ー14ー
東都異能ホテル
ここは山と海に囲まれ、一般の人は迷い込めない結界が施された高級ホテルだ。
全国異能選手権の会場にもなるほど設備が整っており、24時間練習施設は開いているし、医務室にも一流の治癒師たちが集まっている。
しかもそれだけでなく、ラグジュアリーな空間で最高のリラックスをすることもできるし、プライベートビーチは最高にロマンティックだし、客室露天風呂から見える自然の景色も最高で、すべての最高がつまったホテルなのだ。
もちろん異能力者同伴であれば一般人も宿泊することが可能なので、いつか両親と猫をつれてきたいと思っている。
ー 夕食会場 ー
「なにこれ~~~どれ食べてもおいしすぎる~~!!」
すべての最高が集まっているのなら、もちろん食事も最高だ。
旬の食材から新鮮な魚介類、贅沢なお肉たち、そして職人の丁寧さが伝わるスイーツまで。
和食から洋食はもちろん、中華、フレンチ、エスニック料理までビュッフェ形式で並んでおり、胃袋がいくつあっても足りないほど。
「最高な空間で最高級を味わえるなんて、ずっと修学旅行でいいよね~~」
「それ最高~~~」
テーブルに並べられた空になったお皿は、ホスピタリティにあふれたスタッフがこちらが頼まなくとも回収してくれるので、何枚空にしたのかもう覚えていない。
「あ、楓ちゃんそろそろ夜練の時間?」
「そうだった!着替えてビーチに行かなくちゃ~!」
「ふふ、頑張ってね♪終わったら委員長の部屋でお菓子パーティーだからね!」
「わかった!行ってくるね!」
まだまだ食べたりないくらいだけど、お菓子パーティーを想像したら食べ過ぎて重くなった体が軽くなった。
「あれ?楓もいまから夜練~?」
「たかちゃん!そうだよー!たかちゃんも夜練でしょ?」
「そ♪いったん部屋に戻るところ!」
夕食会場の出口で博貴と鉢合わせた。
部屋の方向も同じだったので、途中まで一緒に向かうことになった。
「そういえば楓、最近波多野と仲良いね~」
「そ、そうかな?!」
「スカイツリーでいちゃいちゃしてった噂だよ~」
「いちゃいちゃ!?!?!?」
そんな広まり方をしていたなんて、嬉しいやら恥ずかしいやら…嘘。嬉しい。
「いつから付き合ってんの~?」
「付き合ってないよ!」
「そうなの!?」
博貴は意外そうな顔をしたけれど、すぐにいつもの博貴に戻った。
「そっか~でもそうだよな~」
いつもの博貴は何か思い出したようで、一人で納得していた。
「どうしたの?」
「ん~?前に波多野からずっと好きな人がいるって聞きだしたの思い出してさ~」
「え?」
「だから二人が付き合ってないって聞いて納得したの~…あれ?楓?」
頭が真っ白になった。
歩いていた足取りもとまってしまい、急に視界から私が消えたから博貴がキョロキョロと見渡した。
「楓~?どした~?」
「う、ううん!なんでもないよ!」
「それならよかった~もしかして食べ過ぎ?」
「そ、そうかも」
「朱雀組の女子、怖かったもん~。あれ青龍組より強いよ、ぜった」
博貴は私の気持ちなんて知ったこっちゃないから、頭に両腕をまわしながら楽し気に話を続ける。
私は続きを聞くのが怖ったけれど、話をそらす思考回路がまわらなくて無防備のまま傷をつくりにいくことになる。
「3年の佐伯ゆか先輩って知ってる~?お色気先輩~」
「うん、この前ゆか先輩と仲良くなったよ」
「ゆか先輩って波多野の初恋の人なんだよ~」
「え」
声が裏返って変な声がでた。
「あの二人、親同士が仲良くて小学校のころからよく一緒に遊んでたんだって~。波多野って昔からやんちゃだったから、お色気先輩がお姉さんだったんだろうね~。あ、波多野にバラしちゃったこと内緒にしてね~って白虎組の男子はみんな知ってることなんだけどさ~」
なんだかすぐにその光景をイメージできてしまう。
そのくらい妙な納得感を感じさせた。
「あ」
「どした~?」
「ゆか先輩と波多野の香り…同じだった」
ゆか先輩から香った甘くて大人っぽい香り。
どこかで嗅いだことがあると思ったはずだよ。
だって波多野との練習中、いつも波多野から香ってたもん。
だからスカイツリーの時、同じ匂いをどこかで嗅いだ気がしたんだ。
「え~!じゃぁあの二人が付き合ってんの~!?」
「わ、わかんないよ!?勘違いかもしれないし!」
「でも楓、あんこみたいに鼻が利くじゃん~」
「あんこみたいって…」
博貴は学校の近くに実家があるので、外出帰りによく飼っている黒柴に会いにいっている。
私も以前外出帰りに偶然会ったとき、触らせてもらったことがある。
食い意地がはった『あんこ』はおやつをどれだけ隠し持っていても、すぐに見つかってしまうのでちょっとぽっちゃりしていてかわいいのだ。
「それって食い意地はってるってことー?」
「あはは!あながち間違ってな~い!」
二人の笑い声がロビーに響いた。
部屋に着くまでの短時間で博貴の天然さに振り回されてしまった。
これから夜練で波多野と顔を合わせるのが気まずい。
顔を見たら感情があふれてないてしまいそうだったので、ジャージに着替えながら何度も深呼吸を繰り返し、何枚も心に絆創膏を重ねた。
「切り替え切り替え!明日は大事な合同演習なんだから!」
今回治療隊として参加しているメンバーはほんの数人なので、治療師としてのプライドで絆創膏の上から包帯をぐるぐる巻いた。
部屋を出ると、また博貴と鉢合わせた。
「あ!楓かえで~!」
「たかちゃん、また会ったね~」
「さっき見せようとおもったあんこ見て!」
博貴のスマホを除くと、おじさんのような風格でソファーにもたれかかるあんこが映っていた。
「あははは!!!あんこ!!かわいすぎだよ!!」
「でしょ~!!楓の猫も見せてよ~!」
「いいよ~!うちのかわいい茶々丸もみてー!」
私と博貴はお互いの変なペット写真を見せ合い、笑い声を響かせながらビーチまで向かった。
博貴のあんこと茶々丸のおかげで、応急処置の包帯がとれた気がした。
なぜならビーチで走りこむ波多野を見ても涙は出なかったから。
だってゆか先輩と同じ香水をつけているのも、色気がないって言われたのも、腑に落ちてしまったもの。
ここまで腑に落ちてしまったら悲しいというより、人は説得力に脱帽するのかもしれない。
それでも私は波多野にお礼を言うことはあきらめないことにした。
お礼だけなら、傷つかなくていいから。
そう思った瞬間、絆創膏が剥がれた後に、もう一人の私に臆病者のレッテルが貼られた気がした。
走り込みが終わり、明日の東都高等学校との模擬戦闘メンバーが顧問の先生から発表があった。
メンバーにはゆうた君、博貴、そして波多野も選出された。
いつも最後まで自主練していたのを知っているので、無事に波多野も選出されてほっと胸をなでおろした。
本来、波多野は実力がありメンバー入り確実なのだが、授業態度や規則破り、他校との喧嘩など問題を起こすことが多いので外されてしまうことも多々あるのだ。
最近は授業態度は相変わらずだが大きな問題を起こすことなく、自主練の成果も目に見えて表れていたのでスムーズにメンバー入りを果たせた。
夜練の後片付けをしていると、どうやらこのまま選抜メンバー同士でミーティングするようで、みんなホテルへと戻っていった。
波多野との練習ができなくなってしまったことを少し残念に思いながらも、どこか少しほっとしてお菓子パーティーへ向かおうとエレベーターに乗り込むと遅れて波多野も乗り込んできた。
「わ!びっくりした…先に行ったんじゃないの?」
「あー…いまから部屋戻んの?」
「ううん、これからお菓子パーティー」
「あぁ…浅草のあれか…」
波多野は昼間、私とりさちんに散々持たされたお菓子の山を思い出したのか、うんざりした顔をした。
そして私は自分に驚いた。
(うん、大丈夫。普通に話せてる)
練習前までは痛くて痛くて、波多野に会うだけでも気まずくて心臓がとまるかと思っていたのに。
きっと私が知っていることを波多野は知らないから、いつも通りの波多野のおかげだろう。
でもこれならお礼言えそうだと思ったのもつかの間、波多野がおりる階に到着してしまった。
「じゃーなー」
メンバーに選ばれたことでご機嫌なままエレベーターをおりていこうとする波多野に私は
「明日、頑張ってね」
と急いで声をかけることしかできなかったが
「おーあんがと」
と、波多野はこっちを振り返らないまま左手で振り返してくれた。
一人になったエレベーターに、甘くて大人っぽい香りを残して。
続く




