ー140-
ふうちゃんが2836敗したころ、りく先生がなにかを思い出したかのようにスーツのポッケをごそごそしはじめた。
「そうだ、これ、お前にやる」
「なんですか?これ…種?」
手のひらに乗せられたのは、逃走用植物よりも大きく、アーモンドサイズの種だった。
「龍花草の種だ」
「龍花草って…りく先生がいつも乗ってるやつですか?」
「あぁ」
白尾山神社で初めてみた、りく先生の龍花草。
まるで龍の背に乗り、自由自在に操っているかのようで、しかもりく先生を運ぶだけでなく、自らも戦闘能力があり、りく先生に引けを取らない強さだった。
「だいぶ空中感覚つかめてきたみたいだし、そろそろ頃合いかと思ってな」
「あ、ありがとうございます…!!」
ちょうどもっと頑張るぞ!と意気込んでいたタイミングだったから、頑張れるものが増えてうれしい。
「龍花草は俺が移動する手間をはぶきたくて創造したものでな。移動するついでに戦ってくれたら楽だなっていろいろ足したらあぁなったんだよ」
「・・・」
あんなに強くてかっこいい龍花草が、まさかりく先生の面倒臭さからきていたなんて拍子抜け。
ぽかんとする私にりく先生は「そ、そういうもんなんだよ!」って気まずそうに煙草に逃げた。
「つまりだっ!これはお前が想像したものが創造される種なんだよ。俺の龍花草になるわけじゃない。結果的に龍のような形になっただけだ」
と、龍花草と名付けたのは櫻子お姉さんだと教えてくれた。
「そうだったんですね…」
「だからこれはお前が育てるんだ。どういう花になってほしいか、どうしてほしいのか、どうなってほしいのか、想像して育てろ。お前の想像が栄養になる」
「私の想像が…?」
「あぁ。お前の真からの望みと、想像が一致したとき、芽吹くようになっている。つまりお前の望みと、想像が一致しないと一生種のまんまってことだ」
どういう花になって、どうしてほしくて、どうなってほしい・・・か。
りく先生の龍花草のように強くて、私に力を貸してくれる花になってほしいなってイメージはできるけど、芽吹く様子がないってことは私の望みと一致していない、ということだろう。
あれ、もしかしてこれ、簡単なようで実は難しいのかもしれない。
「ま、とりあえず気長に育ててやれ。育て方はわかったな?」
「は、はい…!」
「よし。じゃぁ、食え」
「はい!・・・え?????」
私の聞き間違いだろうか。
いま、食えって聞こえた気がする。
「え?じゃない。食え」
聞き間違えじゃなかった・・・!!!
だって思いっきり指さしてるもん!!!
思いっきり種のこと指さしてるもん!!!!
「え…り、りく先生…?食えって…種を…?」
「あぁ。それが発動条件だからな。スイカの種飲み込むようなもんだ」
とはいえ、スイカの種のように不可抗力で飲み込んでしまうのとは違う気がする。
で、でも仕方ない、よね。
食用のヒマワリの種だってあるし、それと同じだと思えば丸飲みしてしまえば・・・
「あ、あと丸飲みするなよ?ちゃんと細かく噛んで飲み込め」
「そ、そんなぁ!!!」
いくら私が食いしん坊だと言っても、花の種を急に食べろと言われたら戸惑うのは当たり前で。
もうちょっと心の準備がほしかったと思いつつも、意を決して口に放り込んだ。
口に入れた感触はアーモンドもようだけど、意外とさくっと噛むことができた。
しかし無味無臭のため、見た目とのギャップが私の頭の中をはてなマークでいっぱいにする。
「しっかりありがたく味わえよ」
と、りく先生は言うけれど、味わうもなにも味がしないから、これはからかわれているような気がする。
「…ごくん……ご、ごちそうさまでした…?」
「どうだった?」
「えっと…美味しくはなかったです…」
「ふっ。そうか」
「???」
でもこれで龍花草の種は私に植えられたことになる。
これからどんな龍花草になってほしいか、私の望みに合うよう私の想像力で育てていくんだ。
「そんなに難しく考えるな。ベストなタイミングで芽吹くって思っておけ」
「は、はい…」
正解が私にしかないことだから、少し不安に感じていると、りく先生が私の頭をぽんぽんと強くたたいたその時ー。
「!?!?!?!?!?!?」
私の後ろからドゴッ!と、鉄の塊でも落ちてきたのかと思うような衝撃音と、突風で龍花草どころではないほど驚いた。
振り返ると黒い煙の中から膝をついたふうちゃんの姿がみえた。
「ふうちゃん…!」
「よそ見なんて、随分余裕だね大雅」
「…っ!」
お兄さんの攻撃をもろにくらったのだろう。
唇の端がきれていて、血がにじんでいるように見える。
「えでかちゃんのことが気になって集中できないようだけど、あんな攻撃くらうようじゃ、鬼神からえでかちゃんを守れるわけないだろう。このままじゃ鬼神戦には参加させないよ」
「…ごめんなさい」
いつもニコニコしているお兄さんから笑顔が消えている。
ふうちゃんもお兄さんから目を離していないから、反省はしているようだけど、お兄さんは本気で怒っているみたい。
二人の重くて気まずい空気に動けなくなった。
(お兄さんの気迫なのかな・・・指一本も動かせない・・・)
でもきっとこれが私が目指す場所なんだ。
あのお兄さんの気迫に負けないくらい、私も強くならなくちゃいけないのに、いつものお兄さんとのギャップが大きくて、ギャップとプレッシャーにつぶされそう。
こんなところでくじけちゃいけないのに・・・。
頑張れ、頑張れ私。
目を背けちゃだめだ。
頑張れ、頑張れ私…・・・
そう何度も心を奮い立たせようとすればするほど、なんだかふうちゃんとお兄さんが遠くなって、隣にいるはずのりく先生もいないみたいで、頑張れって言葉が出てこなくなった。
「えでか!!」
「!?」
ハッと気づくとふうちゃんが私の肩をつかんで、心配そうにのぞきこんでいた。
ふうちゃんの後ろにお兄さんとりく先生の姿もあって、みんなの距離が近くてほっとした。
「ふうちゃ…っ…!!ゴホッゴホッ…!!」
「えでか、落ち着いて深呼吸しよ」
声を出そうとしたら喉がはりついて咳がとまらない。
入ってくる空気が体の中を針みたいに通っていく。
そこで自分がしばらく息をしていなかったことに気づいた。
「びっくりさせたよね、ごめんね、えでか」
ふうちゃんが優しく背中をさすってくれる。
それがあたたかくて、うれしくて、ふうちゃんの腕にしがみついた。
「そろそろ限界かな。えでかちゃん、部屋に戻ろうか」
やっと自分で呼吸をコントロールできると、お兄さんが申し訳なさそうにふうちゃんの後ろから顔をのぞかせた。
どうやら私の身体ではここまでがこの結界にいれる限界だったみたい。
「大雅、えでかちゃんのこと寄り道せずに送ってあげなさい」
「うん」
「えでかちゃんも、部屋に戻ったら早く休むんだよ?」
まだ声を出そうとすると喉の奥になにか引っかかるようで咳き込んでしまう。
なのでコクンとうなづくと、お兄さんは「おやすみ、また明日ね」と手をふった。
ー 部屋 ー
部屋に戻ると話を聞いた櫻子お姉さんがハーブティーを用意していてくれた。
気を遣って櫻子お姉さんはすぐに部屋に戻ったので、ふうちゃんと二人でソファーに腰かけた。
「えでか、ほかに痛いところはない?」
「うん、ありがとう、ふうちゃん。もう普通にしゃべれるよ」
「よかった・・・でもごめんね、俺が特訓に集中できなかったから兄ちゃん怒らせて…びっくりしたよね?」
ふうちゃんは私の気持ちを探るように、不安そうな顔をした。
「ううん、私のほうこそごめんね。頭の中、ぐるぐるしちゃった。心配かけちゃったでしょ?」
ふうちゃんが集中できなかったのはきっと私のせい。
集中できなくなるくらい心配かけてしまうほど、ちょっと頑張りすぎたのかもしれない。
「…でもびっくり、も、した…びっくりっていうより、ショックに近いのかもだけど…」
「うん…見たよ、えでかの記録…」
「へへへ…恥ずかしいなぁ…!」
ふわっとふうちゃんの腕に包まれた。
大好きな優しいお花の香を逃がさないよう、ぎゅっとふうちゃんの背中に手をのばす。
「…あの空間はね、時間と空間、物理の概念がこことは違くて…ほんとに特殊なんだ…」
「う、うん…」
「ここの何倍も時間が流れているし、とまっているかのように何倍も遅くなってて…だから感情も揺れやすいんだ。いつもなら平気なネガティブな気持ちもとどまってしまうし、逆に振り切りすぎてなにもかもどうでもよくなったりすることもある。慣れていないといつもの自分ではいられない」
「そうなんだ…すごく複雑な結界なんだね?」
うん、いまの私には難易度が高すぎて理解できそうにない。
でもふうちゃんがなにか一生懸命伝えそうとしている。
「だから、えでかのせいじゃない…って言いたくて…」
少し意外だった。
いつもなら「えでかのせいじゃないよ。なぜならね・・・」って話しそうなのに、言葉を選んで話しているようだったから。
いつものふうちゃんじゃいられないくらい、心配かけてしまったってことかもしれないな。
「…もう、えでか…俺の心読みすぎだよ・・・」
「あ、ごめんね?」
照れ隠しなのか、私をぎゅっと強く抱きしめた。
「ふふ、当たっててよかった♪ありがとう、ふうちゃん」
「~~~~~っ・・・!!」
いつも私の心をみてるのはふうちゃんなのに、うれしいなぁ、幸せだなぁ、大好きだなぁ、かわいいなぁ、と思っていると、ふうちゃんは恥ずかしくなったみたい。
かわいいふうちゃんが見れないのは残念だけど、心配かけたくはないから、頑張るのは無理しないようにしようと思った。
それからしばらくふうちゃんの腕の中を堪能し、元気が回復すると、
「えでか、竜花草の種、食べたんだよね。どうだった?」
「ん~あんまりおいしくなかったよ?ふうちゃんはいつ食べたの?」
「俺は中学に入ったころだよ。それがさぁ~・・・ひどいんだよ、あの二人・・・俺が寝てる間に食べさせられてたんだ・・・」
「えぇ!?ね、寝てる間に?!」
「うん・・・最初は嫌がってたらしいんだけど、えでかからのチョコだぞ~って言ったら喜んで口開けたぞって。動画撮られてなくてよかったけど・・・」
「…チョコ?」
「あ」
ふうちゃんには悪いけど茶々丸が寝てるときにおやつで起こすみたいでかわいい話だなって聞いてたが、私が聞き返すとふうちゃんは口をおさえて顔を真っ赤にした。
「ふうちゃん、チョコって?」
「あ、そ、それは~・・・その・・・」
チョコと言えばもしかして、とのけぞるふうちゃんとの距離をつめる。
「ねぇねえ、ふうちゃん。チョコってなぁに?」
「えええええでか?」
「ねぇねえ、ふうちゃん♪教えて教えて♪」
じりじりと追い詰められてソファーの端にやってくると、観念したふうちゃんは腕で顔を隠しながら小さく口を開いた。
「~~…ば、バレンタインのチョコ・・・ずっとえでかから欲しかったから・・・そ、それで食べちゃったみたいで・・・・・・」
「・・・ずっと?」
「・・・うん」
「小学生のときから?」
「・・・・・・うん」
ぼふん
「え、えでか!?」
ぼふんぼふんぼふんぼふん
「えでか、やめ…!」
ぼふんぼふんぼふんぼふんぼふんぼふん
(うわぁ~~~~~私のばかばかばかばか~~~~~~!!!!!!なんで渡さなかったの~~~~~~~!!!!!!!!)
私はふうちゃんの静止をふりきって、ソファーにバカな頭を何度も打ち付けた。
「え、えでか、大丈夫だから、ね?」
焦った声をしたふうちゃんに後ろから抱えられるように抱きしめられたけど、それでもバカな頭を治すには打ち足りないような気がして離れようと暴れる私。
でもふうちゃんの海みたいに広い腕の中には敵わない。
「ごめんね、ふうちゃん・・・」
「大丈夫だよ。男子はみんな知ってたから、そもそも学校にお菓子は持って来ちゃいけないって」
「・・・こっそり渡してる子はいたのに・・・」
「あれね、実は先輩とか先生に見つかって没収されてるんだよ。俺、えでかのチョコ没収されたくないから、それでいいんだよ」
「でも・・・」
でも、そうしないとふうちゃんにチョコを渡すことはできなかった。
なぜなら北都小の暗黙のルールで、6年生のみバレンタインチョコを持ち込みが許可されていた。
もしかしたら中学が離れ離れになるかもしれないため、先生たちも6年生のその日だけは見て見ぬふりをしてくれていたからだ。
友達同士ではお互いの家に集まって友チョコ交換をしていた。
友達の家に行く途中でふうちゃんにあったら渡せるように、なんて淡い期待をこめて毎年ひとつ多めに用意していたのに、暗黙のルールを律儀に守っていた私はなんてまぬけなのだろう。
4年生で離れ離れになってしまう前に、破ってしまえばよかったと激しく絶賛後悔中だ。
もちろん5年生のときも、6年生のときも、ひとつ多くつくってはしょっぱいチョコを自分で食べていた。
天国にいるふうちゃんを想いながら。
「兄ちゃんがさ、毎年櫻子姉さんからチョコもらっては見たことないうれしそうな顔で大事に食べてたんだ。俺とは違うチョコでさ、なんで?って聞いたら僕らは特別だからさって。それがうらやましくてさ・・・俺もえでかと特別になりたいって思ったんだ。・・・今度のバレンタインはそれが叶うって思ってていいのかな・・・?」
少しずつ声が小さくなるふうちゃんの声をきいて、正気に戻った私。
叶えたい、ふうちゃんの願いを。とびっきり叶えてあげたい。
その気持ちで頭も心もいっぱい。
「もちろん…!!出会ったときから今までの分、とびっきりのチョコ用意するっ・・・!!!」
「へへっ…!ありがと、えでか!楽しみにしてる!!」
そう笑うふうちゃんの笑顔は、あのころみたいで思わず唇を落とした。
「じゃ、おやすみ、えでか」
「うん、ふうちゃんも特訓頑張ってね」
身支度を整えるまで待ってくれたふうちゃんは、部屋の前まで今日も送ってくれた。
ギリギリまで一緒にいれるから、とてもうれしい。
「今日は寝れそう?またお腹痛くなたらすぐに櫻子姉さんに声かけてね」
「うん、ありがと、ふうちゃん。今日は大丈夫だよ、この子がいるから!」
ベッドでお行儀よく待っていたネコティぬいぐるみを持ってくると、ふうちゃんは「妬けるなぁ」と心の声をもらした。
思わず笑ってしまったけれどおかげでもっといい夢がみれそうだと伝えると、ふうちゃんは安心したように笑って特訓に戻っていった。
ネコティぬいぐるみとベッドに横になると、バレンタインはどうしようかなってことしか考えられなくて、明日が全国大会の開会式なのをすっかり忘れてしまいそうだった。
続く




