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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み後編
134/151

ー134-

お兄さんの背後には都心のビル群と青空が広がっている。

でもこのガラスは本物ではなく、結界で映し出されたものなんだって。

外から狙われるリスクを回避するためにそうなってるらしい。

だから「なんでも聞いてね」って言われても、どこから聞いたらいいのか迷子になってる私の姿は映っていない。


「えっと…」


本当に聞きたいことは決まってる。

あの時影の中にいた私はなんだったのかー。

お兄さんたちなら答えを知っているかもしれないのに聞けないのはどうしてだろう。


「兄ちゃん、いきなり聞いてもわかんないよ」


言葉に詰まっていると、ふうちゃんが助け船をだしてくれた。

ふうちゃんはもう見たはずだろうけど、どう思っているのだろう。

幻滅されていないだろうかって不安になる。


「そっかそっか、そうだよね、ごめんね、えでかちゃん」

「い、いえ…!こちらこそすみません…」


ちゃんと聞けない自分の嫌さ加減と、不安で体が小さくなる。


《ありがとう、ふうちゃん…》

《えでか》

《うん?》

《大丈夫だから、安心してね》


ふうちゃんの「大丈夫」にはやっぱりなにか魔法がかかっているのではないだろうか。

まだ何も話していないのに。

まだ何も相談していないのに。

安心感が全身を包み込んでくれているようで、目頭が熱くなった。


「じゃぁりく、報告がてら順を追って説明してくれる?」

「わかりました」


うつむいていた顔をそっとあげると、優しく微笑んでいるふうちゃんと目があった。

その目をみたら、あぁ、私が話せるようになるまで、ふうちゃんもお兄さんたちもみんな待ってってくれるんだって思った。

なら、ちょっとだけ、甘えさせてもらおう。

わがままでごめんね、ふうちゃん。

ありがとう。


「まず北都戻ってすぐですが、これまで月2,3件だった鬼蟲発生が週2件のペースまで増えました。主に津島山方面です」

「守護結界のひとつがある方だね」

「はい。結界近辺は橋本家の戦闘員と結界師を配置してましたが、津島山入口の討伐隊で制圧済みです」

「近隣住民の様子は?」

「住民との接触や、自宅結界への侵入はありません。住民たちも市街地より発生確率が高いことは認識済みのため、大きなトラブルはありませんでした。発生件数も期末試験に入ると月5件まで落ちています」

「そっか。みんな優秀だね、ありがとう」


りく先生が淡々と報告をしているけれど、私たちが試験勉強をしている間、先生の仕事もしながら陰陽省としての仕事もこなしていたんだ。


「そういえばえでかちゃん、試験頑張ったんだってね。りくの異能史100点だったんでしょ?」

「あらすごい!これには兄さんもうれしかったんじゃない~?」

「ま、去年より平均点はあがってましたけど、東都大にはまだまだ程遠いです。とくに数学と術式構造の応用は平均以下なんで」

「うっ…こ、これから頑張りますもん…!!」


そのために夏休みの課題も参考書も持ってきた。

もちろんふうちゃんと一緒に勉強するために。


「報告続けます。次は湯田の件です」


りく先生は続けて湯田『元』先生の話をはじめた。

湯田元先生は横領、セクハラや更衣室の盗撮、カンニング補佐などたくさんの悪事を行っていたが、りく先生が報告した内容は、悪事をするために高校にきていたのかなってくらい真っ黒だった。


「でもやっと齋藤先生の頑張りが報われたね」

「えぇ、空雅さんが理事に推薦してくれたのも大きいと思います」


りく先生とお兄さんの話から察するに、齋藤先生が北都結界師協会の理事になったのは体育祭ごろで、お兄さんが一枚噛んでいたそうだ。

異能教育委員会よりも結界師協会のほうが立場は上だから、湯田先生の悪事をやっと公表することができたみたい。

それにお兄さんに東都に行くのや、東都の専門医を紹介してくれたのは齋藤先生なんだよって教えてくれて、今でもお世話になってるらしい。


「それで体育祭での騒動ですが、湯田が接触した生徒が3年の女子でした」

「えでかちゃんもその時一緒にいたんだよね?」

「あ、はい…!裏門から第二会場の女子高にむかうところでした…」


今でもはっきり覚えている、いないはずの湯田先生を見つけたときの寒さを。


「で、えでかちゃんも居合わせちゃったもんだから巻き込まれちゃったんだけど、りくはなんで遅れちゃったんだっけ?」

「私も聞きたいわ~どうしてえでかちゃんに怪我をさせたのか…♪」


お兄さんと櫻子お姉さんの黒い圧が、りく先生にささっているように見えて、りく先生は気まずそうな顔をした。

私はあまり気にしていないので、りく先生が気の毒にみえた。


「…湯田の手引きによって校長を拉致し、校舎内に鬼蟲の侵入があり、対処してたためです…」

「湯田とつながっていた人物はわかってるんだよね?」

「はい、3年白虎組の切島でした。湯田に洗脳されていたため、現在は北都異能病院にてリハビリ中です。後期には復帰できるかと」


そういえば、あれから誰も切島先輩の話を出さないなって思っていたけれど、入院中だったんだ。

後期には戻ってこれるようだけど、もうゆか先輩に絡むようなことはしないといいな。


「湯田も鬼に洗脳されていたようで、デイダラボッチと戦闘し洗脳を解除。精霊は現在も休眠に入っています」

「兄さん、その湯田って人はいまどうしてるの?」

「湯田は・・・」


ちらりと私の顔を見るりく先生。

湯田元先生がいまどうしてるかなんて全く知らないので、どうして私を見るんだろうと首をかしげる。


「・・・湯田は事情聴取中に死亡してる」

「・・・・・・え」


湯田元先生はもう亡くなっている…?

最後にみた湯田元先生の姿が思い出される。

見晴台でりく先生の影のお兄さんたちに回収されるときは、憑き物が落ちたみたいだったのにどうしてだとうと、りく先生の次の言葉を待った。


「更生施設到着後、すぐに事情聴取がはじまったのですが、湯田は無実を主張していました。自分は悪くない、騙されていた、と。ただ誰が騙していたのかは吐きませんでした。そのためいったいどこで湯田が鬼に遭遇し、洗脳されたか探るため攻め方を変えたのですが、突如なにかにおびえだし舌を噛み切り死亡しました」


部屋が静まりかえる。


「…えでかちゃん、ごめんなさいね。湯田がまさか死んでいたなんて知らなかったから…びっくりしちゃったわよね…」


沈黙を破ったのは櫻子お姉さんだった。


「い、いえ…もちろんびっくりしましたけど…でも、いったいどうして…」

「…おそらくだが、湯田の中にいた鬼が消滅後、精神攻撃のトリガーがひかれていたんだろう。検証の結果、核に鬼の残穢がわずかに残っていたからな」


…ひどい。

湯田元先生のことは好きじゃない。

むしろ属性差別推進していたし、草花属性の私たちをずっと見下していたのだから。

しかし実際はいつから操られていたのかわからないままだそうで、もし北都高校に着任したときから操られていたら、こんな結末をむかえてよかったのかと思わずにはいられない。


でも…もし北都高校に着任後、体育祭前に操られていたのであれば、横領や属性差別も鬼は関係ないことになる。

もし、本当にもしもだけど、もしそうだったとしたら、私は同じ気持ちになれるのだろうか。


そんな嫌な想像がほんの一瞬、小さく見えた。




「えでかちゃん、大雅から一連のことは聞いていたよ。湯田はどうして先輩を拉致しようとしていたか、覚えてる範囲でいいから教えてくれる?」

「あ、は、はい!えっと…ゆか先輩の占いの能力がほしいって言ってました…。属性が平等な学校じゃなくて、実力主義の学校に変えたい、そのために占いでいつ学校をつぶせばいいかわかるからって」

「じゃぁそのあたりの説明していこうか。きっと核についてもまだ聞いてないよね?」

「はい…湯田元先生にも核がって話てましたけど、精霊だけのものじゃないんですね」


「よく話をきいてたね」とお兄さんにほめられたけど、ついさっきの話なのだからほめられるほどじゃないのにと恥ずかしかった。

そしたらふうちゃんは授業中、直前までいったことを忘れちゃうらしく比べてのことらしい。

私よりももっと恥ずかしがるふうちゃんがかわいくて、嫌な想像のことなんか忘れてしまいそうだった。


「鬼が人を襲う理由について、えでかちゃんはなんて習った?」

「えっと…人間の負の感情によって生み出されたから、生み出したのを忘れて生きていることが許せないからって習いました」

「うんうん、そうだよね。でもそれらが間違っていたって聞いたら、えでかちゃんは驚く?」

「…誰かにとって都合のいいことを、たくさん教えられてきたってことを知ったので、やっぱり…って思っちゃうかもです」

「じゃなにを聞いても大丈夫そうかな」


と、お兄さんはにこってしたけれど、櫻子お姉さんに「それは聞いてみないとわかんないわよ」ってつっこまれて、和やかな空気になった。


「…鬼の本当の狙いはね、異能を奪うことなんだ。そして鬼神に献上することが目的なんだよ」


再び沈黙が流れ、私の反応を待っているようだった。

どこまでも優しい人たちだなと思う。


「なんとなく、そんな気がしてました…。この前海岸で遭遇した鬼が鬼神様とともにって言葉を残していたので…。きっとふうちゃんとの闘いにむけたものなんですよね?」

「うん、生存していた当時から異能をささげる熱狂的信者は多かったみたいでね。そのために眷属たちが鬼を束ねているんだ」

「でもどうやって異能を奪ってるんですか?そもそも異能って奪えるんですか?」


それこそ学校では絶対に習わないことだし、もし世間が知ったら大混乱になることが簡単に想定できる。


「できるよ。核はそうだな…魂のようなものかな」

「魂…」

「うん、丹田には異能力や生きる力…そういったものが宿っているとしたら、核はそれらだけじゃなく、僕らの全てを包括したものって感じかな?」

「ほ、ほうかつ…」

「ははは、ちょっと難しかったね」


丹田は特訓をはじめてからずっと鍛えている部分だし、常に意識するようになったから、なんとなく意味はわかる。

意識すれば意識するほどこたえてくれるし、私に力をくれるから。

でもその丹田すらも包括するのが核ってどういう意味なのか、よくわからず目がまわりそう。


「そうだな…ちょっと説明の仕方を変えようか…。えでかちゃんは輪廻転生って聞いたことはある?」

「はい…漫画でですけど…人は生まれ変わってる…みたいなことですよね?」

「そう。僕と大雅は安倍晴明の生まれ変わりだなんて言われているけれど、えでかちゃんも誰かの生まれ変わりかもしれない」


ふうちゃんが「厳密には生まれ変わりではないんだけど、わかりやすく言ってるだけだからね」と教えてくれたけど、ちょっとややこしくなりそうだったのでいったん頭の片隅に移動させた。

だけど輪廻転生のイメージはだいたいわかる。

だって前世でもふうちゃんと一緒だったらいいなって思うし、来世もふうちゃんと一緒がいいって思うから。

今世だけじゃ足りないくらい、ふうちゃんとやりたいこといっぱいあるんだもん。


「それは魂が新しい身体から身体へ移動しているからって言われているんだけど、もし核が破壊されたら二度と生まれ変わることができないんだ」

「・・・え?」


輪廻転生ときくと、どこかファンタジーのような、でもロマンがあるイメージが浮かんでしまっていたが、お兄さんの一言で呆然としてしまった。


「衝撃だったかな?」

「は、はい・・・」


もし私の核が破壊されてしまったら、来世ではふうちゃんに会えないってことでしょ?

来世だけじゃなくて、そのまた先の来世でも・・・。


「核っていうのは、そういう人智をこえた類のものなんだ。デイダラボッチには丹田がないからね、だから核に洗脳術をかけられていたんだよ。核にかけられたら、並大抵の異能力者では簡単に手出しができないからね」

「それに核の存在を知っている異能力者も一部だ」


そしてまだ衝撃によるドキドキがおさまらないまま、お兄さんの話が続いた。

核にはこれまでの過去の記憶、未来の記憶があること。

だから同じ核を持った器である人間は、例外もあるが同じ属性になること。


「といっても実際に確証があるわけじゃないけどね。だって前世なんてわからないもん」

「そうねー。よく前世占いなんてあるけど、誰がほんとのこと言ってるかわからいものね」

「ま、知ったところでってのもあるけどな」


たしかに前世が火属性だったと言われたとしても、火属性になれるわけでもない。

お兄さんと櫻子お姉さん、りく先生はさっぱりと前世について話しているけど、私は前世でもふうちゃんはもちろん、大好きなみんなと一緒だったらいいなって思っちゃう。


「で、続けるけどー、仮に丹田を奪ったとしてもまた再生することは可能なんだ。だからやつらは過去と未来の記憶をもつ核を狙っているんだ。核を奪えれば、同時に丹田も記憶も手に入るからね」

「そうだったんですね…」


力だけ手にいれても、力の使い方がわからなければ意味がない。

だからゆか先輩の占いを執拗に狙っていたのかと納得がいった。

納得したからこそ許せない気持ちが増した。

だってゆか先輩の魂がもう二度と生まれ変わることができないかもしれなかったんだから。


それからお兄さんに鬼の中にも知性が高いものと、低いものがいて、誰でもいいから核を献上すればいいって考えているものと、上質な核を献上したいと考えているものがいと教えてくれた。

湯田を操っていた鬼は北都高校を実力主義の学校へ変え、陰陽師をたくさん排出することを語っていた。最後は虫けらみたいになってはいたけれど、知性は高いほうだったようだ。


そしてりく先生から強化合宿での騒動についての報告になった。

大方私も知っている内容だったけれど、合宿期間中もりく先生は見えないところでも仕事をしていて、齋藤先生も巻き込んでいたことを知った。


それと茨木先輩のお姉さんのこと。

茨木先輩が従えていた蟲たちに襲われたのに助かったのは、お姉ちゃんの後悔が蟲となり、核のかけらがわずかに移っていたらしい。

なのでお姉さんの意思はなく、ただ弟である茨木先輩を守るためだけにずっと蟲になってまでそばにいたのだと。

だからその報告をきいて、茨木先輩はどうして気づいてあげられなかったのかなってお姉さんのことを思ったら悲しくなった。




「報告は以上です」

「ありがとう、りく。えでかちゃん、ここまで聞いてみてどうだった?」


体育祭での報告、強化合宿中の報告、ダイヤちゃんと博貴たちが討伐した海岸での報告が終わった。

時計はもう夕方にさしかかっていた。


「しょ、正直…頭がいっぱいいっぱいです…」


なんとなくそうかなって思っていたことあれば、初めてきく事実のインパクトが大きくて、頭の容量がパンクしそうではある。


「あはは、そうだよね。一気に話しぎちゃったかな?」

「いえ…でも、あの、す、すごくワカリヤスカッタデス…」

「全然だめじゃねーか」

「ふふふ、ゆっくり咀嚼していけば大丈夫よ、えでかちゃん」

「ハ、ハイ…」


きっと頭の容量をしめているのは、お兄さんが教えてくれたこの世界の隠された事実より、私の感情のほうが大きい。

湯田先生や茨木家族のように、本当はいい人たちだったのかもしれないのに、なにがどうしてこうなってしまったんだろうとか、どうしたらみんなの核を守れるかなとか。

誰かにとって都合がいいってことは、誰かにとっては悲しい未来につながってしまうのかなって。

だから私にとってうれしいことも、楽しいことも、裏で誰かが傷ついてるかもしれない。

そう思ったら、いま自分がやっていること、自分が思っていることが正しいのか自信がなくなってしまった。


「…えでか」

「…ん?」


ここまでずっと静かだったふうちゃんが、私の握る拳をそっと開いた。


「ちょっと気分転換しない?」

「気分転換?」

「うん、兄ちゃんの話はいつも頭使うんだ。だからさ、気分転換しに行こうよ」


と、ふうちゃんが言うとお兄さんは「お前は頭を使わなすぎるんだよ」と苦笑いしていた。


「ね、兄ちゃん、いいでしょ?」

「構わないよ。ただしホテルの外には出ないこと」

「わかった!よし、えでか!いこ!」


そう言ってふうちゃんは私の手をとって立ち上がった。


「夕飯までには戻ってきてね~」


後ろから櫻子お姉さんの声がきこえる。

ふうちゃんに手をひかれながら玄関にむかう私たち。

右手からふうちゃんのあたたかさ、優しさを感じる。


ずっと離したくないな。

来世でも離れたくないな。

前世でもずっと一緒だったらいいな。

そう願いたくなるほど、私はふうちゃんが大好きなんだと思った。




続く


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