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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
146/151

ー146-

模擬戦会場に到着したのは、ちょうど先鋒の波川先輩の直前だった。

対戦チーム側にはひどく憔悴しきった監督が監督席に座っていた。

そして北都生は全員同じ能面をつけ、お互いに声をかけあうこともなく、ただじっと立ち尽くしている。

背格好もほとんど変わらないのでぱっと見だけではわからないが、一番端にいる西都生だけ、少し体格が大きい気がする。

対戦表には大将欄に『右京満明』と書かれていたので、小鷹先輩と向き合う位置にいるので右京先輩で間違いないだろう。


「「鬼酒草!?」」

「あぁ、おそらく相当の鬼酒草を摂取してる。だから完全に蒸発させるには一気に高温の火術をあてる必要がある」

「その前に仮面もぶっ壊さないといけねぇよな…」


このメンバーの中で鬼酒草を無効化できるほど火力を出せるのはきっと小鷹先輩だけだろう。

水属性の波川先輩も火術を使うことはできるが、やはり持って生まれた水属性のほうが異能力が高い。

それでも他の水属性の異能力者に比べたら、火属性かと思われるくらいどの術も長けているのがすごいところなんだが。


「無効化は俺に任せてほしい。みんなにはあの能面を解く鍵を見つけてきてほしい」

「あの能面も術だったのか?」

「うん。さっきかすかに鬼の残穢を感じた。それも複数の」

「まさか鬼化の誘発…?!」

「俺の気のせいであってほしいけどね。その可能性は高い」


あの能面に鬼化させるよう術が施されていたなんて、全然気が付かなかった。

それにしてもどうして鬼化なんて…。

右京先輩はそのことにも気づいていたのだろうか。


「わかった…!あの面はこっちに任せろ!」

「頼りにしてるよ、海斗」


ちょうど沈黙をやぶるように波川先輩の名前が呼ばれ、想定していたよりも西都の状況が悪いことに驚きを隠せないまま波川先輩はコートに向かっていった。

そして開始の合図とともに、波川先輩は真っ先に能面に手をのばした。


「っ!!」


指先がふれるかふれないかの瞬間、大きな水の壁が波川先輩を覆った。

波川先輩が完全に見えなくなってしまい、ドキッとしたが、木術で結界をはっていたようですぐに西都生から距離をとった。

怪我のない波川先輩の姿をみてほっとした。

水の壁の威力をみて、高校生どころか人の威力を超えてるのがわかる。

このまま無事になんとか勝って戻ってきてほしいけれど、かわすことで精いっぱいのようだ。


《ふうちゃん、見えてる?西都との模擬戦はじまったよ》

《・・・あれ?ふうちゃん?》


ふうちゃんに逐一状況を報告しているのだが、西都との模擬戦がはじまったことを報告したのに珍しく返事がない。

結界警備中になにかあったのだろうかと気になったけれど、ふうちゃんならきっとすぐに返事をくれるだろう。





「わりぃな、能面割れなくて」


引き分けで戻ってきた波川先輩は、術であらわれたサメにかまれた跡が痛々しい。

模擬戦中も出血がひどく、りく先生が治療のため中断を申し出たが審判から無視され続けた。

おかげでりく先生は隣でかんかんだ。


「ううん、ナイスファイトだったよ。立華は怒ってるみたいだけど」

「まじか!!すまん立華!!」

「…そりゃ怒りますよ。先輩にこんな怪我させるんですから」


そう、かんかんなのはりく先生だけではなく、私もだった。

なるべく顔に出さないように気を付けてはいたんだけど、りく先生につられちゃったかもしれない。

だっていくら人質をとられていたとしても、自分の意識がなかったとしても、目の前で大好きな先輩が傷つけられていい気はしない。


「そうカリカリすんな!いっこだけ気づいたことあっから!」

「ほんとですか!?」

「あぁ。あの能面近づけば近づくほど異能が強くなってた。近づかせたくないような感じだった」

「そうか…近づき方に策がいるね」


波川先輩はそれ以上はわからなかったことを謝っていたけれど、小鷹先輩は喜んでいたし、何より無事に戻ってきたことに安堵しているようだった。

そして波川先輩の治療が完了すると、ぶんぶんと腕をまわして元気さをアピールしてくれた。


次の出番は次鋒の石井先輩。

石井先輩は樹属性なのだが、温和な性格故か実家が神社だからなのか精神系の術に長けている先輩だ。

次どんな技がくるのか気づくのが早かったり、隠された術はないか見つけ出し解術するのがとても上手い。

そんな石井先輩に小鷹先輩はなにか指示をして、模擬戦へ送り出した。




《ふうちゃん、波川先輩は引き分けだったよ》


私は波川先輩がつかんだ能面の情報をふうちゃんに魔法で伝えたけれど、まだ返事はない。

いつもなら結界整備中でも、討伐中でもすぐに終わらせて返事をくれるのだけど、もしかして結界でトラブルがおきてるのだろうか。




石井先輩の模擬戦はとても攻守のバランスがいい戦闘タイプなのだが、やけに守りに徹しているようだった。

少し距離をとった間合いからわざと外した位置へ攻撃をしかけており、西都生も近づきたくても近づけないでいる。

小鷹先輩の指示なのかなと思っていると、小鷹先輩が「やっぱり」とつぶやいていたのが聞こえた。


その直後、西都の監督がガクガク震えているのが離れていてもわかるくらい、手をあげ抗議を出した。

模擬戦も一時中断となり、西都の監督が審判へ青い顔をしながら近づいた。

そして石井先輩へ「不真面目な態度」と反則行為にあたると指導が入ってしまった。


「っち!!」


りく先生が舌打ちしたくなるのもわかる。

模擬戦における反則行為を繰り返しているのはどう考えても西都生のほうだ。

攻撃をわざとはずしたり、距離をとる作戦は引き分け狙いや、防御に徹するときによく行われる戦法で、反則行為にあたるようなものではない。

こんな反則行為にならないものを反則にされ、あきらかに反則行為なものを見逃される。

そんな状況に会場からもどよめきがおきた。


「大丈夫」


ふと、小鷹先輩の声が聞こえた。

小鷹先輩の目は、まっすぐ石井先輩をとらえていて、石井先輩も小鷹先輩にこたえるようにニコッと小さく笑った。


もう一度反則行為と指導が入ると、反則負けになってしまうため、再開後は石井先輩もある程度間合いに踏み込んでいっていた。

でも何回かに一回は大振りな技を繰り出し、西都生の周りを大きく攻撃しているように見えた。

何度か苦い顔をする審判が気になり、二度目の指導が入るかもしれないとハラハラしていると、運はこちらに向いていたのかちょうどいいタイミングで模擬戦終了の合図が鳴った。




石井先輩は引き分けのまま、かすり傷程度ですんだ。

治療中、石井先輩が小鷹先輩たちに報告したのは、りく先生のいらいらを加速した。


「あの能面の力を底上げする結界だぁ~?どんだけ腐ってんだよ…」

「まぁまぁ、りく先。石井が解術してきてくれたんですから」

「でもごめん、ひとつだけどうしても解術できないのがあったんだ。何度解術を試みても、目の前にあるのに届かなかった。きっと大元は外部につながってると思う」

「ありがとう。おかげでだいぶ西都もパワーダウンしたと思うよ」


外部につながっている術ときいて、少し違和感があった。

だってこの大会会場の結界をはったのはお兄さんだ。

いまだってふうちゃんやお兄さん、陰陽省の人たちが結界層で警備をしてくれているのに、外部とつなげることなんてできるのだろうか。


「りく先生…外部とつなげるって…」

「あぁ、俺もいま、それについて考えたところだ。空雅さんの張った結界で、そんなことが通るわけがない」


りく先生も難しい顔をして考え込んでいるようで、眉間のしわが深くなっている。


「そうですよね…っわ!!」

「じゃ、俺がヒント見つけてくるわ」


どうやら私まで眉間にしわがよっていたのか、栄一郎君が笑いながら私の眉間のしわをのばして言った。

絶対私いま、変な顔してる。


「う~~!!栄一郎君、離してよー!!」

「ははっ!!安心して治療の準備して待ってろ」

「それ…全然安心できないんだけど…真紀ちゃんと瑠璃ちゃんに怒られるよ?」

「大丈夫さ、負けない限り怒らない」


その自信はどこからくるんだろうと、不思議なほど堂々とした栄一郎君。


「…もう。わかったよ。怪我しても完璧に治すから頑張ってきて!」

「おう」


そう言ってコートに入った栄一郎君の後ろ姿は、自信に満ち溢れていて、とても眩しかった。





だから、どんなに氷の刃が四方八方から栄一郎君めがけて飛んできても、身体ひとつでよけきって、果敢に間合いに攻め込む栄一郎君をみてても「栄一郎君って後ろにも目があるんだっけ?」って安心していられた。

これには西都の監督も審判も、反則になるような行為は見つけられないのだろう。

監督はずっと頭を抱えているし、審判も苦しい顔をしているもの。


時間も中盤にさしかかってきた。

石井先輩の解呪のおかげもあるのだろう、栄一郎君が能面に近づいても波川先輩の対戦相手ほどの威力は感じない。

それでも高校生の異能力は大幅に超えているのだが、相対的に弱くなっているように見える。


何度か能面に近づいては危ない場面もあったが、それでも徐々に近づいていた。


「くっ…!!」


そして終盤、栄一郎君にチャンスがやってきた。

西都生が突如苦しみだし、バランスを崩し片膝をついた。

誰もがチャンスだと思った。

栄一郎君もようやく土術を使い、一瞬で間合いに入った。

栄一郎君の左手が能面に触れ、私は「やった!」と小さくガッツポーズをした。



しかしその瞬間、コートから栄一郎君の姿が消えた。

西都生の周りが氷の槍で囲まれ、栄一郎君の姿はどこにも見当たらない。


「・・・栄一郎君・・・?」


心臓の鼓動がはやくなる。

もしかしてあの氷の槍の下にいるのだろうか。

そしたら怪我だけじゃすまない。

不安で手に汗が集まる。


栄一郎君、お願い、無事でいて!!!!!

手の震えをおさえるよう、祈るよう手を握った。





「あっぶねー」




上空から躍るような声が聞こえた。

その瞬間、氷の槍にむかって強烈なかかと落としが入り、見事に粉々になった。


「栄一郎君!!!」


能面に触れ氷の槍が突き刺さる瞬間、栄一郎君は天井に飛んでいたのだ。

そして手についた埃を払いながら、審判に向かって栄一郎君はこう言った。


「コートに天井はないですよね」

「~~~~!!!!」


栄一郎君は四方に張られたコートのテープからは出ておらず、テープ内の上空に飛んでいた。

ルール上でもテープからはみ出たら敗北となるが、風属性の異能力者もいるため天井については書かれていないのだ。

これには審判もどうやって反則にしようか、どうやって場外にでたか考えていたのだろうが、怒りと悔しさを滲みだしながら続行と判断した。


「よくやった栄一郎!!」


審判の鼻をあかしてやったかのように、りく先生もうれしそう。

私はうれしさよりもびっくりのほうが勝っちゃって、へなっと腰が抜けてしまった。





「もう!!ほんとにびっくりしたんだから!!」

「知ってる。上から見えてから」

「笑いごとじゃない~!!」


戻ってきた栄一郎君は、かかと落としをした瞬間、粉々になった槍の粒であちこち擦り傷だらけになっていた。

戦闘服で守られているとは言え、頬や手、首すじなどみみずばれのように腫れあがっている。

私は体内に侵入した氷の異能がないか確認しつつ、腫れをおさえる治療をしていた。


「でもあの審判の顔みた?傑作だったな」

「あぁ、ほんとによくやった」

「りく先、めっちゃうれしそう~」


と、りく先生に頭を撫でまわされて照れ臭そうな栄一郎君。

そして神妙な顔をして能面にふれたときの報告をはじめた。


「石井のおかげで接近はしやすくなってる。だから能面に触れたんだけど・・・」

「だけど?」

「…能面にふれたとき、女の人の声がした。・・・助けてって」


賑やかな会場の中、私たちの周りだけ静寂が訪れた。

誰も声にできないまま、栄一郎君は続けて口を開いた。


「西都生の声っていうのは有り得ない。なにしろ男子チームだから。それに大人っぽい女性の声だった。残穢の声とも違ったから、人質になってる人の声かもしれない」

「じゃぁ西都生は常に人質の声を聞かされてるってこと…?」

「かもな…あんまり想像したくねーがな」


ということは、右京先輩も妹の声や、守りたいみんなの助けてって声を聞かされているのかもしれない。

そんなのとても正気を保てる状態ではないだろう。

栄一郎君の対戦相手も鬼酒草の限界がきているのかもしれないし、西都生のことを思ったら胸が苦しくなって、はやく解放してあげたいと強く思った。





《ふうちゃん、私になにかできることないかな》


そう魔法を送ったとき、向かい合うコートの反対側に西都生に重なった私と目が合った。

時がとまったかのようだった。

あたりは真っ暗で、冷たくて、吐き気がする笑みで私を指さす。


「私にはなにもできないよ」


と、私の耳をズキンと突き刺した。

そうだ。なにを勘違いしてたんだろう。

先輩たちと一緒にいるから、自分も先輩たちと同じ異能力者だと思いあがってた。

だからきっと波多野もイラつかせてしまったのかもしれない。


恥ずかしいな、私。

こんな自分でもう、人前に出たくないや。


なんでかわからないけど、そう強く思う。




続く

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