ー129-
ー 北都駅 ー
今日私とりさちん、ゆうた君と博貴は東都へ帰るダイヤちゃんの見送りにやってきていた。
小さい駅の待合室には私たち以外、誰もいない。
東都駅と比べたら駅ビルなんてないし、駅員さんと小さなお土産内場のおばちゃんしかいない駅だけど、目の前がホームだから見送れる優しいぬくもりが好きだったりする。
「みんな、見送りありがとう」
「ううん、私のほうこそありがとうだよ。パフェとっても美味しかったよ!」
「ふふ。楓ちゃん、満面の笑みだったもんね」
「今度は3人でいきましょう」
「男子禁制でね」
強化合宿をふくめると1週間ちょっと。
怒涛のような毎日だったけど、毎日ドラマのような一日一日がとっても濃い一日だったなと思う。
「え!!だめだめだめだめ!!ダイヤちゃんは俺とデートするんだから!!」
「ダイヤちゃん独り占めは禁止で~す」
「りさひど~い!!」
まさかこの合宿中にダイヤちゃんと博貴の仲が進展するなんて想像していなかったもの。
それに昨日の残穢が残した音を、二人は深くは聞かなかった。
もしかしたら監督からモデルの話がでて、突然だったから忘れちゃったのかもしれないけど…いや、そんなはずはない。
きっとあの場にいて、あの音をきいた人は話題にしてはいけないって思っているのかもしれない。
「そうだ、博貴君には話したんだけど、楓とりさは全国大会にはくるのよね?」
「うん、もちろん応援いくよ」
「もしよかったらなんだけど、全国大会の期間うちに泊まっていかない?」
「え?!」
「火野君もよかったら」
「俺もいいの?」
ここにきて想像していなかったことが続いた。
なんとダイヤちゃんの提案で全国大会期間中、ダイヤちゃん家にお呼ばれするなんて。
それに大会後、近くでお祭りがあるから一緒にどうかって誘ってくれた。
これもダイヤちゃんのお父さんからのお礼のひとつなんだと。
「ど、どうかしら…?」
「俺はもちろんダイヤちゃん家に泊まらせてもらうよー!!」
「じゃぁ…せっかくならお言葉に甘えようかな!」
「そうだね、ありがとう近郷さん」
「よかった。楓はどうかしら?」
「あ、えっと、私は…」
みんなでダイヤちゃん家にお泊りだなんて、なんて魅力的なお誘いなんだろうか。
絶対楽しいのわかっているけれど、私は断らなければならない。
「私は…ふうちゃん家に泊まらせてもらうんだ…だからせっかく誘ってくれたのにごめんね」
「…ふふふ、楓、うれしそう」
「…うん、楽しみ」
いつもだったら誘ってもらったのに断るなんて罪悪感がわいてしまうけど、ふうちゃん家にお世話になるなんて楽しみすぎて顔に出ちゃったみたい。
「それなら仕方ないわ」
「じゃぁさ!予定合わせてみんなであそぼーよ!!大雅も誘ってさ!!」
「うん!ふうちゃんに伝えておくね!!」
と、博貴が名案をおもいつくと、ゆうた君は模擬戦もいいななんてつぶやいて、りさちんにあきれられていた。
「…波多野君も誘えたらよかったんだけど…」
ダイヤちゃんは心残りがあるかのように、ちょっと苦笑いを浮かべた。
「ダイヤちゃん、大丈夫だよ。波多野には俺が声かけておくからさ」
「…ありがとう、博貴君」
昨日の撮影後、先輩たちもお腹すいたといってみんなでシーサイドカフェにやってきた私たち。
念願のパフェを堪能し、紅茶で一息していると、先輩たちから反省会がひらかれた。
内容としては、むやみに戦闘するなとか、避難結界にむかえとか、戦闘時の荒さとか博貴がしゅんっとするくらいにお説教をされた博貴。
でも属性部長の話をきいて、博貴は驚いていたけれど、あの瞬間の博貴はなんだか大人っぽくみえた気がした。
そろそろランチタイムが終わるころ、博貴は珍しく真剣な顔をして先輩たちをひきとめた。
「…波多野は部長じゃないんですね」
「うん、雷属性は小林にお願いするよ」
「それがいいと思います」
「意外だな、波多野と仲良いのに」
博貴の反応に私も栄一郎君と同じこと思った。
「残念だなー」とか「一緒に部長なりたかったなー」なんて言い出しそうだったから、やっぱり属性部長に選ばれたことで、博貴の意識がなにか変わったのだろうか。
「実はさっきの鬼、なり立てだったからいろんな人の顔が見えたんです。その中に波多野の顔もあって…だからきっと部長になるよって言われてたら波多野、よけいに頑張っちゃうだろうなって。あいつの良さが消えちゃう気がしたんです。あ!!全然、波多野が部長向いてないってことじゃないですよ!?俺は一緒に部長やれたら嬉しいなとは思うから!!」
「あはは、大丈夫だよ博貴、ちゃんとわかってるから」
「でもいまの話は他に聞かれたらまずい。先に結界はっとけ」
「あ、はは~ごめんなさ~い」
音澤先輩が先に結界をはってくれていたおかげで、鬼の話はカフェにいるお客さんたちに聞かれなかった。
でも博貴の話をきいてはっとしたことがある。
鬼の結界に閉じ込められるとき、靄のおくにみえた人影が、波多野に似ていたことを。
もしかしたら私が約束を守れなかったことで不安定になった波多野の負のエネルギーが、あの靄の中にあったのかもしれない。
「博貴、波多野のことは」
「でも大丈夫です!!波多野のことは任せてください!!俺、友達なんで!!先輩たちは気にせず全国制覇しちゃってくださいよ!!」
と、博貴は大きく口をあけて笑った。
その顔をみて、先輩たちの人選は間違ってないって思った。
だってどんなときも笑える人が部長に向いてるって思うから。
「あはは!…そうだね、波多野のことは頼んだよ、博貴!」
「はい!!」
そう言って博貴は今日の夜に波多野に会いに行こうと思ってて~話していたけれど、ダイヤちゃんとの話をきくかぎり昨日は寮に戻ってこなかったみたいで波多野には会えなかったみたい。
博貴は今日はリベンジするって息巻いていると、ダイヤちゃんが乗る特急電車がもうすぐ到着すると駅員さんが教えてくれた。
「…それじゃぁ、そろそろホームに出ようかしら」
「ダイヤちゃん、また全国大会で会おうね」
「えぇ、もちろん。あ、あと佐伯先輩にもよろしく伝えてもらっていいかしら。なにもお礼できなくて申し訳なかったわ…!!」
「それなら大丈夫だよ!ゆか先輩も楽しそうだたもん」
「それならよかったわ」
実はダイヤちゃんが朝にホテルをチャックアウトしたあと、ゆか先輩が借りてくれた寮の談話室で前に約束をしていたアロマ教室をひらいてくれたのだ。
なんでもゆか先輩との日程があう日が今日の午前中しかなくて、ダイヤちゃんのことを話したら「ならダイヤさんも一緒にどうかしら?」ってゆか先輩が誘ってくれたのだ。
朝から恋バナで盛り上がりながった私たち。
みんなそれぞれ想い人のことを想像しながらつくったアロマは世界にひとつだけのオリジナルになった。
私はふうちゃんの香りをなんとか再現しようとしたけど難しくて、ふうちゃんの海と華やかさをイメージしてマリン系にお花のエッセンスを加えた。
そして小瓶のリボンには白と青を選んだら、りさちんから「水樹君カラーだね」ってバレてしまった。
そんなりさちんはハーブ系とスパイス系をかけあわせて、りさちんらしい元気なイメージになった。
ダイヤちゃんも照れながらウッド系のアロマを選んでいて、博貴のイメージでつくったみたい。
「あれ~??なんか今日、みんないい匂いしない~??」
「りさ、香水つけてるの??」
電車が到着した風が待合室に入ると、私たちの香りがふわっと広がった。
そして私たちはお互いの顔を見合ってこう言った。
「乙女の秘密~」と。
改札を通り目の前のホームに到着した電車に乗り込むダイヤちゃん。
少しさみしさを感じていると、博貴が改札を飛び越える勢いで近づいた。
「ダイヤちゃん!!!!いっぱい連絡するから!!!絶対さみしくなんてさせないから!!!あ、あといっぱい練習してお互い強くなろうね!!!!!」
「博貴君…」
「大好きだよ、ダイヤちゃん!!!!!また東都で会おうね!!!!!」
駅員さんも売店のおばちゃんもびっくりしていたけれど、でも博貴の素直な気持ちを微笑ましく見守ってくれていた。
ダイヤちゃんも離れるの、ほんとうはさみしかったんだと思う。
博貴の声で振り向いたダイヤちゃんは、少しさみしそうに見えたから。
でも最後にみせた笑顔は、心から幸せそうな顔をしていて、私の心も温かくなった。
ダイヤちゃんを乗せた電車が見えなくなった。
ずっと電車から目を離さなかった博貴でも、少し感傷にひたるかななんて思っていたけれど
「さ!!はやく帰って練習しよ!!!」
と、ゆうた君の腕をつかんでバス停にむかっていった。
「ほら!!楓もりさもはやく!!」
「たかちゃん、そんなに急いでもバスまだこないよ~」
「じゃぁここで練習しよ!!筋トレならできるよ!!」
と、博貴は元気にふるまっているけれど、なんだから私には少しから元気にみえた。
なのでゆうた君とりさちんがバスの時間を調べてる間に、博貴に近づいて声をかけた。
「たかちゃん、さみし?」
「…そりゃさみしいよ。でもきっとダイヤちゃんもおんなじ気持ちだから、だからいっぱい練習して、いっぱい強くなるんだ。次ダイヤちゃんに会ったとき、もっと好きになってもらえるように!」
「そっか…いいね!きっとダイヤちゃん、びっくりするよ!」
「うん、だからさ、いろいろアドバイスちょうだいね、先輩♪」
「先輩?私が?」
「だって遠距離恋愛の先輩でしょ、楓と大雅は」
にっと笑みをうかべる博貴に、私が感じた空元気さはもうみじんも感じなかった。
「へへ、いつでも相談してね、たかちゃん♪」
「頼りにしてます~楓せんぱーい♪」
りさちんとゆうた君も話をきいて笑っていたけれど、まさかこんな風にもっと博貴と仲良くなれるなんて思わなかった。
波多野とも仲良くなれたらよかったのになって残念に思ってしまうけれど、でもこの関係は守りたいと思う。
例え鬼神の秘密が知られてしまっても。
ー 夜 練習場 ー
滝のような汗が床なのか壁なのか階段なのか足場なのかわからない葉の中に流れていく。
「すごいすごいかえでっち~!!よくついてこれたな~!!」
同じ監獄メニューをこなしたはずなのに、涼しい顔している洋介先輩と比べると、立ち上げれない私はまだまだついていけているだけなんだと実感する。
日に日に監獄メニューが追加されていき、私の限界も日々更新されている。
もちろんその分空中感覚も意識する暇がないくらい、慣れてたのはうれしい。
「おっ、そろそろりくさんくる時間だね。今日の打ち合いで意識するとこ伝えながら基礎練しようか!!」
「…はいっ!よろしくお願いします!!」
ある程度息が整ってきたので、洋介先輩と打ち合い練習をはじめた。
洋介先輩からは、まずりく先生に打たれる前提で好きに動いてみて、そしてどこを打たれたのか、なぜ打たれたのか、次はどうすればいいのかって考えることが大事だと教えてくれた。
洋介先輩の樹属性の強みを大胆に活かし、枝葉まで異能はいきわたる繊細さはその積み重ねなんだと。
でもそのおかげで北都高校の歴史でも初めての空中戦ができ、全国大会でも個人優勝へと導いたのだ。
高校生だけでなく、全国の大人から子供にまで樹属性の価値を揺らがせたのは洋介先輩の力が大きい。
そう考えると、その洋介先輩を徹底的に研究して体育祭で逆転した小鷹先輩もすごいのだが。
「かえでっち!いまみたいに相手が攻めてきたらぐっと間合いに入ろう!!そのほうが怖くないから!!」
「はい…!!」
「中途半端に距離置くほうが双剣には不利だからね!!」
打ち合わせになるとまだ間合いの距離感がつかめず、一歩ひいてしまう私。
洋介先輩はすかさず私の隙をついて、手首をおとす。
「ほらね??」
「うっ…気を付けます…」
手首をおとされると双剣を握る力がなくなり、しっかり握っていたはずなのに双剣が手を離れスッと指輪の中に戻ってしまう。
「さっ、もっかいやろうか!!相手の間合いの内側に入るのは慣れるまでは怖いかもしれないけど、相手に近ければ近い程双剣は有利だから!あと上から下におりた直後の反動でまだ軸がぶれてるから、しっかり丹田に力いれとこ!!横移動は上手だったから今度は上下も意識してみて!!」
「…はいっ!!」
そして洋介先輩にたくさんアドバイスをもらいなが何度も打ち合い練習をしていると、りく先生がやっと顔をだした。
「すまん、遅くなった」
「りくさーん、お疲れさまでーす」
「昨日は来れなくて悪かったな。洋介がきてくれて助かったわ」
昨日りく先生は砂浜のあらわれた鬼の件で片付けや報告などで忙しく、特訓にくることができなかったのだ。
今日もまだ仕事が残っていたのか、23時すぎにやっときてくれた。
「しかしさー、けっこう予兆なくでてきたんじゃないんですか~?やっぱ鬼神の復活が進んでるってことなんですかー??」
胸がドキッと音を立てて、目をそむけちゃいけない事実をなるべく考えないようにしていたことに気が付いた。
「…今日はその話をしに来た。座れ」
そう言ってりく先生は指をならすとジャングルになっていた草花たちを枯らし、私と洋介先輩用の椅子を用意してくれた。
「昨日今日、鬼神を封印している結界と、海岸の調査をしてきた」
「封印してる結界っていうと十六山公園?」
「あぁ。それとそのほかに4つの守護結界もあって、そこも含めて調査した」
「守護結界、ですか?」
はじめてきく言葉に聞き返すと、りく先生は「そういや言ってなかったな」と思い出したように空中に図解しながら説明してくれた。
「鬼神の結界には2つある。ひとつは鬼神を封印している結界だ。鬼神は十六山にある樹を媒体にした結界内に封印されている。その樹の寿命が近いがために鬼神の力が強まったともいえるんだが、万が一鬼神の封印が破れても十六山から出られないようにはってあるのが4つの守護結界だ。この守護結界はそれだけでなく、いまもまだ封印をかけ続けていて、うかつには近づけないようになっている。だから侵入者や、この結界を外から破ろうとした奴がいたらわかるようになってるんだ」
「なるほどねー。システム化されてんだ」
齋藤先生から結界について普段の授業では教わらないことを学んだばかりだけど、封印という視点で結界について考えたことがなかったので素直にすごいと思ってしまった。
「それで?調査の結果はどうだったんです?」
「…もし予定より鬼神の封印が弱まっていたら結界のどこかに綻びが出たり、媒体に損傷がみられるんだが、調査した結果問題なかった」
少し貯めて話すもんだから、ドキドキと変な汗がでるところだった。
「まぁ橋本家で毎日確認はしてるから、その点は問題視してない。だが誰かが外から結界を破ろうとする痕跡はあった」
安心したのも束の間、洋介先輩の空気が変わった。
私も胸の音が頭まで響くようで、緊張で身体が固まったのがわかる。
「北都海岸にひとつ守護結界があるんだが、そこから破ろうとしたらしいが結界に返り討ちにあったんだろう。残穢から調べたら犯人は茨木親子だった」
「え?!で、でもどうして…」
「…親父のほうは初日以来、ここには来ていなかったから、おそらく手下と守護結界を探していたんだろう。茨木のほうも練習にはほとんど参加せずにサボってたって話だし、抜け出していたのかもしれないな」
それでも外部の生徒が大勢いる間、結界のセキュリティは高くなっていたはずだ。
茨木親子には結界師協会にスパイがいたり、蟲人と協力していたようだからセキュリティをかいくぐっていたらしい。
「で、あの騒動での生まれたエネルギーを残穢が呼び寄せのが原因だった」
「タイミングが重なっちゃったんですね~」
「だが俺はそれも怪しいと思って蜘蛛の森まで行ってきた」
「え!?!?く、蜘蛛の森に!?」
これにはさすがの洋介先輩でも驚いているようだった。
なにせ誰もどこに存在しているのかわからないのに、まるでコンビニに行ってきたように話すんだもの。
「り、りくさん…さすがに俺もびっくりしてるんですけど、蜘蛛の森ってほんとに実在してんすか…?」
「あぁ、してるぞ」
「そんなフラっと行けるような場所に?ってことは意外と近くにあるんです?」
「まぁ近いっちゃ近い。この層にないだけだからな」
と、りく先生はコンビニ感覚で蜘蛛の森について教えてくれた。
蜘蛛の森は厳重な結界で隠し、守られており、陰陽省でも極限られた人しか入ることができないと。
そんなところに行ってきたってことは、りく先生はその限られた人に含まれているということだ。
「はえ~…あらためてりくさんってほんとすごいんですね…」
「俺っていうか空雅さんがな。で話を戻すが、茨木を問い詰めたが奴は覚えていなかった。親父のほうも同様だったから、おそらく操られていた可能性が高い」
「操られていた…って誰にですか…?」
悪い予感しかしない。
昨日みたりく先生の険しい表情も、いまもなんだか話すのを迷っている感じ。
だから私も覚悟を決めた。
どんな話がきても大丈夫だって。
驚かない、驚かないって心の中で唱える。
「…鬼神には鬼神に忠誠を誓った4つの眷属がいた。今回はそのうちのひとつに茨木がまんまと利用されたんだろう。北都で騒動を起こし、負の感情を高め、残穢が呼び寄せるところまで全て想定されたんだ」
練習場が静まり返り、いつもよりも練習場がさみしいくらい広く感じる。
驚かないって呪文すら嘘になってしまうくらい。
続く




