでか》と魔法が返ってきて私の足をはやめる。
それがとても幸せだ。
女子寮の玄関をあけるとふうちゃんが待っていた。
すると私の前髪をみて笑うわけでもなく、頭をなでながら「なんだか懐かしい」と意外な反応だった。
「懐かしい?」
「うん、だって小学生のころはこんな感じだったでしょ?」
「あ、たしかに。あの頃は前髪あったからね。こんなに短くはなかったけど…」
「でも3年の秋だったかな?美容室で短くされたって落ち込んでたときあったよね」
「3年の秋…?あ!!あった!!」
ふうちゃんの言った通りで、初めて言った美容室でその時好きだったアイドルのプロマイドを持参して「こんな風にお願いします!」と頼んだのに途中で担当美容師が交代になり、全く違う髪型にされたことがあった。
あまりのショックさに忘れていたのを思い出した。
「よく覚えてたね…!?」
「短いえでかもかわいいなって思ってたからさ。でも落ち込んでるから笑わさなくちゃと思って」
「あ!風船とかゴリラの物まねとかいっぱいしてくれたとき!?」
「そうそう!そしたら「あれもできる!?」「これもやってみて!」って無茶ぶりするんだもん、えでか」
「あはは!!そんなこともあったね!」
いつもなら休み時間にはクラスメイトの男子と話すこともあったり、校庭に遊びにいくこともあったのに、休み時間になるたびに私の席にきてくれて、私の好きな物まねを披露してくれる時間が多い時期があった。
そのきっかけが私の髪型が失敗したことだったことなんて忘れてたけれど、ふうちゃんはそこまで覚えてくれてたんだ。
「ねぇ、ふうちゃん。いまもできる?風船」
「できるよ、ほら」
ふうちゃんのほっぺが成長した分、あの頃よりも大きく膨らんだ。
そしてほっぺにつられて目が大きく開き、鼻の穴も膨らむ。
かっこよくて王子様のような一面をみせる一方、あの頃とかわらず子供っぽいギャップが私のツボを刺激した。
「あははははは!!!」
私の笑い声が東都の夜にこだました。
続く




