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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
修学旅行編
25/151

ー25-

客室エレベーターをおりると、見るからに高級なふかふかソファや、生命力が豊かな観葉植物たちが並ぶラウンジが目の前だった。

私は渡りを見渡すこともなく、近くのソファにふうちゃんとお兄さんがくつろいでいるのすぐに見つけることができた。

すると声をかける前に気づいた二人は立ち上がり、出迎えてくれた。

ふうちゃんも戦闘服と同じ色合いの東都ジャージに着替えていたので、変に制服にしたり浴衣にしなくてよかったと思った。

でもお兄さんはまだ勤務中なのか、それとも休めていないのかまだ戦闘服のままだった。


「ごめんね、待たせちゃって!お兄さんもこんばんは!」

「いま来たところだから大丈夫だよ」

「こんばんは、えでかちゃん」


二人のもとへ駆け寄ると、ロビーには私たちしかおらず、不思議と受付スタッフもラウンジスタッフもおらず、耳心地のいいピアノの音楽だけが流れていた。


「ん~~~~~」

「ふうちゃん?」


ふうちゃんは会うなりじーっと私を見つめてきて、やっぱりジャージ変だったのかと北都の赤ジャージを確認すると

「浴衣でもよかったのに」

と、さっきの私の頭の中がメッセージとして届いていたようで、浴衣姿を想像したようだ。


「でもふうちゃんもジャージなのに私だけ浴衣なのも変じゃない?」

「じゃぁ俺は甚平着るよ」

「そっか。ふうちゃんなら甚平も似合いそうだね!」


ふうちゃんなら青い甚平がいいな、なんて想像しているとずっと会話を聞いていたお兄さんが

「えでかちゃん…君も変わってるね」

と、眉を下げながら笑った。ふうちゃんとそっくりなたれ目が、さらにたれ目になった。



「え?!やっぱりジャージ変でしたかね?!」

「それより兄ちゃん!え・で・か!」

「はいはい、ごめんごめん」


長年の癖でつい「えでかちゃん」と呼んでしまったことを、ふうちゃんにしつこく注意されていて、その光景がお兄さんに変わってるね、と言われたことよりおかしかった。

怒られ終わったお兄さんはふうちゃんに聞こえないように「えでかちゃんも苦労するね」と私に耳打ちしてきたので、ちゃんと「そんなことないですよ」と訂正しておいた。

ふうちゃんはその様子を大きい目を半分にして、口を膨らませたまま、じとーっとかわいく睨んでいた。




「それよりお兄さんはどうしてここに?」

「あぁ、兄ちゃんに結界頼んだんだ」

「結界?」

「うん、えでかとの時間を誰にも邪魔されないように」

「そんなことできるの!?」


学校の敷地以外の場所では、例え異能ホテルであろうと一般の方も立ち入りことがある場所では特別な許可がないと異能を使えない法律になっている。

今回の演習や模擬戦闘の会場も複雑な申請を何度も送り、何カ月もかかってやっと許可がおりるくらいなのに、簡単なことだよと軽く言うふうちゃんに驚いて、ふうちゃんとお兄さんの顔を往復した。


「かわいい弟とえでかちゃんのためだからね。みんなには内緒だよ」


お兄さんは人差し指を口元にあて、ウインクをした。

いまの姿だけでいったい何人の女性を落としてきたのだろうかと、思わず怖い想像をしてしまった。




「さっ!えでか、行こう!」

「う、うん!」


ふうちゃんは私の手をとり、ラウンジの奥の方へ歩きだすと後ろから「大雅」と、お兄さんに呼び止められた。


「なぁに?兄ちゃん」

「あのこともちゃんとえでかちゃんに話すんだからな」


いつも微笑んでる印象しかないお兄さんがいつになく真剣な表情で。

ふうちゃんの肩越しに見える表情もなんだか真剣で、また二人の顔を往復することしかできなくて困惑する私。


「…大丈夫。わかってるよ、兄ちゃん」


また見たことない、大人びた笑顔でお兄さんに返すふうちゃんに、7年の月日を感じた。

いったい兄弟の間でなんのやり取りが交わされているのか全く想像できなくて、私だけ7年前から進んでないみたいに感じた。


「ほら、行きなさい。…えでかちゃんが困ってる」

「あぁ!ごめん、えでか!ちゃんと話すから!行こう!」


お兄さんは笑いをこらえながら促してくれたけど、私、そんなにおもしろい顔していたのだろうか?

でもふうちゃんを見たら、お兄さんに「あとでえでかって呼んだこと怒らなくちゃ」って言ってるけど、本気で怒ってる感じがしなくてむしろかわいくて顔が綻んだ。


そんなプンプンしてるふうちゃんと、クスクスしてる私たちをお兄さんは

「誰にも何にも邪魔させないから、安心して話しておいで」

と言って、安心感のある声で送り出してくれた。





ふうちゃんが連れてきてくれたのは異能ホテル専用のプライベートビーチだった。

しかもふうちゃんがお兄さんに頼んだ通り、結界のおかげで誰もおらず、私とふうちゃんの二人占め。


「すごーい!!きれーい!!」


星空を見上げると星で埋め尽くされているかのようで、何億光年先の星まで手が届きそうだった。

しかもその光が海に反射して、波が返ってくるたびに私たちにお星さまを置いていってくれてるようにみえた。

砂浜も歩くたびに柔らかく受け止めてくれ、思わず裸足になりたくなった私たちは一度手を離し館内サンダルを脱いだ。

すると砂浜の柔らかさが足裏にダイレクトに伝わって、日中にためこんだ太陽の熱で身体をじんわり温めてくれるようだった。


「えでか、寒くない?」

「うん、私は大丈夫!」


ちょっと肌寒いかなと思って長袖ジャージを羽織ってきたのだけど、海風もちょうどいい心地よさでリラックスを感じるほどだった。


それに耳に入るふうちゃんの声も、波の音にも心地よく入ってくる。

星のきらめく音まで聞こえるようで、まるでこの世界に私とふうちゃんしかいないと感じるほど気持ちが良い。


どんなに静かな寮の部屋でも、練習終わりのお花スポットでも、一人でいても誰かしらの存在はうっすら感じたり、雑音が聞こえたりするのだが、誰かの存在も、ふうちゃんの声を遮る音も、目に見えないものさえも感じない。

時間が止まったかのような、こんな文字通りの二人だけの世界を感じられるのは初めてだ。




「ちょっと散歩しようか」

と言って差し出された左手を、何も余計なこと考える必要もなく「うん!」と右手でとり、私たちは再び手をつなぎ直した。



一歩一歩、ゆっくり一緒にいる時間を大事にするように波打ち際を歩き始めると、ふと小学校に入学したばかりのことを思い出した。


「ねぇふうちゃん、覚えてる?」

「ん?」

「小学校に入学してすぐのころに学校探検した時あったでしょ?先生が隣の人と手をつないでいきますよーって言ってさ、その時、私、手つないだのふうちゃんだったんだよ~」

「もちろん覚えてるよ。その時だよ、えでかに風船の変顔したの」

「え!そうだっけ!?」

「大人しい女の子だなーって思っててさ、なんだか笑わせたくなったんだ」


小学校に入学したばかりのことなんて、高校生になってまで覚えてる人ってどのくらいいるんだろう。

きっと私しか覚えてないと思っていたのに、私が忘れてたことまで覚えていてくれた嬉しさが心をほんのりあたためた。


「でも全然大人しくなかったけどね」

「え~どうゆこと~?」

「だってそれから休み時間になるたびに「もっかいやって!」って何度もきてさ「風船のふうちゃんだね!」って…あはは!」


ふうちゃんは笑いがこらえきれなくなったのか、足をとめ、お腹を抱えて笑いだした。


「そんなにおかしい~?!だっておもしろかったんだもん~!!」

「違う違う!昔からかわいかったなって思ったんだよ」


笑いすぎた涙をぬぐいながらかわいいって言われても…悪い気はしない。素直にうれしい。


「…もう!」

「ごめんごめん、えでか~」


横に並んで歩いていたけれど、ちょっと意地悪したくなってふうちゃんを引っ張る形で先に歩きだした。

後ろから笑いながら謝ってるのがわかる。

こうしてると7年の月日なんて感じられないくらい、ずっと一緒にいたような感覚になった。


「あ、でもね、家族以外で男の子と手をつないだのふうちゃんがはじめてだったんだよ」


私はただ思ったことをそのまま教えてあげただけなんだけど、ふうちゃんは目を丸くして先行く私の歩みを止めた。

そんなに驚くようなことだったのかなと思っていると、「そっか♪」と嬉しそうにすぐにニコニコ顔に戻り、私の隣を歩きはじめた。




ビーチはどこまでも続いているようで、このままずっと一緒に歩いていたいと思うほどで。

するとふと私の目に夜花が飛び込んできた。


「夜花だ!いい香り…」


一輪だけ咲いている夜花にかけよると、神秘的な香りがふわっと広がり怒涛のような1日を癒してくれた。


「今日、夜花にいっぱい助けてもらったんだ」

「そうみたいだね」

「でもなんでここに夜花が…まさか!」


また近くに鬼がいるんじゃないかと思った私はとっさにふうちゃんの腕をつかむと、ふうちゃんは落ち着いた声で

「大丈夫だよ、ここは兄ちゃんの結界内だから。きっとえでかに会いたくてきたんだよ」

と、教えてくれた。


「私に会いに?」

「うん。いつものように話しかけてごらん」


ふうちゃんがどうして『いつもの』を知っていたのかわからないけど、手を離した私はいつものように夜花にふれてみた。


「…わっ!!」


とても一輪だけのエネルギーとは思えないほどたくさんのエネルギーが私の身体の中を駆け巡り、ふっと背中から抜けていった。

すると触れていた夜花が優しく発光し、光の粒となって星空へ舞い上がっていった。

私の手から星空へ帰っていく光景は、夜花の神秘性と儚さがおとぎ話のラストシーンみたいですごく綺麗だった。


「…えでかにお礼が言いたかったんだね」

「お礼?」

「うん。あの鬼に利用されそうになってたのを助けてくれたお礼」

「そっか…私、夜花に助けられたと思ってたけど、みんなのことだけじゃなくて、夜花も助けることできたんだね」


遠く小さくなってく光の粒を目に焼き付けるようにしていると「よかったね、えでか」と頭を優しくなでてくれた。





「…兄ちゃんは一流の結界師なんだ」


私たちがまた手をつなぎ直し、波打ち際を歩きはじめると、ふうちゃんはお兄さんの話をし始めた。

確かお兄さんは新卒の東都の先生で…でも結界師って陰陽省に所属してるんじゃ…と頭の整理が追いつかないでいると

「きっと夜花がえでかに会いたいって兄ちゃんに頼んで、それで入れてくれたんだ。だから兄ちゃんの結界内だから安全だよ」

と、いまお兄さんが施してくれている結界について詳しく教えてくれた。


どうやら私とふうちゃんがゆっくり話せるように、誰もプライベートビーチに近づけないようになっているらしい。

中にいるとわからないけれど、近くを通ってもプライベートビーチへの入口が見つからなかったり、ホテルに宿泊している人、滞在している人、従業員も行きたいと思わないよう精神にも影響を与えていると。

でもお兄さんの許可があれば夜花のように中に入れるし、もし鬼がきてもお兄さん一人でソファから立ち上がらずに白ワインを飲んでる間に対処できることまで教えてくれた。


そしてお兄さんからのおまけで目に映るもの映らないもの全ての美しさを極限まで惹きだし、その美しさを邪魔するものは徹底的に排除されるようになっているそうだ。


お兄さんがどれだけすごいのか、理解するのになかなか追いつけないけど、こんな贅沢な景色を見せてもらえるなんてあとでお兄さんにお礼言わなくちゃね、と言うとそれは調子に乗るからダメってふうちゃんは口を尖らせた。




「会場の結界も兄ちゃんがはったんだよ」

「そうなの!?」


あの時いつかこんな結界をはれるようになりたいと思ったけれど、それがお兄さんだったなんて驚いた。


でもそれよりも、お兄さんのことになったら話がとまらなくなって、お兄さんのことを誇らしげに話すふうちゃんがなんだか愛おしいほどかわいく見えた。


「尊敬してるんだ、お兄さんのこと」

「うん。いつか追い越したい背中だよ」


その時のふうちゃんの目の奥に生命力を感じた。

ひよこの目をしていたふうちゃんの面影が消えていることが、一層ふうちゃんが生きていることを実感させた。

私はちょっと泣きそうになったのを隠すようにふうちゃんを追い越して

「じゃぁもう忘れ物しないようにしないとね」

と、冗談を言いながら顔を隠した。





「えでか」


でもどうせふうちゃんにはお見通しなんだ。

ほら、振り返ると私を慰めるような優しい顔してるんだから。


「座ろっか」




続く

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