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先輩たちの戦闘がはじまってからはひどいものだった。
故意に怪我をさせようと審判から見えないよう、目を狙った術や、暗器など禁止されている反則行為が繰りかえされた。
だから属性技であれば治癒術で治療可能なのだが、生傷はそうもいかない。
ある程度止血と消毒、痛みを緩和することはできても、ダメージは蓄積されているだろう。
控室にストックしているガーゼや包帯も足りなくなって、女子のサポートしているゆか先輩に補充させてもらったくらいだ。
「あのくそ爺…どこに目ついてんだよ」
りく先生も何度も審判長に抗議しにいっているけれど、反則にはあたらないとして却下されてしまっている。
他にも何人か北都の先生たちが抗議にいったり、おかしいと気づいてる審判の方もいるのに、審判長だけでなく副審判長たちも誰一人は決して認めてくれない。
「りく先、俺たちならまだ大丈夫だよ」
「うん、徹底的にマークされるってわかってたからね」
「だからってなぁ!」
「それにこっちは正当に倍にして返してますし」
そうなのだ。
先輩たちはまるでこうなるのがわかっていたかのように動揺している姿はいっさいみられない。
どころかケロッとしていて、なんてことのないように笑っている。
「そりゃ去年唯一2年で参加できたの俺たちだけだし、1年俺たちのこと研究しまくってたんでしょ」
「それであの程度~?って感じだけどな」
「それでもひどいです!」と、何度も口に出そうになるのを、何度も飲み込んでいた。
Aチームの監督であるりく先生と違って、なんとく私は言っちゃいけない気がしていた。
だって先輩たちは決して口にしなかったから。
先輩たちが笑っているなら、私も笑顔で治療する、そうしたい。
とはいえ、りく先生と同じくいらだちは募るけれども。
「でもちょっとおかしくねー?西都のやつら、あんなに威力あったー?」
「あ、俺も思った。仁君が見せてくれた西都との練習模擬戦の映像でも、特段すごそうなやついなかったはず」
実は私も気になっていた。
技の精度も術のレベルも先輩たちのほうが洗練されているのに、威力だけがやけに強く、威力に技と術が追いついていないようにみえていた。
あまり考えたくはないが、考えられる可能性はひとつ。
「ドーピング、してるかもね」
「だよな」
やはり先輩たちも気づいていたようだ。
「でも証拠がない」
「どのドーピングタイプかわかればな…」
「異能力増幅系か、肉体強化系か、はたまた新型か…」
「ねぇりく先、なんかわかってることないのー?」
イライラをおさえるため、いつの間にか煙草をふかしていたりく先生。
一応控室、禁煙なんだけどな。
「…さっきの西都だけじゃねぇ。今回ドーピングに手出してるチームがやけに多い。おそらく審判ども買収してる」
「え!?」
西都と言えば平安時代の束帯をモチーフとした戦闘服なのだが、今年から禁止されている能面の面を全員が着用していた。
能面で顔が見えないため、替玉が可能になるとして禁止になっていることは、誰もが熟知しているはずなので、会場が騒然とし、審判団に抗議が入った。しかし
「今年から戦闘服を新調し、能面も戦闘服に含まれるようになったと本部にもすでに申請があった。こちらでも協議を重ねた結果、申請者以外の者は入場できない結界があること、属性で本人と判断できることから禁止にはあたらない」
と、アナウンスがあった。
なんとも無茶苦茶な理由で、納得できるものがひとつもないとして、観客席からブーイングもおきたが審判団には届かなかった。
なので西都には大会がはじまってから不信感が募っていた。
私も例にもれず不信感があったけど、買収をしているだなんて、思いもしなかった。
「陰陽師誕生の地って銘打ってるのに、ここ数年排出してないらしいからな」
「大会でももう何年も優勝チーム出てないよね」
「それで焦ってなりふり構ってられなくなったか…」
買収に能面にドーピング、それに生傷絶えない反則行為の連続。
いくらなんでも真面目にずっと練習してきた先輩たちや、選手たちに対して失礼だ。
私の怒りも我慢の限界が近づいてきている。
「最近の研究で陰陽師の生まれが北都のはずれの地って説に信憑性が高まってるからな。大方西都が自分たちに不利は研究結果は潰してきてたんだろうが、セキュリティも厳しくなって昔のようにはいかなくなって、実力行使に出てんだろう。まぁこの大会で優勝したからといって、西都が誕生の地である整合性はないがな」
「もうそこまで上層部も頭まわってないのかも」
「生徒たちもおかしなことしてる自覚がなさそうってことは、だいぶ洗脳されてんだろうな」
なんてくだらない理由なんだろう。
お腹の奥底からふつふつの怒りのマグマが湧いているようだ。
「・・・立華、お前今日やけに静かだな」
「栄一郎君・・・」
ベンチから立ち上がり、心配した栄一郎君が私に飲み物をくれた。
栄一郎君と同じく先輩たちも気にしてくれていたみたいで、治療続きで疲れたのかと声をかけてくれた。
「あ、ありがとう…でも全然疲れてないけど…」
「けど?なんだよ、言ってみろよ。俺たちの仲じゃん」
「で、でも…」
「な?」
「うぅ…」
こういう時、なぞに土属性由来の包容力を発揮する栄一郎君。
おかげで今までため込んでいたものがあふれてしまった。
「もぉ~~~!!!なんなの西都の人たち!!!陰陽師誕生の地じゃなくなったからって買収にドーピングって!!!!くだらないよ!!!それに!!!さっきの戦闘であと少し遅かったら波川先輩の目が危なかったし!!!音澤先輩も暗器に気がつかなかったら次の戦闘に出れなかったかもしれないし!!!威力だって身の丈にあってないし!!!!小鷹先輩じゃなかったら飲み込まれてたかもしれないし!!!栄一郎君だって!!!!あのとき踏みとどまってなければ腕おられてたかもしれないんだよ!?!?石井先輩だってりく先生が抗議でとめなかったらもっと火傷してたかもしれないよ!!!!もーーーーひどい!!!ひどすぎる!!!!ずっと真面目に練習してきたのは先輩たちなのに!!!!買収とドーピングだよ!?!?そうまでしなきゃ勝てそうになかったら先輩たちよりもっと練習すればいいのに!!!!卑怯だよ!!!!だから栄一郎君、絶対に勝ってよね!!!!あんなに卑怯な人たちに負けないでね!!!!先輩たちも!!!!!先輩たちのほうが絶対に絶対にぜ~~~~~~ったいに強いんですから!!!!!!」
「・・・・・・っぷ」
「・・・・・・・・・・あ!!!!」
い、言いすぎた言いすぎた言いすぎた~~~~~!!!!!!
先輩たち、みんな冷静だし、こんな状況でもいつもと変わらないから、絶対言わないように我慢してたのに、栄一郎君に甘えてちょっと軽く吐きだそうとしたらとまらなくなってしまった・・・。
ぽかんとした先輩たちの顔をみたら、自分の失態があまりにも恥ずかしすぎてその場にしゃがみこんだ。
「あははははははは!!!!」
「やばい、おもしろすぎる…!!」
「正論すぎて腹いてぇ!!!」
「あははは!!立華の啖呵は聞いててすっきりするね!!」
「え」
先輩たちの笑い声が控室中にこだまして、私は想定外の反応に頭がついていかない。
「そうだよなぁ。やられっぱなしじゃ性に合わねぇよなぁ」
りく先生もなぜか悪い顔して不気味に笑っていれ、収集のつけようがない。
先輩たちもまだ笑いがとまらないみたいで、どうしようかと思っていると、ガチャリと控室の扉が開いた。
「失礼。朗報があってきたんだけど、お邪魔だったようだね」
「渋谷先輩?!」
「あれ、仁君」
「なんだ、仁か。どうした」
突然の来訪者が渋谷先輩で驚く私と、当たり前に迎え入れる先輩たちとりく先生。
各高校に振り分けられた控室エリアは、関係者以外は入れないはずなんだけど、渋谷先輩ならなんてこないんだろうなって納得した。
「西都がなんのドーピング剤使ってるか2つまで特定できた」
「ほんと?さすが仁君~」
「おそらく異能力増幅系の天煙花か、鬼酒草のどちらかだと思う」
「どっちも特定禁止植物じゃねぇか…」
異能力増幅剤として有名な天煙花と鬼酒草は、どちらも異能力が飛躍的に増加する。
しかし効果は一時的だ。
というのも、規定値を超えると異能力が暴走状態になり、身体が追いつかなくなるためだ。
これまでの異能史上でも何度もでてくる薬で、自ら手にとり自滅した者や、嵌められた者など多く存在する。
「あ、れ…でもその2つって数十年前に一掃されて、いまは陰陽省管轄の研究機関と植物園にしかなかったんじゃ…」
毒性の危険性の高さから、数十年前に有毒性異能花の一掃計画が実行された。
当時は夜花のように毒性を医療に利用する術がなかったため、たくさんの異能花が絶滅することになった。
途中、異能花がなくなることで山の生態系に尋常ではない異常があり、急遽中止され、この計画に反対していた異能研究チームの手によって利用方法がどんどん発見された。
この計画によって医療の進歩は大きく遅れたといっていい異能史の出来事だ。
「1本や2本であれば日本中探し回って奇跡的に見つけたって可能性もあるけど、西都の選手全員分、しかも数日分ってなると考えられるのは陰陽省内部に間者がいる」
「もしくは審判団と同じように買収したか、だね」
どうしてそこまでするんだろう。
私には西都が考えていること、西都のことが全然わかんないし、わかっても理解できそうもない。
「西都の生徒の状態からみて、今日がはじめての服用ではないと思う。あれは何度かやってるね。能面の向こうの目の焦点があっていないし、あれじゃ思考も働いていない。明日が限界値を超える瀬戸際じゃないかな。西都の上層部もそれをわかっててやってると思うな」
「つまり、この大会で優勝さえすれば陰陽師誕生の地としてのプライドが守れるから、生徒の命はどうなってもいいってことだね」
「とくに今年の、ね」
「さすが檜原、そういうこと」
ひどい…!!
異能力が暴走して死んじゃうかもしれないのに、くだらない大人たちのプライドのためだなんて!!
「今年の?なんで今年?」
「そりゃ今年は俺たちと仁君がいるからでしょ」
「あぁ!強いやつがいる年に優勝したら、一番強いってことになるってことね!」
「…馬鹿海斗…」
「な、なんでだよ!!」
緊迫感が漂っていた控室に「バカイト」「バカイト」と、リズム感のいい明るい笑い声が響いた。
でも波川先輩のわかりやすい話のおかげで、西都が今年優勝することに執念を燃やしているのがとてもわかった。
去年2年生チームながらも全国大会に出場し、並居る3年生チームと戦闘しベスト8まで残った先輩たちと、今まで前例のない無属性『奇跡』を使う渋谷先輩。
今後の活躍も注目されている選手が多い今年に優勝することで、名誉挽回できる考えているのだろう。
なんて浅はかなんだろう。
くだらない大人たちのために、先輩たちまで利用されるなんて許せない。
「で、わざわざ報告しにきたのには理由があんだろ?」
ここまでの話をじっと聞いていたりく先生が、2本目の煙草をふかしながら入ってきた。
今度はいらいらを落ち着かせるために吸っているというより、なにか考えこむのに吸っているようだ。
「お察しの通り。ドーピングを無効にする方法を伝えるから、檜原たちにお願いしたい」
「それは構わないけど…仁君はやらないの?」
「残念ながら僕のチームが西都のチームに当たるのははやくて明日なんだ。だから2戦後に西都Bチームとあたる檜原たちに頼みにきたんだ」
「もちろんやるよ。それで無効にする方法って?」
「ありがとう。ただここからが少しやっかいで…」
と、渋谷先輩は眉間をおさえながら話はじめた。
「無効にする方法はそれほど難しくない。素肌に直接天煙花、鬼酒草、それぞれある属性の術をあてるだけでいい」
「え、超簡単じゃん」
「ただ天煙花と鬼酒草は真逆の性質を持っていて、属性を誤ると成分が急増し暴走する。それに西都の戦闘服は全身隠れているし、肝心の顔も能面つけているからね。それを簡単だって言える波川はすごいや」
「うぎっ…!ひ、久しぶりの仁君のストレートは心折れる…」
「ほら、バカイトは黙ってきいてろ」
「はい…」
倒れ込んだ波川先輩を音澤先輩は雑に床に座らせた。
波川先輩は自ら両手で口をおさえていて、そういうお人形さんみたいで少し癒された。
「まず西都のドーピングが天煙花なのか、鬼酒草なのか特定してほしい。特定した上で天煙花には雷属性、鬼酒草には火属性の術を素肌にあてる。一人だけでもあてることができたら僕が連鎖するよう奇跡をかける」
「OK♪それで、天煙花と鬼酒草の見分け方は?」
「実はそれに適任がいる」
「適任?」
渋谷先輩の目がにやりと笑った。
黒いマスクで隠れているけど、たしかに笑ったのがみえた。
「天煙花は無味無臭なのが特徴なんだけど、鬼酒草はかすかにアルコールの匂いがするんだ。でも僕はマスク外せないし、外しても人間の嗅覚ではとらえるのが難しい。だから彼女に見分けてもらう」
渋谷先輩の指が一直線にむかった先は
「・・・え」
私を刺している。
先輩たちも「その手があった」というような顔をしている。
これは、夢・・・なんかじゃないよね・・・・・・?
「彼女の鼻を借りようと思って」
「確かに立華の鼻、すごかったもんな」
「立華ならわかるかもしれないな」
「ま、待ってください!そ、そんな…だって間違えたら西都の人たちが…」
大勢、暴走するかもしれない。
ふうちゃんだって生死を何度もさまよった、異能力の暴走。
私が一瞬の判断を間違えたら、鬼酒草の匂いに気づかず天煙花だと言ったら…
天煙花だったのに別の匂いをアルコール集だと判断してしまったら…
怖い想像が頭をかけめぐり、手足が震えてしまう。
きっと西都の人たちを傷つけてしまう。
もしかしたら死んでしまう人もいるかもしれない。
それに先輩たちにも迷惑をかけてしまうかもしれない。
先輩たちだけじゃなくて、りく先生だって、ふうちゃんにだって。
ちょっと嗅覚がいいだけで、べつに異能でもないのにどうしようどうしよう。
「…大丈夫だよ、立華。もし間違ったとしても誰も立華を責めないよ」
「・・・え?」
足元が暗くなりかけた時、優しい小鷹先輩の声がふりそそいだ。
「あぁ。それにすぐに正しい方で上書きすれば間に合うでしょ?」
「まぁ、君たちなら問題ないでしょう」
「じゃ俺たちにしかできないなー!」
「そういうこと。だから立華は気づくだけでいいんだよ」
「…気づく、ですか?」
「うん」
顔をあげた先には、先輩たちと後ろにりく先生が優しく笑っていた。
あぁ、私が尊敬する先輩たちの笑顔だ。
そして私には足りない部分。
「この前俺たちの道案内してくれたみたいに、なにか違うものに気づこうとしてくれるだけでいいんだ。あとのことは俺たちに任せて」
「小鷹先輩…」
頼もしい先輩たち。
この笑顔に、何度助けられてきただろう。
尊敬する先輩たちの最後の大会で、私なんか役にたてるなら…と、歯を食いしばる。
「…さっきの威勢のいい啖呵はどうしたの?君はずっと守られてるだけでいいの?」
渋谷先輩の言葉が怖くて震えていた心に突き刺さる。
そうだ。
私は守りたいんだ。
大好きな人たちを。
だったら変わらなくちゃ。
乗り越えなくちゃ。
《えでかなら大丈夫》
《ふうちゃん?近くにいるの?》
《うん。俺も協力するよ。だから守ろう、一緒に。えでかの大好きな先輩たちのこと》
《…うん、ありがとう、ふうちゃん・・・》
ーすごい。
あんなに震えて冷たかった手に、熱が戻ってきたのがわかる。
ふうちゃんが握ってくれてるんだ。
それだけで、力がわいてくる。
「・・・やります。私にやらせてください…!」
私なんかが役にたてるなら、じゃない。
先輩たちにとって最後の大会なんだ。
なにがなんでも守ってみせる。
「あれ?そういえばどうしてさっきのこと知ってるんですか?」
ふっと気づいたこと。
それは渋谷先輩の「さっきの威勢のいい啖呵はどうしたの?」の言葉。
どうして私の恥ずかしい失態を知っているのだろうと思い、満足そうな渋谷先輩に聞いてみた。
その時、記憶がよみがえる。
こらえきれず噴出した人がいたことに。
「も、もしかして・・・」
「あぁ。つい聴き入ったよ」
もう、どんなに怒りがたまっても、どんなにほだされても、絶対に口にしない。
そう決めた。
続く




