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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
136/155

ー136ー

初めてえでかと出会ったのは小学校入学の時だった。

誕生日順に席順が決められていて、誕生日が近かったえでかは俺の隣の席だった。

北都小学校には保育園からの友達もいたけれど、幼稚園組の知らない人も半分くらいいた。

だからえでかは幼稚園組だなって一目でわかった。


紺色のワンピースに、青いリボンを後ろにつけたえでかの第一印象は(なんだか大人しそうだな)だった。

隣に立つ母親がなにか話かけても頷くだけで、おもちゃ屋でみた女子用の人形みたいだった。

入学式の日はすぐに帰宅になり、なんだか頭からえでかのことが離れない一日になった。


次の日、学校に行くと先に来ていたえでかが幼稚園組の友達と話しているのを見かけた。


(あ、あの子、あんな風に笑うんだ)


まるで人形みたいな昨日とは一変して、ケラケラ笑ってる姿にくぎづけになった。


そして最初の授業は自己紹介だった。

えでかの自己紹介はいまでも覚えてる。

えでかは忘れてるかもしれないけど。


「た、たちばなかえでです…ねこがすきです!いえではかってないんですが、いつかかいたいです!あとおえかきと、おはなもすきです。もっとおべんきょうしたいです!」


だったんだよ。えでかは覚えてるかな。

ちなみに俺はなんて言ったのか覚えてない。

でもあの時、きっとはじめて俺の中に「かわいい」って感情が芽生えたんだと思う。


そのあと学校探検の時間だったんだけど、席順のまま移動することになった。

えでかの前後の席は保育園組の子だったから、きっと人見知りしてたんだと思う。

だから隣の人と手をつないでって言われて、すごく緊張した顔をしていた。


その顔をみたらこの子を笑わせたい、笑わせてあげたいって無性に思った。


「ねぇ、みて!ふうせんのまね!」


そう言って咄嗟に思いついたのが風船のモノマネだった。

家でゲームしてる兄ちゃんとりくさんの邪魔をするのに思いついたモノマネで、最初は二人とも笑ってくれてたんだけど、だんだん慣れてきて笑わなくなっちゃったやつだった。


(やべ、これもうだれも笑ってくれないやつだった…!!)


内心冷や冷やだったから、どうしようどうしよう次はどうしようってパニックだった。でも


「…あはははは!!!!!なにそれ??おもしろい~!!」


ってえでかは友達に見せていた笑顔よりもとびっきりの笑顔を見せてくれた。

その時のえでかが、すごくキラキラしていて、胸がすごくドキドキした。

あれが一目惚れだったって気づいたのはもう少し後になってからだったけど、もっとえでかの笑顔をみたい、もっとえでかを笑わせたいって思ったんだ。

えでかの小さい手を握りながら、えでかのことをずっと笑わせたいって誓うほどに。


それからえでかと仲良くなるのはあっという間だった。

なぜなら休み時間の度に何度も何度も、翌日もそのまた翌日も「もういっかいやって!」って目をキラキラさせながらおねだりしてきたから。

そのたびに同じくらいキラキラさせて笑ってくれるから、俺も次はどんなモノマネしようかな、どんな変顔しようかなって考えるのが楽しくなっていた。


でもちょっと嫌なことがあった。

えでかが笑う度に近くにいたクラスメイトも集まってきて、えでかに友達が増えた。

もちろん男も。


「おれのモノマネもみて!」

「あはは!かけるくん、おもしろいね!」


「なぁかえで!ゴリラってしってる?!これ!」

「あはは!やだー!こっちこないでー!!」

「きゃー!!つよし、あっちいってー!!」


って、いろんな男子がえでかにモノマネをみせにいったり、女子をからかいにいくことが増えたことだ。

今ならえでかの笑顔が全然キラキラしてないから、俺のほうがおもしろいってわかるのに、あの頃はまだわからなくて他の男子に負けたくないって思うようになった。

きっとみんなえでかのキラキラに引き寄せられていたんだ。

俺にしか引き出せないキラキラなのにね。



「兄ちゃん!この変顔はどう!?」

「えぇ~?また変顔してるの大雅?」

「いいでしょ!おもしろい!?」

「うん、おもしろいよー」

「ほんと!?」

「うん、ほんと」

「ほんとにほんと!?!?」

「ほんとにほんとにほんと!?!?!?」

「ほんとにほんとにほんとにほんと」


学校から帰ると鏡をみながら変顔の研究をしては兄ちゃんとりくさんに見てもらったりした。

当時りくさんはもう異能小学校に通っていて、学校が終わると家に遊びにきていた。

まだ兄ちゃんの世話役じゃなかったから「大雅、しつこい」って邪険にされたりしてたけど、俺はめげずに変顔を見せてた。


「変顔ばっかりしてたら変な顔になるぞ」

「え!!」

「あ、わかった。クラスに好きな女子でもできたんだろ」

「!!??ち、ちげーし!!!く、クラスで大会があるだけだし!!」


りくさんに図星を言い当てられて、焦った俺は変な言い訳をした。


「えぇ~なになに~!!大雅、好きな子できたの~!?」

「ちちち、ちげーしちげーし!!おれ、もう寝る!!」


って自分の部屋に逃げようとしたけど、りくさんにつかまってえでかのことを話すまで逃がしてもらえなかった。

でもその時、兄ちゃんに言われた言葉があって。


「大雅、好きな子ができたことはいいことだよ。その子には優しくしてあげて、守ってあげるんだよ」


その一言がきっかけで、兄ちゃんとりくさんにえでかのことを素直に話した。

隣の席の女の子で、いっぱい笑ってくれるから、もっと笑わせてあげたいんだって。

俺が一番笑わせたいんだって。

幼いながら兄ちゃんと櫻子姉さんのことを感じ取っていたから話せたんだと思う。


でも次の日俺は後悔した。

忘れ物した俺が悪いけど兄ちゃんがクラスに届けにきて「どれがお前の好きな子?」って探りにきたこと。

もしかしたらその日の忘れ物は、兄ちゃんとりくさんに仕組まれてたかもしれないと今なら思う。




1週間たったころ。

クラス中みんな打ち解け始め、あだ名で呼び合うようになっていた。

実はまだえでかの名前を呼べずにいて、同じ保育園組の男子たちが俺よりさきに「かえで!」と呼んでいるのが気に食わなかった。

えでかもみんなが呼ぶあだ名で呼んでいたり、君付けで呼んでいたりして、うらやましいって思った。


「ねーねー、たいが~。なんかモノマネしてよ~」

「え?あぁ、じゃぁ魚のマネ」

「え~!それ前みた~!」

「もっとないの~!?」

「ない!」

「ちぇ~、つまんないの~」


と、やっかいなことに他の女子まで笑わせてもらおうとしにくる。

えでか以外の女子にみせてもつまらなかった。


「かえでちゃんがいつも笑ってるから、もっとおもしろいのかと思った~」


なんて言いながら席に戻る女子が誰だったのか、もう覚えてはいないけど、えでかのために考えたモノマネと変顔なのだから、えでか以外に見せることはもう二度としないって決めた瞬間だったかも。


「ねぇねぇ、もういっかいふうせんのまねやって!!」

「いいよ」

「あはははは!!あはははは!!!やっぱりおもしろい~~!!!」


毎日かかさずおねだりされては、毎回キラキラ笑うえでか。

うん、やっぱりえでかにしか見せない、そうしよう。


それにしてもえでかの名前をなかなか呼べない俺。

なにが嫌なのか、なんとなくわかったけど、俺、他の男子と同じように呼びたくない。

だって俺が一番最初に仲良くなったのに、俺が一番笑わせてるのに、他の男子と一緒になりたくない。

これが独占欲だって気づいたときにはもう手遅れで、えでかを誰にも触れさせたくない、えでかには俺だけ見て欲しい。そのためならえでかを監禁してでもって汚い独占欲になっていた。




「ねぇねぇ、なまえ、逆から読むとなんてなる?」


しばらくするとそんな遊びが流行り出していた。

全員の机の右上にひらがなで名前が書かれたテープがはってあり、それを見ながら逆から読む遊びだった。


「俺?俺は…がいた、きずみ!か、ぇ…そ、そっちは?!」

「わたしはね、えでか、なばちた!」


えでかの名前を呼ぼうとして結局呼べなかったけど、拙い口で一文字一文字ゆっくり読みあげるえでかがかわいかったのを覚えている。


「えでか?」

「あ、ちがう!でえか、だ!あはは!間違えちゃった!」


自分の名前なのに~って照れ臭そうに笑うえでかがかわいかったから。


「でもさ、えでかってなんかかわいいよね!がいた、もかっこいい!」


その時俺はひらめいた。


「じゃあ、俺、えでかって呼ぶよ!」


そうすれば他の男子と同じように呼ぶ必要はない。

えでかの意味も俺だけが知ってる。

俺とえでかだけの特別になれるって。

そうひらめいたのは俺だけど、えでかはなんて答えてくれるだろうってドキドキしながら待った。


「いいよ!そしたら…風船のふうちゃん、だね!」


それが俺の「えでか」と「ふうちゃん」のはじまりだった。





だと思ったのに。

他の女子も「ふうちゃん」って呼んでくるし、他の男子も「えでか」って呼ぶやつが増えた。

それが俺をいら立たせたけど、えでかが笑うたびに我慢できた。


でも我慢できたのも数日だった。

同じ保育園組のかけるが、えでかのことを好きって言いだした。

俺が先に好きになったのに、俺のほうがえでかを好きなのにってかけるへの怒りがあふれた。


それがあの帰りの会だったんだ。

今日友達がしてくれて嬉しかったことや、ありがとうを伝える時間があって、みんな手をあげて発表していた。

するとかけるが手をあげて「えでかが給食のときに持つの手伝ってくれました!ありがとうございました!」と発表をした。

担任は「えでかって誰のことですか?」ときくと「かえでのことです!」とかけるが言った。


「えでかはあだ名なのね。でもこういう時、お友達のことは"さん"、か"ちゃん"で呼びましょうね」

「はい、わかりました!」


その時俺の限界がきた。

かけるが着席する前に手をあげて、担任が呼ぶ前に立ち上がった。


「えでかと呼んでいいのか俺だけで、ふうちゃんと呼んでいいのはえでかだけなので、他の人は呼ばないでください!!」


担任がびっくりして目が点になって、クラスが静まりかえっていた。

着席して、えでかの顔をみた。

そしたらえでかもびっくりした顔をして、顔がトマトみたいに真っ赤になっていた。


(でも…やっぱりキラキラしてる)


「…ふうちゃん、ありがと」


そうえでかが小声で呟いたから、担任には説教されたし、親を呼び出されたりしたけど何の後悔もしてない。

むしろ清々しい気持ちだった。

えでかとの特別を守れたから。

えでかが俺のことを好きになった瞬間はこの時だったって聞いて、本当にうれしかったし誇らしかった。

あの時言ってよかった、宣言してよかったって幸せを嚙みしめた。

ちなみに兄ちゃんとりくさんからは「ばかだなぁ~お前」ってめちゃくちゃ笑われたけど。




それから俺たちは2年生になると、もう俺のことを「ふうちゃん」って呼ぶのはえでかだけで、「えでか」って呼ぶのは俺だけになっていた。

最初は隣だった席も、席替えが何度かあって、遠くなったり近くなったりして、えでかの隣になる男子に嫉妬したりもした。

だから俺はえでかとの『二人だけの秘密』をたくさんつくることに一生懸命だった。

えでかにだけ当時大流行していた、たまごねこっちを見せたり、ポケットネコモンのゲームを空き教室に忍び込んでみせたりした。

えでかに見せるためだけに、朝からおもちゃ屋に何度も足を運んでゲットしたんだ。


だんだんと暑くなってきたころ、久しぶりの席替えで俺の前の席にえでかがやってきた。

すごくうれしかった。

隣の男子には嫉妬はするけど、ずっとえでかを見ることができるのは、後ろの席の特権だから。


ある時、えでかの背中を見ていたら、いたずら心がわいて文字を書いた。


「ひゃあ!!ど、どうしたのふうちゃん!?」

「いまからさ、文字書くからなんて書いたかあててみて!」

「わっ!楽しそう!」


最初はわかりやすくのからいこう。

わかってくれるといいなって思いながら、ゆっくり、大きく書いた。


「…え?」

「あたり!じゃぁこれは?!」

「…ん~…あ!!で、だ!!てんてんでわかった!!」

「あたり!!じゃあ最後は…」

「…わかった!か!えでか!」

「すごい、えでか!!」


いま思い返すと、小学生のときでよかったかもしれない。

もしいまのえでかの背中に書くってなったら、緊張して震えそうだから。


「ねえ!私もやってみたい!」

「いいよ!」


こうしてはじめた俺とえでかの遊びは、すぐにクラス中に広まってしまう。

俺はえでかと秘密の遊びをしたいのに、これはえでかのせいだ。

えでかがいつでもキラキラ笑って楽しんでくれるから、みんな寄ってきちゃうんだから。

だから俺は大変だったんだよ?



「楓ちゃんと大雅ってすごいね」

「なんで全部わかるの~?」

「私、全然わかんなかった~」


クラス中に一気に広まった遊びは、すぐにみんな飽きてしまった。

なぜなら俺とえでかみたいに正解率が高いわけではなかったから。


「なんでだろ~?ふうちゃんのはすぐにわかるよ!」

「俺も!俺もえでかのはすぐわかる!」

「えーなんかあやしー!」

「じゃあさ、私が楓ちゃんに言った言葉を、楓ちゃんに書いてもらうから当ててみてよ!」


そう言って試された言葉も全部正解した俺とえでか。

これが俺とえでかにとって特別なものなんだって気づいた。


「ねぇえでか、今度は手でやってみよう」

「ふふ!いいよ!」


こうやって背中から手のひらに、ひらがなからカタカナに、カタカナから漢字に、3文字から5文字に、単語から挨拶に、挨拶から会話にってゆっくりゆっくり特別は進んでいって、俺とえでかの秘密の遊びとしてクラスメイトにも定着した。





でも初代の異能がなじんだ今だからわかる。

俺とえでかが間違えるたびに何度も繰り返した結果もあるけれど、それでも正解率が異常だった。

俺が僅かに、ほんとうに僅かに、少しずつ、細く、見えない糸をはりめぐらせるように、えでかに異能を流しこんでいたんだって。

えでかを俺だけのものにしたい、俺だけをみてほしい、俺だけに笑ってほしい、俺だけ触れさせてほしい、そう思うようになった1年生のころからずっと。


だから未熟でも魔法の呪いが成功したんだと思う。

えでかの中に俺がはった異能が残っていたから。


えでかは知らなくていい、気づかなくていい。

出会ったころからずっと抱いている、俺の暗くて汚いこの感情には。

だって気持ちが悪いだろう?

えでかと違って純粋な気持ちじゃないんだ。

あの頃からずっと、純粋な気持ちでえでかに触れていたわけじゃないんだよ。


学年が上がるたびに、クラス替えで新しい男子と交流するたびに、俺の耳には「楓が好き」って男子の情報が入ってくる。

それがどれだけ嫌で、どれだけ苦しいか、えでかには知られたくないんだ。




そしてどれだけえでかに俺が救われているか、えでかはきっとわかってない。

でもそれでいいんだ。

知ったらえでかは悲しむし、なにもできなかったって自分を責めるし、初代への怒りが大きくなるだろうから、えでかは知らなくていいんだ。

でもね、安倍晴明の異能が発現して、体が内側から焼かれそうなくらい苦しくて痛くても、気を保てないくらい頭が痛くても、「体をよこせ」って幻聴がきこえても、えでかの笑顔に何度も救われたんだよ。


だから「スケールがおっきいね」って純粋に笑ってくれるえでかに見合うよう、えでかの理想の王子様に俺はなりたいんだ。

暗くて汚い感情を見せずに、知られずに、この呪いをとことん利用して、俺はえでかの理想になるんだ。

そうすればえでかは俺だけをみてくれる。

俺だけのえでかでいてくれる。


そのためならなんだってできる。

鬼神を倒すことだって、陰陽省をつぶすことだって、えでかを傷つけるものは全部消すことだってできる。

えでかの腕に傷をつけた湯田も、えでかを殺そうとした茨木も、えでかの心をずっと傷つけてきた波多野君を消すことだって。




えでかの理想の王子様になるためなら俺は、えでかが望むなら世界だって滅ぼしてあげるんだ。




続く

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