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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
157/157

ー157-

眩しい光に襲われ、しまったと思ったときにはすでに遅かった。

小鷹が目をあけたときには、ただなにもない、真っ白な空にいた。


「…あの鏡の中か。石井のアドバイスをいま思い出すなんてなぁ…」


何もない空間を見渡しながら、渋谷との模擬戦を楽しみすぎて忘れていたことを反省した。

天井らしき位置の目星をつけ、脱出を試みるが術がすっと吸収されてしまい、渋谷の許可が必要なのだと察した。


「とりあえず歩いてみるか」


渋谷との模擬戦はどうなっているのだろうか。

もしかして自分の負けで勝敗が決してしまっているのだろうか。

外の状況が気になる小鷹。


「・・・でも仁君は待ってくれてる気がするな」


渋谷の性格上、こんな結果で勝ってもおもしろくないだろう。

なんなら小言を言いながら待っているかもしれないと思ったら、くすっと笑みがこぼれた。


「はやく戻って勝たなくちゃ」


そう決意を胸に、当てもなく足が向くほうへ足を進めた。

すると小さな人影が見えた。

近づくとその人影はそっとこちらに近づいてきて、思わず足をとめた。


「・・・俺?」


それは中学にあがったばかりの自分だ。

浮かない顔した自分のあとを追うように、顔の見えない同級生たちが群がってきた。

そして口々に『小鷹、太陽属性なんだってな!』『すごい!じゃぁ学級委員だね!』『やっぱり将来は陰陽省に入るの?!』と、勝手なことで騒ぎ立てる。


火属性の中でも太陽属性はとても珍しく、1万人に1人だと言われている。

異能力も火属性に比べると燃え尽きることがないほど膨大で、太陽属性の異能力者は戦闘倶楽部部長や生徒会長として皆を引っ張っていくことが多いとされる。

しかし逆を言うと太陽がゆえにどうしても目立ってしまうので、皆を引っ張らないといけなくなるのだ。

本人の戸惑いなど、誰も露とも知らずに。


『なんか小鷹君って、太陽属性のわりには異能力低くない?』

『わかる。火属性の方が強いよね』

『檜原、そんなんじゃ他の奴らに抜かれるぞ。お前は北都の誇りなんだから』


だからあの頃は勝手に期待して好き勝手言ってくるやつらが多く、自分の属性を恨みはじめていた。


『・・・好きで太陽になったわけじゃないのになぁ』


そう呟いても誰も聞いてくれなかった。


『小鷹、帰ろうぜ~』

『あんな奴らの声気にすんなよ』


それでも腐らずにいれたのは、小学校から変わらずにいてくれた海斗と啓のおかげだと思う。


『あれ、小鷹って秋桜マラソンでてたよな?』


それと栄一郎も。

海斗がおもしろいやつ紹介するって言われて会ったら栄一郎で、俺のことを知ってたなんて驚いた。

秋桜マラソンにはクラスから選出された数人が強制的に参加させられる町の大会で、俺たち3人が通っていた北都第二小学校は1クラスしかなく、ある程度運動できた俺は毎年強制的に参加させられていた。

栄一郎と違って好きで参加していたわけではなかったから、まさか覚えていたなんて仲良くなるのに時間はかからなかった。


「・・・仁君、なんでこれを」


過去の幻影が過ぎ去ると、また真っ白な空間に戻ってきた。

渋谷の意図がわからない小鷹は、見覚えのある感覚を覚えた。


「あれは・・・瑠璃ちゃん?」


その感覚を思い出す前にあらわれたのは、北都東中学校を卒業したばかりの昔の、初めての恋人。


『もう私がいなくても大丈夫そうね』

『どういうこと?』

『秘密。だって小鷹君、私のこと特に好きではなかったでしょう?』

『・・・そんなことは』

『嘘。でも私もきっとおんなじだったの。だからね、高校生になったらおもいっきり本気で恋しようと思って。後悔したくないじゃない?』


いまなら瑠璃ちゃんが秘密にしたことがわかる。

出会ったときは太陽属性だからって好き勝手言ってたやつらを見返したくて、自暴自棄になっていたから。

みんなとバンドをやりはじめたのも、瑠璃ちゃんが『あなたたち、そんなに音楽が好きなら自分たちでもやってみたら?』って言ったことがきっかけだった。

栄一郎の家に遊びにいっては海斗が中心になって騒いでたから、追い出したかったって言っていたけれど、エネルギーがありあまってる俺たちのもうひとつの居場所になったんだ。

瑠璃ちゃんが『付き合ってあげてもいいわよ』って冗談に頷いたのは、居場所をつくってくれたうれしさが、特別のように感じていたからかもしれない。

まぁ付き合ったからと言って、彼氏彼女らしいことはとくになかったけど、でも太陽属性じゃない自分を、栄一郎の友人として、見てくれる彼女の側は心地よかった。


「それでも俺たちのこと、よく見てくれてたよね。あの時はありがとう、瑠璃ちゃん」


と、消えていく幻想に声をかけたところで、なんだかんだ今もよく見てくれていることを思い出し、彼女にもう心配かけないようにしなければと思った。

彼女が後悔のない、大学生活を送れるように。





「これ・・・茨木の時にみた過去幻想か・・・」


見覚えのあるあの感覚は、茨木の結界に入ったときに次々と見せられた幻想だ。

おそらくすべての幻想をみるまで出られないことをした小鷹。

茨木のものよりも、かなりマイルドにしてるが、渋谷の意図がわからないので、小鷹の心が少し揺れていた。


『・・・えっと、水属性は土属性に弱くて・・・あれ、金属はなんだっけ』


後ろから声が聞こえて振り返ると、それはいまでは想像ができない姿をした立華だった。

中学2年生になった彼女は戦闘俱楽部に入るも、基礎訓練に足りるほどの異能力をもっておらず、属性のこともあり退部を進められていた。

しかし諦めずに異能力増強トレーニングを繰り返し、治癒隊兼マネージャーとして日々陰ながら努力する姿を見かけていた。


「なんだか放っておけなかったんだよね」


素直な彼女は飲み込みもはやく、優しい性格もあって、俺たちが信頼するほど治療の腕がどんどんあがっていった。


それがまさか、鬼神と戦うことになるなんて。

ほんと、俺たちの想像を超えてくるよ。



『お前たちを俺の影として勧誘したい』


りくさんに立華と鬼神のこと、そして影として俺たちに与えらえた役割のこと。

初めてきいたときは驚いた。

栄一郎なんて『なんでやめさせないんですか!』ってりくさんの胸倉つかんだくらい。

でも驚いたと同時にどこか腑に落ちたところもあるんだ。

立華はどこか他の人と違った雰囲気を持っていたから、それが鬼神戦に必要な役割の正体だったのかもしれない。

俺はりくさんの影になることを選んだ。

国を町を守る立派な異能力者じゃなく、国よりも大事な仲間を守りたいと思ったから。

いち異能力者として、そして先輩として。

だからみんなついてきてくれてうれしかった。

おかげでりくさんの地獄の特訓を乗り越えられたから。


「でもまさか洋介先輩も影だったなんてなぁ。もっと早く影になりたかったよ」


洋介先輩はもっと前から影として、りくさんの仕事を手伝っていたらしい。

校内でも治安を改善したり、極秘討伐にも参加していたそうで、それが立華入学のためだって知って、りくさんって過保護なんだなって思った。

それがいいんだけどさ。




りくさんと立華の幻想が消えると、洋介先輩の幻想が見下ろしていた。


『なんだ、檜原って大したことねぇな』


高校になって本格的に模擬戦に取り組むようになって、初めて負けたのが洋介先輩だった。

洋介先輩に手も足も出なかった俺は、初めて自分の弱さを知って心から震えた。

洋介先輩の強さこそ、太陽だと思った。

それもそのはずで「ただでかいだけ」と言われ続けた樹属性。

戦闘では今まで陽の目を見ることなく、立場の弱かった樹属性たちの異能を底上げし、並居る3年生たちを上回ったのだから。


『みんな自分の戦い方を知らなかっただけだ。だからお前も強くなるぞ、小鷹!』


洋介先輩に全力で挑んで、全力で負けるのが楽しかった。

でもいつしか洋介先輩を超えたいよ思うようになった。

さながらゲームみたいに、あいつらと強敵を倒したくなったんだよね。

だから体育祭で洋介先輩率いる樹属性チームに勝てたときは、洋介先輩がすごく嬉しそうで、先輩は負けたのに自分のことのように喜んでくれた。


『小鷹、お前はなにを守りたいんだ?』

「洋介先輩・・・」

『お前はなんのために強くなりたい?』

「俺は…国とか北都とかどうでもいいんです。俺は、大事な仲間を守りたい。あいつらと、ずっと馬鹿やってたいんです」


大人になって、それぞれ違う道を歩んでいくだろう。

それでも最後まで、最期の瞬間まで、戦って、音楽をやって、一緒にいたい。

そのためにこの炎を燃やしたいって思うから。


するとふわっと優しく甘い花の香りが鼻先をかすめた。

この香りは体育祭で立華が花束に異能を流したときの香りだ。

思えばあの時から、ただ影として守りたい後輩ではなくなった。

茨木の結界に行っても、海で鬼と遭遇しても逃げずに誰かを守ろうと戦う姿は、もう仲間のような気持ちになっていた。


だから鬼神との戦いでは死なせたくない。

りくさんの話では、立華ともう一人しか結界に入ることができないらしい。

立華の性格上、立華にとって大切な人なのかなって思ってる。

それでも、少しでも鬼神の戦力を削れるよう、それが立華を守ることにつながるなら、俺はもっと強くなりたい。


『本当にそれだけか?』

「幻想なのにするどいなぁ」


花束の香りが消えると、ほっとする3つの香りが集まってきた。

あれは3年にあがってすぐだった。


『おお!小鷹すげぇじゃん!』

『東都大の推薦か。よかったな』

『東都大の陰陽師科はりくさんの母校だってよ』


春休みに行われた先輩たちとの卒業戦。

それに見学にきていた陰陽省から東都大への推薦が届いたのだ。俺にだけ。

3人はすごく喜んでくれた。

でもわずかにあった迷いが、立華の鬼神戦の話を聞いてから強くなった。


もっとあいつらと一緒にいたい。

俺だけ離れるのは嫌だ。

なにかあったとき東都にいたらかけつけられない。

影としてりくさんのもとにいたい、って。



「俺、こんなに弱かったけ・・・」


あんなに強くなりたいと豪語したのに、これじゃただの駄々をこねた子供じゃないか。

自分の弱さが露呈して、心がすり減っていくのを感じる。

赤く鮮やかに燃えていた心が、灰白く、空間に溶けていくように。

真っ白な空間も、まるで太陽が崩壊していくかのように光が失われていく。







光が一切ない世界。

自分の身体さえもわからない。

闇が思考も支配しているようで、頭が働かない。

これが渋谷の術の最終地点なのだろうか。

それももうわからず、心がからっぽだ。







『あ!!先輩!!流れ星!!』



まぶたがぶつかりそうになった瞬間、小さく目の前が光った。


『あはは!願い事できた?』

『あ、忘れてました…』


あれは仁君とランニングしていた時、寮の前で立華に会ったときだ。


『なにお願いしたかったの?』

『いろいろありますよ~。でもそうですね…いまだったら…』


どうしていまあの時のことを思い出しているのだろう。

そういえばあの時立華はなんて言ったんだっけ。





『先輩たちが全国大会で団体優勝しますように、ですかね!』





その時、花の香りがばっとはじけた。


『…絶対、絶対勝ってきてくださいね!小鷹先輩!!』


そうだ、戻らくちゃ。

立華にとって流れ星みたいに一瞬の存在でありたくない。

立華ももう、俺たちの仲間だから。




『小鷹、立華の分も頑張ってこいよ』


夏の花のような甘い香りは海斗だ。

俺が戻らなかったら立華が仁君と戦ってるかもしれない。

それはそれで面白そうだけど、約束したからね。

勝って戻るって、それと悪口言ってくるって。



『檜原、鏡に気を付けて』


スッとした気持ちのいい香りは石井だ。

鏡に気を付けてって言われたのになぁ。

いつも石井のアドバイスには助けられてる。

いまも昔も、ひとりじゃなにもできないんだ。これからも。



『小鷹、これ狙ってたろ?』


ハーブの香りは人一倍気遣い屋の栄一郎。

彼女とおそろいの香水つけてるんだよな。

俺も奇跡使えるようになったのかなって冗談で返したけど、栄一郎の存在は俺にとって奇跡だよ。

だから起こそう。俺たちのチームワークで奇跡を。



『やっぱりお前が大将だよ、小鷹』


この香ばしい、誰もが好きな香りは啓だ。

啓がいなくちゃ、俺、きっとここまで全力になれなかった。

これからも啓が全力を出せる大将でいられるよう、はやく戻らなくちゃな。

それで見せつけようぜ、俺たちの強さをさ。



『思いっきり楽しんでこい』


りくさんはいつもスモーキーなバニラの香り。

俺たちを影に選んでくれてありがとうございます。

この御恩は一生かけて返します。

まずは優勝という形で。





立華が思い出させてくれた香りが、熱を呼び起こしてくれた。

そして熱に耐え切れなくなった空間にヒビが入る。

結界の崩壊を待てない小鷹は一気に己の熱をあげた。


「はやく戻ろう。これが最後の一撃になる」


小鷹の心の太陽は踊っていた。


「なんて楽しみなんだろうね、仁君」


戻ったら仁君にお礼を言わなくちゃ。

大切なことを思い出させてくれたこと、そしておもしろい術をかけてくれたことを。

小鷹の瞳は鮮やかに強く燃えていた。










結界が崩壊するよりはやく戻ってくると、炎獅子の爪が渋谷にもうすぐ届きそうなところだった。


「おかえり檜原。君の覚悟を聞かせてよ」


炎獅子の熱で渋谷のマスクが燃え落ちた。


「ただいま仁君。あの術かけたこと後悔しないでね」


小鷹も渋谷もいまもてる全ての異能を振り絞ったのであろう。

獅子の炎と、渋谷の光が同時にぶつかり、楓たちにはなにがおきたのかまったくわからなかった。





続く

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