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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
155/157

ー155-

副将戦の時間が近づいてきたのがわかると、ふうちゃんはそっと私を離して優しく口を開いた。


「…えでか、それはもう言ってるのと同じだよ」

「うん…」

「でもだめなんだよね?」

「うん…」

「えでかの頑固」

「ごめん…」


むぅっと口を膨らませたふうちゃん。

そのかわいいふうちゃんを見たら、あんな私を知っても気持ちは変わらないでいてくれることにほっとした。


「約束通り今日までは我慢するけど、でもこれ以上無理したら力づくでもとめるからね?」

「うん…ありがとう、ふうちゃん」


そして頑固でごめんなさい。

どうしても首をたてにふるのも心がざわざわしてできなかった。

それは呪いとは別の本能のようなざわつきだったから。


「もう、頑固なえでかもかわいいんだからね」

「…そう言ってくれるのはふうちゃんだけだよ」

「俺しか言わせないし聞かせない知らせない」

「ふふ、なにそれ」


真面目な顔してるのにふうちゃんの鼻の穴がふくらんだのがおかしくて、自然と笑みが出ると、さっきまでのざわつきも、呪いの重さも軽くなった。


「そろそろ戻ろう、ふうちゃん。音澤先輩の模擬戦、はじまっちゃう!」

「うん、俺は結界に戻るけど、一番近くにいるからね」

「うん、ありがとう、ふうちゃん」


会場の扉をあけると、ふうちゃんは香りだけ残して結界へ戻っていった。


「立華!よかった、無事だったんだな!」

「え?は、はい…」


会場に戻るやいなや、先輩たちがわっと集まってきて壁ができた。


「戻ってくるの遅いなって話してたらトラブルがあったってアナウンスがあって」

「もしかして立華が巻き込まれてたんじゃって」

「いまから探しにいくとこだったんだ」

「悪い立華、翔が財布落としていかなければ…いや、俺が控室にお願いしなければよかったんだ。悪かった」


と、次々に先輩たちの壁が動くので、なんとか先輩たちの心配を減らそうと頭をめぐらせた。

とくにこれから出番の音澤先輩と小鷹先輩にいらぬ心配させたくない。


「え、えっと遅くなってしまってすみません!!全然、あの、トラブルなんかじゃなくて、えっとついでに治療器具の整理をしてて…!!なので、ほんと、トラブルじゃないので安心してください!」


と、頭を回したけれど、少し苦しかったのだろうか。

先輩たちがじーーっと見つめてくるので、頭がぐるぐるまわりそう。


「・・・まぁ、立華がそういうなら」

「ほんとにトラブルだったら戻ってこれねぇか」

「そ、そうですよ!さささ!戻りましょ戻りましょ!」


なんとか先輩たちの包囲網を抜け出せた私は、栄一郎君と波川先輩の背中を押して、待機席に足を進ませた。


「あ、音澤先輩!お財布、かばんの横に置いておきましたので!」

「あぁ、ありがとう、立華」


にこっと微笑む音澤先輩。

本番前の音澤先輩の心配事をなくせたようでほっとしたので、待機席に戻ろうとすると、音澤先輩に呼び止められた。


「どうしました?音澤先輩」

「立華、ああいうときは心配させとけ」

「へ?!」

「なにがあったのか知らないけど、あんまり無理はするな」

「え・・・えっと・・・・・・はい…すみません」


ほっとしたのもつかの間、音澤先輩には見抜かれてしまっていた。

これから出番なのに申し訳なさすぎて、視線がさがる。


「違う違う。謝らなくていい。みんな心配すんのはさ、立華にはいつも世話になってるから先輩面したいんだってこと」

「そうなんですか…?私のほうがいつもお世話になってるのに…」

「海斗なんてとくにな。さっきに真っ先に探しに出ていこうとしてたしな」

「ふふ、想像できます」


波川先輩のおさるさんみたいに、きっと驚く方法で探しにきてくれたかもしれないと思うと、ちょっとだけ見たいなと思った。

すると音澤先輩を呼ぶアナウンスが鳴った。


「俺も後輩の面倒見るのは性にあってて好きなんだ。だからと言っちゃなんだが、先輩らしいとこ見ててくれよな」


そう言ってコートに向かっていった音澤先輩。

音澤先輩にはもしかしてさっきの出来事、全部見えてたのかな。

もしかしてふうちゃんの気持ち、知ってたのかなと、なんとなく思ってしまった。

私、ふうちゃんに心配かけていいのかなって。


《音澤先輩にいいところとられちゃったな》と、ふうちゃんは笑っていた。

きっとあとは私の気持ち次第なのかもしれない。






副将戦も同属性の模擬戦。

小鷹先輩の情報によると、東都の副将は戦闘倶楽部部長のようで、渋谷先輩が一番戦力を注いだところで、一番落としたいのが音澤先輩らしい。

チームの大黒柱のような存在の音澤先輩。

そんな音澤先輩を落とせたら、チーム全体の戦力も大将戦への士気も下がると考えているそうだ。

でも渋谷先輩の分析は確かにその通りで「大将の小鷹先輩に倒したければ、俺を倒していけ」というセリフが似合うところがある。

そしてそれを裏切らない目の前の光景は、稲妻がぶつかりあっていて、まるで北都には一歩も近づきさせないようだ。


「立華、ほんとは巻き込まれてたんでしょ?」

「…やっぱりバレバレでした…?」

「まぁ…ギリギリ海斗は騙せたかな」

「うっ…すみません…」


まさか音澤先輩だけでなく、みんなにバレていたなんて…。

もう嘘つくのはやめようと思うのと同時に、苦手だから嘘はつかないくていいように音澤先輩が気をきかせてくれたのかなと思った。


「でもおかげで啓の火がついたって感じかな」


私は小鷹先輩の言ってる意味がよくわからなかった。

だって私にはいつも火がついていないようには見えないから。


「啓って面倒見いいでしょ?実は後輩から一番相談が多いのって啓なんだよ。だから俺は啓を部長に推薦してたくらい」

「え!そうだったんですか!?意外でした…」

「でしょ?でも洋介先輩と啓に説得されたんだ。最初は納得できなくて洋介先輩に何度も考え直してもらうように直談判したんだ。けど啓の実力が一番発揮されるのは、後ろにお前がいるときだって言われたんだ。そしたら受けるしかないよね」


そんな経緯があったなんて思いもしなかった。

なにより意外だったのは、小鷹先輩が洋介先輩に直談判したことだけど。


「副将って、前3人が負けてチームも負けて出番がくるときがある。そういうとき、このチームはやっぱり弱かったって思われたくないんだよね。だからチームのプライドを守るために、啓は一番強いんだ」

「そうですね…先輩たちが3年生になってから負けて音澤先輩の出番に回ることなんてなかったですけど、音澤先輩の出番で流れが変わったり、小鷹先輩が戦いやすくなること多かったですもんね」

「よく覚えてるね、立華」

「ずっと応援してましたから!」

「あはは、そうだね。だから立華もいるこのチームのプライドを守るために、啓の火がついたんだよ」

「…ありがとう、ございます…」


じんわり、じんわり、一線の境目が消えていく。

音澤先輩はいま、うちのメンバーに手を出すなと見せつけるために戦っていると、小鷹先輩が教えてくれた。

こんなに素敵な先輩たちに恵まれていいんだろうか。

私になにが返せるだろうか。

いまはもう、どうか音澤先輩が笑顔で戻ってこれるように、そしてみんなで優勝できますようにと祈ることしか思いつかない。





馬の形をした雷獣を使役しながら稲妻を潜り抜け、東都生の首にかみついたところで時間切れがきてしまい、引き分けとなった。

会場から「いまので引き分けはおかしい」「時間をごまかしたのでは」と声もあがったが、りく先生も東都の先生も異議なしとして判定を受け入れた。

東都の観客席からはほっとした安堵の声が漏れ、北都側からは残念そうな声が聞こえた。


「りく先、俺は気にしてない。雷獣を呼ぶまで異能を溜めるのに時間がかかったせいだから」

「…わかってるならいい。でも一番肝心なこと忘れてないよな?」

「はい。相手の首にかみついた時のあの表情がみれて、楽しかったです」

「上出来だ」


音澤先輩のその言葉をきいて、きっとチームをなめていたことを後悔した顔だったんだろうなってことが伝わって、目があった小鷹先輩とふふって笑いあった。





「さて、これが本当に大将戦だな。小鷹、準備はいいか?」

「はい、いつでも大丈夫です」


会場からの緊張感が伝わって、心臓がバクバク緊張の音を立てている。

泣いても笑っても先輩たちの団体戦はこれで最後、小鷹先輩にかかっている。

もちろん笑うことしか望んでいないが、はじめての場面に緊張しないはずはなく、足の感覚がなくなりそうだ。

小鷹先輩とりく先生たちがなにか話しているけれど、呼吸をすることでいっぱいいっぱい。


「あはは、なんで立華が緊張してるの」

「うぐ…すみません…」

「じゃぁ、立華かわりに仁君と模擬戦してくる?」

「なっなんでですか!?嫌です嫌です!!」


想像しただけで心臓が口から出そう。

なんで急にそんな意地悪を言うのかと、小鷹先輩に抗議するかのように必死に首を横にふった。

すると話を聞いていた波川先輩と栄一郎君も悪ノリをしはじめる。


「あ、いいじゃんそれ!仁君もびっくりして技でないかもよ?!」

「仁君の悪口でも言ってこいよ!」

「嫌です!悪口も言えない!」

「そりゃいい。仁君の悪口言って優勝か。おもしろいな」

「もう音澤先輩まで!嫌ですし、出ませんよ!?小鷹先輩じゃないとだめです!!小鷹先輩が勝って優勝するんですっ!!!」


と、声を荒げたとき、ふっと小鷹先輩が笑った。


「ありがとう、立華。それが聞きたかった」


そう言って笑う小鷹先輩の瞳が、照明の反射なのか、少し赤く燃えているようにみえた。


「よかったな、立華。お前、出なくてよくて」

「あっ当たり前ですよ!」


波川先輩にからかわれて視線をそらしてしまったけれど、私の見間違いかなと思って、もう一度小鷹先輩の瞳をみたらいつもの茶色い瞳だった。

やっぱり見間違いだったかもと思っていると、小鷹先輩が右手拳を出した。


「小鷹、立華の分も頑張ってこいよ」

「そうだね、なにか悪口言ってくるよ」


いつものルーティンがはじまったのに、また波川先輩は私をからかう。


「檜原、鏡に気を付けて」

「石井のアドバイスにはいつも助けられてるな、ありがとう」


鏡の術が得意だとふうちゃんから聞いていた。

合同合宿の際の模擬戦では、ふたりがはやすぎて、いつ鏡の術を使ったかわからなかった。

でも小鷹先輩だって鏡の術は負けていない。


「小鷹、これ狙ってたろ?」

「俺も奇跡使えるようになったのかな?」


もちろん狙っていたわけではないようだけど、でも小鷹先輩はすごく楽しみだと笑った。


「やっぱりお前が大将だよ、小鷹」

「啓に守ってもらえて俺は幸せだね」


さっき二人の話を小鷹先輩から聞いていたから、信頼している音澤先輩が守っていたのが自分であることに誇りを感じているように聞こえた。


「りく先生もなにかください」

「思いっきり楽しんでこい」

「はい」


りく先生も小鷹先輩に拳をコツンとあわせると、私の目の前に小鷹先輩の拳がやってきた。


「立華、いつものちょうだい」

「…絶対、絶対勝ってきてくださいね!小鷹先輩!!」

「ふははっ!任せて!」


あれが小鷹先輩のいう『いつもの』だったのかわからない。

でも小鷹先輩の拳を前にしたら、自然とその言葉しか浮かんでこなかった。

私が小鷹先輩に勝ってくださいとお願いして、勝てずに戻ってきたことは今まで一度もないから。


さっきまであんなに緊張していたのに不思議。

先輩たちがからかってくれたおかげで、いまはみんなで優勝の時を待つのが楽しみだ。





「これより男子大将戦をはじめます。ーー北都Aチーム、檜原小鷹選手!!」


小鷹先輩がコートに入ると、会場からは割れるような歓声と拍手がわきあがった。

これだけの音、北都だけの量ではない。

波川先輩、石井先輩、栄一郎君、音澤先輩がつなぎ、小鷹先輩が惹きつけられたものだ。

とても重量のあるこの歓声は並大抵の人では押しつぶされてしまうのに、小鷹先輩には力になる。

小鷹先輩の勝利しか、考えられなくなるほどに。


「東都Aチーム、渋谷仁選手!!」


渋谷先輩にむけられた歓声と拍手もとても重いものだ。

なのに重さを感じさせないのは、渋谷先輩には必要のないものだからだ。

だからいつも通りに勝つだろうと思わせる圧がある。

小鷹先輩じゃなかったら、辞退してしまうほどの圧が。


「ー模擬戦、開始!!」


審判が開始の合図を出すと、小鷹先輩と渋谷先輩の姿が一瞬で消えた。




続く


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