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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
156/157

ー156-

小鷹先輩と渋谷先輩の姿が消えると、二人の接戦を期待していた観客たちは目で追うことができず動揺した。

私はかろうじて異能技と術が発動してるのが見えたので、先輩たちはコートにいるんだってわかるけど、でも次から次へと繰り出される技で見えた技もすぐ上書きされていく。


《ふうちゃん、先輩たち見える?》

《うん、二人とも楽しそうになにか話してるよ》

《話してる?》

《内容まではわからないけど、仁先輩が話しかけるみたい》


まぁ、小鷹先輩と渋谷先輩の仲だから模擬戦中に話してても不思議はないかと思った。


「こりゃ一進一退だな」

「代表戦になりそうだな」


音澤先輩と栄一郎君も二人の戦況が見えてるみたいで、冷静に分析しはじめた。

二人の戦闘はまさに必殺技の連発で、ほぼ互角。

技を防いで返しても、倍にして返されたり、でもそのたびに技の強度を変えたり、タイミングを変えたり、属性を変えたりとお互いに翻弄しているようだ。

どちらも全く隙がなく、むしろ少しでも長く戦いたいとお互い思っている節がありそうだと、音澤先輩が教えてくれた。


強化合宿の時同様、先輩たちの解説がないと戦況が全くわからない私。

お互いに距離をとった瞬間だけに見える表情から、ふうちゃんと音澤先輩たちの解説通り、目がキラキラしていた。


一瞬しか見えない小鷹先輩の表情に、こんなに模擬戦と楽しめるなんて、まばゆくて、かっこいいと思った。

一瞬一瞬を、全力で、本気で、勝ちに行く姿。

それは渋谷先輩しか引き出せないものだろう。


「ほら、立華、仁君の悪口でも言って隙つくってやれよ」

「え!!そ、そんなのありなの!?」

「いいねいいね!なんて言う?!」

「ばか。小鷹先輩の反則になるだろ」

「ちぇ」


心臓がバクバクするようなこと言わないでほしいよ、栄一郎君。

ふうちゃんも《見たかったな》って期待しちゃってるじゃん、もう。


「でも応援はいいだろ。な、立華」

「!!…ですね!!」


と、音澤先輩に言われてハッとした。

小鷹先輩の姿が追えなくても、見えないからって応援できないというわけではない。

見えないなら好きに応援していいんだ。

そう思ったら私はすぅっと息を大きく吸った。


「小鷹せんぱーい!!!頑張ってくださーーーい!!!!」


私の一言が会場に響くと、感化されたかのように観客席から小鷹先輩を応援する声が続々と続いた。

そして負けじと渋谷先輩を応援する声も続き、観客席でも応援合戦がはじまったかのように。

いまだかつてない光景に、小鷹先輩と渋谷先輩も攻撃をやめ、目を丸くしながら観客の声に耳を傾けた。


先輩たちの姿が見えたとばかりに、応援合戦もわっと大きくなり、私も渋谷先輩の応援に負けないように小鷹先輩頑張れと、お腹の底から叫んだ。

すると小鷹先輩がこちらを見て、目が合うと声は聞こえないけれど「あはは!」と笑ったように見えた。

そしてすぐに渋谷先輩と攻め合いはじめたので、姿が見えなくなってしまったけれど、私の目は確かに小鷹先輩の瞳が燃えているのを捉えた。


「立華の声、届いたな」

「はい!でも、観客席に負けてられません!」


観客席からの応援よりも、一番近くにいる私の声が負けてはいけないと、さっきよりもたくさん息を大きくすった。


《ねぇ、ふうちゃん。小鷹先輩の瞳、燃えてたの私の見間違い?》

《ううん、見間違いじゃないよ。陰陽師の間では、異能力の質が最高潮で、それを扱う身体の器が整ったとき、異能の全てがわかるって言われてるんだ》

《異能の全て…?》

《古い文献にそう書かれてるんだ。全ての属性につながるって信じて修行を繰り返した陰陽師もいるそうだよ》

《それってふうちゃんみたいな…ってこと?》

《俺にも、俺の中の初代もよくわからないみたいなんだ。全属性につながるって書いた陰陽師も、そう信じて修行した陰陽師も爪弾きにされてたみたいだから信憑性がないんだよね》


それに修行をした陰陽師も、修行の途中に寿命で亡くなったそうで、結局結果がないのでわからず、後を継ぐ者もいなかったみたい。

そのままその文献も忘れ去られ、陽の目をみることはなかったそう。


《でもひとつだけわかることは、いまの小鷹先輩は最高に強くなってるってことだよ》

《そうだね…!よし!私も応援頑張るぞ!》


そんなことを知ったから、上書きされている術の数々が、小鷹先輩優勢に見えて、応援に力が入る。





「延長戦、開始!!!」

「延長戦2回目、開始!!!」

「…っ延長戦3回目、開始!!!!」



しかし延長戦を繰り返しても勝敗が決することはなく、応援合戦も勢いを徐々に失っていった。

大会ルールでは大将戦は延長戦3回目まで行われ、それでも勝敗が決まらなければ、各チームから代表を選手し、時間無制限の代表戦が行われる。

すでに延長戦3回目をむかえたことも、大会歴史上、類に見ないことで、誰もが代表戦を覚悟した。


そして予想通り延長戦3回目も引き分けとなり、小鷹先輩と渋谷先輩は代表選出のためいったん選手席に戻ってきた。


「お前、眼、どうした?!」

「眼?なにが?」

「いいから鏡みてみろ!」


と、慌てる波川先輩に言われて鏡を渡すと「わ!赤っ!燃えるみたい!」と、驚き笑った。


「なんともないん?」

「うん、むしろ調子いいくらいだよ」

「りく先、ほんと?」

「あぁ、問題ない」


りく先生は詳しく説明しなかったけれど、先輩たちもほっとしたようだった。


「なら小鷹で決まりでしょ」

「あっちも仁君だろうしな」

「小鷹、出たいでしょ?」

「うん、みんながいいなら」


そう言って決をとった先輩たちだけど、小鷹先輩が代表になることに誰も反対者はいなかった。


「ありがとう、みんな」

「こっから時間は無制限だ。治療と強化は充分にしていけよ」

「うん、ってことで立華、お願いできる?」

「はい!もちろんです!」


代表を決めるまで10分間の時間が与えられており、その間治療や強化することも可能だ。

まずはたくさん消費したであろう異能力の回復をしようと小鷹先輩の手にふると、不思議なことに異能力で満ち溢れていて、回復する必要性がなかった。


「ははっ、なんでか使えば使うほど体の中からどんどん湧いてくるんだ」

「へー、そんなことある?」

「俺もはじめてだからわかんない。結界もまったく傷ついてないし、強化力もすごいんだ」

「なにそれ、最強じゃん」


異能力の質が最高潮な状態な小鷹先輩の異能は、本当に鮮やかに燃えていて、ちょっと感動しちゃうくらいだった。


「だからさ、立華にあの技、お願いしたいんだ」

「あの技?どの技ですか?」

「…体育祭の花束にかけた技。あれがいいんだ」


意外な注文だった。

あの技はお花たちを元気にする技で、元気の最高潮な小鷹先輩に必要とは思えなかったから。

でもうれしかった。

元気にする技は、私が自分で最初に見つけた異能力で、治療に役立てたいと練習していた私に、小鷹先輩が何度も練習台になってくれたものだから。


「あの時の花束、すごく長持ちしたよ」

「ふふ、よかったです!小鷹先輩がいっぱい教えてくれた技ですから!」


小鷹先輩に元気にする異能を流しはじめると、あの時の花束のように甘くて暖かいお花の香りが広がった。

小鷹先輩の持つ太陽の光に喜んでいるように、ぽんぽんと小花の香りがはじける。

夏の花のように甘い香りや、清涼感のあるスッとした香り、じんわり優しいハーブの香り、ポップコーンのような香ばしい香り、石鹸のかわいい香り、大人っぽいバニラの香り、つい嗅ぎたくなるような油の香り、お日様をたっぷりあびた暖かい香り…。


「うわ、めっちゃいい匂い」

「これ、なんの花の匂いだ?」

「知らないけど、なんかいいな、こういうの」


小花が先輩たちの周りでぽんぽんはじけると、たくさんの香りが広がる。

なんだか先輩たちの香りみたいで、もしかしたら小鷹先輩の最高潮の異能に触発されて、小鷹先輩の大事な人たちの花が咲いてるのかな、なんて思った。

だって私だけの異能では、こんなことなかったもの。

りく先生も少し驚いた顔をしていたけれど、すぐにおだやかな顔になった。


もし、この技を通じて小鷹先輩の核に届くなら。

小鷹先輩の願いが叶うよう、力を貸してください。

小鷹先輩を笑顔にしてください。

そのためにどうか、元気になあれ、元気になあれ、と私は異能力を流した。



「…ありがとう、立華。いい技になったね」

「ありがとうございます。小鷹先輩のおかげですよ」


すると小鷹先輩はすっと立ち上がり、一人一人の拳をあわせはじめた。

もちろん私とも。


「小鷹先輩、いっぱい楽しんで、絶対勝って戻ってきてください!」

「もちろん。立華の応援も、楽しみにしてるからね」


そう約束した小鷹先輩の瞳は、さっきよりも鮮やかに燃えていて綺麗だった。





コート前に小鷹先輩と渋谷先輩がそろうと、ざわついていた観客席もすっと静まり返った。

このわずかな間に最後の応援合戦のためと、太鼓や楽器が準備されていて、誰がどこから用意したのかと波川先輩たちと驚いた。

これは私も本気を出さなければいけない。


「これより代表戦を開始します。代表戦は勝敗が決するまで時間無制限です。よろしいですね?」

「はい」

「…はい」

「それでは両者、コートへ」


審判からルールの確認が終わると、小鷹先輩と渋谷先輩はすっと同時にコートへ足を踏み入れた。





ドクン  ドクン  ドクン



緊張の心臓の音がうるさい。

先輩たちにも聞こえてしまいそうで。

でもこれは私だけの音なのか、先輩たちの音なのか、観客席の音なのか、もうわからないくらい。




「男子決勝、代表戦ー開始っ!!!!!」


審判の合図とともに、観客席からは北都の校歌と、東都の校歌が響く。

男子校時代から受け継がれた校歌は、太鼓の音とともに力強さを増し、トランペットとスネアドラムに合わせて聞こえる東都の校歌は付け入るすきがないほどリズムが一致している。

《東都が一致団結してるの、はじめてかも》と、ふうちゃんが言うくらい。


「頑張ってください!!小鷹先輩ー!!」


私も太鼓に負けじと声をはりあげる。


「いまのいいとこだったぞ小鷹ーー!!」

「小鷹おしてるぞ!!」

「おしい!小鷹いける!!」

「いい調子だよ、檜原!!」


先輩たちも応援合戦に参加して、小鷹先輩と渋谷先輩の戦況は相変わらず見えないけれど


「小鷹先輩いいとこですよ!!」

「小鷹先輩なら絶対いけます!!」

「いい調子ですよ小鷹先輩ー!!」


と、私も先輩たちの真似をしてみたら、目の前に小鷹先輩の技が見えたとき、一瞬だけ笑っていたような気がした。


でも小鷹先輩が笑っちゃうのもわかる気がする。

こんな応援合戦がおこるなんて大会史上初めてだろう。

それはきっと、私たちの楽しむ作戦がチームの枠を超えて、会場全体を巻き込んだからだと思う。

小鷹先輩のカリスマ性だけじゃなくて、みんなでつないで、みんなでつくりあげたこの戦況。

必ず小鷹先輩に味方する、そう思える。





「すごいことになったね、檜原」

「ほんとだね。すごいでしょ、うちのチーム」

「正直、油断してた」

「そしたら俺たちの作戦勝ちだね」

「それはどうかな」


時間無制限の代表戦がはじまってから、一向に出し惜しみなく技が繰り広げている。

でも間合いをとる時に見える二人の顔からは、少しも疲れを感じさせない。

なんだか永遠に戦っていられそうなくらいに。


「ねぇ檜原、迷ってるでしょ」

「なんのこと?」

「進学のことだよ。なんで迷う必要あるの?」

「…仁君、よく見てるね」

「東都大のほうが学べる分野も広いし、講師陣の質も高い。こっちにきたら陰陽省の仕事にも関われる。檜原なら即決すると思ってたけど?」

「そうだね…」


音澤先輩たちの応援も一瞬間があいた。

渋谷先輩のきらっと光る技が小鷹先輩の炎を飲み込んだのが私にもみえた。

東都側のほうから歓声があがったので、見間違いではないだろう。

小鷹先輩がおされはじめた。

私は不安をぐっと飲み込んで、小鷹先輩に届くように「小鷹先輩!大丈夫です!!大丈夫です!!!」と叫んだ。


「もしかして迷ってる理由って彼女のこと?彼女のことが気がかりなら、心配しなくても彼女も東都大にくるだろう」

「そういうわけじゃないよ。東都に行くのと同じくらい大事なものが、北都にはたくさんあるからね」


すると小鷹先輩の炎が渋谷先輩の足元から燃え上がり、渋谷先輩の姿が映し出された。

私は「やった!」っと、思わず小さく飛び跳ねたけれど、すぐに渋谷先輩は炎から抜け出したみたい。

でも小鷹先輩が押し返したことに、拳を握った。


「檜原、俺は檜原を誘ってるんだけど?」

「ふふ、わかってるよ」

「強くなりたいのなら迷うことある?」


間合いととった渋谷先輩は、まだ着地できていない小鷹先輩にむかって放射状に光を放った。

小鷹先輩は空間をうまく使い、なんとか逃げ切っているが、渋谷先輩は逃がしてくれない。

手に汗握る展開だけど、不安な顔は絶対にしない。

小鷹先輩なら、絶対なんとかできるから。


「…っ!!」

「じゃあさ、賭けようよ。俺が勝ったら檜原は東都大にくる。檜原が勝ったら好きに選べばいい」

「仁君、そんなに俺のこと好きなの…?」

「あぁ。研究させてほしいね、檜原の強さを」


渋谷先輩の放つ光が変形して小鷹先輩を追いかける。

小鷹先輩も逃げながら渋谷先輩に攻め込んでいるけれど、そのたびに光が変形してなかなか近づけない。


「俺、けっこう普通だよ?仁君、がっかりしない?」

「しないね。檜原は普通ってなにか、勉強し直したほうがいいよ」

「手厳しいなぁ、仁君は」


渋谷先輩から距離をとるように着地した小鷹先輩は、襲い掛かる光にむかって指をならすと一気に燃え上がり、じりじりと灰になっていった。

これで形勢逆転。

小鷹先輩にまたチャンスがやってきた。

私は先輩たちと一緒に「いけます!!小鷹先輩ならいけます!!」と何度も応援した。


「檜原、最後にもう一度言う。東都大に行こう」

「…ありがとう、仁君」


距離をとったまま動かない二人。

「あの二人、なに話してんだろ」と、栄一郎君がつぶやいた。


「でもごめん。まだ考えさせて」

「…はぁ。檜原も頑固だね。なら俺が決めてあげる」

「仁君のことは好きだけど、そういうわけにはいかないよ」


小鷹先輩の背後から炎でできた大きな獅子があらわれた。

燃え盛る毛並みはとても美しく、渋谷先輩をとらえたままゆらっと動くたびに火花が綺麗に咲いた。

その美しさに、観客席の応援合戦もやみ、みなその光景に魅入っていた。


「あぁ…やっぱり檜原は最高だよ」


私もつい魅入ってしまって、言葉を失ってしまった。

すると波川先輩が「…これで最後にするつもりだ」と、静かに口にした。

そして小鷹先輩が指をならすと、炎の獅子が渋谷先輩めがけて鋭い爪をふりあげた。


「でも、そういう迷いが、負けるんだよ」


その時、小鷹先輩の目の前に一枚の丸い鏡があらわれた。

小鷹先輩も誰も気付かないほど、いつから仕掛けられていたのかわからないほど、静かに。

「鏡に気を付けて」と、石井先輩が小鷹先輩に告げていたのを、なぜいま思い出してしまったのだろう。


「ー!!」

「さて、檜原は戻ってこれるかな?」


小鷹先輩が鏡の中に消えてしまうなんて。




続く

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