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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
139/156

ー139-

東都にきて2日目。

私は朝からベッドに横になっている。

なぜなら予定よりもかなりはやくきてしまった生理痛があり、櫻子お姉さんに安静するよう強く言われたからだ。


(櫻子お姉さん…朝から迷惑かけちゃったな…)


朝目覚めた時、シーツをみて顔面蒼白になった私。

東都にいる間、予定時期じゃないからと準備をしてこなかった私の落ち度だ。


(でも櫻子お姉さん…優しかったな…)



ーーーーーーーーーーーーーーー


ベッドの上でどうしようどうしようとてんぱった私。

なんでちゃんと準備してこなかったのかと泣きそうになった。


近くにドラックストアあるかな、こんな朝早くからやってるかな、そもそもそこまでどうやって行こうって自分でなんとかしようと頭を巡らせたけれど絶望的で。

ふと櫻子お姉さんが隣の部屋にいることを思い出し、意を決して櫻子お姉さんの部屋をノックした。


「はーい、あら、えでかちゃん!おはよう!ストレッチの時間にはまだ早いけどどうかした?」

「あ、あの・・・じ、実は・・・」


双剣のメンテナンスで疲れてるかもしれないのに起こしてしまった申し訳なさもありつつ、事情を説明した。


「な、なので…近くに買いに行ける場所とかって…」

「ちょっと待ってて!」


そう言って櫻子お姉さんは部屋の奥に戻り、なにかを探しはじめた。

そしてゴソゴソあちこち探しまわり、「あったー!」と声が聞こえるとすぐに戻ってきて、ちょうど余っていた分を私に譲ってくれた。

こういう時、ちょっとした優しさだけでも泣きそうになってしまう私に、あとの準備は任せてと、温かいシャワーをあびるよう勧めてくれた。

私がシャワーを浴びている間、新しい下着が用意されており、しかもホテルに連絡して、ベッドのシーツも新しくなっていた。


「お腹は?痛い?」

「…ちょっとだけ…」

「じゃぁ今日は特訓は中止。無理しちゃだめよ?兄さんにはそれとなく言っておくから」

「ありがとうございます…何から何まで…」

「気にしないで?えでかちゃんに頼ってもらえてうれしいんだから。だって兄さんたちには頼れないじゃない?」


と、櫻子お姉さんは片目をつぶって笑った。

私も勇気だして櫻子お姉さんに助けをもとめてよかったと思った。


「それじゃ、私は買い物に行ってくるから。きっと昨日の岩盤浴と整体で血流が良くなったのね…。驚いただろうけど安心してえでかちゃんは一眠りしててね」

「はい…よろしくお願いします…」


と、櫻子お姉さんは言ってくれたものの、やっぱり寝付けない私。

お腹の痛みも相まって眠れそうになく、ただ横になって見える部屋の景色を眺めるしかなかった。

すぐに櫻子お姉さんが買い物から戻ってきてくれて、温感術が施された下着まで買ってきてくれた。

おかげでまた汚す心配はなくなったものの、眠いのに眠れない辛さを戦うことになるとは。


ーーーーーーーーーーーーーーー


ふうちゃんに事情を魔法で説明したら、すごく心配していた。

「俺も結界整備休む!えでかのそばにいる!」って声が部屋まで聞こえたけれど、櫻子お姉さんに怒られてしぶしぶ結界整備にむかった。

毎月のことだから慣れっこではあるから、顔をみせて大丈夫だよって安心させてあげたかったな。


《ふうちゃん、今日はどこの結界整備なの?》

《今日は東都タワーとスターツリーだよ。それよりえでか、寝なくても大丈夫?》

《うん、ちょっと寝付けないんだ》

《もしかして痛くて寝れない?》

《ううん、そういうわけじゃないんだけど…ふうちゃん心配してるだろうなって》


頭では少しでも目をつぶって寝たほういいってわかってはいるのだけど、せめて少しでもふうちゃんが安心してくれたらいいなって思って魔法を送った。


《すぐ終わらせてすぐ帰る》

《ふふ、頑張って、ふうちゃん》


今日は東都タワーとスターツリーの結界整備が終わった後は、お兄さんとりく先生は陰陽省のお仕事があるのだそう。

なので午後は一緒に課題をする予定だった。

私もそれまでにはお腹痛いの治るといいなと思うから、少しでもいいから眠りたい。


ふうちゃんをお喋りしながらゴロンゴロンと何度も寝返りを打つ。

広いベッドが初めてだから寝付けないのかなって思って端によってみても、いいポジションを見つけることはできない。


(茶々丸がいたらすぐ寝れそうなんだけどな・・・)


と、茶々丸の寝顔を思い出しながら目をつぶると、意外にも効果が発揮され、ふうちゃんに返事をする前にすーっと眠りについた。






「・・・か・・・えでか」

「ん・・・」

「えでか」

「・・・ふうちゃん?」

「おはよ、えでか。お腹はどう?ココア飲む?」

「ココア・・・ふうちゃんがいれてくれたの・・・?」

「うん、えでかが好きなメーカーのだよ」

「のむぅ」


いつの間にか眠りについていた。

ふうちゃんが起こしてくれるまでぐっすり眠れたみたい。


「・・・あれ、これ」


目が覚めてどうして寝つきが悪かったのか、どうしていまぐっすり寝れてのか理由がわかった。

ベッドが高級すぎるからでも、ベッドが広すぎるからでもなかった。


「ネコティぬいぐるみ・・・!!」


いつものベッドにあってないもの。

それは抱き枕代わりにしているぬいぐるみがなかったからだ。

でもどうしてぬいぐるみがあるんだろう。しかも私が一番大好きなキャラクターのぬいぐるみが。


「もしかしてふうちゃん…買ってきてくれたの…?」

「うん、記録みたら寝れなかったのわかったから。それにこれ、えでか欲しかったやつでしょ?」

「…うん。これ今年30周年デザインですごくかわいかったから…お小遣いためようって思ってたの…」

「櫻子姉さんみたいにその…お、女の子のことは助けてあげれないから…せめて、と思って…」


どうしようどうしよう。うれしすぎる。

感謝を伝えたくてふうちゃんに抱き着こうとすると、今度は「ちょっと待って!ココア置くから!」とふうちゃんが言った。

なので思いっきり抱き着いた。


「ふうちゃん…!!ありがとう!!大事にする…一生大事にする!!」

「えでかが喜んでくれてよかった」

「ありがとう、ふうちゃん!!ふうちゃん、大好き!!」

「俺もだよ、えでか!えでか、大好きだよ」


ぎゅうっと抱きしめてくれたふうちゃん。

伝わるかな。

ぬいぐるみをプレゼントしてくれたのもすごく嬉しいけど、ぬいぐるみがないと寝れない子供っぽい私を受け入れてくれたこと、寝れない原因を見つけてくれたこと、結界整備の間にお兄さんとりく先生に頼んで時間をつくってくれたこと、このために早く整備を終わらせて帰ってきてくれたこと、好きなココアを入れてくれたこと、そういうのが全部大好きなの。


「えでか、ありがとう、全部伝わったよ」

「ほんと?」

「うん、幸せすぎて…やばいくらい」

「へへ、それならよかった…!!」

「もう…えでかったら…。さ、ココア冷めちゃうよ」

「うん!ありがとう、いただきます!」


ふうちゃんがいれてくれたココアは、私がいれるよりも甘くて美味しくて、同じメーカーのココアだと思えなかった。

ベッドに腰かけたふうちゃんと結界整備がどうだったって話をしていると、開いていたドアがコンコンとノックされた。


「大雅君、時間切れよ」

「え~~!!もう?!櫻子姉さん、お願い!もうちょっとだけ!!」

「だめよ。いくら結界があるって言っても部屋に二人きりはだめですー」

「ちぇ~」


どうやらふうちゃんは櫻子お姉さんにお願いして、私の部屋に入れてもらったらしい。

二人きりになっても変なことにはならないのになってちょっとさみしい気もするけど、でも櫻子お姉さんには逆らえない私とふうちゃん。


「このままいたら櫻子姉さんの結界に監禁されそうだから、先にリビング戻るね、えでか」

「うん、わかった。ありがとね、ふうちゃん」


そう言ってふうちゃんはリビングに戻った。


「えでかちゃん、お昼はおうどんにしたけど食べれそう?」

「はい!もうお腹も楽になったので食べたいです!」

「よかった。じゃぁお昼にしましょ♪」


ネコティのぬいぐるみをベッドに寝かせた私は櫻子お姉さんの後を追い、ふうちゃんが待つリビングにむかった。

あたたかい昼食をいただいた後、ふうちゃんと一緒に課題を進めた。

東都高とは課題の内容が全然違くて、ふうちゃんは頭を抱えていたけれど、時々櫻子お姉さんがやってきては教えてくれたので私も勉強になる時間だった。


気が付くと夕方になっていて、元気いっぱいのお兄さんと、くたくたのりく先生が帰ってきた。

明日からはじまる全国大会の結界をはったり、警備の確認や、巡回ルートの確認で大忙しだったみたい。


「えでかちゃんは男子チームの補助スタッフなんだっけ?」

「はい!そうなんです!」


そうなのだ。

なんと小鷹先輩たちから直々に指名をいただき、先輩たちの補助スタッフとして同行させてもらえることになったのだ。

補助スタッフといってもやることはマネージャーと変わらないけれど、こんな大舞台で、しかも先輩たちの最後の大会に選んでいただけるなんて光栄すぎることだ。


「でもちょっと緊張してます」

「えでかなら大丈夫だよ。補助スタッフって言ってもやることほとんどないからね」

「そうなの?それなら安心かも」

「でも残念だなー。俺、会場結界の中だからえでかと一緒にいられない…」

「仕方ないでしょー。これも仕事なんだから、しっかり働いてよね」

「はーい」


お兄さんにさぼらないように釘をさされたふうちゃんは、しぶしぶ返事をしてお味噌汁を飲み干した。

夕食後もまたふうちゃんと一緒にお皿洗いをすると特訓の時間なんだけど、りく先生から休んでいい、課題でもしてろって言われた。

まだ少し痛みはあるものの、でも昨日も特訓はできていないので、なんだか物足りない私。

そこでハッと思いついた。


「あの…もし大丈夫だったら、ふうちゃんの特訓見学したいんですけど…だめですか?」


前から気になっていた、ふうちゃんの特訓。

私の目がついていけるのかわからないけど、ふうちゃんの頑張ってる姿をみてみたかった。


「えでか…!!」

「問題ないよー。えでかちゃんにもいい勉強になるかもね。りく、えでかちゃんについててあげて」

「わかりました」

「あ、ありがとうございます…!!」


ふうちゃんは私が一緒にいることがうれしそうに喜んでいたけれど、お兄さんに「えでかちゃんにかっこ悪いところ見せるなよ」っていじられていた。


「でもちょっとだけね。少し特殊な空間なんだ。だから慣れてないと反動で明日は動けなくなるかもしれないからね」

「兄ちゃん!帰り!帰りはえでかのこと送っていいよね!?」

「転移術があるんだから必要ないでしょ…って言いたいところだけど、僕に勝ったら考えてあげる」


そう言われてふうちゃんはやる気満々みたい。


「それじゃあ行こうか」

「みんないってらっしゃ~い」


双剣のメンテナンスの続きのため、櫻子お姉さんに見送られながらふうちゃんたちと一緒に部屋をあとにした私。

ふうちゃんの特訓をみれたら、なにかヒントがあるかな。

嫌いな自分と向き合うためのヒント、見つかるといいな。





転移術が届けてくれた場所はなにもない空間だった。

ただただ真っ白な空間がどこまでも続いていて、夢みたいな空間だ。

この空間はお兄さんがふうちゃんとの特訓のためにつくった結界で、時間の概念がない特殊な結界だと、前ふうちゃんが教えてくれたことがある。

結界の中では何時間もたっているのに、結界をでると、実際はほとんど時間がたっていないそう。

なので慣れてないと時差ぼけみたいな感じで、結界からでるとどっと時間差の感覚を戻すように体に圧がかかってしまうのだとお兄さんが教えてくれた。

どういう仕組みになっているか、全然わからないけど、すごいことだけはわかる。


「さ、今日もはじめようか。えでかちゃんに嫌われないといいね」

「むっ。だ、大丈夫だもん」


お兄さんに挑発されたふうちゃんがほっぺを膨らませていて、不覚にもかわいいと思った。

りく先生に「お前はこっちな」と、ふうちゃんとお兄さんから距離を置くと、イスとひざかけを渡してくれた。


「体調、悪くなったらすぐ言えよ」

「はい、ありがとうございます!」


時間結界のずれで異変があったらってことなんだろうけど、でも私のお腹がもっと痛くなったらって意味も含まれているような気がした。


「大雅、えでかちゃんの記録は全部見終わったんでしょ?」

「うん、ばっちり」

「じゃぁ記録の成果、見せてもらおうかな」


そういってお兄さんが手を広げると、白いお面をつけた式神が空間いっぱいに広がった。

そこからのふうちゃんは圧倒的だった。

体育祭や強化合宿でみた先輩たちの技や、ゆうた君、博貴の技はもちろん、私はみていないけど私の視界にはいっていた人の技で空間いっぱいの式神を片付けた。


「す、すごい…」


もちろん速すぎてひとつひとつまで見えなかったけど、りく先生の解説のおかげでなんとか追いつけたところはある。

そして氷雪属性以外の技もすべて繰り広げたため、なにもない空間に火属性、樹属性、雷属性、水属性などの残影が虹色のように光っていた。

私にはそれがまるで虹の中にいるみたいで、とてもきれいにみえた。


「ふぅん…りく、この技は誰の技?」


お兄さんはあんなに一瞬の出来事だらけだったのに、すべての技を把握したようで、炎属性と土属性の技を繰り出した。

その技は私もよく知っている。


「3年の檜原と畑中ですね」

「なるほどね」

「…なんだよ、兄ちゃん…」

「ん?やけに力こもってたなと思って」


なにかに気づかれたふうちゃんは、気まずそうにお兄さんから目をそらした。


「まぁいいや。でも大雅、お前の応用はまだツメが甘い。本来はこうするんだよ」

「!!」


そう言ってお兄さんが見せたのは、小鷹先輩と栄一郎君の技よりも、二人の技を応用したふうちゃんの技よりも異能力が何倍も大きく空間を覆うようだ。

どうして同じ技なのにこんなに違うんだろう。

ふうちゃんの技も先輩たちよりももちろん大きかったけれど、お兄さんのは桁違いだった。

でもまだ二人とも本気ではないのだろう。

だって瞳の色が変わっていないから。

そう思うと、東都との模擬戦で波多野にみせたときはよっぽと本気だったんだなとわかる。




「じゃ、記録の確認も終わったし、打ち合いといこうか」


あれから何度か式神相手に繰り返すと、ふうちゃんもさっきのお兄さんと同じくらい大きくなった。

それでもお兄さんは「及第点」だそうで、ふうちゃんもまだ納得がいかないようだった。

そして休む暇なくはじまったお兄さんとの打ち合いは、私が知っている模擬戦とは別物で圧巻と圧倒の戦いのようだった。

あまりにもすごすぎて声がでないほどで、そんな私に気を遣ってなのか、りく先生もじっと二人の打ち合いを見守っていた。


(あ、ふうちゃんの目…赤い)


しばらく技を打ちあっていると、ふうちゃんの目が赤くなっているのが見えた。

お兄さんとの特訓でみせるふうちゃんの顔は、ゆうた君や博貴との模擬戦でみせる顔とは違って、真剣そのものだった。


「すごいな…ふうちゃん…」


目の前の光景は私が目指す世界なのに、まるで別世界のようで、今の自分の立ち位置を自覚した。


(遠い…私、あそこに行けるのかな…もう1年ないのに行けるのかな)


自分で決めたことなのに、わずかにあった自信が焦りと不安によって崩れていくのを感じた。

でも頑張らなくちゃいけない。

死と向き合わなくちゃいけない。

自分で乗り越えるって決めたんだから、こんなところであきらめちゃいけない。

焦るのも不安になるのも私がまだ弱いから、頑張りが足りないからなんだから負けちゃいけない。

だって私が死んだら大好きなふうちゃんも死ぬことになる。

そうならないためにがもっと強くならなくちゃいけない。

ふうちゃんはもっと頑張ってるんだから、私ももっと頑張らなくちゃ。


頑張れ。

頑張れ、私。




でもどうしてかな。

頑張れって鼓舞するたびに、心の奥にもやもやが広がるのは。




ーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・お前、東高のほうがよかったんじゃね」


ーーーーーーーーーーーーーーー



波多野の言葉が頭の中をよぎった。

波多野にあんなことを言わせてしまったのは、きっと私が弱いからだ。

あの時のショックが強くて、もやもやしてるんだ。

だから波多野にもう東高のほうがよかったって言われないためにも、もっと頑張らなくちゃ。


そしたら影の中にいた、大嫌いな私にも勝てるはず。

東高のほうがよかったって思ってる、大嫌いな私に。




私ならきっと勝てる、大丈夫。

そう言い聞かせるように、深く息を吐いた。



続く

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