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てのひらの魔法  作者: 百目朱佑
夏休み前編
128/151

ー128-

時が動き始めたのにも関わらず、波の音さえ聞こえないほど辺りが静まり返る。


「…りく先生、いまのって…」

「・・・・・・」


りく先生の長い前髪の奥に、今まで見たことないくらい険しい表情が見えた。

だから決していつもの日常に戻れたわけではないのだと、唇をかみしめた。


《ふうちゃん、いまね…鬼の残穢が集まって…》

《鬼神とともに、って言ってた?》

《・・・・・・うん》


鬼を倒した後、残穢が集まることなんて聞いたことがなかった。

それに【我ノ魂ハ鬼神様トトモニ】の音が耳に残って離れない。


《ふうちゃんも聞いたことあるの?》

《時々ね》


なんだか嫌な音だった。

耳にだけじゃなくて身体の内側に残穢のべったり残されたように、私の心も身体も重くさせる。

だって無関係ではいられない。

ふうちゃんに関わることだから。


《たくやの歌に似てたでしょ》

《・・・へ????》

《鬼神がどうのって音、たくやの歌に似てない?音痴な感じが》


なにを言うのかと思ったら、小学3年生の時クラス内での発表会で音痴がバレたたくやの話をし出した。

必死に歌うたくやを前に、笑いをこらえなくちゃいけなかった状況が、今と重なって、目の前に記憶の中のたくやがいるようだった。


《ふうちゃん、思い出させないでよ…みんな静かなのに》

《だってさ、兄ちゃんに言ってもたくやの歌聞いたことないからわかってもらえないんだもん。で、どう?似てるよね?》


どうしよう、もうふうちゃんにそう言われたら、恐ろしくなった残穢の音がたくやの音痴に上書きされてしまった。

だから似てるかどうかなんてわからない。


《もう、たくやの歌にしか聞こえないよ》

《じゃ似てるってことでいいね》


なんとか笑いをごまかそうと俯く私。

必死で笑いをこらえるために、いま鬼がいたんだぞ私、いまダイヤちゃんとたかちゃんが戦ってたんだぞ、残穢があらわれて大変だったんだぞって言い聞かせる。


「・・・お前ら、すぐ寮にかえ・・・立華」

「・・・はい」

「監獄メニュー追加な」

「え」


でもりく先生にはバレてしまい、おかげで一気に笑いをこらえるどころではなくなった。





「素晴らしいーーーーーーーー!!!!!!!」

「!?!?!?!?!?」


誰も微動だにできなかった静かな砂浜を割ったのはある男性の声だった。

声の主を探すと、私たちのすぐ近くの堤防に仁王立ちしていた。


「…誰だあのおっさん」

「つうか、いつからいたんだ…?」

「私かい?!私はずっとここにいたぞ!!!!」

「げっ!!き、聞こえてたのかよ…」


栄一郎君と波川先輩がこそこそ話していたのに、男性に聞こえてしまったのか、それとも男性の耳がいいのか、戦闘中もそこにいたそうだ。

全然気が付かなかったことに只者ではないことを察した先輩たちと私。


するとその男性は迷うことなくダイヤちゃんをゆっくりおろす博貴たちに近づいた。

そしてダイヤちゃんの手を握り、こちらにもハッキリ聞こえるくらい、大きな声でこう言った。





「次のシリーズは君たちをモデルにさせてくれ!!!!!!」





「・・・え?えぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?」


驚きすぎて声がでないダイヤちゃんと、驚きすぎて水平線の向こうまで届きそうな博貴。

男性はそんなのおかまいなしに、二人に熱く大きく語りかける。

どうやらあのおじさんは仮面ランナーを初期から携わっている名監督で、ダイヤちゃんと博貴の信頼関係からおりなす技の数々に感銘を受け、次シリーズのインスピレーションがおりてきたのだそう。


「君たちが仮面ランナーの大好きなことがすごく伝わった!!!仮面ランナーは相棒ランナーとの信頼関係をどう表現するか…そこが仮面ランナーの要だ。そこを君たちはしっかり理解し、しかも実用してくれた!!!!実に素晴らしかった!!!ありがとう!!!だからこそ、次は君たちをモデルにしたい!!!シリーズ初カップルランナーが主人公だ!!どうだろう!?!?!?」

「そ、そんな私たちがモデルだなんて…」

「もちろんやります!!ね!!ダイヤちゃん!!!!」

「え、え、ひ、博貴君、ちょっと」

「俺たちがモデルだなんてこんなうれしいことないよ~~!!あ、でもラブラブカップルにしてくださいね!!!」

「あっははは!!もちろんだとも!!そこでぜひ君たちの話を聞かせてほしいんだが…」


監督と博貴の声がこちらまで一字一句聞こえてくるが、ダイヤちゃんはとまどっているみたい。

そりゃそうだよね、ずっと大好きな作品に自分がモデルとして声がかかるなんて。

でもダイヤちゃんと博貴がモデルの仮面ランナーならきっとおもしろそう。


《ふうちゃん、次の仮面ランナー、ダイヤちゃんとたかちゃんがモデルになるみたいだよ》

《なにそれ、どういうこと?!》

《ふふ、びっくりだよね》

《うん、そんなことってあるんだね》

《だからね、ふうちゃん。放送されたら一緒にみよう?》

《うん、いいね。一緒にみよう、えでか》


緊張ととまどいでおろおろしてるダイヤちゃんをよそに、監督と博貴の話が進んでいき、二人のスケジュールが決まっていく。

それにダイヤちゃんと博貴のおかげで1時間後には撮影が再開できるそうで、二人も喜んでいた。




「あのおっさん、仮面ランナーの監督だったんだな…」

「すげー人だな」

「あの人、元は結界師なんだよ」

「え!?そうなんすか!?」

「あぁ、もともと結界師の家系で陰陽省に入省したんだが、映像制作があきらめきれなくて半年で辞表だしたんだ」


りく先生が「惜しい人材だよ」と言う監督は、撮影で鬼蟲が出やすいところにも行くことがあるため自ら結界をはったり、討伐することがあるのだそう。

今回もきっとダイヤちゃんと博貴がいなければ自分で戦っていただろうと。

しかもその実践経験が仮面ランナーの必殺技や、怪人にもなっていると教えてくれた。


「りく先生~あっちの避難結界の解除終わりました~」

「おーご苦労様だったな、小林~」

「あれ、先輩たちも来てたんですか?それに立華も」


そんなすごい人が監督だったんだね、と先輩たちと話していると、堤防に小林があがってきて、りく先生に報告をしていた。


「小林こそなんでここにいたんだよ」

「実はあそこにいるうるさい監督が俺の叔父で、今日はバイトさせてもらってたんですよ」

「まじで?!」


栄一郎君につられて私も驚いた。

だってまさか小林の叔父が仮面ランナーの名監督だなんて思わなかったもの。

しかも同じ玄武組にいる彼女に誕生日プレゼントを贈るためにバイトしてるんだと。


「でもさすがに鬼がでるとは驚きましたけどね」

「ふふ、でも冷静に対応できてたね」

「先輩たちのおかげっすよ。じゃ、俺、バイトに戻るんで失礼します」

「おー頑張ってなー」

「立華もまたな」

「うん、バイト頑張ってね」


そして監督のもとに走っていくと、小林に気づいた博貴も驚いていた。


「決まりかな」

「だな」


小鷹先輩と音澤先輩が迷いなく言い切った。


「あぁ、属性部長か。雷はまだ決まってなかったのか」

「はい、でももう決まりました。次の雷属性部長は小林にお願いします」

「適任だな」


それを聞いたりく先生も満足したのか、スラックスのポケットから煙草を取り出して一息つきはじめた。


「当主様、そろそろお時間です」

「…わかった」


黒いスーツを身にまとったこわもてのお兄さんが、そうりく先生に耳打ちしているのが聞こえた。

せっかく火をつけた煙草を携帯灰皿にしまった。


「じゃ俺はもう行くからな。あとはよろしくな。あとお前がなるべく早く帰れよ」


と、りく先生は少しあわただしく堤防をおりて駐車場があるほうへ向かって歩き出した。

当主様って呼ばれていたけれど、きっと忙しい中来てくれたんだよね。

そう思うと感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。


でも気がかりなことがひとつ。


「あの、小鷹先輩…」

「ん?どうしたの、立華」

「…波多野はどうなりますか…?」


属性部長候補から外れてしまった波多野のことだ。

波多野が不安定なのは自分のせいだと、鬼が出てしまったので話せなかったから、もし話していたら波多野が属性部長に選ばれていた可能性があったかもしれない。


「立華、波多野となにかあったの?ゆっくりでいいから話してくれる?」


私の様子に気づいた栄一郎君と波川先輩、音澤先輩もそばに集まってきてくれて、話しやすい雰囲気をつくってくれた。

でもどこから話せばいいのかな。

前から波多野に嫌われてるんだってところから?

でもそれじゃ波多野の印象を下げてしまう。

と、意を決しても話し出そうとすると頭の中がぐるぐるする。


「ご、ごめんなさい先輩…どこから話せばいいのかわからなくなってしまって…」


と、正直にいまの心境を打ち明けた。

黙ったまま待たせてしまうのに気が引けてしまったのもあるが。


「気にしなくていいよ立華」

「そうだぞ~、俺らに気なんてつかうな。どうせ波多野と喧嘩でもしたんだろ?」

「うっ…うん…」

「…栄一郎…」


栄一郎君にまさに図星をつかれた私。

栄一郎君は音澤先輩に「空気読め」って肘で小突かれていた。

でもおかげで私の心がくだけた気がして少し軽くなった。


「あの…波多野が最近不安定だって話してましたけど…それ、私が原因なんです…」

「え、ほんとに喧嘩したんか?」

「ううん、喧嘩じゃないの。…私が波多野との約束守れなかったから…」

「約束?」

「はい…約束の中身は言えないんですけど…」

「あ、わかった。どうせあいつのことだから茨木見つけたら教えろ、とかじゃね?」

「…」

「海斗…」


栄一郎君も波川先輩もほんと察しがいいというのか、空気読みすぎるというか。

その通りすぎて反応を返せないほどだった。


「でもさ、あの時は俺たちも一緒だったからわかるけど、波多野に教えられる状況じゃなかったよ?それなのに守れなかったことになるの?」

「…それだけじゃ、ないんだと思います…。きっともっと早く教えてほしかったんだと思います。でも…できなくて…ううん、言えなかったんです…私が」


波多野のことを信用できていないから、その一言はいくら先輩たちにも言えなかった。


「あ、あの…だから…属性部長の件…波多野が不安定なのは私のせいなので!私が波多野を不安定にさせないようにするので、だからその…だからえっと…」


言葉がつまる。

まるで日本語を初めて知ったかのように言葉がでてこない。

喉元に熱があつまってきてやけるようだ。


「立華、雷の属性部長は小林だよ。それは変えられない」

「あ…」

「きっと波多野が不安定なのは自分のせいだから、もういっかい考えてほしかったんだよね。でもごめんね、それはできないや」


小鷹先輩は言葉がでない私の代わりに言葉を紡いでくれた。


「それに属性部長ってのはいつでも平常心でいることが求められるんだ。だから無理に約束をさせたり、守れなかったからといって周りに八つ当たりするようじゃ属性部長は任せられないんだよ」

「音澤先輩…」


たしかに属性部長の先輩たちは茨木先輩の結界に入ったときも、今日突然鬼があらわれたときも、いつもにかっと笑っていた。

そういう姿を私は尊敬している。


「だから別に立華のせいで波多野に決めなかったわけじゃないよ。もとから波多野にはそういう危うさがあったからね。それも考慮して、小林に決めたんだ。わかってくれるかな?」


そういって小鷹先輩は優しく微笑んでくれた。

そうか、属性部長になるからいつでも笑っていられるんじゃなくて、いつでも笑える人が属性部長になるんだ。

私が浅はかだった。

先輩たちは私の理解が届いていないところで、私が気づいていないところまで見て選んでいたんだ。


「仲の良い火野と博貴が部長になるからね、もしかしたらまた荒れるかもしれない。でもそんなことで荒れるようじゃ任せられない。俺たち不安になって浪人しちゃうかもしれないじゃん?」


先輩たちがもう1年残ってくれるのは、正直うれしくもあるけれど、それじゃ先輩たちのためにはならないって頭で理解できるからぐっとこらえる。


「…わかりました。私も先輩たちが卒業しても安心してもらえるほうがいいです」

「ありがとう、立華」

「いえ!こちらこそ変なこといってすみませんでした…」

「ううん、話してくれて嬉しかったよ。立華もすっきりしたでしょ?」

「あ、たしかに…」


小鷹先輩に言われて気づいたけれど、さっきまで重かった胸の奥がいつの間にか消えていた。

これはきっとこのまま小林が部長になっていたら「波多野が部長だったらどうだっただろう」「波多野が部長の可能性もあったのに私のせいで」って思っていただろう未来の感情な気がした。

先輩たちは未来の私のことまで見えていたのだろうか。


ならせめて、最後にわがままお願いしてもいいかな。


「あ、あの先輩…お願いがあるんですけど…」

「どうしたの?」

「先輩たちが安心して卒業できるよう私も頑張るので、だから、卒業しても遊びにきてくださいね…!!」


心地の良い海の潮風が私と先輩たちの間を吹き抜ける。

それが先輩たちの答えかのように、優しくて未来まで続くように感じた。


「もちろんだよ。そういってもらえて先輩冥利につきるね」

「立華の成長、楽しみにしてるな」

「またこうやって外でしゃべろうぜ~」

「そん時はあの猫もつれて来いよ」

「あ、俺も茶々丸にまた会いたい。かわいいかったもん」

「もちろんです!茶々丸もよろこびます!」


そして先輩たちと確かな来年の約束をしていると、仮面ランナーの撮影が再開し、博貴には聞こえない声で「お前課題忘れんなよー」「彼女できたからって浮かれんなよー」ってやじを飛ばしていた。

私は笑いすぎていると、スタッフとしてやってきた小林に注意されてしまったけれど、そんなことも忘れちゃうくらいあっという間に時間はすぎていった。




属性部長ー。

小林も決して部長の器ではないってことではない。

波多野よりも小林のほうが長く知っているぶん、異能だけじゃなくて勉強のほうも努力していることは知っている。

いつも成績は一桁だってきいたことがあったから。


《ふうちゃん、小林がね、雷の属性部長に選ばれたよ》

《そっか。あいつならいいやつだし、向いてるだろうね》

《うん、私もそう思う》




だからもし、波多野が選ばれなかった理由を想像するとしたら、それは私のせいではなく、小林のほうが継続して異能力も勉強も努力していたから。

それに尽きるのかもしれない。



彼女のためにテントからテントへ走りまわる小林をみて、私も朝のトレーニングも、勉強も、夜の特訓もあきらめない気持ちが強くなった。


頑張ろう、私。

ふうちゃんとの未来のために。



続く

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