ー30-
「知らなかったんだ、呪いだって。あの頃は離れてもえでかにさみしい思いをさせないことで焦ってたから…」
ふうちゃんは不安そうな顔で
「えでか…怒ってる?」
と、私の視界をのぞきこんだ。
その顔がひよこの目をしていたふうちゃんを連想させ、私に息の仕方を思い出させた。
おかげで魔法の整理がついた。
なんだ。呪いなんかじゃないじゃない。
「ううん、怒ってないよ」
「ほんと?」
「うん」
ふうちゃんはなおも不安そうに私に問いかける。
だって、私がふうちゃんを好きでいる限り、ふうちゃんは死ぬことはないってことだもん。
私がふうちゃん以外を好きになるなんて、ありえない。
これのどこが呪いなの?
「だって俺のせいで…他の男を好きになることができないかもしれないんだよ」
「うん、それがなに?」
もし私がふうちゃん以外の人を好きになった時、術者のふうちゃんは命を落とす。
そうなった場合、私は一生悔いることになるだろうって心配してくれているんだろう。
魔法なんてなくったって、ふうちゃんが考えてることなんてそれくらい私だってわかるんだから。
「で、もう魔法の話は終わった?」
「…終わった」
「私の気持ち、伝わってるんでしょう?」
私はふうちゃんの頬に手を添え、真っ直ぐふうちゃんの目を見つめる。
いつもより垂れたふうちゃんの目。
「…うん、届いてる」
「じゃぁわかるでしょう?」
「うん…」
「ふうちゃんは生きてるでしょう?」
「…うん」
「なら、ふうちゃんが生きてることが、私の気持ちの証明じゃない」
私がふうちゃんのことを好きだから、ふうちゃんは生きている。
ふうちゃんが生きているということは、私がふうちゃんを好きだから。
足し算より簡単でシンプルだ。
「…えでか、後悔しない?」
「しない!」
やっといつもの笑顔のふうちゃんだ。
昔から変わらない。優しくて、いつでも私を安心させてくれるあたたかい笑顔。
「私、ふうちゃんと行きたいところ、やりたいこと、いっぱいいっぱいあるの!人生1回じゃ足りないくらいいっぱいあるの!」
「…うん」
あぁ。やっと言える。
7年ずっと言いたかったこと。
ううん。むしろ出会ったときから言いたかったこと。
「ふうちゃん!」
「なぁに?えでか」
「ずっとずっと、ふうちゃんのこと大好きだよ!」
やっと言えた。
お預けされていた分、二文字が倍になったけど。嘘じゃない。
むしろ大が足りないくらい。
きっとその気持ちも伝わってる。
だからふうちゃんは泣きそうで、でも嬉しそうな顔をしているんだ。
その顔が大好きすぎて、私は自分の走馬灯ストックに保存した。
ふうちゃんはなんて答えてくれるだろうと、期待してまっているとクスクス笑いながら
「実はさっき聞いた!」
と想定外の回答が私をまっていて、一気にてんぱってしまった。
「え!?い、いつ!?」
「ずっと最初のほう。ここに座ってすぐ」
えぇ!?うそだ!だって言いたくても口止めされてお預けされてたんだから、言うはずがない…!!
と思いながら記憶を遡ると…
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「うん、全部聞くよ。大好きなふうちゃんのことだもん」
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あ。完全に無意識で言っちゃってた…。
うぅ。せっかくいろいろ告白の仕方を考えてきてたのに、ポロっと言っちゃってたなんて…不覚すぎる。
「わ~!わわわ忘れて!最初のは忘れて!!」
「やだ!ぜーんぶ覚えておく!あははは!」
ふうちゃんは顔をくしゃくしゃにするほど笑っていて、目に涙まで浮かべている。
「もー!!忘れてよぉ!!」
そう言って左手を振り上げると、パッとつかまれ
「泳ごう!えでか!」
と、立ち上がらされ、両手をつないだままバシャバシャ音をたてて海の中に入っていった。
「ジャージぬれちゃうよ!?」
すでに腰まで海につかってしまったので、濡れずに海に入ろうなんてもう遅い。
重みのあるジャージから初夏のさわやかさと海のやわらかさを感じ、シルクに包まれている気持ちよさだ。
「あとで乾かしてもらうから大丈夫!」
ってことはお兄さんにお願いするんだろうなってすぐにわかったけれど、ご機嫌のふうちゃんにつられて私も気にせず濡らすことにした。
一緒にお兄さんにお願いしよう。
「おいで、えでか!」
ふうちゃんはつないでた両手をはなし、両手をひろげて私を呼んだ。
どこへ行くかなんてわかってる。
「うん!」
私はふうちゃんの胸に、一直線に飛び込んだ。
ふうちゃんの華やかな香りに捕まったと思った瞬間、バシャンと大きな音をたてて、私を抱きしめたまま海の中に倒れ込んだ。
「ひゃ!!」
私は音と同時に目をつぶり、とっさのことで息を吸い込むのを忘れていた。
(く、くるしい…!)
ふうちゃんにすがりつくように息をとめていると
「えでか、大丈夫だから目あけてみて」
と、海の中にダイブしているはずなのに、地上と変わらないふうちゃんの声が聞こえた。
恐る恐る目をあけた。
するとスクリーンでしか見たことがない世界が広がっていた。
どこまでも見渡せる透明度の高い中を、たくさんのカラフルな熱帯魚、仲のよさそうなイルカやクジラが歌っているように優雅に泳いでいる。
そして月と星たちの光をあびた夜花が一面満開に咲き誇っていた。
「…すごい。あ、あれ!?喋れる!なんで!?」
絵本のような光景に思わず声がもれ、気づけば水中なのに地上と同じように呼吸をすることができるし、話をすることができる。
「周りよくみてごらん?」
「周り?」
そう言われて視線を自分たちの周りにうつすと、シャボン玉のような水の塊の中に浮かんでいた。
「これ、ふうちゃんの異能?」
「そ。この結界も、この光景も俺の異能」
すごい。こんな夢のようなことができちゃうなんて!ふうちゃんはやっぱりすごい!
そして優しい。優しくなかったら、こんな光景作り出すことなんてできないもの。
「あっちにいたら兄ちゃんに見られちゃうからさ」
小さい声でふうちゃんは何かつぶやいていたけれど、私は近くによってきたウミガメと甲羅に集まってる蝶に夢中でよく聞き取れなかった。
「えでか」
「ん?」
「返事、聞きたくない?」
返事?あ!告白の返事!
すっかり忘れてしまってた。だってもう想いあってるって心がわかっているから、必要ないと思ってた。でも…
「…聞きたい!」
でも聞きたい。ふうちゃんの気持ち。
いくら心がわかってはいても、ふうちゃんの声を身体で通して聞くのとは、また違うから。
ぷかぷかと、ゆったり全身で無重力を感じる時間。
ふうちゃんの声を邪魔するものはなにもない。
じっとふうちゃんの口が開くのを待つ。
「…俺も!俺もえでかのこと、出会ったときからずっとずっと大好き!」
ほら、やっぱり身体が喜んでる。
自然と顔がほころんできちゃうし、お腹の奥底からあつい感情がわきあがる。
これが『幸せ』の感情なんだろう。
私の身体もふうちゃんの声で、ふうちゃんの気持ちを聞くのをずっと待ってたんだ。
「これからも!ずっとずっと一緒に生きていこう!大人になっても年をとっても!」
フッとふうちゃんが描いている未来が私にも流れこんできた。
おじいちゃんになったふうちゃんと、おばあちゃんになった私。
あぁ、なんて楽しくて素敵な未来だろう。
こんな素敵な未来を描ける人と共に生きることができるなんて、私は幸せ者だ。
そして何より、私たちに長い未来があることが、幸せで幸せで…
「幸せすぎて死んじゃいそう…」
ふうちゃんのキラキラしてる瞳に、ふうちゃんを見つめる私が映る。
ふうちゃんに映っている私は、両目からキラキラ光るものがどんどんあふれては、夢のような現実の海に消えていく。
「えでかが死んだら、俺も死んじゃうよ」
ふうちゃんはそっと両手で私の頬を包む。
優しくてあたたかい。そしてこれまでの想像を絶する辛さを感じさせないほど、未来への力強い希望を感じる。
ふうちゃんの腕の中以上に、私が身も心もすべて預けて安心できる場所は、この世にはひとつもない。
「えでか、愛してる」
ふうちゃんの大きな瞳が近づいてくる。
私はそっと目を閉じた。
あの日感じた口元の正体が、やっとわかった。
続く




