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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
修学旅行編
26/151

ー26-

「さてと…どこから話そうか…」


私たちは波打ち際に腰かけた。

耳心地のいい、一定のリズムで押し寄せる波に足をのばせばつま先にかかる。

気持ちのいい冷たさで、波の柔らかさから温かみも感じる。

冷たいのにあたたかくて、ぐずりかけた私の心を癒してくれた。


「えでか、落ち着いた?」

「…うん」


座っても私たちは手をつないだまま。

右手に感じるふうちゃんが生きている証拠から私は離れたくなかった。

私のわがままかもしれないけど、嫌な顔せずつなぎ続けてくれるふうちゃんがもっと大好きになっていくので、私はずるい女だと思う。



「…えでかには話さなくちゃいけないこと、いっぱいあるんだ」

「うん」

「長くなるけど、聞いてくれる?」



長い間、知りたかったことが知らされる。

きっといい話じゃないのかもしれない。

そんな予感は薄々していた。ラウンジでのお兄さんとふうちゃんとのやり取りもそうだし、ふうちゃんの異様な強さもそうだし、ふうちゃんの緊張がつないだ右手から伝わってくる。

つられて私も緊張してきたけれど、でも私は聞きたい。

会えなかった間、ふうちゃんに何があったのか。

大好きなふうちゃんのことだから。


「うん、全部聞くよ。大好きなふうちゃんのことだもん」


そう言うとふうちゃんの瞳が大きくひらいた。

するとみるみる顔が赤くなって、顔をくしゃっとしながら「ありがとう、えでか」と言った。

ふうちゃん越しに見える星空が、ふうちゃんの顔をよく見せてくれる。

座ってから少し真面目な雰囲気でお互い少し緊張していたけれど、やっといつもの私たちの空気感に戻った。

でも私、そんなおかしなこと言ってないはずなんだけど、どうしてだろう?




「…さっき兄ちゃんが結界師だって話、したでしょ」

「うん。一流の結界師なんだよね」

「そ。でも普通は結界師ってどこに所属してるか、えでかなら知ってるよね?」

「うん…陰陽省…だよね」

「正解。さすがえでか」


お兄さんが結界師だと聞いたとき、おかしいなって思った。

結界師は陰陽省に所属して、毎日全国からくる結界申請に対応したり、各地の省庁や教育機関、テレビ局やスカイツリーや東都タワーなどの観光スポット、神社やお寺、有名人の自宅まで、あらゆる場所に派遣され結界を施していて、鬼退治で一番忙しい陰陽師に次ぐ多忙な役職だ。

ましてやその中でも一流ともすれば、日本の結界維持のために重要箇所の担当で、もっと忙しい立場のはず。

いくらかわいい弟のために北都の合同演習に付き合って、いま優雅にワインを飲みながら私たちのために結界をはってる場合ではない。


私は授業で習った知識をそのままふうちゃんに話した。



「兄ちゃん、陰陽師でもあるんだよ」

「えぇ!?陰陽師でもあって結界師ってこと?!」

「すごいんだよ、俺の兄ちゃん」


ふうちゃんは誇らしげな顔をしているが、私は驚くしかなかった。

だって聞いたことがないもの。

ただでさえ陰陽省に入るだけでエリート中のエリートなのに、もっと難しい陰陽師で結界師でも一流!?

中等学校に陰陽師の人がきて講演会をしてくれたことがあったけれど、80代のお爺さんで、陰陽師になるまでには厳しい試練がたくさんあって、乗り越えるまでに何十年もかかるので10年に1人いるかいないかレベルだって聞いていたのに…。

結界師だって陰陽師ほどじゃないけれど、新卒の先生の年齢でなれるものではない…。


また私は覚えている知識をふうちゃんにそのまま伝えたが、ふうちゃんは「うんうん」ってうなずくばかり。

私は混乱しそうだけど、ふうちゃんが頑張って話てくれているんだから、なんとか冷静に聞こうと頭を振って浮かんでくるはてなマークを振り払った。



「本当は陰陽省で働くのが普通でしょ?」

「う、うん」

「兄ちゃんはね、俺のために一緒にいてくれてるんだ」

「ふうちゃんのため?」

「うん。俺を監視するため」





ーーー監視?



私はあまりにも想定していなかった言葉に一気に冷静さが消え、波のリズムさえ聞こえくなった。


「そんな顔しないで?えでか」


ふうちゃんは私がそれだけ動揺してるかわかっているはずなのに、いつもと変わらず微笑むから、よけいに感情が落ち着かない。


「だ、だって…か、監視って…ふうちゃん、また消えちゃうの…?」


私がいま一番怖いこと。

それは自分が死ぬことよりも、ふうちゃんが消えてしまうこと。

それが何よりも怖い。


私の視界がどんどん歪んできて、ふうちゃんの顔がぼやけてくる。


「ごめん、言葉が悪かったね」

ふうちゃんは私の頬にふれ、いつの間にこぼれていた涙をぬぐった。


「今えでかが想像してることにはならないから大丈夫。えでかを残して消えないよ」

「…ほんと?」

「うん。そのために兄ちゃんがいてくれてるんだ」


ふうちゃんは私の動揺を落ち着かせるようにゆっくり頭をなでた。

私はそのリズムにあわせて呼吸をして、やっと波の音をとらえることができた。

そして頭から名残惜しそうに手をおろし、星空を見上げながらまた話はじめた。



「俺たちの先祖に陰陽師がいたんだ」

「ご先祖様に?」

「うん。陰陽師の初代で、歴代最強の陰陽師」

「…それってもしかして」

「ご明察!安倍晴明が俺たち兄弟のご先祖様!」


パチンとふうちゃんは指をならしているが、私は驚くことしかできない。

史実として映画や漫画でよく描かれることがあるが、物語にしか存在しないと思っていた。

だって現実的にはありえない強さだから。

なのに実在していて、そしてふうちゃんとお兄さんのご先祖様だったなんて…。

でもふうちゃんの強さと、お兄さんのすごさを証明するにはこれ以上にない話なので、どんどん腑に落ちていく。


「じゃぁふうちゃんも陰陽師…なの?」

「うん。まだ修行中みたいなもんだけどね」


ふうちゃんは修行中っていうけれど、修行中だとしても模擬戦闘時は異能者の域を超えていた。

ギャラリーにいた生徒たちが逃げ出したくなるほどの破格の力だった。


「…あ、ふうちゃんの目って…」

「あ、えでかも見た?」

「うん、赤く光ってた…」


物語の中で安倍晴明の目も赤く光っているものを見たことがあるけれど、あれは演出だと思っていた。


「えでかの前だから本気出そうと思ってさ。本気出すと目に出るんだ」


ふうちゃんは自分の目を指さして、兄ちゃんも赤くなるよと笑ってみせた。

でもふうちゃんの左手が少し震えていて、右手から不安が伝わってきた。


「…怖かった?」


そうか。

もしかしたらきっと、これまでふうちゃんの力をみて、あまりの強さに逃げる人が多かったのかもしれない。

だから私もその人たちと同じように離れてしまうかもしれないってふうちゃんも不安なんだ。


私はふうちゃんを安心させてあげたくて、そっと頬にふれ、ふうちゃんの目を見つめた。

ふうちゃんの大きくて黒い目には、ふうちゃんを見つめる私と、輝く星が映っている。


なんにも怖くない。

だって私を見つめる目には優しさしか感じない。

ひよこの目のほうがよっぽど怖いもの。


「ううん。模擬戦の時も伝えたけど、かっこよかったよ」


私の前だから本気を出したと言うけれど、何かを守るように戦っていたふうちゃんからは1ミリも恐怖なんて感じなかった。

ただただ、本当にかっこよかった。


ふうちゃんは空いてる手で頬にふれている私の手を支え、頬全体で私の手を感じるように「ありがとう、えでか」とささやいた。




「でもまだあれが本気じゃないんだ」

「えぇ!?ふうちゃん、まだ強いの!?」

「言ったでしょ、修行中だって」


ふうちゃんは私の両手を握ったままで、驚く私をみて笑い、一呼吸おいてまたゆっくりと話はじめた。


「…まだ能力が安定しないんだ」

「陰陽師の能力…?」

「うん。俺が一番濃く陰陽師の力受け継いできてるんだ」


兄ちゃんも濃いけどねって笑うふうちゃんに、大事な話をしてるはずなのに、つられて私も笑ってしまった。


「だからいつ力が暴走するかわからないんだ」

「…え」


一気に不安が押し寄せる。

ふうちゃんのことになると、ちょっとした言葉で感情が敏感になってしまう。

でもふうちゃんの「大丈夫」を信じて聞き続ける。


「力を使いすぎたり、一気に成長したりすると暴走するかもしれなくて。それで兄ちゃんが特別にそばにいて、暴走しないように監視してくれてるってわけ」


異能力が暴走することは知っていた。

でもそれは子供のころの話で、身体の成長が間に合わないとおこるものだったはず。

疑問に思っていたら、陰陽師の力が大きすぎるためまだ安定しないこと、お兄さんは万が一暴走した際に周りに影響を与えないように、そしてふうちゃんの命を優先するためにすぐに結界をはり対処できるように監視してくれているんだと教えてくれた。

そしてそのためにお兄さんは陰陽省に有無を言わせない立場になるべく、想像できない努力を重ねたそうだ。


その話を聞いて、ふうちゃんは監視と笑うけど、私にはお兄さんのふうちゃんへの愛情にしか思えなかった。

きっとふうちゃんも気づいているからお兄さんを尊敬しているんだろうし、照れ隠しで監視と言うんだろうな。



「それが18になったら安定するんだ」

「18…ってことは来年の6月30日?」

「…えでか、俺の誕生日覚えててくれたの…?」


ふうちゃんに再会して、一番驚いた顔をした。


7年間、離れていても一度も忘れたことがなかった。

ふうちゃんは死んじゃったと思ってたから、この日だけはふうちゃんのことを思い出してあげたかった。

ふうちゃんが生まれた日。

この日ふうちゃんが生まれなければ、私たちは出会うことがなかったから。

出会えたことを感謝するために、私はひとりでこっそり、ふうちゃんの誕生日をお祝いしていた。

時には泣きながら。


私は恥ずかしがりながら伝えると、ふうちゃんはちょっと泣きそうな顔をしながら「ありがとう」とほほ笑んだ。


「俺もえでかの誕生日覚えてるよ」

「ほんとう!?」

「5月30日」

「うん!!」

「1カ月違いだから席も近かったんだよね」

「うん。だから出席番号順に並ぶとき、いつもワクワクした!背の順じゃ離れちゃうから」

「えでかの方が身長のびるのはやかったもんね」

「いまはだいぶ追い越されちゃった」




ふうちゃんを見上げたら、ある感情がどっとあふれてきた。

ふうちゃんが私の誕生日を覚えててくれたこともうれしかったけれど、何より私がうれしいのは…


「ふうちゃん…」

「…ん?」


私はふうちゃんの心臓の音を確認するように、おでこを近づけた。




私が何よりもうれしいこと




「ふうちゃん…生きててよかった…」




陰陽師がどうとか、能力がどうとか、整理しきれないこともあるし、聞きたいこともまだたくさんあるけど。

最後にみたふうちゃんは私と変わらないくらいの身長だったのに、今は17歳になって私を追い越している。

その成長が生きていた証拠に感じて、ふうちゃんが生きていた喜びに触発されて、これまでのいろんな想いがあふれてきてしまった。


だからいまはふうちゃんが生きていることを感じていたい。

ふうちゃんの華やかな香りを、体温のあたたかさを、呼吸の音を、心臓が動いているのを。




「心配かけてごめんね、えでか」

「…いっぱい心配した」

「ごめん」

「…ずっと会いたかったよ、ふうちゃん」



ずっと誰にも言えなかった願い。ずっとあきらめていたこと。

会いたいと考えることすら我慢していた我慢強い小さい私が、私にさよならするように涙となってこぼれていった。




ふうちゃんは両手をそっと離し、優しく、力強く、抱きしめた。


「…俺も。俺もずっとえでかに会いたかった…」




ふうちゃんの声が震えている。

声だけじゃない。私を抱きしめる腕も、肩も震えている。


ふうちゃんも泣いてるんだ。

夢でも幻でもない。

ふうちゃんは生きている。



私は安心させてあげられるように、そっとふうちゃんの背中に手をまわした。




続く

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