ー145-
私は今、先輩たちと一番人の出入りが多い第一ゲートにやってきた。
第一ゲートは戦闘前の生徒がウォーミングアップや、出番を待つ待機場所になっており、確実に西都生とすれ違う場所になるのだが…
「いっこうに出会わないな…」
ちょうどこの時間帯なら出番をまつ西都生がいてもおかしくないのだが、誰一人として西都生と出会うことができないでいる。
「さっきまで戦闘してた相手校は出てきたのに、肝心の西都生は出てこないね」
「でも俺たちがさっき対戦したところも、ここでは会わなかったよな」
「もしかして別のゲート使ってんのか?」
「その可能性はあるね」
西都生に出会えないのであれば、移動するしかないとゲートを順番に回ってみる。
しかし西都生が出入りしているゲートはどこにも見当たらず、結界で隠されているのではないかと結論がでた。
「だー!!そこまで特別扱いかよ!!」
「他校と接触しないよう徹底してるようだね」
ここまで徹底的に接触もさけられ、隠されているとなると、誰からみても不審な点があきらかになっているのだろう。
渋谷先輩は明日が限界値を超えるギリギリと言っていたけれど、ひょっとするとタイムリミットは近づいているのかもしれない。
いそいで西都控室につながる結界を探すとしても、全国から異能力者が集まることもあり茨木先輩の時よりも難しいそう。
「小鷹、どうする?そろそろ俺たちもコートに向かわないと」
「え、もうそんな時間だった?!」
音澤先輩が携帯で時間を確認すると、いまから控室に戻ってこの待機場所に戻ってきてちょうどぴったりな時間になっていた。
「す、すみません!私、全然気づかず…!」
「いや、立華は集中してたんだから気にするな」
「あ、ありがとうございます…」
時間の確認はサポートの私の仕事だったのに、すっかり忘れてしまっていた。
私のかわりに確認してくれていた音澤先輩には感謝しかない。
「でもコートに入ったら西都に近づけないよな~?」
「手当たり次第に結界侵入するか?」
「そんなことしたら陰陽省の警備隊に捕まるぞ。戦闘どころじゃない」
「わーってるよ…」
でも栄一郎君の言う通り、戦闘がはじまったら先輩たちなら戦闘中に近づくことはできても、
私は西都生に近づくことはできない。
ここがラストチャンスなんだけど、もう策はないのだろうか、先輩たちの一発本番にかけるしかないのかと肩を落とした。
「……わかった。みんなは先に向かってて。俺は立華と粘ってみるよ」
「え…?で、でも、小鷹先輩も戦闘なのに…」
「俺は大将で最後だからね。ちょっとくらい遅れても平気だよ。それに一か所気になるところがあるんだ」
「気になるところ…ですか?」
にこっと小鷹先輩は私を安心させるように笑った。
小鷹先輩の言う「気になるところ」が気になっているようだけど、音澤先輩からなにか受け取っていた。
「わかった。りく先には言っとく」
「こっちは俺たちでなんとかしとくから」
「立華の治療セットも用意しとくから、まっすぐこっち来いよな」
「は、はい!ありがとうございます!!」
先輩たちは手をふりながら小走りに北都控室エリアへむかっていった。
渋谷先輩も残ってくれて、音澤先輩から受け取ったものをみて、どこにいくのか察しがついたようだった、
「VIPエリアに行こう」
正直、小鷹先輩のあとに続いてVIPエリアにくるまで、警備も頑丈だもん、さすがにここにはないだろう、と思っていた。
でも小鷹先輩の予想は見事的中した。
「まさか後輩たちのいる部屋の隣だったなんてね」
「こんな近くに入口があったなんて…」
「実はさ、受付のときに受付表見えちゃったんだ。そしたら一室だけ空室だったから、もしかしてって思ってさ。来てみて正解だったね」
さっそく『デラックスルーム』と書かれた扉から、中の様子をうかがってみるが、こちらも予想通り何の音も匂いもしない。
この扉は西都結界の境界線なだけであって、扉をあけたところで、西都生たちは違う結界層にいるため出会うことはないからだ。
ただ扉をあけてしまうと、警戒されさらに奥深くにもぐってしまうか、攻撃される可能性があるため、わずかな香り微粒子がないか、天煙花の確証はないか鼻に集中した。
でもいろんな匂いが混じっていて、確証につながる匂いにたどり着かない。
ラウンジの無料のコーヒー、おつまみのナッツ、ビールの匂い、きれいに掃除された空調の匂い、部屋にあったドリンクバーの炭酸飲料水やオレンジジュース、それにお昼のお弁当の匂いなど、何度も自分のハンカチで鼻をリセットした。
「立華、頑張ろうとしなくていいんだよ」
「いえ…まだやれます」
少し呼吸が荒くなってきた私を小鷹先輩は心配してくれたけど、私は先輩たちを見習って笑ってみせた。
すると不思議と、いろんな匂いが混ざって気持ち悪くなりかけていたのに余裕がでた。
もしかしたら余裕があるから笑えてるんじゃなくて、余裕をつくるために笑っているのかも、そう思った。
「・・・小鷹先輩?なにしてんすか、こんなところで・・・」
「!!!!」
「あれ、波多野」
新しい匂いはないかと、集中力を広げた瞬間、波多野のアロマの香りですべて上書きされてしまった。
このまま波多野のアロマの香りをかぎ続けてしまったら、これまでの分析が無駄になってしまうかもしれないと、急いでハンカチで鼻と口を覆い、波多野に背を向けた。
「・・・・・・先輩、もうすぐ試合じゃないんすか」
「う、うん。そうなんだけどね、ちょっと探し物してるんだ」
「・・・手伝います」
「大丈夫だよ。もう少し探したら戻るからさ。ありがとう」
「・・・・・・わかりました」
波多野の空白が怖い。
いまは匂いに集中したいのに、波多野の間が、波多野に背をむけたことを責めているように背中に刺さる。
(でも嫌な顔は見せれない…だってそのアロマがないと、ゆか先輩も波多野も触れ合うことができない大切なものだから…)
そしてなるべく私には気づかず、男子生徒だと思ったまま戻ってほしい、そう願ったとき、ほんのわずかに今まで嗅いだことのないアルコール臭に気づいた。
「じゃ、試合頑張ってください」
「うん、ありがとう」
部屋のドアノブに手をかけた瞬間、私は無意識に波多野の腕をつかんでいた。
「待って…!!!!いま西都生に会わなかった!?!?」
「はぁ?なんでそんなこと…」
「いいから教えて!!」
私の突然の行動に波多野は一瞬驚いて目を丸くしていたけれど、すぐに険しい目つきになった。
「…うぜぇな」
「そんなの知ってる!いいから早く教えて!!」
すぐに手を払われてドアノブに手をかけたけれど、やっとつかんだ手がかりを逃すまいと必死につかんだ。
「おいっ!いい加減に」
「波多野」
「ーーっ」
それでも簡単に払われて、波多野の手が頬をかすった。
やっぱり私には教えてくれないか、と心が折れかけたけど、小鷹先輩が一言波多野の名を呼ぶと、波多野のいら立ちは収まったようにみえた。
「・・・いまそこのトイレですれ違いました。身長と体格から次先輩たちがあたる西都Aチームの大将だったと思います。会場のほうに向かいました…」
波多野はそう小さく答えた。
「ありがとう波多野!行こう、立華!」
「はい!!」
やっと西都生に会えるかもしれないうれしさで、小鷹先輩と目を合わせると、急いで受付のほうへ走った。
波多野とすれ違うとき、波多野はいっさい私のほうは見なかった。
「・・・・・・」
「…君さ、あの子のこと、どう見えてる?」
「は?あの子って…」
「今、波多野君の目の前にいた子だよ」
「どうって…ただの腹立つ女ですけど」
「ふっ。そうなんだ」
「なんなんですか」
「べつに。さ、もう行っていいよ。用はないから」
渋谷に追い払われた波多野は、思いっきり顔をしかめた。
いる。
たしかにいる。
私の前を走る小鷹先輩のあたたかい香り、何人もの汗の匂い、外の売店で売ってる焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、お弁当、戦闘服の上質な繊維の匂い、いろんな香水の匂いの中に、熱のこもったほこりっぽいアルコールの匂いが。
西都生の匂いを見失わないよう、その一点だけを見つづけて走り続けた。
「せ、先輩…!そこ曲がったところです…!!」
「わかった!」
集中しすぎて視界がぼやけていて、いまどこを走っていて、どのあたりにいるのかすらわからないけれど、確実に匂いが強くなっていた。
絶対にこの匂いで間違いがないことを確かめると意気込んで角を曲がると、足元に大きな荷物が置いてあったのか「わっ!!」と派手に転んでしまった。
「た、立華?!大丈夫だ?!」
「だ、大丈夫です…す、すみません…」
小鷹先輩の手につかまりながら、転んだのを見られたのが小鷹先輩でよかったと思った。
これが栄一郎君だったらまた鼻血がどうのってからかってくるだろうし、波川先輩だったら絶対に真似されていたと思うから。
でも転んでしまったせいで、せっかく辿ってきた西都生の匂いが消えてしまったと思ったけれど、足元から辿る必要のないほどのアルコール臭がした。
よく見ると、西都生がうずくまっていたのだ。
「えっ!す、すみません!!だだだ大丈夫ですか???!!!わ、わたしぶつかっちゃって…!!」
どどどどうしよう。
いくら西都生とは言え、これから試合予定の先輩をうずくまらせるほどぶつかってしまったなんて。
どこか怪我させてしまったのではないかと、手をのばすと今日で3度目。
手をはらいのけられてしまった。
でも波多野と違ってまったく力が入ってないのがわかる。
「…だい、じょうぶだ…放っておけ」
「で、でも…」
能面からのれる呼吸は荒く、肩も大きく動いており、気道がせまく苦しそうだ。
それに払いのけるときに触れた手が、燃えるように熱い。
よく見ると、能面の奥の瞳がちらちらと火が灯っているように見える。
もしかしたら彼はーーーー
「抗っているんですか…?」
「…!」
鬼酒草を実際に嗅いだことはないけれど、水の綺麗な洞窟の奥深くに生息しており、そこはいつしか酒のわく泉となった。
したたり落ちる滴を何百年何千年と葉の中でためつづけた酒を、葉を吸うことで味わうことができると聞いていた。
だからとても鮮度のいいお酒なので、アルコールを高温で飛ばし続けているような、煙の匂いはしないはず。
きっと鬼酒草のアルコールをずっと体内で燃やし続けているんだ、抗うために。
「北都…には、関係、ない…」
「ま、待って」
「もってあと1時間」
「え?」
能面から汗を流し、壁に手をついて立ち上がろうとする西都生。
こんな立ってるのもやっとなくらいなのに、戦闘に向かおうとするなんて無茶だと止めようとすると、渋谷先輩の声が割ってはいってきた。
「西都Aチームの右京満明。抗ったことで鬼酒草の限界が早まってる。優勝する気だったんだろうけど、それじゃ明日までもたないね」
「・・・」
「なんならいま、俺たちで無効にすることもできるけど?どうする?」
渋谷先輩と小鷹先輩に挟まれ、逃げ場のなくなった右京先輩。
無効になることで、ドーピングの件や買収などが明るみになったとしても、命にかかわることなのだからいまここで無効化に頷いてくれるだろう。
当たり前にそう思っていた。
ードンッ!!
「…っふざけな!無効化!?…ほな異能大学病院におる仲間に顔みせできひん…!!!」
右京先輩は力いっぱい壁に拳を打ち付け、声を荒げた。
するとずるっと力無く拳がすべり、私は咄嗟に呼吸困難になった右京先輩を支えた。
「離せっ…」と、右京先輩には振り払われそうになったけれど、私ひとり振りはらう力すらもう残っていない。
「…はぁ、はぁ……あんたらには、わからへんやろうな・・・妹を人質にとられて、勝てな妹に罰がとんだり、鬼酒草で自我日に日に失われていく仲間をみる苦しさなんて」
「妹が…人質・・・?」
耳を疑った。
でも能面で表情は見えないけれど、とても嘘を言っているようには聞こえなかった。
「今の話は本当?」
「あかん・・・しゃべりすぎたわ・・・」
「本当に今の話が本当なら、手遅れになる前に無効化したほうがいいと思うけど」
「そないなことは、でけへんわ…バレたらすぐに殺されるからな」
「そんな…っ!!」
右京先輩の声から、どことなくあきらめの匂いがした。
「自分が勝ったら、みんな助けれる…だからその意識だけは飛ばされへんよう必死に燃やし続けとったんやけど…あと1時間?皮肉やな…」
私は右京先輩に、かける言葉が見つからなかった。
だって右京先輩ひとり無効化したところで、背後に西都の組織がある限り、守りたい『みんな』を助けることは難しいから。
それでもなにかできることは、右京先輩の『みんな』を助けるにはどうしたらいいのか、なにか方法を見つけたい。
きっと右京先輩にどこか自分を重ねてしまったんだと思う。
守りたい人のために、自分を犠牲にしてしまう姿に。
「・・・っ!!」
「わっ!!」
「立華!!」
今度は力を込めて右京先輩に突き飛ばされてしまい、転ぶ前に小鷹先輩が受け止めてくれた。
「おい!」
「!!」
渋谷先輩が止めるよりもはやく、私たちが目にしたのは、袖から取り出した注射器で自分の首に打ち込む右京先輩だった。
見えてる肌は少ないものの注射痕だらけの首が、頸動脈なのか筋肉なのか判別できないくらい脈を打っている。
まるで蛇のように、戦闘服の中を全身なにかがかけめぐり、誰も言葉を発せなかった。
「・・・・・・」
アルコールが蒸発する匂いが充満する。
私でもわかる。
右京先輩は次の戦闘が最後になる、と。
「なにしてる」
「・・・行かせません」
そんな状態の、次の戦闘で死ぬかもしれない人を目の前にして、私はコートに送るわけにはいかない。
「いますぐ無効化してください…守りたい人がいるのもわかります…!!でもこれでいいはずないです!!」
「どけ、女…」
「ど、どきません!」
「力づくで通ることもできるが?」
私のことを女子として見えているってことは、私に悪意はない。
なら、まだ右京先輩の意識があるうちに、説得したい。
「これ以上邪魔するなら燃やす」
「っ!!」
「立華!!」
右京先輩の右手に炎があがり、小鷹先輩が結界をはってくれなかったら髪の毛が燃えるところだった。
「・・・ここから先は俺たちがやる」
「・・・お前は次で必ず殺す」
「こっちが本気で無効化さえてもらうよ」
立っているのも限界だった右京先輩は別人のようで、私の肩をぶつけてコートに向かっていく。
その後ろ姿に渋谷先輩が声をかけた。
「ねぇ。妹の安全が確保できれば無効化されてくれるの」
ぴたっと立ち止まった右京先輩は、振り返って渋谷先輩をにらんでいるんが能面の奥からわかった。
「人質になってるのは妹だけやない。出来もしないことを言うな。こいつの次にお前も燃やしたるわ」
「ふっ。りょーかい」
私と小鷹先輩は渋谷先輩の不適な笑みに首をかしげた。
右京先輩はそのまま振り返ることなく、廊下の奥へ消えていってしまった。
「仁君?なにか策あるの?」
「まぁね。こっちは任せて檜原は戦闘に向かいなよ」
「わっ!!ほんとだ!!立華、行こう!!」
「は、はい!!」
さっきまでは決勝戦のような静寂の中にいるようだったのに、戦闘がはじまったのがわかるほど開始の歓声が聞こえた。
私は前を走る小鷹先輩に無茶したことをあやまって、結界で守ってくれたお礼を伝えた。
「後輩を守るのも先輩の務めだからね」
「ふふ、ありがとうございます…!!」
「後輩のために西都も助けてあげなきゃね」
「!!わ、私も頑張ります!!」
やっぱりどんなときでも笑える先輩はすごい。
私もそんな先輩たちに追いつけるよう、まっすぐ栄一郎君、波川先輩、音澤先輩、石井先輩、りく先生が待つコートへ足をはやめた。
楓と小鷹がさった静かな廊下には、渋谷がひとり残っていた。
「空雅さん、水樹君、聞いてたでしょ?」
渋谷は右京がむかった暗闇に向かって呼びかけると、結界層がひらき、空雅と眉間にしわをよせた大雅があらわれた。
「西都は思ってた以上に闇が深いね~」
「あいつ許せない…えでかを傷つけようとした…!!」
「わかってるよ。いくら事情が事情とはいえ、かわいい義妹を傷つけようとしたお仕置きはしないとね」
「よろしくお願いしますよ」
そう言うと、空雅と大雅は再び結界層に戻っていった。
続く




