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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
142/157

ー142-

「開会式、あっけなく終わったな~」

「10分で終わったな」

「それやる意味ないよな?!」

「あはは!でも去年の長すぎるよりはいいじゃない」


無難な開会式があっという間に終わると、りさちんたちと別れ、私は小鷹先輩たちと合流し、北都高校控室にやってきた。

小鷹先輩の指示のもと、各チームへロッカーの割り振りや治療具をセットした。

開会式後はコートが開放されるので、コートの感触や、結界になれておきたい選手や、対戦相手の偵察と挑発として前日練習にむかう生徒が多い。

でも先輩たちは私がくるまでのんびりおしゃべりしていたみたい。


「じゃ、立華もきたし行こうか」

「え??ど、どこに行くんですか?」

「それは着いてからのお楽しみだな~」


練習に向かう他の選手たちとは逆方向に進み、先輩たちの足が出口の正面ゲートへ向かっていく。

私は頭にはてなマークを浮かべながら先輩たちの後についていく。


「おう、準備できたか?」

「はーい!石井はBチームと練習してくってさ~」

「そうか。じゃ、さっさと乗り込め。出発するぞ」

「はいはーい!!」


正面ゲートを出た私たちは、そのまま駐車場に向かい、なぜかワゴン車の前でりく先生が煙草を吸っていた。

波川先輩と栄一郎君が早速車に乗り込み、音澤先輩が助手席にまわった。


「こ、小鷹先輩、りく先生…ど、どこに行くんですか?」

「あれ?聞いてないのか?ここから少し走らせたところに必勝神社があってな、北都高校はそこにお参りいく習わしなんだ」

「と言っても、数年前に全国制覇した先輩がお参りしたことで、それにならって参拝する人が増えたんだ。去年洋介先輩もお参りしたって言ってたからりく先生にお願いしたんだ」

「そうだったんですね…」

「ほら、しゃべってないで出発するぞ」

「あ、はい!」


波川先輩に「はやく行こうぜー!」と何度も呼ばれ、急いで後部座席に乗り込んだ私と小鷹先輩。

先輩たちの話によると、何百年も前に北都出身の異能力をもった武士が北都で悪さをしていた鬼を瀕死まで追い詰めたが重症を負わせ東都に逃げていったのだそう。

しかし驚異的な意志の強さと生命力で東都まで追いかけ、退治することができた。

だが相打ちだったこともあり、武士はその場で息絶え、北都の英雄が眠る地として東都にかけ合い祀られることになった神社だと教えてくれた。


私はその話を聞いている間、ふうちゃんと鬼神を重ねていた。


(でも・・・結末だけは絶対、同じにはさせない)


そう決意を握り拳にこめて。




車を走らせること10分ほどで目的の神社にやってきた。

それほど大きくはない鳥居の横にある社号標には「大堀神社」と刻まれている。

都心のど真ん中にひっそりとたたずみ、知る人ぞ知るといった雰囲気で、来たものを静かに歓迎するような風が吹いた。

鳥居をくぐり、階段をのぼった先には入口からは想定していなかった広い参道が広がっていて、大きな樹々たちが立派に並んでいる。

そのおかげで、都会の喧騒から閉ざされた空間のようだった。


「おっ!意外と広いんだな~」

「しかも貸し切り~ラッキー!」

「とはいえ大人しく参拝しろよ」

「はーい」


どうやらこの時間は私たちだけしか参拝客がおらず、貸し切り状態だ。

先輩たちのにぎやかな声も、鈴のように参道を彩る。


「この神社はね、伝承の武士のように強い意志をもてば、どんな逆境でも覆すことができるって言われてるんだ。東都に流れ着いてこのあたりでも悪さを続けていたから、この地の人たちにとっても救世主だったんだとうね。だから武士の苗字からとって大堀神社って名付けたそうだよ」

「そんな歴史があるんですね。こんな静かで優しい神社なのに…不思議ですね」

「ふふ、まさに俺たちみたいでしょ?」


手水舎で順番待ちをしていると、小鷹先輩がにかっと笑った。


「ふふふ!たしかに先輩たちにぴったりです!」


穏やかで、心地いい中に何にも負けない強さをもった先輩たち。

先輩たちのそばは、寝ころびたくなるような気持ちのいい参道のようで。

きっと先輩たちに力を貸してくれるような気がした。


参道内には丁寧にお世話された花壇や、小さいけれど錦鯉が優雅に泳ぐ小池があり、みんなでのんびりと散策していると、ひときわ大きな樹が目に入った。


「この神社の御神木だね」

「すごく立派な樹ですもんね…!あれ…?でもなんだろう?他の樹と違う感じが…」


しめ縄が張られた御神木は、他の樹々たちよりもひときわ大きく、そして両手を広げても届かないくらい太さもあった。

長い年月を感じさせるほど堂々とした姿は圧巻なのだが、私の気のせいかもしれないが葉が揺らめくたびに色味が変わったり、樹皮がトクンと脈をうったようにみえた。


「それに他の樹よりもりが強いですね。すぅっとしていい香り」

「あはは!立華はほんとうに鼻がいいんだね!」


小鷹先輩がそう言って笑うと、栄一郎君と波川先輩もくんくん香りを探したけれど全然わからなかったみたい。


「異能、感じるでしょ?」

「あ、や、やっぱり異能だったんですね?!」


私が感じた正体は気のせいではなく、まぎれもなく異能力だった。

でも異能力をもった樹ってどういうことだろうと、首をかしげると、小鷹先輩が説明してくれた。


「ここに祀られている武士は、樹属性の武士だったんだ。亡くなる直前、北都の安全を願ってわずかに残った異能力でこの樹を植えて息をひきとったって言われているんだよ」

「それがこの御神木なんですね…すごい…まだこの樹は生きてるんですね…」


いったい何百年ここから北都を見守ってきたのだろう。

そう思いを馳せるけれど、さみしくなかったかな、いまの北都をどう見てるだろうと考えてしまった。


「・・・・・・この樹ももってあと300年だな」

「・・・え?」


横からすっとあらわれたりく先生が御神木に手をふれた。

先輩たちは掲示板の前でなにやら談笑していた。


「300年って…それって長いんですか?」

「いや、この種類だったらもう500年くらいは生きれるはずだ。まぁ俺たちに比べたら長生きだけどな」


りく先生がいうには参拝者も昔に比べたら減っていること、そして環境が悪化していることが原因で寿命がどんどん短くなっているらしい。

周りの樹々たちも残り100年ほどだそうだ。

一応地域課の人たちが手入れしてくれているそうだが、年々予算も減り、手入れの回数も減ってしまったという。

きちんと手入れを続けてくれたら、400年ほど伸びる可能性はあるが、現状難しいだろうと言った。


「も…もしかして、御神木が教えてくれてるんですか?」


先輩たちに聞こえないよう、こそっとりく先生に聞いてみた。


「あぁ。だからなぁ…こう声をきいてしまうと、なにもせずに帰ると後ろ髪を引かれるんだよなぁ…」


と、りく先生はぼやきながらそっと御神木から手を離した。

離れる瞬間、ぽんっと心地よい、軽やかな音がするとざわざわと枝葉たちがゆらめき、周りの樹々たちも連動するようにざわざわと波をうった。

先輩たちも風が吹いていないのに樹々たちが躍る様子を不思議そうに眺めていた。


「せ、せんせぇ?いまのって…」

「あー、ほんのちょっとだけ厄を払ってなっただけだ。50年くらいは寿命のびたかもな」


少し気まずそうに照れたりく先生は「誰にも言うなよ」と、無茶なことを言って、波川先輩が呼ぶ掲示板のほうに向かった。


「ほら、さっさと参拝すますぞ」

「りく先~、そんな罰当たりなー」

「うるさい。帰ったらお前らの練習みてやんだからはやく帰るぞ」

「はいはーい」


小鷹先輩が代表して鈴をならし、気持ちのいい拍手の音が神社内に響き渡る。

なんとなく空気が澄んだ気がして、少し遅れて手を合わせる私。


(…先輩たちが優勝できますように)


先輩たちと一緒に練習してきた2年間。

先輩たちの努力をずっとそばでみてきた。

基礎体力をつけるために真夏でも真冬でも外周を走り続けたり、異能切れになるまで追い込みをかけ、外で吐いては練習に戻り、また吐いてを繰り返したり。

自由戦闘の時間になると真っ先に洋介先輩たちに模擬戦を申し込みに走ったり、深夜まで術研究に時間を費やしたり。

他校との模擬戦や、大会で負けても決して先輩たちは悔し涙を流さなかった。

そんな先輩たちの背中から、苦しくても、悔しくても、辛くても決して顔には出さず、ピンチなときこそ笑う先輩たちの覚悟をみてきた。


だから先輩たちの想いがどうか報われますように。

先輩たちが笑顔で優勝旗を受け取れますように。


そう何度も何度も強く願い、顔をあげると先輩たちはまだ真剣な顔で手を合わせていた。




参拝が終わると、波川先輩が真っ先に掲示板に向かい「立華!りく先!こっちこっち!これみて!」と大きく手招いた。


「ったく、さっさと帰るぞって言ってんのに」

「いいからいいから!立華!これ見てみ!」

「?なんですか?」


波川先輩が見せたい掲示板には、今年の厄年の年表や、今月の地域行事、神社の歴史などの掲示物がはられていた。


「あ、お祭り!」

「そう!近くの公園にも出店くんだって!大会終わった後だし、みんなで来ようぜ!」


お祭りのポスターにはたくさんの提灯が公園までつづき、出店もたくさん並んでいてとてもにぎやかそう。

近くに大きな川もあり、そこから花火もあがるそうで、さすが都会のお祭りだなとみているだけでワクワクしてくる。

ふうちゃんと一緒に行けるだろうかって想像しちゃうけど、特訓優先だから来年のお楽しみにしようと決めた。


「いいね、楽しそう」

「俺、屋台の焼きそば好きなんだよねー」

「俺はやっぱりたこ焼きかな~」

「な!立華も榎土たち誘って行こうぜ!」

「お前らなぁ…って、この日お前ら北都に帰る日じゃん」

「「あ」」


何度もポスターに書かれた日にちと、時間をみては波川先輩は地面に手をついた。


「りく先~~!!1日だけのばせない~~!?」

「無理だな。外出届で出してる日程も東都のオープンキャンパス含めた大会期間のみだし、だいたいお前ら北都のオープンキャンパス行くんだろ?次の日に帰るにしたって間に合わねーぞ」

「あぁぁ…そうだったぁ…俺の夏がぁぁぁ」

「ならしょうがないかー。帰って北都神社の祭りにでも行こうぜ」

「北都神社のお祭りも好きだけどね」


先輩たちは北都のオープンキャンパスに参加するため、残念だけどお祭りには参加できないみたい。

それに大会が終わると先輩たちは引退となる。

なので部室の清掃や、荷物を片付け、すぐに受験勉強に切り替わる。

せっかくなら引退前に楽しい思い出つくれたらって思ったけれど、あきらめるしかないみたい。


「小鷹、お前も北都のオープンキャンパス参加するんだって?」

「…はい。ちょっと気になることがあって」

「そうか…。お前ひとりくらいなら東都に残せたんだけど、ならしょうがないな」

「???」


東都大への推薦が決まっている小鷹先輩。

波川先輩と栄一郎君、音澤先輩たちが北都のオープンキャンパスに参加するから一緒に行きたいのかなと思ったけれど、間が少し空いたのが気になった。




東都武道館に到着すると「お前がここで待ってろ。すぐに迎えがくる」そう言って正面ゲート前におろされた。

りく先生と先輩たちは、隣接する選手専用のホテルに戻るそう。

練習用に道場を予約しており、渋谷先輩も合流して練習し合うみたい。


「じゃぁ、また明日ね、立華」

「明日からよろしくな!」

「はい!お疲れ様でした!練習頑張ってくださいね!」


先輩たちを見送り、車が小さくなるとすぐに迎えはやってきた。


「えでか!おかえり!」

「ふうちゃん!ただいま!」


正面ゲートが結界層への入口になっていたようで、まるで私を待っていたかのようにすぐに迎えにきてくれた。


「もうお仕事は終わったの?」

「ううん。まだ開放時間で練習してるチームあるんだよ。だから最後に見回りと、メンテナンスが残ってるんだ」

「そっか。じゃぁ終わるまで待ってるよ」

「ありがとう、えでか。俺も待っててほしいけど、もうすぐ櫻子姉さんがくるから、それまで一緒に待ってるよ」

「わかった。ありがとう、ふうちゃん!」


ふうちゃんも待っててほしかったみたいだけど、ずっとそばにいれるわけじゃないから、櫻子お姉さんに迎えを頼んでいたみたい。

それが一番安全だからって。


「それにしてもりくさんも兄ちゃんも、えでかが大堀神社に行くこと誰も教えてくれなかったんだよ~。ひどいよねー」

「ふふふ、私もびっくりしちゃった!でもとってもいいところだったよ」

「…えでかが楽しかったならよかったよ」


御神木が異能力をもっていたことや、花壇がとても綺麗だったこと、樹々たちがざわざわと波打っていたことを、身振り手振りで説明する私を、ふうちゃんはニコニコしながら聞いてくれた。


「あ、そういえば先輩たちはどうなったの?」

「あぁ、あの先輩たちね」


私に悪意をもって毒入りのお茶を飲まそうとした先輩たち。

りく先生に捕まったとは聞いていたけれど、それからどうなったのかすっかり忘れていた。


「いまごろどこかの汚いトイレで苦しんでるんじゃないかな。かわいそうだよね~」


と、ふうちゃんは悪い顔して笑うので、本当はかわいそうと思っていないことがおもしろかった。


「そろそろ北都に戻される予定だし、無期限の停学になるそうだよ。だから夏休み中に退学すると思うよ」

「そ、そうなんだ…」


退学ときいて少しドキッとしたけれど、少しも胸が痛んでいないし、むしろどこか清々していることに気づいた。

そんな私ですら優しく包み込むふうちゃんの瞳にほだされてしまうようで。

ここが正面ゲートであろうと、練習帰りの選手が通ろうと、ふうちゃんの胸に飛び込みたくなった。




続く

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