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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
132/151

ー132-

気まずい気まずい気まずい気まずい気まずい。気まずすぎる。

え、私椅子、後ろに引きすぎてないかな。

背もたれ机に当たってないかなって、変なことばかり気にしてしまう。

あっちはきっと私のことなんて気にしてないはずなのに、背中に圧を感じる気がする。


「おっ、立華と潤、隣だったのか」

「あれ、太郎君じゃん」


そんな波多野から解放してくれたのは、まさかの太郎君だった。


「なんで太郎君がここにいるの?」

「あれ、俺言わなかったっけ?試験監督頼まれたんだよ。お前らのクラスになるとは思わなかったけど」


自然と心からほっとしたのがわかった。

席順は決まっているから変えられないけど、でも太郎君がいるだけで太郎塾を思い出せて安心した。


「立華も大丈夫そ?」

「うん、昨日太郎君がいっぱい教えてくれたからね」

「立華なら昨日も大丈夫だったから大丈夫だろ。潤も頑張れよ」

「うんー」


と、軽くお喋りすると、太郎君は教卓の前にたち、開始時刻になるのを待った。

すると潤くんがこそっと私に話かけてきた。


「あれさ、絶対わざと言わなかったと思わね?」

「実は私もそう思ったとこ」


太郎君はうっかり言い忘れたような顔してたけど、きっと私たちを驚かそうとしていたに違いない。

太郎君ってそういうところ、よくあるもんねってこそこそ話していると、開始のチャイムが鳴った。

試験がはじまると後ろを気にしている余裕なんてなくて、ただ目の前の問題と向き合った。

私がいま気にするべきことは、波多野のことじゃないから。




「はい、そこまで~。全員ペンを置いて答案用紙を裏返すように」


太郎君の試験終了の合図まであっという間だった。

でもこれまでの成果をしっかり出せたんじゃないかと思える手ごたえだった。

答案用紙を太郎君が順番に回収して、私の番になると「できたか?」とこそっと声をかけてくれたので、小さく何度もうなづいた。

潤くんも小さく親指をたてていたので、潤くんもいい感じだったみたい。


「12時には東高の生徒が部活動でやってくるので、それまでに関係のないものは帰宅するように~」


と言い残すと太郎君は答案用紙をもって教室をでていった。

そして教室がわっとにぎやかになり、潤くんが話しかけてきた。


「かー、できたー?」

「うん、わりと。太郎君がここ覚えておけって言ってたところばっちり出てたし」

「な!どっちが高得点だったか、自己採点で勝負しようぜ」

「いいよ!勝ったらあとでいろいろ聞かせてもらうから!」


と、波多野のことをすっかり忘れておしゃべりしていると、太郎君が戻ってきて私と潤くんの席までやってきた。


「お前ら先に塾行っててくんね?鍵は尚也が持ってっから。たぶん13時ごろには戻るから、自己採点してて」

「うん、わかった!」

「じゃ、またあとでな」

「うん!待ってるね~」


と、私と潤くんは教室を出ていく太郎君をみおくった。

すると窓際に座っていたさっちゃんが「あの車って誰のむかえー?」と声をかけてくれて、みんなでのぞくと尚也君だった。


「あれ楓と寺中の知り合い~?」

「うん、近所のお兄さんだよ」

「え~めっちゃかっこいいんだけど~~~!!!小林より断然かっこいい!!ねねね!紹介して!!」


小林に失恋したばかりとは思えないさっちゃんは、どうやら尚也君に一目ぼれしてしまったようだ。

潤くんは「やだよ。第一、尚也君のタイプじゃないよ」と、さっちゃんのお願いをあしらった。

さっちゃんは「寺中のケチ!」と捨て台詞を残し、みきちゃんたちと教室を出て、廊下で私たちが出てくるのを待っていた。


「俺らも行こうぜ」

「そうだね」


せっかくならみんなと校門まで帰りたいなと思い、かばんを持って席を立つと、波多野がまだ残っていたのに驚いて、身体がびくっと反応した。


「楓ー!行こー!」

「う、うん!!」


お疲れとか、なにか一言いえばよかっただろうか。

でも結局波多野にはなにも言えずに、逃げるように教室を出てきてしまった。

波多野も遅れて教室を出ると、少し離れて後ろを歩いているようだけど、幅いっぱいに広がる私たちを追いこせないだけなのかもしれない。

申し訳ないなーとは思いながらも、久しぶりに会うみんなとの会話が楽しんでしまった。


途中、えりちゃんがクラスに忘れ物していたのを取りに行きたいというので、私もついていくことにした。

おかげで波多野とは離れられたので内心ほっとした。

けど滅多に東高に入れる機会なんてないから、好奇心がうずいたのもある。


東高と北都高校は共学になるタイミングで新設された。

北都高校は新設にもかかわらずいたって普通のつくりなのだが、東高は元女子高文化が強いためか、木のぬくもりがある校舎になっている。

いい校舎だな~と思っていると、だんだんもしかしたら自分もここに通っていたのかもしれない、そういう世界線もあったのかもしれないと思った。


東高の先生に見つからないように、みんなにいろいろ案内してもらうとすでに12時をすぎていたのか部活動の生徒や自習しにきた生徒が集まりはじめた。

中には話題だった長田と美羽ちゃんや、ふうちゃんとよくリレーで競っていた卓也、幼稚園のころからの仲だった君江ちゃん、舞ちゃん、4年生で同じクラスだった雄介など懐かしい顔ぶれに会い「なんでいるの!?」と驚かすことになった。

なのですっかり長居してしまい、東高の先生に見つかり、走って正面玄関にやってくると潤くんへ視線がいっきに集まった。


「あ、潤!って、あれ?もしかして楓ちゃん?」

「ゆ、ゆきちゃん?!」


なんと町民体育館で練習中だったゆきちゃんが、正面玄関で潤くんを待っていたらしい。

潤くんは「誰が呼んだ?!」とみきちゃんやえりちゃんたちを睨んでいたけど、町民体育館から戻ってきたところで潤くんに会えると思って待っていたとゆきちゃんが教えてくれた。

ゆるいウェーブがかかったロングヘアは、まるで美少女の証のようで、青い春がよく似合う。


「よかったら少し話せないかな?」

「いや、俺らもう帰るし…」

「俺ら?もしかしてみんなで帰るの?」

「かーとむぐっ!!!!」


潤くんがなにか言いかえた途端、みきちゃん、えりちゃん、さっちゃんの3人に口をふさがれ息苦しそうな潤くん。


「大丈夫大丈夫!!こいつさっき暇だって言ってたから!!」

「うちらはもう帰るし、あげるあげる!!」

「そ、そう?…楓ちゃんも大丈夫?」

「うん、私も大丈夫だよ。迎えきてるし」


そう言うと、潤くんになぜか意味深に睨まれた。

これはきっとあとで相当文句を言われそうだなと、覚悟した。


「そっか、ありがとう。楓ちゃんとは久しぶりに話したかったけど…」

「気にしないで!また秋桜祭で探すから♪」

「わかった、私も探すね!」


と、ゆきちゃんの後をとぼとぼとついていく潤くん。

その様子がおかしくて、本当は後をつけたいみきちゃんたちだったが、みんなこの後部活動があるそうで正面玄関で解散となった。

みんなでこうやって学校で話すって小学生以来だったから、名残惜しさもあったけれど、とっても楽しい時間だった。




このまま潤くんを待とうかと思ったけれど、校門前に赤い車が見えたので、尚也君に事情を説明しようかなと向かうと校門の手前に波多野が立っていた。

心なしか睨まれているような気がするけど、気にしない気にしない。

すぐそこに尚也君だっているんだから、大丈夫大丈夫と気づいてませんよって顔しながら通りすぎようとしたその時。


「・・・楽しそうだったな」

「・・・・・・え?」


話しかけられると思わなかったので、つい足が止まってしまった。


「楽しそうだったな」

「う、うん・・・みんな小学校の友達だったから」


中には潤くんだけじゃなく幼稚園時代から同じの友達もいる。

だからそんな友達に久しぶりに会えたら楽しいのは当たり前で、なにが言いたいのかわからず少し戸惑う。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


トランペットの音や、野球部の声、サッカーボールを蹴る音がしはじめた。

でも私と波多野の間には無言が続いている。

いや、ほんとになにが言いたいんだろう。

もう行っていいのかな。

すぐそこに尚也君がいるのに、無言の壁があつくて足が動かせない。


じりじりと太陽が真上から私の頭を照らす。

波多野の視線が刺さり、冷や汗が額を流れる。


大丈夫、頑張れ私と自分を鼓舞し、無言の壁を壊そうと足を動かした。

その時、すれ違いざまに右耳にある言葉が入ってきた。





「・・・お前、東高のほうがよかったんじゃね」





声の主を振り返ると、こちらを振り返ることはなく、じっと東高を見続けていた。


私の聞き間違え?

でも波多野の表情が私の聞き間違えではないことを物語っていた。

聞き間違えであってほしいと思ったのは私。


ズキンと胸が痛い。心臓が痛い。

まるで私の全てを否定しているみたいで、なにかがポキンと音をたてて崩れそう。


「・・・なんで・・そんなこと言うの?」


ここで崩れてしまったら、本当にもう立ち上げれない、そんな気がして。

そうならないように、なんとか踏みとどまるために、口を開く。


「わたし・・・そんなに悪いことした・・・?」


でも口から出てくるのは、これまで我慢していた言葉たち。


「そんなに約束守れなかったことがだめだった・・・?」


波多野はこちらをいっこうに振り向かない。


「そんなに…そんなに私のこと嫌い・・・?」


肯定も否定もされず、ただ無視され続けている。

だから歯止めがきかなくなってきた。


「そんなに私のこと嫌いなら、なんであんな約束させたの…?私のこと嫌いなら、放っておいてよ…!仲良くなれたと思ったのに…嘘だったんだね…」


練習につきあってくれたのも、デコピンでからかってきたのも、チョコをくれたのも、幻術から守ってくれたのも、全部全部あの優しさは嘘だったんだ。

波多野との楽しかった思い出も、嬉しかった思い出も、全部嘘だったんだ。




目の前が黒く沈んでいくようだ。

足元の影が地の底まで続く、静かで一人になれる空間に繋がっているように見えた。

あぁ、いいな、そっちに行きたいなと思ったら、影が手をのばした。


「・・・東高のほうがよかった・・・?」


影の中にいる私が笑っている。


「そんなの・・・」


口が勝手に動く。

でもどこにいるのかわからないもう一人の私が必死に抵抗している。

この続きを言っちゃいけない、この続きは言ってはいけないって叫んでいる。


「そんな・・・の・・・」


だけど影の中にいる私が手招いている。

きっとこの手をとったら、私は戻ってこれないかもしれない。

二度とふうちゃんにも会えないかもしれない、そう気づいたころにはもう遅かった。

私の身体なのに自由がきかず、もう一人の私に操られているかのように声がでる。


「私がいちばん…っ!!」

「そこまで」


ー 私が一番そう思ってるよ ー


そう口にしようとしたところ、尚也君が片手で私の口を塞いでいた。

そして足元にいたもう一人の私から笑顔が消え、すっと短い影に戻り、尚也君の影が重なっていた。


「かー、それ以上は言うな。もう大丈夫だから」


と、あやすように背中をポンポンしてくれた。

ポンポンするたびに、だんだん自分の意識が戻ってきて、身体の感覚を取り戻していた。

だからこそわかる。

私はいま、なんてことを言おうとしていたのかを。


「潤、先に乗ってろ。かーにゆっくり息させとけ」

「わ、わかった…」


顔をあげるといつの間にか戻ってきてた潤くんが心配そうに見つめていて、怖い顔した尚也君と対立するように波多野がにらみあっていた。

あぁ、私のことは見てくれなくても、尚也君のことは見れるんだとショックを受けた。


そして潤くんと尚也君の車に乗り込むと、潤くんは堰を切ったように「だだだ大丈夫か?!なにがあったんだよ!あぁ!息!!息しろ、かー!!!ひっひっふー!!!」と慌てるので、フッと笑ってしまった。


「かー、大丈夫か?」


すぐに尚也君が戻ってくると、車にエンジンをかけた。


「…うん、さっきはありがとう、尚也君…」


落ち着いた今、思い返してもあの自分がなんだったのかわからない。

でもあの言葉を口にしていたら、確実になにかがポキンと折れていた。

もう一人の自分も、折れずに残ったなにかもわからないままで、わからないことが増えてしまったけれど、尚也君がきてくれて助かったことは確かだ。


車が走り出すと、波多野の姿はなく、いつの間にか帰ってしまっていた。


「かー、このまま家に帰るか?」

「んー…ううん、大丈夫。正直いまはみんなと一緒にいたいかも」


尚也君が心配してくれたけど、いま一人にはなりたくなかった。

一人になったら耳に残った波多野の言葉を思い出して、また影の中に堕ちてしまいそうだったから。


「それに潤くんの話、聞きたいし!」


だから無理矢理にでも笑顔をつくった。

少しでもさっきのことを忘れられるように。


「ふんっ!自己採点で勝ったらな!!」


と、潤くんは顔をあかく染めた。

変に気を遣われることのない、潤くんの反応がいまの私にはとてもありがたかった。





ー 夜 ー


あれから潤くんと自己採点すると潤くんに5点差で負けてしまった。

でも潤くんはゆきちゃんとのことを教えてくれた。


「断ったよ。だって俺、別に好きじゃねーもん。周りはうるさいけど」

とのことだった。


「なんで?ゆきちゃんかわいいのに」とか「ゆきちゃんいいこじゃん」って聞いても「別に好きじゃないから」しか返ってこず「他に好きな子がいるの?」と聞くと真っ赤になって慌てていたので図星だろう。

尚也君も塾に残ってくれて太郎君と潤くんをからかったりして、おかげであの出来事を思い出す暇はなかった。


だからベッドにもぐると、思い出したくなくても思い出してしまう。

茶々丸のお腹に逃げてみても、あの笑った私の笑顔が追いかけてくる。

明日は朝早くに出発するためはやく寝ないといけないのだが、あれはなんだったのか、あれは本当に私だったのか、どうしてあんなことを言おうとしたのか考えがとまらなくて眠れそうにない。

なので無駄に起きては忘れ物がないか荷物の確認ばかりしてしまう。


「んにゃん」

「ごめんごめん茶々丸、起こしちゃうよね」


せっかく寝付いたのに私がベッドに出たり入ったりするもんだから茶々丸に怒られた。


「あ、そうだ」


その時ふと本棚にある、あるものが目に入った。


《ふうちゃん、明日いいもの持っていくね》

《いいもの?なんだろ?》

《ふふっ、まだ内緒》

《えー、気になるなー》


ふうちゃんが喜んでくれそうだなと思い、2冊手に取ってぎゅうぎゅうにつまったバックに詰め直す。


《ふうちゃん、明日楽しみだね》

《うん、楽しみだよ、ほんとに》

《ねぇふうちゃん》

《なぁに、えでか》


茶々丸に怒られちゃったので観念してベッドに戻った私。

大人しく戻った私に満足したのか茶々丸はスースーいびきをかきはじめた。


《私が寝付くまでおもしろい話きかせて?》


かわいい茶々丸の額におやすみのキスをして、ふうちゃんにお願いをした。

明日が楽しみな気持ちと、今日いろいろあって気持ちが落ち着かなくて眠れないことを伝えて。


《あ、あのね、いろいろは明日話すから…だめかな?特訓戻る?》

《ううん、だめじゃないよ。兄ちゃんもいいよって言ってくれてるから、朝まで一緒に夜更かししよう》

《うん、ありがとうふうちゃん》

《どんな話がききたい?》


お兄さんに感謝しながら、どんな話が聞きたいか考える。


《あ、そうだ。長田と美羽ちゃんがやっと付き合うことになったでしょ?だからふうちゃんの学年恋愛模様図の話が聞きたいな》

《いいよ、えでかがまだ知らないこと、たくさんあるからね》

《え、なになに!聞きたい!》


今日、みきちゃんとかえりちゃんたちに会えたからかな。

懐かしいあの頃に浸りたい気分だった。

決してあの頃に戻りたいとか、東高にすればよかった、なんて気持ちからではない。

私とふうちゃんの大事な思い出のひとつだから。


《・・・・・・えでか?寝ちゃった?》


それからいつ寝付いたのかは覚えていない。


《俺は友達がたくさんいるえでか、大好きだよ。おやすみ、えでか》


そうふうちゃんが魔法を送ってくれていたのを知ったのは、目がさめたときだった。

そしてその魔法が、怖い夢をみないように守ってくれていたのだろう。

目をあけると目の前には、幸せそうな顔した茶々丸がいてくれたから。




続く



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