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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
143/156

ー143-

ー 全国大会2日目 予選 ー


コートから見上げる観客席は応援にきた後輩やOB・OG、保護者たちで、昨日とは比にならないほど大混雑している。

出場校の関係者や生徒たちは昨日席をとれているので、エリアごとにわかれているのが何よりだった。


「そういや火野たち、VIPルームで観戦するらしい」

「まじ!?うらやま!!」

「あ、それなら先輩たちも顔出しにきてって言ってたよ」


コートわきでストレッチする栄一郎君に、博貴がたんこぶと引き換えに用意してもらったことを教えた。

栄一郎君と波川先輩は「ナイス博貴!」とハイタッチをしていて喜んでいた。


「なぁ立華。VIPルームに瑠璃と真紀も呼んでいいか?あいつらまだ席とれてないらしくて」

「え!二人とも来てるんだ!」


真紀ちゃんと瑠璃ちゃんたちの全国大会は今年は西都で行われると聞いていた。

どうやら昨日まで西都で大会に参加していたそうで、真紀ちゃんは個人優勝、瑠璃ちゃんは学生選手権でベスト16にはいったことを教えてくれた。

ちなみに洋介先輩たちも本当は来たかったそうだけど、同じ日程で北都で行われているので残念がっていた。


「じゃぁ大会終わってすぐかけつけてくれたんだね」

「あぁ。だからよけいにあの二人の前では下手なとこみせらんねーな」

「ふふ、余計に気合はいったね、栄一郎君」


栄一郎君は軽くジャンプしているけれど、軽く私の肩を超えていく。

栄一郎君のスイッチが入ったみたい。



私は観客席のにぎやかな声が響くコートから選手しか入れない静かな廊下にでて、りさちんに連絡して真紀ちゃんと瑠璃ちゃんの話をした。

すると一番広いVIPルームを用意してもらっていたそうで、私と先輩たちが入っても余裕で席があまるくらいなんだそう。


「あ、でも楓ちゃん、どうしよう。私、畑中先輩のお姉さんと彼女さんの顔わかんないかも…」

「あ、そっか。小学生以来だもんね」

「うん。それに顔知ってるってくらいだったから…」

「ちょっと待ってて!」


りさちんとの電話を保留にして、私は栄一郎君と小鷹先輩たちのもとへ戻った。

状況を説明すると、栄一郎君も失念していたそうで「あ」と口を大きく開けていた。

予選表を時間を確認するとまだ1時間余裕はあったので、その間に瑠璃ちゃん真紀ちゃんを案内してもいいか聞くと、小鷹先輩はなにか思いついた顔をした。


「じゃぁさ、みんなで行こうよ」

「あ、それいいね。俺もVIPルームみてみたい」

「いいんですか?」

「うん、この人混みの中、立華だけ行かせたら迷子になりそうだからね」


そんなに迷子になるかなと疑問が浮かんだけれど、選手しか入れない控室と観客席をつなぐゲートをぬけると、人の波で壁ができていて、小鷹先輩の言った意味がわかった。


「すいませーん、通してくださーい」


と、栄一郎君が声をかけると、若干の隙間ができた。


「はい、立華も入って」

「は、はい!」


栄一郎君から離れないように音澤先輩に入るタイミングを教えてもらい、なんとか人波に入れた私たち。

人波に入ると人の頭頭頭!で、自分がいまどこを歩いているのか、どこに向かっているのかすら見えない。

もし一人で出ていたら、瑠璃ちゃんと真紀ちゃんと合流なんて出来そうもなく、先輩たちの時間まで戻ってこれなかったかもしれない。

なので先輩たちが周りにいるおかげで迷わずにすみそうだ。


「栄一郎君!真紀ちゃんたち、どこにいるかわかるの?」

「第五ゲートに行くように言ってある。だいたいこの辺にいるはず…」


と言われてもたくさんの頭で第五ゲートの案内すら見えず、すれ違う人たちの会話が頼り。

人波に流され、ゆっくり進んでは立ち止まりを繰り返し、正面ゲートと観客席につながる階段をすぎるとすっと開けた空間にでた。


「あっち~~~!!」

「さすがにすごい人混みだったな…」

「去年より多かったかもね…」


第五ゲートは審判の先生たちや関係者席、VIPルーム専用のゲートになっていた。

そのためさきほどの喧騒は嘘のように静まり返っていた。

すると栄一郎君が声をあげ、手をふるほうに向かっていくと、瑠璃ちゃんと真紀ちゃんも気づいてこちらにむかってきた。


「栄一郎!」

「よかった~無事に合流できて~!こんなに人が多いなんて思わなかった~」

「ふっ、お疲れ」


栄一郎君と会えてうれしそうな瑠璃ちゃんと真紀ちゃん。


「あら?みんなもきてくれたのね!」

「立華も塾ぶり~♪」

「真紀ちゃん!優勝おめでとう!瑠璃ちゃんもベスト16おめでとう~!」


栄一郎君との再会はそこそこに、両手を広げてかけよってきてくれた二人に私はこたえるように飛び込んだ。


「ふふ、真紀の個人優勝はすごいけど、私は自己ベスト出せなくてベスト16だからおめでとうってほどじゃないのよ?」

「どうして?私からみたら瑠璃ちゃんも十分すごいよ!!だって学生選手権ってことは、高校と違って参加選手も多いんでしょう?その中でベスト16だよ!?瑠璃ちゃん、年々すごくなるね!」

「・・・立華、大好き」

「?!?!?!」


本当のことを言っただけなのに瑠璃ちゃんにぎゅうっと抱きしめられ、お人形さんみたいなふわふわの髪から香る甘い香りにドキドキした。

あきれた顔した栄一郎君にはがされ、瑠璃ちゃんは不満顔だけど、どんな表情しても美人なのですごい。


「もう、栄一郎ったら。あ、小鷹君も久しぶり」

「うん。久しぶり」

「元気そうね~。応援してるから頑張ってね」

「ありがとう」


あれ、なんだろう。

瑠璃ちゃんと小鷹先輩は初対面というわけではない。

栄一郎君の家に何度も遊びにいっているはずだから、顔を合わせたことくらいはあるはずだ。

なのに瑠璃ちゃんと小鷹先輩の出している空気と、瑠璃ちゃんと波川先輩や音澤先輩で出す空気感ではなにか特別なものを感じる。


その正体をつかもうとしていると、波川先輩に小さく手招きされ、波川先輩と音澤先輩に近づいた。

すると波川先輩がニヤニヤしながら人差し指を口元にあてながらこう言った。


「・・・実はな、あの二人、昔付き合ってたんだよ」

「えっ!!」

「海斗・・・ばらしてやるなよ・・・」


私の驚いた声が小さなホールに響き、波川先輩が私にバラシてしまったことを、小鷹先輩も瑠璃ちゃんに気づかれてしまった。


「ひゃひゃひゃ!だって立華、どんな反応するかなって思って」


と、お猿さんみたいにコロコロ笑いながら、猫みたいに目を丸くさせて驚いた私の反応を何度も真似してみせた。

波川先輩はなぜか、よく私の反応を真似することが多いんだけど、不思議とおもしろくて自分のことなのに嫌な気がしないんだよね。


でも波川先輩が教えてくれたおかげで、小鷹先輩と瑠璃ちゃんが出す空気の特別感がどういう特別感だったのかわかってすっきりした。

だけど美男美女でお似合いの二人で、いまも仲が良さそうなのにどうして過去形なんだろう?って新たな疑問がわいてしまった。


「まぁ別に隠してるわけじゃないんだけど・・・ちょっと気まずいね」

「あら?それって立華には知られたくなかったってこと?」

「え?いや、そういうんじゃないけど・・・」

「はいはい、そういうことにしてあげますよ。なんだかおもしろそうだし」


なんだか瑠璃ちゃんに転がされてるような小鷹先輩。

いつも頼りになる姿しか見たことがなかったので、新鮮味を感じた。

やっぱり二人はお似合いなんだと思う。


「楓ちゃん!畑中先輩!お待たせしました!」


お似合いな二人のやりとりをほほえましく見守っていると、ちょうどVIPルーム専用キーをもったりさちんがやってきた。

りさちんはぼんやりとしか覚えていなかった二人をみた瞬間、真紀ちゃん瑠璃ちゃんの美女っぷりと、栄一郎君の彼女が妄想じゃなかったことに驚いていた。

案の定栄一郎君には怒られていたけれど、おもしろくて笑いがとまらなかった。



VIPルーム専用ゲートでは事前に申請している者かの確認や、手荷物検査を行い、専用キーを受け取った。

私たちは音澤先輩が代表としてひとつだけ受け取り、まるで高級ホテルのような空間でVIPルーム専用のラウンジまで備わっていた。

そして『スイートBOXルーム』と書かれた扉をあけると、高級感たっぷりの広い空間を埋め尽くすくらいの博貴のにぎやかな声が飛び込んできた。


「あー!!先輩たちと楓だーー!!ってぇ!!!栄一郎先輩が知らない女子と一緒だぁ!!」

「相変わらずどこでもうるせぇな、博貴!」


恥ずかしかったのか、若干嫌そうに真紀ちゃんと瑠璃ちゃんを紹介した栄一郎君。

博貴だけじゃなく、ゆうた君までも栄一郎君の彼女が現実にいたという事実に目を点にしていた。

となると、栄一郎君たちは博貴の質問攻撃にあい、真紀ちゃんたちは栄一郎君をからかいながら楽しそうに話していた。


「楓、おはよ」

「ダイヤちゃん!おはよ!」


昨日りさちんたちと別れるとき、ダイヤちゃんとも挨拶だけはできたけど、ゆっくりお話しする時間はなかったので、ようやくダイヤちゃんの柔らかくなった顔を見ることができた。

元気な博貴に目を奪われてしまったけれど、よく部屋を見渡すと、人数分よりも多いリクライニングソファや、専用スリッパやひざ掛けなどの備品も充実しており、なにより窓枠のない窓から会場を一望できた。


「お昼はみんなどうするの?控室?」

「んーどうだろ?先輩たちがどうするかによるかな?」

「えー俺絶対ここがいいー!!ねー!小鷹ー!昼飯、ここでいいよねー!?」


さっそくリクライニングソファでリクライニングしている波川先輩が小鷹先輩に声をかけた。


「うん、みんながお邪魔じゃなければ」

「やったー!!」

「ふふ、じゃぁお昼、ここに運んでもらうようお願いしてきますね」

「立華よろしく~♪」


このまま寝ちゃうんじゃないかってくらいリラックスしている波川先輩。

模擬戦前にちょうどいいリラックスタイムになってるかもしれない。


「ね!楓ちゃん!この部屋すごいの!ギャラリー席もついてるんだよ♪」

「そうなの?!」

「うん!しかもすごい眺めがいいの!来て来て♪」


りさちんはずっとギャラリー席を案内したかったみたいで、うずうずしていたようだ。

ダイヤちゃんも一緒に部屋の奥に進むと窓につながって専用シートになっていた。

座席も昨日座っていた一般的な座席ではなく、ソファ席になっており、人席分の広さが贅沢なつくりだ。


「わっ!ほんと!ちょうどいい距離だし、表情までみえるね!」

「でしょ!?私もびっくりしちゃった!」

「VIPルームは特別な結界がはってあって、ギャラリー席よりも高い場所にあるんだけど、コートに一番近い望遠結界になってるのよ」


ダイヤちゃんは何度もお兄さんたちと利用したことがあるそうで、お兄さんたちから何度もいろんなうんちくを聞かされたと教えてくれた。

他にもギャラリー席のソファは長時間座っていても疲れない設計で、何度も改良を重ね、そのたびに開発者の人が自分で実験を繰り返したとか、望遠結界の解像度も目が疲れないよう何度も調整したとか話すダイヤちゃんがおもしろくて、きっとお兄さんたちはダイヤちゃんがかわいくていろいろ教えたかったのかなと思った。


「立華ー、そろそろ行くぞー」

「あ!はい!」


おしゃべりに夢中だった私を音澤先輩が呼びにきてくれて、もう30分経ってしまったことに驚いた。


「じゃ、またあとでね楓ちゃん!音澤先輩も応援してますね!」

「ありがとな、榎土。ん?」


音澤先輩とすれ違う瞬間、なにかに気づいたようで私もつい足をとめた。

ギャラリー席の奥のほうに視線を向けていたのでたどると、冷たい視線が私を刺した。


「波多野じゃん。お前もいたんだな。博貴につれてこられたか?」

「…まぁ、そんなところです」


無意識に波多野からの視線から逃げた。

一瞬目があっただけ。

いまは私のことなんて気にも留めず、いつもの声色で音澤先輩と話している。

私の気にしすぎだってわかっていても、あの時耳に残った声色が重なって私を刺し続ける。


波多野がここにいるなんて思っていなかった。

てっきりゆか先輩と一緒にいるか、白虎組のところにいるんだと思っていた。

でも博貴の性格上、放っておけなかったのだろうとは思う。

ということは、お昼も一緒になるってことなのかと気づいた。

正直、いまはあまり波多野と顔を合わせたくはない。

みんなと一緒にお昼を食べたい気持ちも強いけれど、また影の中の私が出てきたら嫌だ。


「じゃ、また昼にな」

「あ、すみません。俺、昼はちょっと…」

「ん?先約?」

「はい…家の都合でちょっと…」




ほっとした。

波多野と顔を合わせなくてもいいってわかって。

でも視界の隅にぼんやり映る波多野を傷つけていなかと、少し罪悪感で胸が痛んだ。


ううん、罪悪感とはちょっと違うかもしれない。

今の私はきっと、波多野でさえ人を傷つけるのが嫌だっていうエゴ。

私が露骨に安心したことを知られて、波多野を傷つけてしまっていたらというエゴが安心したという罪悪感。

私って嫌な人間だな、と思った。




りさちんたちに見送られ、VIPルームを後にした私たち。

コートに戻ったらすぐに先輩たちの模擬戦がはじまる。

暗い気持ちを引きずっていてはだめだと、頬を叩いて気合を入れ直した。


「気合入ってるな」

「音澤先輩!」

「俺らより気合入ってるかもな」

「そ、そんなことはないです…!!」


ちょっと恥ずかしいところを音澤先輩にみられてしまった。


「あはは!それは心強いね!」

「小鷹先輩までぇ…」

「なら怪我しても立華がいれば安心だな~」

「海斗、この気合はお前に怪我をさせないための気合だぞ」

「うっ」

「だからいつもより怖いかもしれないぞ」

「まじか」


話にのってきた栄一郎君が「じゃ立華、お前海斗のかわりに出るか?」と本気の顔して冗談を言うので胸の痛さも恥ずかしさも飛んでいってしまった。


「もー栄一郎君も無茶言わないでよー!」

「はは!すまんすまん」

「あ、俺、VIP専用トイレ行きたい」

「海斗は自由だなー」

「さっき部屋にあったドリンクバー、全部試してたからね」


そんなことをしていたなんて全然気づかなかったものの、会場にあるお手洗いだと混雑しそうだと思ったので私もお手洗いに向かった。

VIPルームのお手洗いということもあり、私しか使用者はおらず、綺麗なお手洗いでうれしい。


「わっ、私、ほんとに男の子になってる」


手を洗っていると、曇りひとつない大きな鏡に映し出されたのは、なんの特徴もない一般的な男子高校生。

少し幼く見えたので1年生だろうか。

どの角度からみても完璧な男子高校生なので、ふうちゃんの術の完成度の高さに感動した。


ここまで完璧な男子高校生だったら、もしかしたら波多野には私だと気づかれなかったかもしれないとハッとした。

波多野にはただの知らない男子高校生に見えていたかも、と。

そしたらあの鋭い視線も、私に対してではなく「誰だあいつ」的な視線だったかもしれない。

そう思ったらさっきの出来事がなんてことないように上書きされて、足取り軽く先輩たちのもとに戻った。




続く


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