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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
修学旅行編
31/151

ー31ー

大雅から魔法について話を聞いていた頃、空雅は大雅と楓が生まれた年代物の白ワインを味わっていた。

そんな空雅のもとに一人の来客があらわれた。

正確には空雅が招き入れたのだが、その来客とは波多野だった。



「おや。また抜け出してきたのかな?」

「聞きたいことがある」


空雅はワイングラスをテーブルに置き、背もたれにもたれかかり、両手をくんで波多野に問うた。


「君、自分の今の立場わかってる?」


空雅をまとう空気が一変した。窓はあいていないはずなのに観葉植物の葉がザワザワと音をたてる。

波多野は風圧で一歩も前に進めなかった。

そして目に見えるすべてのソファやテーブル、装飾品すべてが自分に悪意をもって攻撃してくるような気配と、そうさせている空雅の圧に危機感を感じたが、何とかにらみをきかせ踏みとどまった。


「誰のおかげで謹慎ですませたのか忘れたか?」


弟の大雅でさえ見たことのない、兄の顔。

陰陽省のトップにまで歴史上類をみないはやさで登りつめた実力者の威圧。

波多野の手は汗を握った。


「聞きたいことがるって言っただろ。聞いたらすぐに戻る」

「なら聞き方には気をつけな。君の気概は認めるが、それだけで情報なんて得られないのが大人の世界だ」

「…気を付けます」


波多野の歯を食いしばる音が聞こえた。


「あんたの弟が自分はあいつの…立華の呪いだって、どういう意味か知りたい」


数少ないレパートリーの中から選んだであろう言葉を紡いだ波多野は言葉の限界を感じ、行動で示すしかないと思ったのだろう。動くことすらできない風圧の中「お願いします」と頭を下げた。

今まで頭を下げるなんてしたことがない波多野の姿は、これまで見慣れるほど何度も大人たちの頭を下げる姿をみてきた空雅にとって赤子のようだった。


でも波多野がなぜしたくもない頭を下げているのか、空雅には聞かなくてもわかっていた。


「それはえでかちゃんのため?」


と聞くと握っている拳に力が入ったのがわかった。

波多野は黙ったままだ。


「それとも自分のため?」


ここまで意地をはって表情を保っていた波多野の顔がぴくっと一瞬反応した。

図星だろう。


(えでかちゃんのためじゃない。自分のために呪いと解こうとしてるんだ)


空雅は波多野を威圧するために流していた力をおさめ、ワイングラスを手に取った。

ラウンジはいつものラグジュアリー空間に戻り、波多野も踏ん張っていた力がぬけ、フッと足がよろけた。


「悪いけど。俺も弟がかわいいんでね。弟の願いは叶えてあげたんだ」


陰陽省トップの顔から、いつも大雅や楓が見慣れている空雅の顔に戻った。

それは波多野を信頼したから、ということではなく、力を使うまでもないと判断したためだ。

波多野は野生の直感なのか、なんとなく馬鹿にされたと感じたが表にはださないように食いしばった。


「…でもそれじゃ立華がかわいそうです」

「どうしてそう言い切れる?うちの弟だったら君みたいにえでかちゃんを傷つけないし、えでかちゃんを幸せにしてあげれるよ」

「それは…」



波多野の視線がさがった。

傷つけてしまった自覚があるのだろう。

空雅は少しほっとした。これで無自覚にかわいい妹になるえでかちゃんを傷つけていたのなら、彼に明日はなかったと。高校生一人もみ消すくらい、空雅にとっては書類1枚で済むことなのだ。


「それにえでかちゃんが望んで享受しているとしたら、君はそれを奪えるの?」

「望んで…?」


波多野の顔にいら立ちが表れはじめた。


「あいつが…望んで呪いにかかってるっていうんですか」

「気に入らない?」

「…はい。誰だって呪いなんてかかりたくないでしょ」


空雅はグラスをクルクルまわし、中のワインの香りを堪能した。

波多野はまるで自分がワイングラスの中のワインだと言われているみたいで、張れる意地がなくなりそうだった。


「あの呪いはね、えでかちゃんが望まないと成立しない呪いなんだよ」

「…立華が…ですか?」

「そ。君、にぶいって言われない?」


カチンと波多野の頭の中ではじける音がした。

思わず握りこぶしに力をためようとしたが、何かに吸収されるように異能が使えないことに気づいた。


「ここは私の結界の中なんでね。異能も術も封じてる」

「…っ!…すみません」

「すぐに謝れたから特別に見逃してあげるけど次はないよ」

「…はい」


波多野は自分の短気さを、はじめて後悔した。

そして空雅は波多野の反省を見逃すことはなかった。


「じゃあここで、陰陽省トップの私が、君に特別授業をしてあげよう」

「…は?」


ワイングラスを片手に掲げながら楽し気に話す空雅に、波多野はより馬鹿にされていると感じた。

しかし今は異能を封じられているのでいら立ちを隠すことで精一杯だった。


「授業をさぼってばかりの波多野君には難しいかな~?」


空雅はだんだんいら立ちを抑えきれなくなってる波多野を見てるのがおもしろくなってきていた。

せっかく煽ってものってこないところを見ると、殴りかかりたい気持ちを必死におさえてるようだ。

授業さぼってばかりなのも真実だから殴る理由が波多野の中にないのだろう。


「ふふ。では~呪いの本質ってなーんだ?」

「…本質…?」


片手で掲げているワイングラスに、宙に浮いたワインボトルが注がれる。

波多野は目を丸くしたまま勝手にテーブルに戻るワインボトルから目が離せなかった。


「このワイングラスが空になるまでに正解したら、今すぐこの結界解いてあげよう」


そしたら好きに弟の邪魔をすればいい。例ええでかちゃんが望んでいなくても。

そう言いながら顔をゆがめる波多野をおつまみに、ワイングラスに口をつけた。


一口…二口…ゆっくり味わうように喉を潤す空雅に対し、波多野の顔は歪んでいく。

グラスの中のワインが減るたびに、波多野の焦りが汗となってにじむ。


優雅なピアノだけが鳴り響く。

波多野には目に入るもの、耳に入るもの、すべてが焦りといら立ちに変換され、何も答えることができないままワイングラスが空になった。


「残念、なくなちゃった」

「…」

「正解、知りたい?」

「…はい」


波多野の本音が空雅には聞こえた。

「悔しい」と。


またワインボトルが宙に浮き、空雅もつグラスへ静かな音をたてて注いていく。


「…愛は呪いだよ」


波多野には冗談に聞こえた。

誰もがかかりたくない呪いに、誰もがほしがる愛な訳がないと。


「…意味がわかりません」

「わからないようじゃ君はまだまだ餓鬼だってことだよ」


だんだん怒りを隠しきれなくなってきた。

空雅は波多野のわずかな変化も見逃さない。

顔の筋肉の反応、目の動き、瞳孔のひらき、呼吸、汗など、すべての情報から波多野の本心をとらえていく。


「…いは…」


だんだん声に迫力がなくなってきた。

最初はあんなに俺を攻撃する気迫だったのに、怒りをおさえるのに必死なのだろう。

空雅は余裕の表情で長い足を組み替えた。


「立華の呪いは…どうやって解くんですか」

「愛を消すことができるかな?」

「…だから意味がわかりません」


空雅はグラスの中を飲み干し、コツンをワイングラスをテーブルに置くと波多野へこう伝えた。


「君は勉強しなさい。大切な誰かを守れるようになりたいのなら、強くなりたいのなら、死ぬほど勉強しなさい」

「…はぁ?」

「かなり授業をさぼってるって聞いたよ。そんなに勉強は嫌いかい?」

「…実力だけあればいい…と思ってます」


波多野の視線が泳いだ。

自分に足りないことを指摘され、高校生らしい弱気さが若干みえはじめた。


「君には勉強が足りない。謹慎はちょうどいい機会だ。自分に足りない部分を存分に補いなさい」


言い切ったところで空雅が右手で指を鳴らした。

その瞬間波多野の周りに銀色に光る風が集まってきた。


「!?」

「さ、そろそろ時間だ。部屋に帰りなさい」

「まっ…!!」


波多野は驚いている間に謹慎中の部屋に戻ってきていた。

なにが起こったのかわからない顔をしていた。

夢だったのだろうかと考えたが、手に握った汗が現実だったとわからせた。

訳の分からなさと、あおられたいら立ちで目の前のテーブルを殴ろうとしたが、空雅の顔がよぎり振り上げたこぶしをベッドに変えた。


「…おさえられなかったか。まぁテーブルよりはマシかな」


空雅はワインボトルを空にした。


「さて…どうやってえでかちゃんを説得させとうか…」


鬼神との戦いを知ったら、えでかちゃんは一緒に行くと言うだろうと思っていた。

そして大雅もえでかちゃんの押しに負けることも。


でもまずは弟の想いが成就したことと、妹の幸せに乾杯しよう。


「よかったな、大雅、えでかちゃん」


ラウンジには、エルガーの愛の挨拶が美しく奏でられた。




続く

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