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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
153/157

ー153-

波川先輩の勝利で先鋒戦が終わると、波川先輩は真っ先に私にむかってきた。


「立華!どうだった!?びっくりしたー!?」

「おめでとうございます、波川先輩!もちろんいっぱいびっくりしましたよ!おさるさんの術、はじめてみました。かわいくておもしろいのに、とってもすごかったです!!」


東都生の顔がおさるさんになって私の腹筋が崩壊したあと、水でできたおさるさんたちは色を変え、次々に東都生へ襲い掛かった。

すると足元がおぼつかない中、対抗しようとしたが技が出現せず、たちまち戦闘服が焼け丸裸になってしまい、模擬戦続行不能になってしまったのだ。

どんな属性技も通さないと言われている戦闘服が燃えたことに、おさるさんたちの笑いモードだった会場も息をのんでいた。


「あのおさるさんたちには異能力を奪う術とか、いろんな術を持たせてたってことですか?」

「そうそう。即興だったけどうまくいってよかったわ!」

「即興だったんですか!?即興でどうやって燃やせたんですか…」

「ほんとに燃やしたわけじゃねぇよ?火は演出だし、ただ透明にしただけなもんだよ」


波川先輩によるとあのおさるさんたちは波川先輩の式神で、身体の水分を奪い、血液の性質を変え判断力を落とし異能技を出せなくしたり、水の屈折を応用した術で戦闘服や下着を透明化させ、まるで燃えているかのように炎を演出したのだと。


「仁君にも言ってないけど、俺って海系の水属性って思われてるけど実はちげぇの。ほんとはあらゆる水質を変える属性なんだよ」

「そ、そうだったんですか!?知らなかったです…!」

「でも海斗、頭が足りなくて大雑把に水属性の技いろいろ試してたら海系って思われてんの」

「う、うるせぇな啓…」


つい笑ってしまったけれど、それでも即興でここまでできるなんて、本当に波川先輩には驚かされる。


「ま、パンツだけは残してやっただけありがたく思ってほしいよな」

「ありゃ仁君にこっぴどく怒られるな」

「お前も北都帰ったらかずちゃん先生に怒られると思うぞ」

「なんで俺勝ったのに!!」

「あはは!」

「立華助けて~」


波川先輩に泣きつかれても、私にはどうすることもできない。

もし齋藤先生に連帯責任だと言われたら、一緒に怒られようと思う。


「ったく、お前は楽しみすぎ。…でもまぁ齋藤先生に頼んでやってやらんでもない」

「りく先~~~!!ありがと~~~!!!」


りく先生に泣きついた波川先輩。

きっとりく先生も先鋒戦で波川先輩が勝つことができて、本当はすっごくうれしいんだろうなって思った。


《ふうちゃん、波川先輩のおさるさん、おもしろかったね!》

《うん、あれは真似できそうにないな。波川先輩ならではだよ》

《そうなの?ふうちゃんならできそうなのに》

《波川先輩は北都生、西都、南都だけじゃなく対戦校の東都、一般の観客、それに審判まで楽しませることができるエンターテイナーなんだ。俺はえでかだけ楽しませたいって思うから、波川先輩の技は難しいよ》

《うれしすぎて…難しいままでいてほしくなっちゃうな》

《えでかが望むならそうしよう》


なら望んでいいだろうか、って思っちゃうけど、鬼神戦のためにひとつでも多くの技を習得する必要があるのだから、鬼神戦が終わるまでこのわがままはとっておこう。


「で、立華はどれ選んでたんだ?」

「おさるさんの竜巻でした!」

「おっ大正解じゃん」


栄一郎君に言われた通り、私がどの竜巻を選ぶか本当に待っていたようで、波川先輩も私が当てられたことを喜んでいた。


「じゃぁ学食奢ってやんなきゃな」

「やった!デザートもいいんだよね?」

「何個でもどーぞ」

「え、じゃ俺も便乗しよ~」


そういって波川先輩は栄一郎君に抱き着くと、ぺっとはがされていて、一部始終をみていた観客席からも笑い声がきこえた。

観客の心も波川先輩はたくさん掴んだようだ。





ー 次鋒戦終了 ー


続いての次鋒戦は僅差のところで石井先輩が敗れてしまい、チームとしては1勝1敗の引き分けとなった。

追いついた東都側は安堵からの歓喜の声がわきあがっている。


「みんな、ごめん」

「謝んな。戦闘の流れは完全に石井のほうだった」

「あぁ、むしろ勢いがついたよ、ありがとう」


石井先輩の模擬戦は終始有利に進んでいたが、相打ちで判定の結果、東都に軍配があがってしまったのだ。


「でも石井、楽しかった?」

「うん、一番楽しかったよ」

「ならうちらの勝ちだね」


次鋒戦がはじまる前、小鷹先輩とふたりでくすくすとなにか話していた石井先輩。

戦法について話してただろうが、模擬戦がはじまると、石井先輩にしてはめずらしく、とても自由な模擬戦だった。

コートを中心に大きな大木が現れ、樹の上が戦闘場所になるなんて思わなかったし、枝から枝へ飛び移りながら、青々しい葉や柳桜や、いろんな顔をみせてくれた。

東都生が移動すると足場や掴んだ枝や葉たちが切りつけたり、火術で攻撃していたけれど、私には樹と遊んでいるようで、石井先輩が笑顔になるほど樹も大きくなっていた。


「立華、ちょっと棘がぬけなかったところ治療お願いしていいかな?」

「はい!もちろんです!」


石井先輩の後ろ首には戦闘服で防ぎきれなかった細い棘が数本刺さっていた。

無理に抜こうとすると折れて抜けなくなってしまうので、棘の特性をみるために石井先輩の首にそっとふれた。


「石井先輩、さっきは楽しそうでしたね」

「珍しい先輩だったなって思ってるでしょ?」

「あ、気づいちゃいましたか」

「ははは、波川たちも驚いてたからね」


そう言って笑う石井先輩からは、負けた悔しさなんて少しも感じず、気持ちのいい軽さを感じた。


「実は檜原に言われたんだ。最後くらいやりたいようにやろうって」

「やりたいように…ですか?」

「…檜原は気づいてたんだね。僕の性格上、どうしても相手の心や思考を先読みしちゃう癖があるから、知ったら対応しようって思うんだ。だからそれをしなくていいって言われたら、こんなに楽しいと思わなかったよ」


そうか、小鷹先輩は石井先輩のリミッターを解除したのか。

それがきっと石井先輩が心の奥から楽しむために必要だったのだろう。

夜しか見ることができない梟の貴重な一面を、明るい時間に目にすることができた気分だ。





「さてと、次は俺の出番だな」


もうすぐコートのメンテナンスが終わりそうだとわかると、栄一郎君は軽くジャンプしてウォーミングアップしはじめた。


「立華、またこれ頼むわ」

「うん!…あ、真紀ちゃんから電話みたいだよ」


太郎君に模擬戦動画を送るために栄一郎君の携帯を預かると、ちょうど真紀ちゃんからの着信があった。

そのまま栄一郎君に携帯を返そうとしたけど、ウォーミングアップ中だからと「出ていいよ」と言われ、いいのかなと思いながら着信をとった。


「あ、立華ー?栄一郎に聞こえるようにできるー?」


すると真紀ちゃんたちから私が栄一郎君の携帯を受け取っているのが見えたようで、股関節をのばしている栄一郎君の耳元に真紀ちゃんの声が聞こえるように携帯を近づけた。


「真紀ー?どうしたー?……うん、うん…あはは!なんだそれ!…うん、うん、へぇ…まじか」


どんな話をしているのかまでは聞こえないけれど、だんだん栄一郎君の表情が緩んでいく。

もしかしたら栄一郎君、緊張してたのかな…?


「あぁ、あぁ…ふっそうだな…あぁ……あぁ、わかった、ありがとな…うん、またあとで……さんきゅ、立華」


真紀ちゃんとの話が終わると、栄一郎君は真紀ちゃんたちのいるVIPルームの方角に背を向けて、両手で顔を隠した。


「どどどうしたの栄一郎君?!」

「…だっせぇーな俺…緊張してたの見抜かれてたなんて…」


ぼそぼそと話す栄一郎君の声が聞こえるようにしゃがむと、耳を赤くした栄一郎君がいた。


「ふふ、さすが真紀ちゃんだね」

「瑠璃にも心配されたわ」

「瑠璃ちゃんとも話したんだ。いいお姉ちゃんだよね、瑠璃ちゃん」

「あぁ、怖いくらいにな」


すると栄一郎君は「…っし!!」と、勢いよく立ち上がった。


「あいつらにかっこいいとこ見せねぇとな!」

「うん!私も楽しみにしてるからね!栄一郎君のかっこいいところ!」


見上げる栄一郎君の顔は、いつもよりも大人っぽくて、いまの栄一郎君を真紀ちゃんと瑠璃ちゃんにみてほしいくらいだった。

と思っていると、栄一郎君はあたりをキョロキョロと先輩たちが離れてるのを確認すると、座りこんで私の肩に手を置いてこそっと話はじめた。


「・・・立華さ、そういうことは彼氏にだけ言ってやれよ」

「!!!!!!!えっ!!!な、なんっ!?!?!?」

「今度ちゃんと俺たちに紹介しろよなー」


どうして栄一郎君が知っているのか、どこまで知っているのか、混乱していると栄一郎君は手をひらひら振りながら、コートに向かっていった。

先輩たちは不思議そうな顔をしていたけれど、私の反応がおもしろかったのか気にもとめなかった。


《栄一郎君、なんで知ってたんだろう?》

《さぁ…栄一郎君の前に姿出してないはずなんだけど…》


ふうちゃんも結構驚いているみたい。

ふうちゃんとのことを先輩たちに隠しているわけではない。

先輩たちはすごくよくしてくれているし、かわいがってくれているけれど、それは後輩としてで。

だからなんとなく自分からプライベートなことを話すような関係性ではないと一線をひいていた。

栄一郎君は『先輩』とは少し違う仲だけど、栄一郎君にだけ言って他の先輩たちには話さない、というのも違うな、とか。


でもその一線を、栄一郎君が飛び越えてきてくれたような気がした。

勝手に一線をひいていたのは私だったんだ。

もしかしたら、小鷹先輩が石井先輩のリミッターを解除したように、私が心置きなく楽しめるように栄一郎君が一線を飛び越えてきてくれたのかな。


《…ふうちゃん、大会が終わったら、先輩たちにふうちゃんのこと話したいな》

《なら俺は先輩たちといつでも模擬戦できるように準備しておかなくちゃ》

《ふふふ、ふうちゃん、先輩たちのことよくわかってるね》

《だってゆうたたちの先輩だよ?それに俺も先輩たちとは絶対戦いたい》


ふうちゃんの応援に力が入るなって、近いと嬉しい未来の想像が捗る。


「栄一郎、緊張してた?」

「あ、小鷹先輩!…はい、でも真紀ちゃんと瑠璃ちゃんのおかげでなくなったみたいです」

「ふふ、そっか、あの二人はよく栄一郎のこと見てるからね」

「でも小鷹先輩も気づいてたんですね」

「俺だけじゃないよ?みんな気づいてたんだ」

「え!そうなんですか?」

「うん、栄一郎は気づいてないと思ってるけど緊張してるときは俺たちから離れて過剰にストレッチするんだ。模擬戦に過度のストレッチはパフォーマンス上あまりよくないのにね」


言われてみると確かにそうだ。

いつもなら軽くジャンプしたり、股関節をまわしたりする程度なのに、座りこんでストレッチするのは珍しかった。

それが緊張からくるものだとは思わなかったけれど。

ほんと、小鷹先輩はみんなをよくみているなと思う。


「小鷹先輩もすごいです。私、栄一郎君とは小学校からの仲なのに全然気付かなかったです…」


口にしてわかった。

自分で一線をひいていたから、栄一郎君の癖に気がつかなかったことに。

そして、それが少しさみしいことに。


「それが栄一郎にはちょうどよかったんだよ。あいつ、緊張してると立華のところによく行ってたから」

「そう…だったんです…?」

「たぶん海斗だったら緊張してる栄一郎をからかうだろうし、啓は気を遣って放っておくだろう?いつも通りの立華が、栄一郎にはちょうどよかったんだよ」


小鷹先輩にそう言われて、さみしかった気持ちも、一線ひいていたことを後悔しかけていたけれど、栄一郎君にとって力になっていたのであればすごくうれしいって思えた。


「…それならうれしいです。でももう知っちゃったので、これから普段通りにできないかもですよ」

「だからいま話したことは秘密ね」

「え!…が、がんばります…」


もしまた緊張してる栄一郎君をみたら、いつも通りにできるだろうか。

というか、いつも通りってどういうことだろうか、と無理難題を小鷹先輩と約束してしまった気がするよ。





中堅戦。

東都も栄一郎君と同じく土属性の先輩だ。


「ーー中堅戦、開始!!」


審判の合図と同時に動いたのはほぼ同時だったけれど、栄一郎君のほうが一瞬はやかった。

栄一郎君の手が床につくと、コートに亀裂がはしり、こちらまで揺れてると勘違いしそうなほどの振動で東都生の足場がぐらついた。

すると亀裂の隙間から大量の砂の槍が東都生めがけて射噴した。


けれど岩でできた盾ですべて塞ぎられてしまい、射噴が終わった瞬間、東都生が攻撃をしかけようと東都生の動きがとまった。


「・・・龍?」


亀裂の隙間から射噴された槍は龍の姿へと変え、栄一郎君の身体には甲冑のような鎧をまとっていた。

そして龍から龍へ飛び移りながら東都生の間合いに攻め込む栄一郎君。

栄一郎君を落とそうと遠距離攻撃をしかけても、崩れない砂の龍。

異能力を使わなくても超人並みの脚力が、鎧の効果なのか目で追うで精一杯。


東都生は近づく栄一郎君から距離をとろうとしても、亀裂の振動が大きく、龍が邪魔をしにくるので栄一郎君の攻撃を受け止めることしかできない。


ただ東都生の防御力もなかなかで、これだけ栄一郎君が攻め込んでもひびひとつ入らない。


「…あの盾、ただの岩じゃないね」

「あの文様…おそらくどこかの神具だろう。使いこなせるとは、なかなかだな」


小鷹先輩と音澤先輩の話によると、各属性の神具は各地にあるそう。

しかし並外れた異能力を含むかわりに、使い手の能力が低いと神具に食い殺されてしまうという逸話があるらしい。


「そ、それ…ほ…ほんとですか…?」

「あくまでも噂だけどな」


急な怖い話にちらっとりく先生をみると「被害報告はいまのところない」と教えてくれた。

けれどすぐに食い殺されてしまっているから、報告にあがってこないのだと知り、背筋がぶるっとした。

だってそんな恐ろしいものと、栄一郎君は戦っているんだもの。


「でも栄一郎なら大丈夫っしょ。珍しく本気だし」

「そうだね。あの栄一郎を見たのは去年の洋介先輩との模擬戦以来か?」

「そうかも。あの時、洋介先輩も危なかったって言ってたもんね」


そんな模擬戦あったかなと記憶を振り返ると、秘密裏で行った制限なしの模擬戦で、異能道場をもつOBの先輩の道場で行われたそう。

道場の結界だけでは防ぎきれなかった騒音や突風などで周囲の民家にご迷惑をおかけしてしまい、齋藤先生にこっぴどく怒られたと教えてくれた。

なので栄一郎君の鎧を知らなかったのはそのためだ。


「神具相手じゃ栄一郎じゃないと無理だったかもね」

「え?そ、そんなに神具って怖いんですか…?」

「ふふ。今の栄一郎は、いつもの栄一郎とは違うんだ。神具には神を、ってね」

「???」


小鷹先輩にそう言われてもよくわからず首をかしげると、ぶわっと目の前を栄一郎君が風のように通りすぎた。

栄一郎君のスピードに結界強度も追いつけなかったようで、突風をあびると、ふわっとどこかで嗅いだ香りがした。


「いまの香り…大堀神社…?」


匂いに気づいた小鷹先輩はにこっと笑って、栄一郎君の秘密を教えてくれた。


「栄一郎はね、この土地の力を借りてるんだ」

「この土地ってことは…あの鎧は大堀神社の…あの武士ってことですか?」

「そういうこと。だから栄一郎じゃないと誰が出ても中堅戦は負けてるんだ」


栄一郎君のその力は、同調がはげしいと栄一郎君が飲み込まれてしまう危険性があるため、洋介先輩に使用をひかえるように言われたのだと。

でも密に飲み込まれないよう、精神力を鍛えるトレーニングを続け、いま完成したのだそう。

もし飲み込まれていたら、伝承の武士のような戦い方になっていたけれど、いまの栄一郎君はフィジカルの良さと、武士の戦い方を合わせた戦法で、まったく隙がない。


「…すごい、栄一郎君…」


これを狙っていたから、栄一郎君は緊張していたのかもしれないし、大堀神社に必勝祈願しに行ったときから考えていたのかもしれない。

栄一郎君や先輩たちが強いのは、運動神経がいいからとか異能力が強いからとかじゃない。

人よりも多く努力をして、出番の直前まで努力してきたからだ。


「がんばれ、がんばれ栄一郎君…」


だから栄一郎君の勝利を願わずにはいられない。

それは私だけでなく、栄一郎君の戦いをみてる多くの人がきっと同じ気持ちだと思う。




続く

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