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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
修学旅行編
28/151

ー28-

「帰れないって…どういうこと?」


今度はそっと私からふうちゃんと離れた。

なんとなく大事な話な気がしたから、ふうちゃんの顔をみて聞かなくちゃと思った。

ふうちゃんにも伝わったからか、今度は戻されることなく向かい合った。


「十六山公園、覚えてる?」

「うん。春の遠足で毎年行ってたところだよね」

「そこに初代が封印した鬼神がいるんだ」

「おに…がみ?」


『鬼』と聞くだけで鬼に捕まったときのことを思い出して左腕がざわっとする。

そして口元に入ってきた絶望の味。

触れただけで骨まで冷え切って、すべての感覚を狂わされる気味の悪さ…。

思い出しただけで体温が一気に下がっていくのが自分でもわかった。

するとあたたかい海風が私のまわりに集まって、私をあたためてくれた。

ふうちゃんも「大丈夫だよ」と言って左腕のざわつきを、優しく光る水で水平線の向こうへ流していった。


鬼神。

授業で習ったことがある。

すべての鬼、蟲の頂点であり、始祖だと。

元は人間だったが幼いころから母親から虐待を受け、母の死後、信頼していた腹心に裏切られたことで人間を恨むようになり、死してなお鬼となって生き続けた。

そして全国に散らばっていた鬼をまとめあげ、鬼の頂点として君臨するようになると戦、厄災、疫病、災害として人々を恐怖に落とし込んだ。

それを封印したのがふうちゃんのご先祖様、初代陰陽師の安倍晴明だ、と。



「演習の時の鬼は使いだったんだ。鬼神の」

「え?でも十六山公園に封印されてるんでしょ?」

「いや。もう半分は出てきてる」

「え!?な、なんで?!」

「復讐だよ。初代に封印された復讐」

「でももう初代はいないんでしょ?…あ」



最悪な想像が頭に浮かんでしまった。

でもどうかそうじゃありませんように。

…そう願ってももう遅いだろうけど。


「正解。さすがえでか」

「…うそでしょ」

「鬼神は俺に復讐しようとしてる」

「そんな…」


あんまりだ。

小さい身体で強大な陰陽師の力と戦って生きることができたのに、まだふうちゃんに戦わせようとするなんて。

私は誰にぶつけたらいいのかわからない怒りがわいてきた。




それでもふうちゃんは変わらないトーンで、そのまま鬼神について教えてくれた。

封印されてから何千年、ふうちゃんほど陰陽師の力を濃く受け継いできた者はいなかった。

そのため復讐することが目的の鬼神はふうちゃんの力に気づき、少しずつ手下を集め封印を解きはじめていると。

そして北都中、手下をつかってふうちゃんを探しているらしい。

しかし鬼神は北都の地に強いこだわりがあるそうで、北都の結界から出ることができない。

だからふうちゃんとお兄さんは東都に身を置いているそう。


「だから北都には帰れなかったんだ。手紙も痕跡でバレる可能性があったしね」

「そうだったんだ…」


ここ数年、鬼による被害が増大していた。

それはSNSの拡大のせいだ、なんて言われているけれど、鬼神の復活が近いのが原因だと続けて教えてくれた。

鬼神にとっても手下を増やすいい時代になってしまったんだと。

それを聞いて私は複雑な気持ちになってしまった。

SNSのおかげで東都の最新情報や流行を簡単に楽しくチェックできる一方で、SNSの誹謗中傷で毎日誰かが傷ついていて、それを鬼神に利用されているのに、私にはなにもできる力がないから。


さらに今回の演習にあらわれた手下も陰陽省の調査によるとバスに隠れていたのが発覚し、徐々に北都の外へ侵攻しはじめていることが明らかになった。



「でもこのまま東都にいても俺は問題ないんだ。封印が解かれてもあいつは北都から出られないから」

「え?それじゃ厄災がおきちゃうんじゃないの?」

「まあね。けどあいつは利用してるだけで、厄災そのものはなくならない。規模が変わるだけなんだよ」

「そんな…」


厄災そのものをなくすことはできないことに自分の無力さを感じて落胆した。

それはそうだよね。いくら対策をしても災害だってこの星が地球である以上なくなることはないし、病だって完全になくすことはできない。

何が起きてもいいように対策をすることしか、人類には対抗手段がないんだ。

それでも、見知らぬ誰かが、知らないところで傷ついてしまうのは私の胸を痛める。




「でもえでかを傷つけたのは許せない」

「え?」

「だから鬼神を倒す」


私の目に、力強いふうちゃんがうつる。

いまのふうちゃんなら、ありえないことも成し遂げられるんじゃないかって感じさせるくらい力強い瞳をしていた。


「封印だけじゃ物足りない。二度と復活できないように倒す」

「で、出来るの?そんなこと…」

「…力が強く安定するたびにさ、いろんなことを俺の中の初代が教えてくれるんだ。鬼神を倒すにはこの時代まで封印するしかなかったこととか、力が安定する18になることが必要だったこととか。…だから俺が倒すしかないんだ」


えでかの仇とってやるんだってふうちゃんは笑うけれど、簡単な戦いじゃないことは私でもわかる。

きっと国や世界をかけた戦いになるんだって感じる。

なのに倒す理由が私って…子供っぽい理由がおかしくて、本当は簡単な戦いな気にさせてくれるんだから。


「だってあいつがいるとえでかに会いに北都に行けないじゃん」

「…ふふ。そしたら文化祭とか来てくれる?」

「もちろん。久しぶりの北都、案内してよ、えでか」

「うん…!」


ふうちゃんが北都にきたら茶々丸に会わせたいな、とか。

見晴台の星空も綺麗だよって教えてあげたいな、とか。

駅前にできたカフェのグラタンパスタが美味しいよ、とか。

ふうちゃんに教えてあげたい。ふうちゃんがいなかった7年間の北都を。

私たちの思い出の故郷を。




そのために…




「私も一緒に戦う」

「…それはだめだよ、えでか」

「いやだ。私も一緒に戦いたい」


いつもならどんな私のわがままも「いいよ!やろう!」っていって乗ってきてくれるのに、私は強い意志で反対してくるふうちゃんの目を見つめ返す。

なんの戦力にならないのはわかってる。でももうふうちゃんと離れたくない。

何があっても離れたくないの。それが例え死ぬかもしれない戦いであっても。


「私、来年まで絶対に強くなる…!だからお願いふうちゃん!一緒に戦いたい…!」


感情があふれる。

でも泣くな。強くなるって言ってるんだから覚悟みせろ私。




波の繰り返す音だけが流れた。

まるで私たちだけ時間がとまってしまったんじゃないかと思うくらい、まばたきも忘れてにらみ合った。




「…はぁ~」


先に沈黙をやぶったのはふうちゃんだった。

長い溜息をついたあと「…わかった」と降参したかのように呟いた。


「…ほんと?」

「…うん、俺の負け」


そう言ってふうちゃんは困った顔して笑った。

私は泣かないつもりだったのにまだ弱い。嬉しくて涙がそこまであふれてくるのを上を向いてごまかした。


「だから絶対にえでかのこと守るから。だから絶対に無理しないで?」

「私だってふうちゃんのこと絶対死なせない!」

「…えでか、話きいてる?」


ふうちゃんが何か言っているけれど、もう絶対にふうちゃんに辛い思いさせるもんか。

それが例え初代陰陽師で歴代最強だとしても、歴代最強には倒せなかった鬼神であろうと。

ふうちゃんと北都の町をまた一緒に歩くんだ。ふうちゃんとの未来を誰にも邪魔させない。絶対に。



「あぁ…あとで兄ちゃんに絶対怒られそう…」

「大丈夫だよ!私が説得するから!」

「兄ちゃんもえでかには甘いからなー…」


でも絶対えでかがいないところで怒られる…、と力無く笑っていたら、ふうちゃんの髪の毛がぐしゃぐしゃになるほどふうちゃんの周りだけ突風がふいて、あまりのぐしゃぐしゃさにお腹を抱えるほど笑った。




ひとしきり笑っている間にふうちゃんはなんとか髪の毛を整えられたようで、いつもの猫毛に戻っていた。

どうやら結界内のことはお兄さんに筒抜けだったみたい。

なので私の腕を癒してくれた風も、ふうちゃんの髪を乱した風もお兄さんの意志が反映されてるんだって。

だからふうちゃんは「兄ちゃん、めちゃくちゃ怒ってる…」って頭を抱えていて、私はあとでお兄さんからふうちゃんを守ってあげようと思った。




そして私は意を決して告白しようとした。

が「まだダメ」と人差し指で口元をおさえられた。


私はまた阻止されたことに私の好きがつまった堪忍袋の緒も限界をむかえそうで、さすがにつめよった。


「ん~!もう、どうして?どうせもう魔法で伝わってるはずでしょー?」


ふうちゃんはつめよる私から逃げるようにのけぞったまま答えた。

だって呼びかけてなくても近くにいるだけで、ちょっとでもふうちゃんのことを考えれば伝わるって教えてくれたのはふうちゃんなのに。

だからラウンジでも近くにいただけで浴衣のことが伝わったんだから、このことだってすでに伝わってるはず。

私が何て言うかわかってるのに口止めするなんてずるい。


「その魔法のことも、まだ話してないことがあるんだよ」

「魔法のことー?」

「うん。魔法のこと聞いてから、まだ気持ち変わってなかったら聞かせてくれる?」


ほら、やっぱり伝わってた。

そう思いながらもふうちゃんの話を口を尖らせたまま聞くことにした。



続く

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