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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
138/155

ー138-

「私、耐え切れなくなっちゃって引きこもりになったのよ」


今日一番の衝撃かもしれない。

櫻子お姉さんが引きこもりだったなんて、今の姿からじゃまったく想像できないもの…。


「意外でしょ?」

「・・・は、はい・・・」


いったいどうして櫻子お姉さんが引きこもりに…と、続きを聞いてもいいのか躊躇っていると、もじもじする私をみて櫻子お姉さんがふふっと笑った。


「中学になったら私も北都中学に通わせてもらうことが増えたんだけど、それまで以上に当主教育が厳しくなって。もうまるで虐待に近い感じ」


試験で100点以下をとったら反省文と、罰として蔵にいれられ異能練習をさせられたり、実技でも1位以外は認められず、家庭教師から罵声を浴びせられながら特訓させられる日々だったそう。


「そ、そんな…ひどい…」

「だいたい1位なんてとれるはずないのよ。当時すでに空雅君は安倍晴明の力を使いこなしはじめていたから勝てるはずないのにね!」

「で、でもひどいです…!櫻子お姉さんが…かわいそう…」


ずっと自由のない環境で育てられ、それでも頑張っていたのに頑張りを認めてくれないなんて…当時の櫻子お姉さんのことを想像したら声が震えてしまう。


「ありがとう、えでかちゃん。優しいのね、ほんとに」

「あ、あの櫻子お姉さん…聞いてもいいですか?」

「なにかしら?」

「あの…ご両親は守ってくれなかったんですか…?」


ここまで全然登場しなかった櫻子お姉さんとりく先生のご両親。

自分たちの子供がそんな教育を受けていることに、なんとも思わないのだろうかと気になっていた。


「あ!あの!い、嫌だったら全然…!」

「ふふ、気にしなくて大丈夫よ。だってそれが父の方針だったもの」

「・・・え」

「うちの両親はより強い異能力者を求めて母と無理矢理した異能婚だったの。だからお互い愛情なんて持ち合わせていなくて、むしろ双子なんて争いの種を生んだって母は追い出されてしまったそうよ」

「・・・・・・」


私は言葉を失った。

二人を育てたのは母親ではなく橋本家のお手伝いさんたちなのだそう。


「だからよけいに面倒事が増えたのよ。私が当主教育受けてるのに、女が当主なんて認めないって兄さん派の一部が父との再婚計画を立ててたりね。・・・それで耐え切れなくなったの、どんなに虐待をたえても空雅君を超えることはできないし、父が再婚して男の子がうまれたら私たちは不要になるし…もし女の子がうまれたら空雅君の許嫁でいられなくなるかもしれない、ともね」


なんだか胸が痛い。

どうして大人はたくさんいたはずなのに、誰も櫻子お姉さんのことを助けようとしてくれなかったんだろう。

そう思ったら辛くて目があつくなる。


「それで私、なにもかも嫌になっちゃって、自分の部屋に誰も入れないように樹で結果をつくって引きこもったの。もう餓死してもいいや、とも思ってね」

「・・・櫻子お姉さん・・・」

「でもね、やっと兄さんが会いにきてくれたの。空雅君と一緒に。誰にもどうすることもできなかった私の結界に、あの二人はいとも簡単に入ってきちゃったのよ」


クスクス思い出し笑いをする櫻子お姉さんをみて、少しほっとした。

櫻子お姉さんの結界にやってくるお兄さんとりく先生は、食料や水を運んできてくれたり、部屋に式神を置き、櫻子お姉さんには変装させて外に連れて行ってもくれたそう。

学校に行きたいと言えば連れていって授業を受けたり、体育祭や文化祭に参加したり、お花見がしたいと言えば水樹家でみんなでお弁当をつくって行ったりと、櫻子お姉さんは「引きこもりだけど、引きこもりじゃなかった。初めて感じた自由がとっても楽しかった」と笑った。

お弁当つくりにはふうちゃんも手伝って一緒にお花見にいったそうで、そこで初めて私の話を聞いたと教えてくれた。


「それに中学の兄さんって、とっっってもグレてたのよ??」

「そ、そうなんですか??」

「えぇ、もう、それはとてもとても!学校サボるのは当たり前だし、町中フラフラ出かけてるし、先輩だろうと喧嘩は当たり前!妙に慕う後輩もいて大変だったんだから!」


と、櫻子お姉さんはさすがにお兄さんに苦情をいれたそう。


「ちょっと自由にさせすぎじゃない?って問い詰めたら、僕も予想外!だって」


お兄さんを真似する櫻子お姉さんがおもしろくて、あははと声をあげて笑った。

でもそのころからりく先生は『影』の人材を集め、組織化させていたそうで、櫻子お姉さんは驚いたそう。

りく先生や櫻子お姉さんだけでは届かないような橋本家の内部、分家の情報を探ったり、一人になる櫻子お姉さんを影から守るためにつくったのが由来なんだと。

櫻子お姉さんはりく先生から聞くまで、自分がこっそり守られているなんて気づかなかったと教えてくれた。

お兄さんも大人顔負けなくらい北都支部に切り込んだり、交渉術をみにつけていたり、実績をつみはじめていて、北都の異能教育改革を進めようとしていたらしい。


「でも中学卒業が近くなったころだったかな…兄さんと空雅君を出し抜くように、兄さん派の分家と私を結婚させようとしたの」

「え!?で、でもまだ結婚できる年齢じゃ…」

「えぇ。私と空雅君の婚約を破棄させて、新しく婚約させて私が16になったらすぐに籍を入れさせようとしたみたい」


しかも櫻子お姉さんよりも30歳と年上の、異能をもたないおじさんだったそう。

自分よりもふたまわりも離れたおじさんと結婚させようとするなんて…自分で想像しても吐き気がしそうな話だ。




「その話を空雅君と兄さんと遊びにいった帰りに偶然聞いてしまって…橋本家が許せなくなって異能を暴走させてしまったの。・・・その時の傷がこれ」


と、櫻子お姉さんが背中をみせてくれた。

背中の上半分の白くて綺麗な肌を傷痕が覆っていた。

これだけの傷、いったいどれほどの血が流れたのだろうろ想像すると私の背中も痛んだ。


「暴走したときのことは私は覚えてないんだけど、兄さんと空雅君が助けてくれて、二人がいなかったら私はここにはいないだろうって言われてるの。あ、えでかちゃん、覚えてない?きっと小学4年生になる前だと思うんだけど、桜がほとんど咲かない年があったの覚えてない?」

「ん~・・・あ、そういえばあったかもしれないです…たしか気温が低くて咲かないって先生が言ってたような」


毎年小学校に隣接された北都公園の桜の下でクラス写真を撮るのが恒例なのだが、蕾のまま落ちてしまう樹がおおく、なかなか撮れずにいた記憶がある。

でも私のアルバムでは桜の下で撮った写真があるのだけど、なぜだろうと疑問が浮かんだ。


「あれ、私の暴走が原因だったの。身勝手な橋本家への破壊願望が暴走につながって、北都中の桜に影響しちゃったみたいなのよね」

「破壊願望…?」

「えぇ、許せなかったの。兄さんのことを馬鹿にする分家も、私たちのことを異能の道具としかみてない橋本家も、空雅君以外と結婚させようとする大人も」


わかる気がする…と言っていいのだろうか。

もし私がふうちゃん以外の人とって勝手に決められたら許せなくなるのは当然だもの。


「それからしばらく東都の病院で治療を受けることになってね。手配したのは空雅君で…空雅君と兄さんには感謝してるの…でも…」


でも、と続ける櫻子お姉さんの声が震えている。


「私を助けるときに空雅君の中の安倍晴明が完全に目覚めたみたいで、それがきっかけで大雅君の力も共鳴して二人も東都に行くことになったの・・・。二人の力が強まったことで鬼神の封印も弱まって・・・だからえでかちゃんと大雅君を引き離した原因は私なの。ごめんなさい、えでかちゃん」


そういって櫻子お姉さんは私に頭をさげた。


「さささ櫻子お姉さん??!!あ、頭あげてください!!!」

「ううん、これは私なりのケジメなの。本来だったらえでかちゃんを悲しませない方法もあったはずなのに、私が暴走したばっかりに辛い思いをさせてしまったの。だから本当にごめんなさい」

「櫻子お姉さんのせいじゃないですっっ!!!」


私は心の底から叫んだ。


「櫻子お姉さんはなにも悪くないです!!もし櫻子お姉さんを悪く言う人がいたら、その人が悪いってくらい櫻子お姉さんは悪くないです!!!」

「えでかちゃん・・・」

「それにそれに!!悪いのは櫻子お姉さんを傷つけた橋本家の人たちです!!だから櫻子お姉さんは悪くないです!!それにそれにそれに!!仮に!!もし!!みんなが櫻子お姉さんが悪いって言ったとしても、私は櫻子お姉さんが大好きです!!!」


櫻子お姉さんを傷つけた橋本家への怒りだろうか、それとも櫻子お姉さんへの同情なのだろうか、それともただ単に私の感情が高ぶってるだけなのか、大粒の涙がぼろぼろと湯舟に落ちる。


「・・・ありがとう、えでかちゃん。私ったら大雅君より先に泣かせちゃったわね」

「うぅ~ずみまぜん・・・」


タオルで優しく涙をぬぐってくれた櫻子お姉さん。

うん、こんなに優しい櫻子お姉さんを傷つけてきた橋本家がやっぱり悪いよ。


「だいぶ長く話過ぎちゃったわね。のぼせる前にあがりましょうか」


そう言って櫻子お姉さんと一緒に露天風呂をあがるころには、ちんちくりん体型の恥ずかしさなんて消えていた。




部屋に戻ってきた私と櫻子お姉さんは、櫻子お姉さんに丁寧にスキンケアまでしてもらい、髪まで乾かしてもらった。

至れり尽くせりでいいのかなって恥ずかしかったけれど、櫻子お姉さんが楽しそうだったから身を任せることにした。

ひと段落してこれから双剣をメンテナンスしてもらおうと思ったが、その前にまずは、冷たくて美味しいハーブティーをいただくことにした。


「えでかちゃん、ありがとう。私の長い話聞いてくれて」

「い、いえ!個人的には…もっと櫻子お姉さんのこと知れて嬉しかったです」

「ふふ、ありがとう。実はまだ続きがあってね♪」

「え、なんですか?!」


にやっと笑う櫻子お姉さん。

お兄さんもりく先生も同じ笑い方をするんだよな、と私はその笑顔がけっこう好き。


「東都にきたことで空雅君は陰陽省で力をつけはじめてね、ほんとに変えちゃったの、橋本家と水樹家を」

「さ、さすがですねお兄さん…」

「父の悪事を全て明るみに出して引退させて、これまでいた使用人は全て解雇。そして兄さんを当主にしたの」

「えっと、まだ高校生なのに…ですか?」

「えぇ、そうよ。おかしいわよね、空雅君」


そう言って笑う櫻子お姉さんは、きっとそういうお兄さんの規格外なところが好きなのかなって思った。


「なのに自分たちの利益しか考えてない人たちってしぶといのよね…!!なんとか私と空雅君を婚約破棄させようと自分たちの子供と引き合わせようとするのよ?でも最悪だったのは分家の娘と大雅君を婚約させようとしたこと…!!も~~私と空雅君ブチギレ」


笑っているけど櫻子お姉さんから黒いオーラが漏れ出ている。

なんなら握った拳の血管すら浮いている。

でも私も嫌だ…ふうちゃんが他の人と婚約して結婚するのは…。

ふうちゃんと結婚するのは・・・私がいい。


「それで私から提案したの。水樹家の力を利用させてもらうために結婚できる年齢になったら結婚してって。橋本家の力だけじゃ足りないときもあって…それに兄さんの役にも立ちたかったから」

「そうだったんですね…」

「空雅君も同じこと考えてたみたいで、高校を卒業してすぐ籍を入れようとしたんだけど、なんと兄さんが猛反対」

「え!?り、りく先生が、ですか?!」

「えぇ。まだ早すぎる、とか、こっちでなんとかするからってね」


確かに高校卒業してすぐに結婚なんて、いくら法律では可能だったとしても早いのは理解できる。

でもふたりの状況を考えれば、仕方ないのかなって思わなくもないけど、まさか2年もりく先生が反対するなんて思わなかった。


「本当はね、兄さんの反対を押し切って籍入れることはできたのよ?だって水樹家からはすぐに了承もらっていたし、引退して遠くにいる父に無理矢理サインさせることだってできたんだから。・・・でも空雅君と私がね、どうしても兄さんに認めてもらいたかったの」


立場的にはお兄さんの方が上でもあるのに、櫻子お姉さんとの結婚だけはりく先生が認めるまでお兄さんは粘ったのだそう。

そこには3人の見えない信頼関係があるからなのかなって思った。


「でもいまだに根に持ってるみたいだけどね。だから空雅君がえでかちゃんのこと妹っていうと、まだ妹じゃないでしょってつっこんでるでしょ?それがおもしろくってつい言いたくなっちゃうのよね~」

「ふふ、そういうことだったんですね」

「あ、でも兄さんをからかうために妹って言ってるわけじゃないわよ?!ほんとに妹と思ってるからね?!」

「大丈夫ですよ、わかってますから…ありがとうございます」


ほっとした櫻子お姉さんはハーブティーをおかわりして話を続けた。


「あと大雅君の婚約話もね、さすが空雅君よね。もう先手を打っていたのよ。だからえでかちゃんは安心して水樹家に嫁いで私たちの妹になれるからね♪」

「え!!あ、え、えっと・・・・・・・・・はぃ・・・」


これじゃまるで私がふうちゃんと結婚したいって言ってるみたい・・・。

嘘じゃないけど、口にだすと猛烈に恥ずかしくなって声が小さくなる。

これ、ふうちゃんが記録でみたらどう思うだろう・・・。

そう思ったらふうちゃんに会うのがドキドキしてきてしまった。





櫻子お姉さんとりく先生、そしてお兄さんたちの話を聞き終わると双剣をメンテナンスしてもらった。

双剣をみた櫻子お姉さんは「うん…大事に扱ってるのがわかるわ、ありがとうね」って微笑んでいた。


「…そうね…これならもう少し重さを変えていいかもしれないわね…えでかちゃんの筋肉量も増えてきたことだし」

「ほ、ほんとですか?」

「えぇ、大きくすることだけが筋トレじゃないからね。よし、そうと決まればさっそくとりかかりましょ!!私はこれから部屋でメンテナンスに入るから、えでかちゃんは先にゆっくり休んで?」

「はい!!ありがとうございます!!・・・あ」

「ん?どうかした??」

「あの・・・寝る前にふうちゃんに会ってもいいですか・・・?」


さっきの話を知られるのは恥ずかしいけど、でも眠る前にふうちゃんに会いたい。

いつもは魔法だけだから、一緒にいる間だけは、ふうちゃんの顔みてから眠りたい。

我慢できなくはないけど、ふうちゃんが《えでか、寝るとき教えて?》って言ってくれたから、その言葉に甘えたい。


「ふふっ、もちろんよ!」

「…!!ありがとうございます!」

「きっと大雅君も待ってるだろうからね」


そう言って櫻子お姉さんは「おやすみ、えでかちゃん♪」と、部屋に向かっていった。


《ふうちゃん、これから寝るところだよ》

《えでか!待ってって、すぐいく!》


すぐに魔法でふうちゃんに呼びかけると、私が返事をするよりもはやく扉がガチャリと勢いよく開いてふうちゃんが戻ってきた。


「お待たせ!えでか!」

「ふふ、全然待ってないよ、ふうちゃん!」


きっとお兄さんとりく先生の厳しい特訓中だったのだろう。

頭に葉っぱをくっつけたままで、かわいくてふうちゃんの髪にそっとふれた。

気づかなかったふうちゃんは葉っぱをみて、顔を赤くして照れていて、それがもっとかわいかった。


「あれ?櫻子姉さんはいないの?」

「うん、お部屋で双剣のメンテナンスしてくれてるよ」

「そっか。さすが気が利くね」

「ふふふ。あ、そうだ、ふうちゃんもハーブティー飲む?」

「うん、飲みたい」

「わかった!コップとってくるね!」


ソファに座ってもらい、私はキッチンにコップをとりにいった。

二人で暮らしたらこんな感じなのかなって想像したら楽しくて、コップをとりにいくだけなのに浮足立つ。


「ふうちゃん、おまたせ・・・」

「・・・え、えでか」


真っ赤になった顔を隠すように両手で頬を隠してるふうちゃん。

あ、そうだ。

さっきここで櫻子お姉さんとあんな話をしていたんだった。


「あ、あの・・・ふうちゃん・・・?もしかして・・・さっきの話・・・みたの?」

「・・・・・・ぅん」


小さく頷くふうちゃん。

私も恥ずかしくて顔が赤いはずなのにコップを持った手で顔を隠せない。

ど、どうしよう。恥ずかしくて顔から火が出そう。


ゆっくりとふうちゃんの隣に腰をおろした私。

コップにハーブティーをいれたいのに、先に顔を隠した。

リビングには真っ赤な顔を隠した私とふうちゃんが、お互いのドキドキがおさまるのを待っていた。





「…櫻子姉さん、わざとだろうなぁ」

「…そ、そっかぁ…」

「きっといまごろ笑ってそう」

「ふふ、なんとなく想像できちゃうかも」


きっと双剣のメンテナンスをしながらニヤリを笑っているだろうなって想像した。

そしたらやっとドキドキもおさまってきたので、ハーブティーをいれてふうちゃんに手渡した。


「でも兄ちゃんたちの話聞いたんだね」

「うん、私知らなかった。あんなに大変なことがたくさんあったなんて…」

「実は兄ちゃんの初恋なんだよ、櫻子姉さんって。だから絶対手放したくなかったんだろうね」

「そうだったんだ…なんだか素敵だね!」


私にとっての初恋もふうちゃんだから、櫻子お姉さんとお兄さん夫婦は理想の夫婦だなって思った。

いろんな困難を乗り越えて、お互いの初恋を実らせたんだから。


「…えでか」

「ん?なあに、ふうちゃん」

「お、俺の初恋もえでかだからね…?」

「へっ…!!」


う、うれしい。

そうだったらいいなって思っていたけれど、ふうちゃんの初恋も私だったなんて…。

このうれしさをどう言葉にしたらいいんだろう。

言葉にできない私が衝動的にコップをすぐに置いて、すぐにふうちゃんに抱き着いた。

さすがに生存記録でも反応しきれなかったのか、突然私が飛びついたからコップがこぼれないようにふうちゃんはあわてた。


「ええええでか!?」

「んふふふふ!!」

「もう…急にかわいいことされると困るよ?」


嘘。

本当は困ってない。

だってふうちゃんもコップを置いて抱きしめかえしてくれてるから。


「お茶、えでかにかかっちゃうかもしれないじゃん」

「そしたらふうちゃんが技で乾かしてくれるでしょ?」

「もちろん。櫻子姉さんのドライヤーよりはやく乾かせるよ」

「あはは!じゃぁふうちゃんのことは私がドライヤーで乾かしてあげるからね!」

「うん、ありがとう、えでか。だったらこぼされてもいいや」


ふうちゃんがぎゅっとしてくれると、初めての岩盤浴よりもぽかぽかする。

このまま眠ってしまいたいくらいに。


「えでか、そろそろ寝る?」

「うん…ちょうど眠気がきた…」

「今日は朝はやかったもんね。また明日いっぱい遊ぼう」

「…うん」


楽しみだな。

ふうちゃんと一緒に起きて、遊んで、またおやすみって言える明日が。

昨日までは急展開に驚いていたけど、いまじゃ別々に泊まることがさみしいと感じるほどだ。


「おやすみ、えでか」

「おやすみ、ふうちゃん。とっくん、がんばってね…」

「うん、ありがとう」


うとうとしながら歯磨きする私を見守ったふうちゃんは、部屋の前までおくってくれた。

同じ部屋の中なのに送ってくれたっておかしいかもしれないけど、私が部屋に入って扉をしめるまで見守ってくれていた。

ふうちゃんと直接おやすみと言いあって眠れる幸せをかみしめながら、目があかないまま、もぞもぞとベッドにもぐりこむ私。


さすが高級ホテルのベッド。

一人分にしてはもったいないくらいの広さで、横になってもベッドから落ちないくらい。

ちょうどいい硬さで、あぁ茶々丸も好きなタイプだな~なんて思った。

枕も4つも並んでいて好みの位置をさぐった。





きっといいベッドにいい枕だから、ぐっすり寝れそうだなって思っていたのだが・・・


(ね、眠れない・・・・・・)


だんだん眠気がさめていき、いくらたっても寝付くことができなかった。


(お、おかしい・・・さっきまではあんなに眠かったのに・・・)


正直楽しみにしていた。

だって高級ホテルの高級マットレスで、高級枕だよ?

どれだけ寝心地がいいんだろうって部屋に到着してずっと楽しみにしていた。


(なんでこんなに眠れないの・・・朝早かったからすぐ寝れると思ったのに・・・)


なんでだろう、なんでだろうって考えれば考えるほど夜が深くなっていき、いいポジションを見つけるために何度も寝返りを打っては違うを繰り返し、いつの間にかカーテンの隙間がぼんやり明るくなっていった。

それがよけいに私を焦らせ、少しでもいいからどうにか眠らなくちゃと考えれば考えるほど頭が活性化してしまう。


(うぅ・・・こんなにいいベッドなのに・・・なにかが足りない・・・)


そのなにかがわからないまま、私はとうとう心身が疲れ、果てたようにいつの間にか眠りについた。




だから目がさめたとき、なんだか寝た気が全然しなかった。

むしろ本当に寝れたのか、不安になるくらい。

顔を洗えば少しは目がさめるかなと思い、起き上がろうとすると下半身に違和感があった。


「あ…う、嘘でしょ…」


布団をめくると予想を大きく外れたものが、シーツを赤く染めていたのだ。




続く

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