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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
130/151

ー130-

りく先生の話をまとめると、鬼神には4つの忠誠を誓った眷属がいた。

そのうちのひとつが茨木親子の負の感情を利用し、北都で暴動を起こさせた。

そして茨木親子を操り、守護結界を破らせようとしたが目的は守護結界を破ることではなく、破らせることで返り討ちに合わせ、その残穢が必要だった。

なぜなら残穢は暴動で生まれた負の感情を引き寄せ、新たな鬼をつくることが目的だったから。


「っていうことは鬼神は復活に向けて鬼を増やそうとしてるってことですか?」

「いや、眷属が勝手に動いているように思える。鬼神はこんな回りくどいタイプではないからな」

「詳しいんすね」

「全部空雅さん情報だ」


鬼神のことや眷属の話は、すべてお兄さんの中にいる安倍晴明が教えてくれたものらしい。

らしいというのも、いまはもうお兄さんの中に安倍晴明はいないのだそう。


でもりく先生から眷属の話を聞いていて、私もなんとなく眷属が勝手にやっていたことの気がしていた。


「…だから【我ノ魂ハ鬼神様トトモニ】だったんですね」


もし鬼神が命令したことなら、あんなことは言わない気がする。

鬼神のためなら命すら顧みず、手段を選ばないところが私の想像をかきたてたから。


ふうちゃんが笑わせてくれて少しは軽くなったと思っていたけれど、あの音はこびりついて離れない。

だって鬼神のために動いてるってことは、ふうちゃんを傷つけるためだもの。

いくらふうちゃんが強くても、ふうちゃんを傷つけるために動いているなんて許せない。

こうしている間にも近づいているんだ。

鬼神が力をつけて封印が解かれる日が。

鬼神と戦う日が迫っているのが。


「…そういうことだ。とにかくだ、決戦が近づいてきたら洋介にも手伝ってもらうから、忘れんなよ」

「りくさんの頼みとあればよろこんで♪」


怖い。

もしかしたら死ぬかもしれない。

もしかしたらふうちゃんを失うかもしれない。

もしかしたら大好きな人たちともう会えないかもしれないって恐怖はゼロではない。

でも6月30日まで1年過ぎているんだ。

特訓してあえてさけてきたこの気持ちと、私は向き合わないといけないタイミングがきたのかもしれない。


でもすぐに答えは出せない。

それはわかってる。

だからぐっと拳をにぎり、顔をあげた。


「りく先生、打ち合い練習お願いしますっ!!」


りく先生の少し驚いた顔と目が合った。

もちろん今夜もりく先生の間合いに入ることすらできず、何度も打ち落とされてしまうのだが。





ー 翌日 ー


今日私とりさちんは北都の中心部にある商店街に遊びにきていた。


「吉岡屋さんのパン、おいしかったね~!!」

「うん!!あまった試食のパンまでいっぱいもらっちゃった…!!」


体育祭で招待された吉岡屋さんの試食会にお邪魔した私たちは、秋の新商品として出すパンを甘いものからしょっぱいものまで、たくさんいただいてきたのだ。

吉岡屋さんのパンはどれも小麦の味と香りが芳醇で、しっとりふわふわ感が絶妙だった。

吉岡さんも私たちが舌鼓をうっていたのをみて、とても喜んでくれていて、りさちんとはパン談義をかわしていた。

どれも全部美味しかったけれど、秋には没になるパンもあったり、改良が必要なものも多いのだそう。

私には違いがよくわからなかったけれど、お店に並ぶ頃にはもっと美味しいんだろうなとよだれがでちゃいそうになった。


「次はどこいく~?」

「あ、私雑貨屋さん寄っていいかな?」

「いいよ♪なに買うの~?」

「ハンカチだよ」


続いてやってきたのは商店街から少し外れたところにある、北都では唯一のファンシーショップ。

友達のプレゼントや、先輩や先生たちへのお祝い品は、みんなだいたいこのお店にやってくる。

私は鼻血でだめにしてしまったりさちんとゆうた君のハンカチと、よだれだらけにしてしまった小鷹先輩のタオルのお返しを見にきたのだ。


「も~気にしなくてもいいのに。楓ちゃんったら律儀なんだから~」

「でもせっかくお揃いのハンカチだったでしょ?洗濯して綺麗になってたけど、やっぱりちゃんと返したかったの」

「ゆうた君も気にしないって言ってたよ?」

「でも二人があのときハンカチ貸してくれて助かったから。お礼も込めて♪」

「ならしょうがないな~。ありがたく受け取るよ。ありがとう、楓ちゃん」


そんな話をしながらりさちんに好きなハンカチを選んでもらい、すぐに決まったのだが、小鷹先輩に返すタオルがなかなか決まらない。


「ん~~小鷹先輩のイメージなら赤って感じだけど…」

「これじゃちょっとかわいすぎちゃうよね~」


ハンカチのラインナップの隣に陳列しているハンドタオル。

小鷹先輩のイメージカラーを手にとるとファンシーショップなだけあって、リボンが描かれたハンドタオルだった。


「やっぱり男性向けはあんまりないかな~」

「でも北都じゃここしかお店ないよね~…」


りさちんと一緒にタオル以外になにかないかと店内を隅々まで探してみたけれど、どれもピンとくるものがなく、ハンドタオル棚に戻ってきてしまった。


「小鷹先輩にはいつタオル借りたの~?」

「この前の防衛戦のときに具合悪くなっちゃって、よだれだらけにしちゃったんだよね…」

「楓ちゃんが寮から出てたことは知ってたけど、よだれのことは知らなかったよ…」


あのタオルのことを思うと申し訳なさで乾いた笑いしかでてこない。

どうしたものかと一枚一枚ハンドタオルを広げて探していると、くぎづけになったものがあった。


「これにするの、楓ちゃん」

「うん…なんだかしっくりきちゃった…」

「ちょっと意外だけど、でもイメージカラーも入ってるし、いいかも!」


りさちんの反応も上々。

他にも栄一郎君、波川先輩、音澤先輩のイメージカラーにあうタオルもあったので、茨木先輩のときだけじゃなくて海岸でも助けてくれたお礼にと先輩たちの分も合わせて手に取った。


レジにむかう途中、私の足をとめたものがあった。


「あ…これかわいい…」


それはふうちゃんの赤い瞳に似た色をした彼岸花をモチーフにしたネックレスだった。


「楓ちゃん、いいのあったの~?」


横からりさちんが顔をのぞかせ私が手に取っていたネックレスをみると「なんか楓ちゃんっぽいね」と言ってくれてうれしかった。

せっかくなら買おうかなと思ったけれど、予算オーバーだったので棚に戻すことにした。

でも残念には思っていない。

だってふうちゃんの瞳のほうがきれいだから。


そのあとも久しぶりの商店街を楽しんでいると夕方になってしまい、まだ明るいもののそろそろ寮に戻った私たち。

落ち着いて夏休みらしい夏休みを過ごせて、私もりさちんもリラックスできたような気がした。




ー 夜 練習場 ー


「りく先生、洋介先輩!これ、おすそ分けです!」


今日もへとへとになるまで特訓が続き、すっかり忘れそうになったけれど吉岡さんにたくさんもらった施策パンをりく先生と洋介先輩におすそ分けした。


「おっ!これうまいってところのパンだよね~?」

「そうなんです!今日試食会に招待されてたくさんお土産にいただいてきたんです♪」

「ありがと楓っち!あとで夜食に食べるわ!」

「…見事に甘そうなもんばっかだな…」


りく先生は袋をのぞくと、サツマイモパンや大学芋パンなどみてつぶやいた。


「でもクリーム系はさけたんですよ?」

「まっ、ありがたくいただくわ」

「んふふ、ぜひ!」


と、りく先生も受け取ってくれたので、厳選したかいがあってよかったと思った。


「洋介は明日帰るのか?」

「そっすね。こっちも学生選手権はじまるんで」

「お前なら1年でもそこそこいけるだろ」

「そこそこってなんすか!優勝しか狙ってませんよ」

「ふっ、冗談だよ。まぁこれから影の仕事も増えそうだしな、また連絡する」


洋介先輩は明日には北都大の寮に帰ってしまうのだと言う。

卒業式以来に先輩に会えただけじゃなく、まさか洋介先輩に特訓をつけてもらえるとは思わなかったし、洋介先輩が影だったことにも本当に驚いた。

ほんとにりく先生を尊敬しているんだなっていうのがすごく伝わった数日間だった。


「洋介先輩、特訓つけてくれてありがとうございました」

「楓っち…」


私が改まってお礼を伝えると、洋介先輩はちょっと照れた顔をしたけれど、すぐに先輩の顔に戻った。


「楓っちが鬼神と戦うって聞いたときは本気で驚いたし、それ以上に心配したよ。ずっとみてた後輩だたからね。でも楓っちがすごく成長しているのわかったし、本気なのも伝わった。また長期休みのときは顔だすし、鬼神戦のときも出来るサポートはするからさ、だから絶対あきらめんなよ」


あ、またこの目だ。

卒業式の日、洋介先輩の力強さが宿った目に、私はつられて号泣してしまったんだ。


洋介先輩は決して中学から優秀だったわけではない。

火属性の影に隠れて樹属性の立場はすごく弱かった。

それでも洋介先輩はあきらめなかった。

私が洋介先輩を尊敬するのはきっと、樹属性の価値観を変えただけじゃなくて、後輩想いの先輩だからじゃなくて、あきらめなかった異能力者のひとりだからなんだと気づいた。


「そんでさ、楓っちの彼氏も紹介してよ。空雅さんの弟と戦ってみたいし!」

「…ふふふ、もちろんです。でもふうちゃん負けないですよ?」

「おっ言うね~!!楽しみにしてるからな!!」

「はいっ!!」


と、卒業式ぶりに洋介先輩と固い握手をかわした。


それからはりく先生に「洋介先輩と影のことで話があるからはやく帰れ」と言われ、練習場をあとにした。



《ふうちゃん、特訓終わっていま寮に帰るところだよ》

《お疲れ様、えでか》

《ふうちゃんもお疲れさま》


寮まで帰り道。

カエルの合唱と蝉の音、見上がれば雲一つない星空が広がっている。

心地よい風が優しくふいて、私をねぎらってくれているようだった。

お兄さんが東都で見せてくれた星空もきれいだったけれど、特訓終わりのこの風景もとっても好きなのだ。


《洋介先輩がね、ふうちゃんと戦ってみたいって言ってたよ》

《うれしいなぁ。えでか応援してくれる?》

《もちろんだよ。いっぱい応援するよ?》

《えでか、頼もしい》


ふうちゃんとお喋りしているとあっという間に寮についてしまう。

明日は実家に帰るから、茶々丸にはやく会いたいなと茶々丸を思い出していると、ランニング帰りの小鷹先輩と、意外な人物、渋谷先輩と男子寮の前ではちあった。


「あれ、立華、こんな遅くにどうしたの?」

「あっ、え、えっと治癒室に忘れ物をして…」


とっさに思いついた言い訳だけど、苦し紛れ感がはんぱない。

これは私の演技力不足のせいだろうか。


「そっかそっか。でもいくら結界内だからってこんな遅くに女の子ひとりじゃ危ないよ?」

「すみません、気を付けます」

「よろしい」


いつもならりく先生が結界をはりながら寮まで送ってくれるんだけど、これからはもうちょっと気を付けよう。

ふうちゃんとお喋り中だと、よけいにひとりでニヤニヤしてる変な子になっちゃうからね。


「ところで…ど、どうして渋谷先輩が…?てっきり東都に帰ったかと…」


渋谷先輩も小鷹先輩と一緒にランニング帰りだったみたいだけど、そもそもどうして北都に残っているのかが気になってしかたない。


「僕は調べもの」


と、サラッと答えてくれたけど、実はいったん東都に帰ったのだけど鬼がでたときいてすぐに北都に戻ってきたのだそう。

たしかふうちゃんが鬼神に関する異能学者だって言っていたのを思い出した。

だから研究のためにとんぼ帰りで北都に戻り、またすぐ東都へとんぼ帰りするのかと思うと、ほんと学者さんって感じがした。


「あ、タオルさっそく使ってくれてるんですね!ありがとうございます!」

「うん、これ立華が選んでくれたの?」

「はい!りさちんも手伝ってくれましたけど」

「そうだろうなって思ったよ。このワンポイント、茶々丸でしょ?」

「あ!わかってくれました!?」

「うん、ちょっと柄と色は違うけど、あのふてぶてしさがそっくりだなって」


そう、私がしっくりきてしまったのは、赤いラインにふてぶてしい黒猫のワンポイントがはいったタオルだったのだ。

音澤先輩には頼りがいのある狼、波川先輩にはいつも明るいイメージのお茶目なおさるさん、栄一郎君にはフィジカルの強さがあるゴリラをりさちんと選んだ。

二人で先輩たちをイメージしながら選ぶのはとっても楽しかった。


「ふふっ、栄一郎のゴリラには笑ったけど」

「りさちんがゴリラ一択だって言うもんで…もうそれにしか思えなくなって…」

「でもみんな気に入ってたよ、ありがとね」

「いえいえ!気に入っていただけてよかったです!」


いつも助けてもらっているお礼として送ったものだけど、全国大会で優勝してほしいって願いをこめたプレゼントだった。

別になにかまじないがかかっているわけでも、術がこめられているわけでもない。

ただ私の応援の気持ちが込めやすいのがタオルで、ちょうどいいタイミングだったわけだ。


「あ!!先輩!!流れ星!!」


するとちょうど先輩たちにかかるように明るい流れ星が流れた。


「あはは!願い事できた?」

「あ、忘れてました…」


流れ星を見れたことがうれしくて、お願い事をするのを忘れて先輩たちにも見てほしい気持ちしかなかった。


「なにお願いしたかったの?」

「いろいろありますよ~。でもそうですね…いまだったら…」


流れ星に願うだけで願いが叶うなら、叶えたいことなんて星の数ほどある。

鬼神が復活しませんように、とか、茶々丸が元気に長生きしますように、とか、誰も傷つくことない世界になりますようにとか…。

そのためなら流れ星を探しにいくし、いくらでも夜を待ってもかまわない。

でもふうちゃんとずっと一緒にいたいって願い事だけは、流れ星を探さなくてもかなえられるって思うから。

だからいま流れ星に願うとしたら…


「先輩たちが全国大会で団体優勝しますように、ですかね!」


去年、洋介先輩でも成し遂げられなかった、そして小鷹先輩たちの目標である全国大会での団体優勝。

太郎君も団体優勝のハードルは個人優勝より高いって言っていた。

だからこそ、大好きな先輩たちの優勝した光景がみたいってずっと私も思っていた。


「あはは!せっかくの願い事なのにそれでいいの?仁君もいるのに??」


小鷹先輩は意外だったのか、拍子抜けしたみたいな顔して笑った。

よっぽどツボに入ったみたいで指で涙をぬぐうほどに。


「あ!ご、ごめんなさい、渋谷先輩!!でも渋谷先輩も応援してますので…!!」

「ふーん。ますます檜原に負けたくなくなったかも」

「あははは!俺も仁君には負けないよ!…うん、でも立華らしいお願いかもね」

「???そうですかね???」


やっと笑い落ち着いた小鷹先輩は、夜空を見上げてこう言った。


「…流れ星にはなりたくないけど、立華のお願いが叶うように頑張るね」


と、笑った小鷹先輩は夜空にも負けないくらい優しかった。




続く

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