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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
141/151

ー141-

ー 全国大会 一日目 ー


東都武道館のギャラリー席をぐるぐるとまわりながら友人の姿を探す私。

八角形につくられた東都武道館は、ギャラリー席が3階まであり、座席や通路に書かれた番号を覚えておかないと同じところを何度も往復しそうになる。

ましてや北都、東都、西都、南都、全国の高校生や関係者が集まっているのだもの。

迷子にならないほうがおかしい。


渋滞した通路をゆっくり進むと、やっと見慣れた制服がかたまっているエリアにやってきた。


「楓ちゃん!こっちこっち~!!」

「りさちん!お待たせ!」


階段を一段一段おりていると、先に私を見つけた元気いっぱいのりさちんの声がした。

ぶんぶんと音が聞こえるくらい手をふるりさちんに、私も応えるように足早に階段をかけおりた。


「おっはよ~かえで!」

「おはようございます、楓さん」

「たかちゃんもゆうた君もおはよう…だけど二人ともなんでそんなにボロボロなの…?」


数日ぶりに会った博貴とゆうた君は、なぜか包帯と絆創膏だらけで、どこの討伐帰りなのだろうと思うほどだった。


「ほら!だから言ったじゃん!楓ちゃん心配するよって!!」

「ご、ごめん…りさ…」


りさちんに怒られてしょんぼりするゆうた君と、気まずそうに笑う博貴。

思い出しながらまた怒り出したりさちんが教えてくれた理由によると、昨夜ダイヤちゃんのお兄さん3人に近郷家直伝の特訓をつけてもらったのだそう。


「だってさぁ!兄たちより弱いやつに妹はやれないって言うんだもん!!負けられないよぉ~!」

「それに近郷さんのお兄さんたちって、実業団でも常連の近郷グループのエースなんだ。こんな機会めったにないよ」

「それはそうだけど!」

「りさも楽しんでたじゃん~」

「ぐっ…!!」


ダイヤちゃんのお兄さんたちの中に土属性のお兄さんがいたようで、りさちんも特訓をつけてもらって楽しんでいたみたい。


「でもりさちんは二人みたいに怪我してないからね?」

「うっ、ごもっとも」


痛いところをつかれたふたりは反省して、りさちんに謝った。


「今日の特訓では気を付ける」

「また怪我したら、本当に怒るからね」

「うん、わかった」


りさちんもほっとしたようで、ゆうた君もやっと笑った。


《ふうちゃん、りさちんたちと合流できたよ》

《こっちでも見たよ。ゆうたと博貴、すごい怪我だったね》

《うん、りさちんが怒るのも当然だよ》

《俺も気を付けなくちゃな》


結界層で警備中のふうちゃんに到着したことを報告すると、合流するまでずっと見守ってくれていたのだなと伝わって嬉しかった。


「…それにしても…」

「??」


3人がとってくれた席に腰をおろし、傾斜が高いつくりのためコート全体がよく見える。

と、会場の盛り上がりにワクワクしていると、りさちんがまじまじと私を見る。


「り、りさちん…?」

「ん~~…どこからどうみても楓ちゃんだよねぇ…」

「うん、でもよく見るとなにか術がかけられているって気がする」

「でも大雅が教えてくれなかったらわかんないね~」


3人が不思議そうな目で私を観察する理由は、朝ふうちゃんが私にかけてくれた術にある。

どんな術かというと、私の存在感が薄くなっており集中しなければ気づかないようになっている。

しかも・・・


「楓ちゃん、ほんとに男子になってるの???」


そう、なんと私の姿が男子に見えるようになっているのだ。


「でも私たちにはいつもの楓ちゃんに見えるよ?制服も…女子のだし…」

「あ、それはね、私に悪意がある人には男子に見えるようになってるの。制服も性別に合わせて認識されるようにしたんだって」

「なるほどねー。ふふ、水樹君に大事にされてるんだね♪」

「へへ…うん♪」


きっと東都生に絡まれるだろうし、嫌がらせされると思うからってつくってくれた術だった。

だからりさちんの言う通り、ふうちゃんが大事にしてくれているからこその術なので、お兄さんに「お前…徹夜してなにかしてるなと思ったら…」とあきれられていたけれど、私はとても嬉しかった。


「いいなその術…水樹君に教わりたいな…りさ、さっき南都生に声かけられてたし…」

「ゆ、ゆうた君!?」


ゆうた君の真剣なまなざしに、りさちんは顔を真っ赤にして照れていたけれど、大事にされているのはりさちんも同じだなって思った。




だんだんギャラリー席が各高校の色に染まってきたころ、コートには参加選手が徐々に集まりだしていた。

南都の戦闘服は光ちゃんと湊のアルバムで見た通り、温かい気候と人柄を表したオレンジに金色をあしらっており、機動力を重視したものだ。

そして西都はまるで平安時代に戻ったかのような戦闘服で、ひときわ目をひく。

それでもうちの制服が一番かっこいいなと思うし、東都の戦闘服を着たふうちゃんは殿堂入りなくらいかっこいいと思う。


私たちの周りにもクラスメイトや戦闘倶楽部メンバーが集まってきて、私が声をかけるとみな「わっ!い、いたの!?」と驚いていた。

ふうちゃんの術はすごいなって実感して嬉しい。


「なーに楓ちゃん、水樹君のことでも考えてたの~??」

「え!あ、ば、バレた??」

「うん、ニヤニヤしてたね」


そんなにバレバレだったことに恥ずかしくなったけれど、本当のことだから仕方ないよね。


「それで~水樹君と一緒に住んでる気分ってどう??」

「え!!す、住んでる!?ち、違うよ!泊まらせてもらってるだけで…!!」

「だって同じ屋根の下なんでしょ~??いっしょいっしょ♪」

「でもふうちゃんだけじゃなくてお兄さんとお姉さんたちも一緒だから。まぁ最初は緊張したけど、みんなよくしてくれるから今は毎日楽しいよ♪」


恋バナに飢えた目をしたりさちんは、私が本当に嬉しそうな顔をしたのか満足気だ。


「ね!そういえばダイヤちゃん家はどう?」

「そう!その話もしたかったの!!」


気になっていたダイヤちゃん家の話。

すっごいお屋敷だよって連絡をもらったきり続報がなかったので気になっていたのだ。

それにダイヤちゃんにお兄さんがいたっていうのも初耳だったので特訓話について詳しく聞きたいところ。


「え!ダイヤちゃんの話~!!??ダイヤちゃんの話ならまっかせてよ~!!」


と、ゆうた君と話をしていたのにダイヤちゃんの名前を聞いたら目をキラキラさせて話に入ってきた博貴。


「ダイヤちゃん家すっっっごいんだよ~~!!庭も公園みたいに広くってお家に練習場もあるんだよ!!」

「しかも録画機能とか清掃機能も完備だし、テレビでみるようなお家でお手伝いさんもいて私もびっくり!!」

「図書室もあって過去の大会記録も保管してあったよ」

「そ、それはすごいね…」


他にもキッチンが高級レストラン並みでりさちんがしばらくキッチンから離れなかったとか、何度も部屋を覚えられなくてダイヤちゃんにガイドを頼んだとか、寮の大浴場より大きくて何度も泳いだとか、みんなそれぞれ楽しんだことが伝わってきた。


「ダイヤちゃんも一緒に座れたらよかったのにねー」

「学校で指定されちゃうと難しいよね」


私もダイヤちゃんとおしゃべりしたいのに、指定エリアが離れていると気軽に会いにいけそうにはない。

開会式が終わった後、私は先輩たちと合流する予定なので今日会うのは難しいかなと思うとちょっとさみしい。


「ふっふっふっ」

「ん?どうしたの、たかちゃん」

「ほんと、変な笑い方」

「ちょっとみんな、耳かして」


そういうと私とりさちんとゆうた君は、博貴にぎゅっと近寄った。

そして普段は普通の音量でさえ大きい博貴は、限界まで声を細めてゆっくりささやいた。


「実は、ダイヤちゃんの二番目のお兄さんがこの大会に出資してて、昨日一本とれたらVIPルーム用意してあげるって言われてさ。なんと頭のコブと引き換えに、俺、一本とってきました~~~~」

「え~~~~たかちゃんすごい!!!」

「りさ!しーっ!しーーっ!!」

「あっ!!」


慌てて口をおさえるりさちん。

誰かに聞かれていないか見渡してみると、りさちんの声はかき消されるくらいのにぎやかさだったので胸をなでおろした。


「ダイヤちゃんももともとそっちで観戦する予定だったんだって~。10人くらい余裕で入れるからさ、明日からVIPルームいこうよ!」

「すごいよたかちゃん!ありがとう~~!!」

「昨日やけに粘ってるなって思ったらこのことだったんだ。でもありがとう博貴」

「楓も!先輩たちと遊びにきて!」

「うん!どんなお部屋か気になるし、先輩たちにも声かけておくね!」

「ふふん、みんな俺のたんこぶに感謝してよね~」


痛々しそうに腫れてる後頭部のたんこぶだけど、誇らしげに見せてくる博貴にひとしきり笑ったあと、すこし眉尻を下げた。


「波多野にも声かけたんだけどさ~断られちゃった」

「そういえば家族でいくって言ってたね」


波多野の名前を聞いたら反射的にあの言葉が浮かんで心臓がぎゅっとした。

でもさみしそうな博貴の顔をみたらすぐに頭から消え去った。


「大丈夫だよ。これね、秘密って言われたんだけど、ゆか先輩のご家族と一緒に来てるんだって」

「え!?そうなの!?」

「うん、ゆか先輩から聞いたから本当だよ。親同士が仲が良いんだって」

「そっか~それならよかった~~~!!俺、波多野にしつこく連絡しちゃったから嫌われたかと思ったー!!」

「…たかちゃんは大丈夫だよ」

「かえで?」

「あ!ううん!なんでもないよ!」

「そ??」


危ない。自制がきかずぽろっと口が勝手に動いてしまった。

でも博貴の耳に入らなかったのは、りさちんの「えー!波多野君とゆか先輩、そういう仲なのーー!!?」とテンションの高い声にかき消されたおかげだ。

博貴も安心したのかいつもの博貴に戻り、りさちんと一緒に盛り上がっている。

私もほっとして、ゆか先輩のことを考えたらきっとうれしいだろうな、楽しいだろうな、また話聞きたいなって心が浮ついた。




「あ、先輩たち出てきた」

「そろそろ時間だね」

「全国大会の開会式ってどんななのかなー?!」


『北都高校Aチーム』のプラカードをもった小鷹先輩と、波川先輩、栄一郎君、音澤先輩が指定された位置に向かっていた。

みんないつも通り仲良さそうに歩いていて、他の先輩たちのような緊張はみられない。


(さすが先輩たちだな)


と思っていると、私たちの近くに3年生の女子の先輩たちがやってきた。


「あれ~?榎戸ちゃ~ん、立華ちゃんいないの~?」

「あ、えっと楓ちゃんなら…」


それは紙コップに入ったお茶を持った治癒隊の先輩たちだった。

先輩たちに会うのは合宿以来だったので挨拶しようと立ち上がろうとすると


「いないじゃ~ん!せっかくこれ作ってきたのに無駄足!」

「え…?」


今まで聞いたことがない低い声と、いらだった表情に立ち上がれなくなった。


「これどーする?30分以内になんとかしないと…」

「急いでさがそ」

「もし立華ちゃん戻ってきたらすぐ連絡してね~」

「てかあんな地味な男いたっけ?」

「さぁ?1年じゃね?」


と、先輩たちは口早に立ち去っていってしまったけれど、去り際「まじなんであの子が選ばれてんの?後輩のくせに」「生意気」との声が聞こえた。

ふうちゃんがかけてくれた認識阻害の術は、私に悪意を持っていると男子にみえる術だ。

先輩たちにはかわいがってもらっていると思っていたのに、私が男子に見えていたショックで薄くなっている存在感が消えてしまいそうだった。


「きゃああ!!!」


落ち込んでいた顔が甲高い悲鳴で起き上がると、階段をのぼっていた先輩たちがなにやら青ざめていた。

すると頭からお茶をかぶってしまったのか、くるくる巻いたパーマや盛り盛りにもった髪の毛がびしょぬれになり、お茶がしたたっている。


「やばい!やばいよ!!はやくしないと!!」

「てめぇなに急に立ち止まってんだよ!!」

「私じゃない!!いきなりお茶が勝手に動いたの!!それに変なんだって!!もともとこんなにお茶つくってなかったじゃん!!!」

「いいからはやく解毒薬だせ!!!」

「ま、待って!!とれない!とれないの!!手が動かないの!!」

「ふざけんな!!はやくしないとうちらに毒が…っ!!!」


メイクもドロドロになってしまった先輩が言ってはいけなかったことを口走ると、会場がシーンと静まり、自分たちに視線が集まっていることに気が付いた。

すでに青ざめていた顔がさらに青くなると、先輩たちは「ち、ちがうからっ!!」「いまのは冗談だから!!」と言って視線から逃げるように走っていった。



「あの先輩たち…なにか企んでた」

「うん…私、嫌われてたんだなぁ…」


りさちんが逃げる先輩たちの姿が見えなくなるまで、するどい目で追っていた。

治癒隊にはほとんどくることもなく、治療の腕もそこまで上手ではないし、小鷹先輩たちに術をかけたりしてあまり好きではない先輩たちだったけれど、私には魅了の術をかけていなかったそうだから、いち後輩として先輩たちなりにかわいがってくれていると思っていた。

でもそれもすべて悪意があってのことだったのかと思うと、傷つかないはずはない。




ふわっ




透明ななにかに包まれているかのように、ほほがあたたかい。

そして優しい華やかな香りが私を支える。


《ふうちゃん…?》

《うん、よく気づいたね》

《わかるよ、大好きな匂いだもん》


私が傷ついたことに心配して、現実層に一番近い結界層までおりてきてくれたふうちゃん。

ふうちゃんの姿は見えないけれど、でも優しく抱きしめてくれているのがわかる。

おかげで痛かった胸も、だんだんあたたまっていく。


《ねぇふうちゃん、もしかしてさっきのもふうちゃん?》

《もしかしなくても俺だよ。あいつら、えでかに嫉妬してお茶に軽い毒をいれてたんだ。そしたら自分たちが介抱して、補助スタッフかわろうとしてたんだ》

《そうだったんだ…いい先輩たちだと思ってたんだけどなぁ…》


先輩たちが混乱したように「勝手に動いた!」とか「こんなにお茶多くなかった!」とか騒いでいたのは、すべてふうちゃんによるものだった。


《でも先輩たちに小鷹先輩たちのサポートは任せたくないから…ふうちゃんが来てくれて落ち着いた。ありがと、ふうちゃん》

《ううん、えでかが傷つく前に片付ければよかったんだけど間に合わなくてごめん》

《そんなことないよ。だってすっきりしたもん。先輩たち、いまごろどうしてるかな?》

《いまごろりくさんに捕まってるんじゃないかな。それに下剤山盛りに追加しておいたし、いい気味だよ》

《ふふふ、ほんとだね》


ふうちゃんがきてくれたおかげで、傷ついてたのが嘘みたいに本音がこぼれる。

小鷹先輩は私に魅了の術はかかっていないって言ってくれたけれど、もしかしたら気を遣ってくれたのかもしれない。

でもかかっていたにせよ、かかっていなかったにせよ、私は先輩たちに利用されたということだ。

だから今までずっとかわいがるふりをしていたんだ。

最初はショックだったけれど、からくりがわかったいまはいい気味、としか思えないや。


《ふうちゃん、いい術つくってくれてありがとね》


先輩たちの本性がわかったのも、ふうちゃんがつくってくれた術のおかげ。

ふうちゃんの優しさに守られた術のおかげ。

ふうちゃんがいる結界層に届くように、見えない腕をのばした。




続く

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