ー154-
「わりぃ、引き分けだった」
鎧が解けた栄一郎君は額に汗をかきながら戻ってきた。
神具と伝承の武士の力を借りた栄一郎君の模擬戦は、延長の末勝敗が決まらず引き分けとなった。
「いや、栄一郎じゃなきゃ神具の相手はできなかったから助かったよ」
「栄一郎~、あの技も完成してたんだな」
「あぁ、やっと完成できて楽しかったわ」
そう言ってかすかに大堀神社の香りを残す栄一郎君は、伝承の武士の生き方を考えたら時間が足りなかったと言った。
土地の記憶によると、伝承の武士は数々の戦闘の連続で動くのが不思議なほどの重症を負っていたのだそう。
しかし死闘を繰り広げ、愛する人から受け取ったお守りの中に二人の思い出の楠の葉があり、それが最期の力になり鬼を討つことができた。
大堀神社にある御神木は、武士の異能と愛する人のお守りが合わさったものだと、栄一郎君は教えてくれた。
「だから勝つには逆境が足りなかったな」と、笑っていた。
『愛する人』はまるで足りてると言っているようで、私はやっと録画ボタンを押した。
「はい、栄一郎君」
「いまのも撮ってたのか!?」
「うん。だってかっこいいところ、真紀ちゃんに見てほしいじゃん」
「~~~・・・さんきゅな」
「ふふふ。真紀ちゃんの反応楽しみだね!」
ほんとはただ、栄一郎君の模擬戦に圧倒されて録画終了するの忘れてただけなんだけど、でも真紀ちゃんがよろこびそうなところも撮影できて満足満足。
「続いての副将戦ですが、コートの結界整備に少々時間がかかっております。そのため20分後の開始とさせていただきます。繰り返します。続いての~・・・」
と、アナウンスがあり、栄一郎君がつくった亀裂は奥深くまで続いているみたい。
「…少し時間あるね。啓どうする?立華に追加で結界かけておいてもらう?」
「いや、さっきので充分。完璧だよ、ありがとな立華」
「!!い、いえ…」
音澤先輩に褒められると、なぜかすごく褒められた気分になるんだよね。
音澤先輩のもつ包容力なのだろうか。
そのときふっと足元に風があたって、後ろを振り返ると、近くの扉からこそっと顔を覗かせている人物がいた。
見覚えのあるその人物は音澤先輩の弟で、私が気づいたことに気づくと手招かれた。
近づくと音澤先輩を呼ぶよう頼まれたので、先輩たちの輪の中にいる音澤先輩に弟さんが来てることを告げた。
「翔!?ばっか!!ここ選手以外立ち入り禁止だろ!?」
「だ、だって直接頑張ってって言いたくて・・・」
慌てて弟さんのもとにむかった音澤先輩は、選手以外立ち入り禁止なのにやってきたことに怒っていた。
けれど声をきくかぎり全然怖くなかった。
「あいつ、ああ見えてブラコンだからな」と、波川先輩が教えてくれて、音澤先輩の面倒見がいい謎がとけた。
しかも先輩たちが泊まり込みでバンド練習をした日、寝ぼけて波川先輩の頭をなでたときいて、きっと音澤先輩に褒められてうれしいのは、音澤先輩がブラコンだからなのだろうと納得した。
因果関係はないけれど、もうそれ以外理由が思いつかない。
しばらく弟と話し込んた音澤先輩は、やれやれといった感じで戻ってきたけれど、目元は優しくゆるんでいた。
「なんか…身内だって言ったら見張りが特別に通してくれたらしい…」
「あいつ、顔がいいもんなー」
「すでに顔が武器ってわかってるよな」
「ははは…末恐ろしいね」
男らしいかっこよさを持った音澤先輩とは逆に、きゅるっとしたかわいらしい弟だったなと思う。
波川先輩は「天性の魔性」と呼ぶ音澤先輩の弟が、来年入学してくる。
小鷹先輩たち、イケメン4人組が卒業して悲しみに暮れる人たちにとって、もしかしたら欠けた穴を埋めるアイドルになるのかもと、怖い想像をしてしまった。
「…あれ?これ…お財布?」
ちょうど音澤先輩の弟がのぞいた扉近くになにか落ちているのに気づき、手にすると青い小さなお財布だった。
「あ!悪い立華…それ翔のだ…」
「そうなんですね!じゃぁ、私、届けてきますよ」
「いや、大丈夫だ。俺が持っていくから、控室にあるかばんに入れておいてもらえるか?」
「わかりました!行ってきます!」
りく先生に「ひとりで行くな!」と言われたけれど、すでに扉の前まできてたので、ふうちゃんがいるから大丈夫ですよと伝わるように、りく先生に手をふって控室まで走った。
控室にはもちろん誰もおらず、迷わず音澤先輩のロッカーをあけ、お財布を置いた。
《お待たせふうちゃん、会場戻ろう》
《なら気を付けて戻ろうね》
《うん!》
ふうちゃんには気を付けてと言われたけれど、会場と控室は目の前だ。
なにを気を付ければいいのかわからないまま、控室の扉をあけた。
すると甲高い女子の声が聞こえた。
「そこのあなた。北都の1年生かしら?」
「え?」
その瞬間、どうして気を付けなかったのか後悔した。
取り巻きをつれたその女子は北都にはいないタイプの東都生で、見るからに高貴そうな身なりだ。
しかしなぜ北都の選手以外立ち入り禁止の控室前にいるのか、わからず、すぐに会場に走れるそう身構えた。
《えでか、こいつの話は聞かなくていい。兄ちゃん呼んだからはやく会場に戻ろう》
《う、うん・・・》
1年生に見えるということは、私に悪意があるということ。
穏便にこの場をすぐに離れたい。
「…すみません、もうすぐ模擬戦がはじまるので、失礼します」
そう頭をさげて会場に向かおうとするが、取り巻きに立ちふさがれてしまい、ふうちゃんが舌打ちするのがわかった。
「お待ちなさい。わたくしの質問に答えれば通してあげます」
「質問・・・ですか?」
「えぇ簡単な質問です。北都に水樹さんとお付き合いされてる方がいるようですが、ご存じ?」
「えっと」
「どうやらAチームのサポートしてるようなんですけど、一向に出会えませんの。ですのでご存じでしたら呼んでいただいでも?」
私はすぐに答えられずにいると、取り巻きたちが「白鷺院様のお手を煩わせないで!」「白鷺院様がおっしゃっているでしょう!」と矢継ぎ早に責めたてる。
「皆様、静かに。それで、ご存知ですわよね?呼んできていただけますでしょう?」
白鷺院という人の一声で、甲高い声が響き渡っていた廊下がすっと静まりかえった。
《えでか、力づくで押し通ろう。…えでか?》
ふうちゃんは二人くらい力づくでどかすくらいなら力を貸せるからって言うけれど、私はなぜか白鷺院という人が私のなんの用があるのか気になった。
「・・・ここ、北都選手以外立ち入り禁止ですよ」
「あぁ、それでしたら父の口添えで簡単に通してくださいましたの。ですからご安心なさって?」
「先輩ならチームにいます。どういった件ですか?」
「彼女と少しお話したくて。水樹さんに相応しくないのでお別れしたほうがいいと」
「どうしてですか?」
「彼女、草花属性なんでしょう?二属性の彼とつり合いませんわ。彼はこれから陰陽省、異能力者たちの希望で背負っていくのですから。私のような政界に力がないと。きっとお付き合いされていても落差に悩むでしょう?だからいまのうちにお別れしたほうがよいとアドバイスを」
怒りで目の前が暗くなった。
身体の奥からマグマが湧いて、全身をドクンドクンとめぐりはじめる。
「・・・・・・に」
「は?いま、なんと?」
「・・・なにも知らないくせに」
いまの低い声は私の声なのだろか。
喉が焼けるようにあつくて、本当に焼けてしまったのかもしれない。
「な、なんなんですのあなた!失礼でしてよ!」
「どっちが?!彼の肩書しかみてないくせに、プライベートに口出しして!!属性のことでどれだけ努力してきたのかなんて知らないくせに!!」
「あなた!!白鷺院様になんて口の利き方!!!」
「あやまりなさい!!!」
取り巻きの手が頬をめがけて飛んでくるのが見えたとき、私の中に黒い夜花が見えた。
「ぎゃっ・・・!!!」
「そこまでだ、白鷺院」
「・・・水樹先生」
頬の衝撃がなく、お兄さんの声にハッとすると、取り巻きの手首が見たことない方向に曲がっていた。
「ここは北都の選手以外立ち入り禁止だ。それに水樹家に関わるなと、散々申し入れたはずだが?」
「・・・わ、わたくしは水樹家ではなく、北都の方に用があってきましたのよ」
「君たちの目的である彼女はすでに水樹家だ。例え彼女が会話を望んでも、水樹家が許さない」
「・・・っ」
視界にはお兄さんの戦闘服の白さと、櫻子お姉さんの香りがする。
そして遠くなっていたふうちゃんの声がして、黒い夜花が枯れていくのがわかった。
《えでか、大丈夫!?》
《・・・ごめん、ふうちゃん。ちゃんと気を付けられなかった…》
《ううん、俺がもっとはやくこいつらの気配に気づいてたらよかったんだ。ごめんね、えでか》
違う、ふうちゃんは悪くない。
本当は私が悪いのにふうちゃんが優しくあやまるから、涙がこぼれてくる。
お兄さんがさっと戦闘服のマントを広げてくれたのに、白鷺院という人たちに隠れるように涙をふいた。
「このことは白鷺院にも報告する。白鷺院の立場もないものを思え」
「そんなっ!!」
「連れていけ」
そう言うと、陰陽省の制服を着た人たちが取り巻きと白鷺院という人を取り押さえ、叫び声もあげられないまま結界の中へ消えていった。
「大雅、出てきていい」
「えでか!!」
「ふうちゃん・・・」
お兄さんがパチンと指をならすと、空間の中からふうちゃんがあらわれて、お兄さんの目があるのにもぎゅっと強く抱きしめてくれた。
「えでかちゃん、大丈夫だったかい?」
「は、はい…ご迷惑をおかけしてすみません…」
「迷惑なんかじゃないよ。悪いのは白鷺院たちだから。それに大雅がついていながら接触させてしまった。ごめんね」
「い、いえ!!ふうちゃんはずっと気をつけるように言ってくれたり、守ってくれてました。でも…私が相手しちゃったんです…」
そう、ふうちゃんは悪くない。
りく先生の言う通り一人で行かなければよかった。
控室にでるとき、もっと気を付ければよかった。
でも気を付け方を知らなかった。
白鷺院という人の話をきかなければよかった。
ふうちゃんの力をかりて、力づくで会場に逃げ込めばよかった。
でも許せなかった。
ふうちゃんのことを『二属性』でしか見てないことに。
属性のことでどれだけ苦しんで、どれだけ努力してるのかも。
でももっと許せないのが、きっと鬼神のことを知らなかったら、もし私に異能がなかったら、無邪気に「ふうちゃん、すごいね!」って笑ってる私がいたこと。
私も白鷺院という人や、茨木先輩となにも変わらないことに気づいてしまった。
だから許せなかった。
白鷺院という皮をかぶった、私に。
ふうちゃんをつかむ手が震えている。
怖くなったのかもしれない。
ふうちゃんにこんな自分を知られてしまったことに。
「・・・会場にはもう少したってから戻ったほうがいいね。副将戦まで時間つくるから、ゆっくり落ち着いたら戻りなさい」
「ありがとうございます…」
「えでかちゃんが会場に戻るとき、お前も結界に戻りなさい」
「うん、ありがとう、兄ちゃん」
音もなく、お兄さんの気配が消え、廊下には私とふうちゃん二人だけ。
すると「副将戦開始時刻についてのお知らせです。さきほど会場にてトラブルが発生し、すでに対応済みですが結界層のメンテナンスのためいましばらくお待ちください」と、アナウンスが鳴った。
お兄さんがすぐに時間を調整してくれたのだろう。
ずっと黙ったままのふうちゃんに、恐る恐る口を開いた。
「ふうちゃん…ごめ」
「えでか、俺、まだ我慢しなくちゃだめ?」
「ふうちゃん…?」
「俺、えでかのこと助けたいよ…」
私を抱きしめる腕が強くなり、ふうちゃんの声が震えている。
あぁ、私はなんて酷なことを大好きなふうちゃんにさせてしまってるのだろう。
でもーーー
「わからないの…どうして口にできないのか…」
もう自分ではどうすることもできない私がいる。
それはわかってる。
でもどうしても口にすることができない。魔法でも伝えることができない。
自分で今日まで頑張りたいからなのかすら、もうわからない。
たった4文字なのに。
「大好きは言えるのに…同じ4文字なのに、言おうとすると声が出ないの」
だから「頑張る」で誤魔化してしまう。
まるでもう一人の私が呪いをかけたかのように。
続く




